2006年12月29日

年寄りの冷や水

寒波襲来というのに、突如思い立ってベランダの大掃除をしました。

向かいの公園から枯れ葉が飛んでくるし、が群がってフンをするし、先般張り替えた網戸にもホコリがたまってきたし、秋ごろアロエの植え替えをしたときの泥汚れが残っているし、なんとかしなきゃとは常々思っていたのだけど、ついつい先延ばししちゃうものなんです。
思い立ったが百年目(ちょっと違うんじゃない?)、今やらないとずるずる春まで持ち越しそう。
えーいと覚悟を決めてベランダに飛び出しました。

落ち葉は掃けばいいけど、手すりや床にこびりついた泥やフンは水洗いしないと落ちません。ホースでじゃーじゃーと水を流し、百円ショップの柄つきブラシでごしごし。窓ガラスや網戸、サッシの桟にたまったゴミなども、水とブラシで洗い流します。窓枠の高いところにもホースを向けて、けっこう全身に水がかかるので、半袖Tシャツにハーフパンツにサンダルといういでたち。
そのうち足元がびしょぬれになって、手足がしびれてきました。時折ちらほらと小雪が舞い落ちるけど、熱中しているせいか、体は汗ばむほど。

1時間ばかり水を流しっぱなしでお掃除して、すっきりピカピカになりました。
今後は雀を寄せつけないことにして、窓のそばに等身大人形を座らせて案山子の代わり。

ぬれて冷たくなった手足を温めようと、浴室で熱いシャワーを浴び、それからシャンプーしようとしたら、ボトルを2度も取り落とすし、指が髪の間に入らないのです。え、なんで? 実は手がかじかんで、指がちゃんと動かないのでした。しかも熱めのお湯を浴びているのに、体の震えが止まらず、全身ガタブル。鏡を見たら唇が青紫色。
きゃー、こんなに冷え切っていたのね。

あまりに震えがひどいので、急遽浴槽の掃除をしてお湯をためることにしました。私はお風呂嫌いで、日ごろはシャワーのみ。風呂場は体を洗う場所であって、温めるところではないというのが持論なのです。それにシャワーでもけっこうあったまるようだし・・・。
でもシャワーでは体表を温めるのが精一杯なのですね(と思い知りました)。

わりとぬるめのお湯にあごまで浸かって15分・・・どうにか人心地がつき、指の動きも戻りました。

それにしても、掃除中はちっとも寒いと感じなかったのに、どうして今ごろになって・・・。

ああ、つまり、体の反応が遅いんだ。
もう若くはないのに、真冬にお外で水遊びなんて、無謀のきわみだったんですねえ。

そういえば去年あたりから、寒い日の朝でも起きた直後には平気なんです。暖房もいれずパジャマでうろうろしているうちにだんだん冷気が身にしみてくるといった具合で。

冬場は風呂場やトイレで高齢者が脳卒中などを起こすことがありますが、急激な温度変化を自覚するならもっと用心するはずですよね。温度差に気づかなくて手遅れになるのかもしれません。
他人事ではなく、感覚の鈍化に危機意識を持たなければと思った次第です。
投稿者:ルノ 23:02 | コメント(0) | トラバ(0) | 生活の浅知恵
2006年12月27日

ウイルス対策ソフト

新しいパソコンを入れて3か月。
左マウスもどうにか板についてきました。ダブルクリックがちょい遅いけど・・・もともとダブルは苦手で、間隔を広く設定していました。
ちなみにボタンの入れ替えはしておりません。右で持とうが左で持とうが、右クリックは右側で左クリックは左側、って当たり前じゃん?

