2009年06月23日

女の子の名前

奥田英朗によれば、子どもの名前をつけることは生涯に1、2度しか巡ってこない『自己表現のチャンス』だとか。自己です、自己。親が自分自身をアピールする舞台が我が子の名前なのです。
そりゃもう、ブログやtw...みたいにさっと消え去るものと違い、子どもが生きている限り続くわけですからね、けっこう重みありますよ。
ここぞとばかりにスゴイ名前をつけたい気持ちもわからなくはないなあ。時として子どもは被害者になっちゃったりしますが。

名前って実に時代を反映するものであります。そしてそれは我が国特有の現象に見えます。
西欧では何千年も代わり映えしない聖人の名前とか伝統的なものが主体であり、自力で創造することはめったにないようです。

ちょっと前の日本人はわりと命名に無頓着でした。長男が太郎で次男は次郎。あるいは長男は一男、三男は三男。
家族計画なんてのもいいかげんで、もう打ち止めにしようと思ったら、スエ子とか〆男とか? 私にもトメ伯母さんがいます。叔母じゃなくて伯母ってことは・・・へえ、その下にも続々と。
現天皇ご成婚の際は美智子ちゃんが大量生産されたようです。

名前の流行りすたりに加えて、人名用漢字はコロコロ変遷してきました。おかげで名前を聞けばある程度トシがわかるというやばい事態に・・・。
とりわけ女性は名前の最後に「子」がつくかつかないかが判断材料になりそうです。ちなみに私の同級生は過半数が子持ちでした。あうう、自らばらしよる。私の母の世代は少なめだったようです。

新聞や雑誌では我が子を写真つきで紹介する投稿コラムが人気のようです。治安のよい我が国では、そうした情報公開が犯罪につながることはまれですし。
その特集版が新聞の折込に入っていたことがありました。乳幼児の顔写真と名前に親(99%母親)のひとことをつけて並べたもの。記念になるからつい応募するんでしょうね。

ちびっこ写真

この地方版には500人を超える子どもが載っています。その半分が女児として、ぱらっと数えたら「○子」「○○子」が9人いました。まだ絶滅してなかったんですねえ。哩璃子とか苺子みたいに、いくぶんか現代的だけど。
かたやコメントを寄せた母親は多くが30代と思われますが、子のつく名前は1/3程度。子が疎んじられ始めた世代ってところでしょうか。

上で述べたように、命名は自己表現のチャンスです。わずか2〜3文字の1字を「子」に占領されたら、表現の幅が狭まります。子が嫌われるのもちょっと納得です。

めいっぱい好きな字を使えることはハッピーとしても、「虹々南」「夢可愛」のような難読名は子どもも苦労するかもしれません。
国が人名漢字を制限したことは、歯止めとしては評価しますが、読み方が自由だなんて野放図すぎます。
むかーし筒井康隆を読んでいたら、ラリオという男が出てきました。薬夫だか薬男だか、まあそんな字でした。ヤクでラりるってとこから来たんだろうが、たいしたセンスだと感嘆したものです。
芥川龍之介は自分がしょっちゅう「たつのすけ」と呼ばれたうらみから、子どもたちには決して読み間違えられない名前をと工夫したと聞きました。ヤスンシくんとは呼ばれなかったのかな。

字面がきれいで、読みやすく、響きがよく、しかもありきたりでない名前を考えるのは至難の技です。
最近の親は個性を優先する傾向がありますが、ずいぶん変わった名前をつけたつもりが、同名人物に遭遇したとなると、平凡な名前のときよりもヤな気分じゃありませんか。子どもの将来も慮ってよくよく考えましょう。

さて、ヤングペアレントの皆さん。女の子の名前は男の子に比べてバリエーションが豊かで、なおも開発途上です。

ユニークな名前にしたければ、文字数にこだわってみませんか。
男の子には「りゅうざぶろう」みたいな長い名前が珍しくないのに、なぜか女の子の読みは3文字止まり。4文字はちらほら、5文字となるとまず見かけません。
村上春樹かぶれの連中がすでに空豆や緑豆などと名づけ始めたかもしれないが、これからのトレンドは長い名前です。
文字数が多いと表現の多様性も広がります。男の子はほとんど漢字に偏っているのに、女の子にはカタカナ・ひらがなという助っ人もいます。