XPは98と違って裏処理がやたらと多いんです。接続中は見えない部分でしょっちゅうどこやらに行って何やら拾い食いしているようです。ハードディスクがギーギー鳴るたびにぎくっとしたり・・・。おかげで日に1度はシステム情報を覗く習慣ができました。覗いてもさっぱりわかんないのが悲しいけど。

セキュリティソフトのお試し版が期限切れになり、解放された気分でアンインストールしました。有効期間はあと何日、早く正式版を入れろ、何月何日までは割引価格、今なら2か月延長などと、連日のようにメールや警告ポップアップが押し寄せていたので、いい加減うんざりしていたんだい。

後釜に選んだのが、噂の『ウイルスセキュリティZERO』。
無期限版(といっても10年?)が3,970円とかで、『ウイルスバスター』の1年分という破格値。

が、調べてみると、ウイルスセキュリティの評価はすこぶる低い。肝心のウイルスやスパイウェア検出能力に大きな疑問符がつくそうな。
そこでゼロではない1年版を購入(1,980円は高いかも)。無能が鼻につくなら1年後にはリプレイスしよう。

ウイルスバスターも必死で3年版を勧めるんですよね。
割安だとかお得だとかいうけど、1年で3,997円が3年で9,975円。人間って目先の数字にとらわれる傾向があるから、たとえ割安でも3年版には高過ぎる印象を持つんじゃないでしょうか。
とりわけ「何もない」ことが最上という後ろ向き極まるソフトに壱万円もの出費を強いられるのは痛手です。
むしろ割高の1年版をこまめに押しつけたほうが売り上げは伸びると思います。

もっとも、3年版がお得なのは売りつける会社側です。1年版も3年版も原価はほぼ同じ、しかも3年間は顧客を逃す心配がない・・・となれば、割引率16%はいかにもせこいよなあ。

現時点でセキュリティソフトの長期版を入れるのは考え物という意見もあります。Vistaのセキュリティ度合いを見極めてから検討したほうがいいのではないかと。
昨日のニューズでは Not So Secure! なんて記事を見ました。
OSが完璧だとセキュリティソフト会社はおまんまの食い上げです。目を皿にしてセキュリティホールを探るのはウイルス作成者だけではなく、セキュリティ会社のシステム開発者でしょう。ユーザーとしては重たい常駐ソフトなどないのが一番だから、マイクロソフトにはがんばってほしいが。

私が古いパソコンにウイルス防御ソフトを入れていたのは最初の半年間だけ。アップデートに時間がかかるので接続費がもったいないと、捨てちゃいました。
感染したことはないようです。

差出人詐称ウイルスが出始めたころ、知り合いが感染し、私のアドレスから多数のウイルスメールが送られたことがあります。受け取った人々から「ウイルスに感染していますよ」という逆メールが続々来て閉口しました。
そんなこともあって、かなり慎重にネットを泳ぐ習慣が身についたようです。

ウイルスはそんなに怖くないんです。受信メールはプロバイダでチェックされるから。
最近はいろんなアカウントを作って、パスワードを入力する機会が増えたので、スパイウェアはちょっと気がかりです。
それでもヘンなサイトには行かないし、懸賞応募とは無縁で、オンラインショッピングやネットバンキングは敬遠し、石橋を叩いてダウンロードするし、ブラウザのセキュリティレベルはわりと高くしているし、重要な情報はパソコンの中に極力入れないようにしています。

どんな立派なソフトを入れても、ユーザーが無防備であれば付け入られる危険は増大します。楽しくインターネットをやりたいなら、慎重に慎重であることが前提です。私の場合「楽しく」をだいぶ犠牲にしているような気もするけど。
投稿者:ルノ 21:48 | コメント(0) | トラバ(0) | パソうつ
2006年12月26日

犬から豚へ

突然ですが、『鼻を鳴らす』って、どんな行為でしょう?
鼻を使って音を出すのなら、ま、お世辞にもおひんがよろしいとは言えませんわね。

辞書には『甘えた声を出す』『ねだる』との解説があります。

「ねえん、あなたぁン、新しいコート買ってよン」と、鼻にかかった甘ったるい声ですりすりすることなのでしょうねえ。

しかるに・・・
小説などで『鼻を鳴らす』がその意味で使われているのを見かけた記憶が、どうもないのです。

たいていは『不服げな態度』『馬鹿にしたようす』を表しています。
それらは比較的新しい用法と思われます。

「辞書が絶対」とは言いませんけど、ひとつの慣用句がこれほどかけ離れた意味に変わってしまったのはどうしたことなんでしょう。
多数の用例を時系列に並べて説得力を持たせる・・・なんてのは国語学者さんにお任せします。だって今のとこ具体例をひとつも思い出せない。私の得意は直観と感性による独断的推理であります。

当初のモデルはたぶん犬でした。犬がくんくん鼻を動かしたり、くいーんと鳴いて餌をねだることから、人が甘える形容となったのでしょう。
でも人間が甘えるときには犬みたいな声はあんまり出しません。

感覚的に『鼻を鳴らす=甘える』がぴったりこない気がするのは、上述したように、人が鼻を鳴らすのはぶ〜とかズーとか、はしたない音だからです。

すると、おお、そういう音を出す動物がいましたね。
ブタです。

ブタの鳴き声こそ、『鼻を鳴らす』にふさわしい音ではないか。
当の豚さんたちはブーブーと甘えているつもりでも、人間がブーブー言うのは不満があるとき。それで『鼻を鳴らす=不平不満』となったのでしょう。もともとある『不平を鳴らす』という表現との混同も考慮できます。
『馬鹿にしたようす』に使うのは『鼻であしらう』『鼻先で笑う』を強めたのかもしれません。

豚が食用として飼われ始めたのは明治時代以降です。
昔の日本人に豚はなじみのない動物でした。『鼻を鳴らす=ブーブー』という連想が働く余地もなく・・・。

『鼻を鳴らす』の意味が変化したのは、わが国の食糧事情のせいだったのです。
投稿者:ルノ 22:21 | コメント(0) | トラバ(0) | イチャモン日本語
2006年12月24日

衣食足りて礼節を知らず

お正月休みに読む本を借りようと、市立図書館に行きました。

本棚を見ると、雑誌や人気作家などあちこちにぽかっと空間があり、『このコーナーは行方不明があまりに多いのでカウンターに取り置きしています。必要な方はお申し出ください』との張り紙。

たくもう、タダで借りられる公共図書館の本を盗んで何の得があるってんだ。気骨があるなら、キノクニヤで3万円の医学書でも万引きしろ。

わが市では先月やっとICタグの導入が完了し、無断で持ち出そうとすると警告が出る(鳴り響く?)ようになりました。
ま、盗難は多少減るでしょうが、問題は山積しています。
ページを切り取ったり破いたり、折り曲げたり、落書きしたり、お茶こぼしたり、上でお菓子食ったり、頭掻いてフケ落としたり、鼻クソ塗ったくったり・・・。

カウンターの奥では、職員が督促の電話をしていました。「お借りになった本は予約がたくさん入っているので早く返却してもらわないと困ります」
生ぬるいのう。督促係はサラ金で研修させたらどうでい。

昨今日本人のモラルは著しく低下したと言われています。
情けないことです。
こんなにモノがあふれ、豊かに見える社会は幻影なのでしょうか。
『衣食足りて礼節を知る』とは死語かもしれぬ。

金はあるのに給食費を滞納したり、高速道路の料金所を強行突破したり・・・なんかチンケなものをケチるんですよね。みっともないとか恥ずかしいとかの感覚が失せたのか。そんな輩に限って、人前ではうんと見栄を張り、ちょっと馬鹿にされたら怒り狂って感情をコントロールできなくなるようです。

そういえば、勤務先から事務用品や切手などをこそっと持ち帰る社員が増えたという話を聞いたこともあります。文房具なんか、別に家でじゃかじゃか使うわけでもないのに。
会社に不満を抱いている社員ほどそうした傾向が強いとか。サービス残業で長時間こき使われて給料はこれっぽっち、消しゴムくらいもらったって罰ゃ当たらんだろ・・・てな論理です。

戦後最長の好景気なんてどこの話だか。儲けてるのは会社だけ、社員たちは恩恵を実感していません。開き直ってチャチな横領に励む社員の心理にも憐憫を覚えます。

つまるところ『衣食足りて礼節を知る』は真実なのです。
現代日本人はまだまだ衣食が足りない。

それら貧民たちのささやかな攻撃の矛先が、国民をないがしろにする政府、怠惰で怠慢な自治体、プロ意識が希薄な公共施設、自己保身しか考えない学校、強欲な企業などに向けられているのでしょう。
投稿者:ルノ 21:06 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2006年12月13日