それとパ行の活用(性別に関係ないのですが)。
パズル系ミステリ作家高田崇史のキャラクターぴいくんの本名は「パズル」だと推理した小説家がいました(その後撃沈?)。漫画家ますむらひろしはP音愛好者らしく、葉鈴(ぱりん)ちゃんとか辺太(ぺんた)くんとか、いろいろこじつけています。
イニシャルPは日本人には珍しいから、存在感を示すのにもってこいです。
「巴里絵羅ポ」「ぷまのん蝶」などは絶対に模倣者は現れませんって。それが人の名前か。


参考文献:
安斎流 赤ちゃんの名づけ
赤ちゃんのしあわせ名前事典(2009年版)
1Q84 BOOK 1(村上春樹 )
試験に出るパズル(高田崇史)
投稿者:ルノ 20:26 | 世相=世間相場?
2009年06月22日

ニュー・マイミク

気がつけば、ミクシィに入ってはや3年。

ログインはめったにしません。いつまでも居座ることになんのメリットがあるのだと自問したくもなります。
以前はアクセス解析のリンク元がmixiだったとき、会員ならチェック可能だから助かっていました。でもリンク元がダイアリーなら見に行かないし、今ではアクセス解析をほとんど見ないから、メリットというほどのこともないのです。

会員数は増え続けてはいるようです。年齢制限を緩和したし、近々招待制を廃止して登録制にするとも聞きます。事務局が増やそうとすればするほど、増えるのはスパマーばかりで、価値が下がっていくような印象も・・・。
SNSはほかにもいろいろあるし、このごろはtwitterに熱中してmixiの日記を書かなくなったなんて人もいるし、交流の場としては衰退気味のような気もします。

そんな中、この私のマイミクになりたいという人が現れたのでございますよ。
「なんたる物好き」「よっぽどもてなくてmixi内でつまはじきにされてるような人だろうな」・・・そ、それはあまりに失礼じゃありませんか、私に対して。

私はマイミクになるための作法など全然知らないのですが、一般的な見解としては「ある程度交流を持ってから申し込むべき」「知らない人からいきなり申し込まれたら断ったほうがいい」といったところでしょう。
その人はブログや日記を介して知り合ったあと、「マイミク申請していいですか」と打診してきたくらいだから、慎重で良識的なタイプです。
マイミク数や日記の更新頻度などミクシィ内の活動も適度な、言ってみれば典型的標準的会員(無知な私が何をもってそう判断できるのだ?)って印象でした。もしかしたら私のマイミクがあまりに少ないから気の毒に感じたのかもしれません。

もちろん忠告はしたんですよ、私なんかのマイミクになってもろくなことはない、と。
それでもいいと言われれば、あえて拒絶して気まずくなるのも得策でなし。

というわけで、めでたくマイミク申請のメッセージが届きました。あとは「マイミクに加える」をクリックすれば、晴れて互いのページに顔が載ることになります。

おもしろいことに、ここにmixiが介入するんですね。申請に対して「お返事を出しましょう」と。例文も提示してくれます(文面は忘れたけど)。
そこまで手取り足取り、親交をサポートしなければうまくいかないものですかねえ。
何百人ものマイミクを抱える人々は、こんなプロセスを何百回も経験したのかと思うと、まじ頭が下がります。

サポートといえば、ミクシィからのお知らせもまた懇切丁寧なものです。
普段は日記の更新や参加コミュニティへの新規投稿などを教えてくれますが、誕生日が近づくと「もうすぐ○○さんのお誕生日です」「今日は○○さんのお誕生日です」となります。当日その人のページには「お祝いのメッセージを送りましょう」と。ここまでやられたら、そのまま引き返すと罪悪感がどよ〜ん。

そんなふうにしてミクシィの人たちは楽しくお付き合いを続けていくのでしょう。

私といえば、マイミクさんが増えたとてログインは増えず。特に変化はありません。たぶん私のような人も増えつつあるのではないかと思います。
投稿者:ルノ 22:52 | mixi 潜入記
2009年06月18日

後悔後にも立たず

「後悔先に立たず」とは誰でも知っている格言です。

ときたま「後の後悔先に立たず」てな言い回しを用いる人がいて、重複表現だなどと笑われます。たぶんこれは「後」と「先」とで語調をそろえたかっただけでしょう。

そもそも後悔とは定義上「後」にしかできないことであり、「後悔先に立たず」自体あまりに当たり前すぎて、わざわざ成句とするほどの事柄かよ、と突っ込みたくなります。
後悔なんていつしようが、何度しようが、たっぷりしようが、どうせムダなんだから、するもんじゃない。昔の人はそう戒めたかったのに違いありません。
だったら「後悔役に立たず」が正確じゃないの?