稼ぐに追いつく貧乏なし

どのブログでも、他者からの介入(トラックバックやコメントのことです)に対して、禁止語句などのフィルタが設けられています。

ここでもトラックバックの禁止ワードに『稼ぐ』『儲ける』『アフィリエイト』その他もろもろを設定しております。
『!!』や『★』なども該当語だったのですが、TBとコメントの禁止ワードが共通だと知り、一部は解除しました。ま、コメントはほとんど来ないから大丈夫でしょうが、もし悪気なくして拒絶に遭ったなら、ちょっとでも怪しげな言葉は除いてくださいませ。

自身も広告を貼っておきながらそんな言葉を排除しなければならないとは、むなしくも嘆かわしい事態です。

そもそも『稼ぐ』とは良いことなのです。

『稼ぐに追いつく貧乏無し』といいますよね。
そりゃ稼いでさえいれば貧乏とは無縁でしょ。
いえいえ、違いますよ。この成句の意味は『常に精を出して働いていれば貧乏に苦しむことはない』です。

『稼ぐ』の第一の意味は精を出して働くです。
出稼ぎ、共稼ぎなどの『稼ぎ』は働くことです。『♪ある日せっせと野良稼ぎ〜』なんてのもそうですね。

働けばたいてい収入があるから、『働いてお金を得る』と語義が広がったようです。
お金だけでなく、点数や星や時間なども稼げます。上役にゴマをすって点を稼いだり、姑息な(一時しのぎの)対応で時間を稼いだり・・・あまり感心しないことにも使われるようになりました。『荒稼ぎ』とは強盗などを指すこともあります。

現代において、とりわけネット上で、『稼ぐ』という言葉は、「初心者が」「アフィリエイトで」「楽して」「寝ながら」などと組み合わされて活躍し、『精を出して働く』ことなどどこかへ吹き飛んでしまいました。

現実には無知な素人が寝ていてラクラク稼げるはずはありません。真に受けると高い授業料となりますぞ。

日本人は伝統的に、額に汗して働くことを尊んできましたが、稼ぐに追いつく貧乏なしと信じてせっせと働いた庶民が、果たしてどれほど報われてきたのでしょう?
働けど働けど楽にならない、稼いでも稼いでも貧乏に追いつかれるのが人生の真実なのです。
投稿者:ルノ 22:30 | コメント(0) | トラバ(0) | イチャモン日本語
2006年12月06日

不吉なイチタ

不吉なイタチ、ではありませぬ。
イチタとは・・・パソコンによってはちゃんと表示されないかもしれませんが、文字通り一にカタカナのタ。列という漢字のへん(左側)の名前です。
漢和辞典によりますれば、漢字の歹は『ガツ』と読みます。意味は、『もとる』とか『わるい』とか、まあ吉事とは程遠いようです。
字源は砕けた骨の形状から来ています。一説には『骨』という字を半分にしたとな。え? 縦割りかしらん。それともドラフト印刷?

そういう成り立ちゆえか、イチタの部首を持つ漢字は不吉なものばかり。
おおむね、死・殺・滅・棺・葬・災などに関係する字が多いようです。

むろん筆頭は『死』。ただし死は横棒が長いので、辞書によっては『一』という部首に分類されています(歹も同様)。
殉死・殉職の『殉』も死の一種ですね。
イチタの右側に『血』をつけたのは『鳥の卵をつぶす』という意味の漢字だそうです(部首変換でも出てこない)。

『残』は残酷・残忍に見られるように、『むごい』『滅ぼす』等の意味があり、特殊や殊勲の『殊』はこれまた『殺す』『根絶やしにする』という意味も持ちます。殆(ほとんど)という言葉も、危うい→滅びそうだというところから来ています。

問題なさそうなのは、上述の『列』くらいか。

いやいや、めでたい字がありました。
利殖や繁殖の。意味は、増える・育つ・茂るなど、このグループで唯一、明るい展望に満ちた漢字です。

しかし・・・。

「配当金何十万」「絶対に儲かります」「3年で元本回収」など、いかがわしい投資話にすいすい乗っちゃう人々はいつの世も絶えません。財産失ってほぞをかむ彼らにとって『利殖』という字はこの上なく不吉なものに見えることでしょう。
投稿者:ルノ 21:21 | コメント(0) | トラバ(0) | 辞書と戯れる
2006年12月05日

黒猫が前を横切ると

買い物帰り、狭い通りを歩いていたら、黒い猫が前を横切りかけ、思わず我が身を90度回転させてしまいました。横を横切るのなら前を横切ったことにはならない、つもりだったりして。バカバカしい。ひとり苦笑しながらそのあたりまで歩くと、駐車場の端で件の横切り猫が座ってこちらを見ていました。なんだ、茶トラじゃないか。視力の弱い私には、茶でも黒でも遠目にはおんなじなんですよねー。

黒猫が前を横切ったら悪いことが起きるなどと西洋では言われておりますが、どういう根拠から発生したのでしょう。
『黒』と『猫』の不吉なイメージ・・・黒猫は魔女の使いだそうで、なんとなく納得できるとして、『横切る』という行為との関連が謎です。

日本にも似たような俗信があります。
鼬の道切り(いたちのみちきり)・・・イタチが前を横切るのは凶事の前兆だそうな。とりわけ人と喧嘩したり絶交されることなどを指すようです。イタチは通り道を遮断されると2度とそこを通らない(鼬の道)とされていることから来たと辞書にあります。
現代ではイタチに遭遇することなどほとんどないけど、人間関係の破綻は昔とは比較にならない増え方です。

黒猫はイタチと違ってそこかしこにおります。うちの近所にもわりと多い。黒猫を飼っている人なんか、日に何度も横切られてしまうでしょうに。

そもそも猫というものは実にしばしば横切るものなんです。
道なんて人間が勝手に決めたもの。猫には関係ありません。いつだって猫は最短距離を選んで目的地へ向かいます。斜めに行くよりは直角に通ったほうが合理的なのです。

その点、犬はめったに横切りません。交差点を飼い主に引かれて(or 飼い主を引いて)渡るときくらいでしょう。

とまれ、ジンクスだの占いだの鼻であしらう私が黒猫につい身構えてしまうのには、ちょっとしたいわくがあるんです。

だいぶ前のこと、通勤途中黒猫がさささと前を横切りました。その日の帰り道、財布を落としてしまったんです(いくら入っていたかは秘す)。
それだけだったらそのふたつを関連づけるなんて器用な真似はしません。多忙なビジネスパーソン、朝の些事など夕には忘れているのが普通です。
その日は社外ミーティングがあり、ひとこと意見を求められまして、たまたま黒猫のことを思い出しました。「黒猫が前を横切ると縁起が悪いといわれますが、こういう会議に参加でき、私にとっては有意義な一日でした。俗信などに惑わされないようにいたしましょう」云々と述べました。そのあと財布をなくした・・・。全く忌々しい気分。

そんなわけで、何年経っても黒猫に会うと、ふっとそのことが頭をよぎる、らしい。人間って他愛ないもんです。私が単純なだけか。

デスクトップを横切る途中の黒猫
黒猫
投稿者:ルノ 17:33 | コメント(3) | トラバ(0) | るれろライフ
2006年12月03日

世にも美しいブログ

はてさて美しいブログとは?
あなたが今見ているこのブログがまさしく美しいといえましょう。エヘン。

ちょっとちょっと、この薄汚いページが? しょい過ぎというか、勘違いも甚だしいというか・・・。使用単語だってヤバいものが多いぜぇ。

別に色やデザインの話じゃございませんことよ。
まず広告がない。ランキングにも不参加。そしてコメントやトラックバックがごくわずかです。
すっきりと美しいではありませんか。