もっとも、後悔に限らず無益なことを好んで行うのが、万物の霊長たる人間の特性であり、その人間様が無駄とわかってわざわざするんだから、実は意義があるのだろう。とは『したい時には親はなし』で述べたので、ここでは繰り返しません。

今回は日ごろから後悔のタネには事欠かないワタクシが、日本語の見地からこの成句を分析してみます。

はたして後悔とは、立ったり座ったりするものか?

「昨日ヤバいことしでかして、チョー後悔立ってるとこなんだ」とか「彼女は後悔の立て方が上手だ」なんて表現は見たことないです。
「後悔」と「立つ」の組み合わせは、おそらくこの「後悔先に立たず」が唯一例ではないでしょうか。

「立つ」にはさまざまな意味がありますが、後悔が立つとしたら、「役に立つ」「弁が立つ」「腕が立つ」などの「立つ」と同種だと思われます。成り立つとか用を成すとかいったことです。
そこまでは納得しますが、なぜ相性がよいとも思われない「立つ」をことさら起用しなければならなかったのか、そのあたりが腑に落ちません。「後悔先にできず」でじゅうぶん成り立つじゃないですか。

案外始まりは上記の「後悔役に立たず」であって、それが歳月を経て「先に立たず」に変化したんだとうがちたくなったり。

が、待てよ。
「先」と「立つ」はくっつきやすい言葉です。「先に立って働く」「先立つ不孝」「先立つものはカネ」等々。
「後悔とは先立ってできないこと」との説明から「先に立たず」が生まれたのだと考えれば、無理がないような気もします。というより「先に立たず」がひとかたまりだっただけですね。

いずれにせよ、先にはできず後になってしてもどうしようもないのが後悔であります。極力せずに済ませたいものですが、なぜか年中後悔している、つまり後悔グセを持つ人って、私だけじゃありませんよね。
後悔を反省に変えることができれば一歩前進だとも聞きますが、なかなかそういう境地にはなれないのが凡人です。ふぅ。


※新記事は投稿から一定期間、コメントとトラックバックの受付を停止します。なにとぞご了承くださいませ。
投稿者:ルノ 22:04 | イチャモン日本語
2009年05月31日

よこしまな奴ら

熱帯魚に関する本を読んでいたら、『9本の横じまがあって』云々のくだりで、「ん?」と思ったのです。ディスカスは縦じまじゃなかったっけ。
私が縦じまと錯覚したのは、縞が地球に対して縦に伸びているから、というか通常目にする写真の中で縞だけ切り取れば縦向きであることが多いからであって、横向きに泳いでいる魚の言い分では、体に対して当然横縞だよってことになるんですよね。

縞々魚

人間がストライプのTシャツを着た場合、私たちは一目で縦縞か横縞か見分けることができます。横縞のシャツを来た人が寝っ転がれば縦縞のシャツになるわけではありません。

虎はディスカス同様縦向きの縞が体の大部分を占めますが、いちおう横縞の動物です。でないと、ジャンプ中に向きが変われば縞の名称も変わるというおかしなことになります。
シマウマはどうかというと、虎に似ているんだけど、腰のあたりで縞の向きが変わっているように見えます。

この縞模様の向きに関する定義がどうなっているかは知りません。背骨に対して垂直か否か・・・となると無脊椎動物に失礼だし、頭からお尻へ線を引いたと仮定してそれに対して・・・ならばイソギンチャクはどうなるんだ。
おおむね常識で判断できるってもんです、普通の人なら。

それはわかっていても、私なんか、虎も縦縞だとつい思いそうになります。魚みたいに平たくて手足のないものだと、なおさら目が縦に向きます。私に限らず、そんな人、多いんじゃありませんか?
自分だけ直立歩行になってしまった人間のおごり、でしょうか。

おまけに私ときたら、かなり長い間、木星は縦縞だと思い込んでいたような気がします。
子どものころはそうではなかったようですが、おとなになって木星の写真にお目にかかることがなくなって、いつの間にか木星には縦縞が似合うと信じるようになったのです。その心理分析(?)をしてみますと、どうやら私は木星に火星や金星とは違った敬意を持っておりまして、あんなリッパな星が横縞じゃありきたりでつまんない・・・という感覚的理由だったりします。
木星の縞は地表の模様ではなく、取り巻く大気や雲の濃淡らしいので、回転の向きに沿ってできるのは致し方ないのかもしれません。

しかしですよ。
木星がもし一個の有機生命体であって、頭が赤道の端っこにあって寝ていたとしたら、縦縞のシャツを着ているようなものではありませんか。
(どうしても縦縞にしたいらしい。)

話すっ飛んで、ずっと前、非英語圏で英語のやおいさいとを運営するYokoshimaさんという人からメールをもらったことがあります。
私が「あなたはyokoshimaの意味をわかっていてそういうペンネームにしたのだと思うが」と書いたら「もちろん知ってるわよ。obsceneてことでしょ、アハハ」とあっけらかんとしたものでした。それはちょと違うぞと思ったけど、オブシーンでありたい彼女の夢をこわすのは忍びなくて黙っていました(ほんとうは英語でうまく説明できないからでした)。
投稿者:ルノ 21:19 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ
2009年05月30日

らっきょうパワー

毎年手作りの梅干やらっきょう、生姜漬などを送ってくれる友人がいます。今年もそろそろだな〜♪
楽しみではありますが、10年以上続くと、送付の際使った密閉容器が山とたまってしまいました。

ラッキョウはポリ袋に入れて縛ったものをプラスティックの密閉容器に収め、さらにガムテープでぐるぐる巻きにした上ポリ袋に入れて送られてきます。漬け汁が漏れて人様の荷物をぬらしたらそりゃあ迷惑ですから。
容器ごと冷蔵庫に入れ、少しずつ食べていくと、空になったころは容器にラッキョウの匂いが染みついているわけです。らっきょうは1日程度でも匂いがつくので、数週間おくと相当なものです。
すぐに中身を陶製のジャーなどに移せばいいのでしょうが、つい不精しちゃう。

向こうは使い捨てにしてもらうべく安物の器を選んでいるようです。
なのにこちとら筋金入りのビンボー賞ときてるから、どうしても捨てられないんですねえ。(賞をあげたいほど?)
ガムテープの残骸を丁寧にはがし、洗剤できれいに洗って乾かしますが、むろんその程度では消えません。

無臭にするために、思いついたことをあれこれ試しました。
濃いめの漂白液につけたり、熱湯にくぐらせたり、直射日光にさらしたり、グレープフルーツの皮を詰め込んで数日放置したり・・・でもさっぱり効果なし。酢水で煮たら変形しちゃったし。
はては容器を保管する戸棚にまで匂いが充満して。
ま、年数が経つとある程度薄くはなります。

あるとき、石けんやシャンプーの在庫を整理していて思ったのです。石けんを入れておいたらどうかな、と。
で、一番新しい(匂いのきつい)容器に花王ホワイトバスサイズ2個とカネボウ絹石鹸1個、安売りのクラシエシルクソープ1個を入れました。

そのまま忘れ去り、半月ほど経過して使用中の石鹸が小さくなったので新しいのを出そうとして、はたと気づきました。たとえラッキョウ臭が石鹸で緩和されたとしても、石鹸の匂いがついた容器に食べ物を入れるわけにはいかないじゃないか。

さっそくあらためましたら、容器からは石鹸の匂いがするし、石鹸にはらっきょうの匂いがしみこんでいるという二重の悲劇を呈していたのであります。アホやなあ。

このラッキョウ臭、なかなかに強烈で、バスサイズの石鹸が小さなかけらになってもまだ残っていました。
容器のほうは何度か洗ううちに石鹸の香りは薄れ、ラッキョウ臭だけになりました。

世の中にはラッキョウが好きで好きで、バスタイムもラッキョウの香りに包まれていたい人もいるかもしれません。そのようなかたは一度お試しあれ。
投稿者:ルノ 19:47 | コメント(0) | トラバ(0) | 生活の浅知恵
2009年01月19日