へ? 要は、見捨てられた三流ブログてことじゃないか。

オーナーのエスプリのみが凝縮されていると表現していただきとうございます。

とかなんとかうそぶきつつ、実は数日前からこのブログにも広告を貼っています。トップページから見えないだけです。試験運用だからいつ外すかわかりませんが、すでに美しさは損なわれました。玄関だけ掃除して部屋の中はガラクタだらけ。

ブログは広告と相性がいいそうですが、うちみたいに雑多で取り留めのない内容だと、向いていないのは確かです。テーマを絞り、訪問者を選んでこそ、広告の真価は発揮されます。
しかしおおかたの個人ブログ(日記系ブログ)は日々の出来事や雑感などが主体で、そうそう専門的にはなりません。そうした広範な雑記がブログの魅力なわけですし。

今日のテーマは、雑多な記事が詰まった一般個人ブログにあえて広告を載せる方法の考察。きっちりテーマを定めた個人ブログは対象外です。
検証ははるか先になりそうですが。

人より遅れて物事を始めても、何かと自分なりの(へ)理屈をつけて先輩方に披露し(教え)たがるのが私の悪い癖ですな。
ま、一般的個人ブログでアフィをやってて成果がはかばかしくない人は、真面目に読んでも損はないぞよ。損があっても責任は取らぬ。

その一。トップページに広告は不要。
通常のブログでは時系列で記事が並ぶので、トップページはゴミ箱、いや、これはあんまりか、寄せ鍋のようなものです。訪問者もさまざまで傾向が一定しません。
特別に生もの(最先端を行く話題・日が過ぎれば無意味になる品)を扱ったのでない限り、しょっぱなから広告を載せても効果が薄いのではないでしょうか。

うちはアクセス数がものすごく少ない。しかも記事をアップした直後はTBの餌食を探す人かロボットばかり。広告なんかあれば、同類項と誤解されてますますスパムに食い荒らされるだけです。せめてトップページは無垢を装いたい。

トップページが最も検索されたいと誰しも願っていますよね。
トップからの発リンクが多いと、Google流にいえば『ページランクの流出』を招きます。ランクはあまり関係ないとされるけど、役立たずの広告リンクは極力取っ払うべきです。Yahooでもアフィをベタベタ貼りまくったページは不利になる可能性がなきにしもあらず、らしい。検索エンジンに見放されたら広告もヘッタクレもありゃしません。

一般検索エンジンで新着記事がそれなりのキーワードで検索され始めるのはおそらくトップページから消えたころでしょう。そのころになってやっと真に読んでほしい人々が来始めるのです。その時点で広告を載せても遅くはありません。
また各記事がその後も読み続けられる値打ちがあるかどうか篩い分けができるのも、だいたいそのころです。2週間後には誰も来なくなる記事は見捨てるのが賢明です。

その二。テンプレートに広告を入れない。
コンテンツのHTMLに広告を挿入しておくと楽ですが、どのページにも同じ広告が出ると目障りであり、見慣れた人は無視します。ページ内容に即した広告を配信するシステム(アドセンスやライブリンクなど)もありますが、必ずしも適確とは限りません。
ターゲットを絞った広告を、厳選した少数の記事に手動で載せるほうが印象的です。

以上。
これさえ守れば、少ないアクセス、少ないビジター、少ないページビューでも、比較的ましな結果が得られるのでは・・・?
結果をお金だけに換算してはいけませんよ。ブログであれ、ホームページであれ、自分で作ったページは財産です。過重な広告がほかの自サイトに悪影響を与えるおそれもあります。

私はあまりブログサーフィンをしませんが、お気に入りに収録しているブログはけっこうあります。広告の量は無からドバドバまでさまざまです。むろん記事が良いゆえのブックマークですが、広告に関しても見習いたいようなセンスに満ちたブログも多いようです。

当たり障りのないところをひとつ紹介。
広告、あります。自分が読んでいる本というのがさりげなくてニクいじゃありませんか。それに比べると・・・私は恥ずかしい。
http://mollychicken.blogs.com/my_weblog/
 
投稿者:ルノ 22:02 | コメント(0) | トラバ(0) | ブログ論