他人の歯ブラシ

歯ブラシを他人と共有して平気な人はあまりいないと思います。
タオルや箸などに無頓着な人でも、歯ブラシの使い回しだけはごめんだと言うに決まってます。
どうして嫌なのでしょうか。

赤瀬川原平によれば、『粘膜と外皮の差』だとか。
タオルなら外皮だから大丈夫だけど、歯ブラシは口中の粘膜に触れるから許せないのだと。

えっ、そんなもんかいな。
粘膜の接触を辞さない夫婦や恋人間だって、最低限、歯ブラシは分けたいのが普通の心理ですよね。

はっきり言って、歯ブラシは汚いものです。
歯磨きのあと水ですすいだ程度では、毛の間にはさまったペーストや食べかすは完全に落ちていません。固形物をきれいに洗い流しても、細菌だらけです。ぬれたまま放置すると、次に使うまでに菌の数は爆発的に増えているはずです。
それは他人の歯ブラシも自分の歯ブラシも同じこと。自分のが人のより清潔なわけじゃないでしょうもん、一般的に。

ならば徹底的に消毒すればオッケーなのか。漂白液に浸し、アルコールを吹きつけ、熱湯をかけ、日光で乾燥させる。
・・・やっぱり嫌ですよねー。完全滅菌したパパの歯ブラシよりも、バイ菌うようよの自分の歯ブラシのほうが安心できると思いません?

きっと歯ブラシには、単に衛生観念では割り切れない、何かまがまがしくも頑なな所有意識がつきまとっているのです。

だけど自分の歯ブラシだって躊躇するときがあります。歯磨きの途中、口の中が泡だらけになったり持ち替えたりして一旦出したら、その生ぬるいままの歯ブラシを歯茎に当てるのは気持ち悪いじゃありませんか。

このごろはタオルや食器、スリッパなども家族と共同使用したがらない人が増えています。
手を拭くタオルならいいけど、顔を拭くタオルは断固別にするという人もいます。その手で顔を触るくせにさ。
私は実家に帰ると、トイレの温水洗浄は使いません。箸は塗りかプラスティックなら洗えば平気。
どれもこれも気分の問題なのです。

先日図書館に行きましたら、素足にサンダル履きの、見るからに不潔っぽい人が椅子に座って本を読んでいました。片足を膝にのせて、その真っ黒な足指を手でもみもみしながらページをめくってるんですよ。うへえ。どうか本の好みが同じでありませんようにと祈ったのでした。
しかし。見た目だけで判断しちゃいけません。
小奇麗なカッコしてても、はなをすすってぬれた指で本に触ってる人だっているんだ、全くもう。
タダで本を借りる以上、多少のことは覚悟しておかなきゃとは思うんですけどね。

確かに気にし始めたらきりがありません。
本屋でもスーパーでもデパートでも、私たちは誰がどんな手で触ったか知れないものを、選び、買っているわけです。
焼きたてパン屋さんでは、むき出しのパンが並んだ棚のそばで咳をする客もいます。
ブティックで倉庫からまっさらの新品を出してきてもらったとしても、そのパッケージにはすでに店員さんほか相当数の人の指紋が残っておりましょう。

普通程度に健康な人間なら、ちょっとやそっと汚い目に遭ったって、病気になることはまずありません。
わかっちゃいるけど、気分ってものは理屈よりも強いんですよね。
投稿者:ルノ 23:53 | コメント(7) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2009年01月17日

パソコンは壊れるもの

今や一家に1台どころかひとり1台となったパソコン。非常に壊れやすい精密機器であるにもかかわらず、普段から故障時に備えている人は少数派でしょう。

私が今使っているデスクトップパソコンは、旧パソコンがおかしくなったので慌てて買いに行ったものです。そしてアホの店員に振り回されたいきさつはすでに書きました。→慌てる乞食は貰いが少ない

昨年は実家で使うために買ったノートパソコンが数か月で壊れて(電源が入らず、焦げ臭い!)、修理に出すという事態にも遭遇しました。

そんなわけで、私は人よりも用心深くなってしかるべきでありました。
ああ、それなのに〜。
のほほんとしてたら、こいつまでがバッチリ壊れちゃいました。バックアップもろくすっぽしていないのにっ。

実は昨年11月ころの出来事です。
そのころはほとんどパソコンを使わずにいて、ホコリをかぶった状態。あんましだから掃除機をかけました。そして電源を入れ直したら動かぬ。よっく観察したら、電源ランプが猛スピードで点滅しているけど、電源が入った状態にならないのです。

まずは取扱説明書を見て、放電作業やコードのさし直しなどしましたが、変化なし。
次にメーカーのサポートに電話で問い合わせました。珍しく2回目でつながりまして、どうやら機械的故障であるらしいとのこと。
パソコンは購入後2年ちょっと経っていましたが、幸いにもアホの店員にしつこく勧められて3年間有効の長期保障に加入していたのですよ。で、店の修理センターへ電話して引き取りに来てもらうことになりました。
壊れてからここまで6時間以上かかりました。アホの店員が(アホ、アホとしつこいぞ)保証書の情報入力を間違えていたのも一因です。

電化製品の保障期間は通常1年で、それ以降は有料修理になります。長期保障の保険料は数千円なので、入るかどうかは迷うところです。が、パソコンの壊れやすさをおもんぱかれば、入っておいたほうが得策かもしれません。

ただし、修理にはかなり時間がかかります。
運送会社が引き取りに来たのが5日後、修理には2、3週間必要と言われました。つまり最悪ひと月くらいはパソコンが消えるわけです。持込可能な小型機種なら多少短縮できると思いますが。
インターネットが生活の中心って人は増えてますから、1台しか持ってなければ不便な生活を強いられることになります。

また長期保障も万能ではありません。故障内容によっては支払い義務が生じたり、輸送時の衝撃でデータが破壊されるおそれもあります。それやこれやをあらかじめご承知おきください。と、脅しをかけられちゃうんですよね。

そしてパソコンなしの生活が始まったわけです。私は携帯電話も持っていないので、世間から完全に切り離されたような気分。
当時はインターネットをほとんどしていなかったので、取り立てて焦燥感などはなく、ゆっくり休養できました。

なお、掃除機をかけた後に壊れたのは事実ですが、掃除機との因果関係はないと思われます。それまでも度々やってきたことですから。
別の記事でも述べましたが、コンピュータなどでは久しぶりに電源を入れたら壊れていたってことがわりと多いのです。会社勤めのころ何度か経験しました。

結局、出してから10日ほどでパソコンは戻ってきました。修理報告書によれば、電源ユニットの故障で部品交換をしたとのこと。すべて無料で済みました。
つないで動作確認をしましたが、データ消失もなく、元通り使えるようになりました。
2週間ぶりのメールチェック。広告会社から「返信メールをいただけないと契約更新ができません」という警告やら、聞いたこともない会社から「テレビ出演してほしい。撮影は何月何日の予定で・・・」って、とっくに過ぎてるやんかー。
それでもまあ、世はすべてこともなし、でした。

さて、これでメデタシメデタシと安心できるのでしょうか。

パソコンを修理に出すのって、とっても危ういような気がします。
私の場合ハードディスクに異状がなかったのは不幸中の幸いでしたが、この幸いが災いに働くことだってありえます。

パソコンの中にはいろんなデータが詰まっています。さまざまな個人情報、使用履歴、IDやパスワード、オンラインショッピングをすればクレジットカード番号だって残ってるかも。それらが修理担当者には見放題じゃないですか。
電源の故障では、修理前に消しておくこともできません。
そりゃあ向こうはプロですからね、信用するしかないと思います。でも時としてとんだ不届き者に当たらないとも限らないし。

人によっては別の問題も発生しそうです。
私みたいに清浄な(?)データしか持たなければ平気なんですけど。
たとえばウィニーで集めたトンデモファイルをデスクトップにたくさん並べておいたとか、ネット上で見つけたり自分で撮った「スゴイ画像」を壁紙に設定し、毎日眺めては悦に入っていたとか。修理後、確認のため電源を入れたら、それらがぶわっと・・・。

ともあれ、パソコンは壊れるものだとの認識を日ごろから持っておくことが大切ですよ。
投稿者:ルノ 23:48 | コメント(15) | トラバ(0) | パソうつ