昨年はミクシィ上場がニュースになったりして、SNSというものが社会一般に広く認知されました。
「mixi八分」「mixi疲れ」「mixi退会」などの用語も頻繁にサーチされています。
さらには・・・
このごろ読み逃げ禁止なる風潮が出てきたのだとか。
これはマイミクさんの日記で知りました。その人の方針じゃないですよ。それに呆れている内容でした。
「読み逃げ」というのは、日記にコメントせずに立ち去ることです。正確には、「足あと」を残しておきながらコメントを書かないこと。それをマナー違反と受け止める人々がいるのです。「逃げ」という言葉自体、じゅうぶん否定的ですね。
ページに行けば足あとはつくが、日記を読むとは限らないから、へんな理屈だとは思うなあ。もっとも、mixiってとこには日記くらいしかコンテンツがないので、訪問イコール日記読みなのでしょうが。
ウェブでも読み逃げ禁止は話題となっているようです。
多くの人は否定的見解だし、「釣り」だの「ネタ」だのという意見もあります(私にはその言葉の意味がよくわからないが)。
でもま、若いコはどんなことでも自分の常識にしちゃうから、そういう強制はいかにもあり得るって印象。
自分は人の日記にコメントしてるんだから、人もそうしてくれなきゃ不公平だと考えるようです。
みんなが主役の時代とでもいいますか。運動会で順位をつけるのは差別だから全員一等賞なんてのがまかり通ったりするでしょ。うちの子がいじめられたと学校に怒鳴り込んだ親の話をよく聞くと、チヤホヤされなかったことをシカトされたと捉えているだけだったり。
上述したように、mixiなんて何もないところです。mixiの成功は足あと機能の賜物です。足あとなくばこれほどまでのブームにはならなかったでしょう。良くも悪くも足あとに頼り、振り回されることがmixiに参加しているあかしなのです。
この際だから「足あとは見ない」と宣言してはいかがでしょう。
ほんとうに見ていないかどうか他人は検証できないのだから、どうせポーズに過ぎないと疑る人がいるかもしれませんが、テレビと同じで、見ないことに慣れればやっていけるものですよ。
私は見ませんが、ほとんど誰も来なくて見ようがないからです。
最初は見ました。その結果「足あと返し」なるものにおそれをなして、人のページを訪ねなくなり、ログインもめったにしなくなりました。ログインした時間がバレるのもちょっと不気味。
人をおびえさせる(?)のが申し訳なくて、「足あと返し」は1度もしたことありません。
なんのためにmixiやってんだ。
いやあ、それでも私なりにテコ入れを試みたんですよ。
mixiの日記はもう書かないけど、今月から短いブログを始めて、日記代わりにしています。読まされる人には鬱陶しい、まこと他愛ない内容です。
なんでmixi日記でなくてブログなのかというと、mixi外からも人が来るでしょう。マイミクさんがコメント書かなきゃと負担に感じることもなかろう、と。
一般人の訪問は、多少なりともモティベーションに貢献します。
私は閉ざされた空間で特定の人々と付き合うことが苦手です。その代わり、見ず知らずの人が音もなく声もなく、それでも来てはいるらしいと感じるだけで、じゅうぶん書き散らす意欲が湧きます。
読み逃げ禁止を掲げて馴れ合いのくすぐりみたいなことに頼っている若者たちには、あまり理解できないでしょうね。
2007年03月23日
砥石を砥ぐ
料理は不得手だけど、包丁は自分で研ぎます。
もっとも、ここ何年か放置していました。
そもそも包丁がステンレス製で、メチャクチャ安物ではないにしても、切れ味がいいほうではありません。切れ味というものは、知らなければ知らないまま、そんなもんだと思って慣れてしまいます。
手持ちの砥石はごく普通の直方体の石で、引っ越しのときに実家から持ってきました。
昔はこまめに研いでいたのです。研げばそこそこ切れるようになって気持ちいいし。
ところがですねー、研ぎ方が完全な自己流でした。それに気づいたのはかなりの年月が過ぎてからです。
どういうふうに間違っていたかというと、砥石の真ん中しか使わなかったのです。
包丁の刃が砥石からはみ出るように、つまり砥石の長い部分に垂直(というより斜め向き)に当てるのが普通とは知っていましたが、手っ取り早く研げるように、長いほうに平行に当てて、はみ出ないようにこすっていたんですねえ。そうすれば刃全体を一度で研ぐことができますでしょ。
そんな邪道研ぎでもちゃんと切れるようになるんだから、包丁ってのは節操がないですね。
しかし砥石はさんざんです。長年そうやっているうちに、真ん中だけがへこんできたのです。研ぎにくくなって、ヘタすると刃こぼれするようになりました。
新たな砥石か、素人でも使いやすい研ぎ器を買うことは考えず、包丁研ぎをやめました。で、切れない包丁に慣れてしまったわけですね。
最近になってあまりのなまくらにイライラするまでになり、なんとかしようと再び砥石を出しました。砥石を磨く石が世の中には存在するらしいが、わざわざ買う気にもならず、要は砥石が平らになればいいのだから、我が家にその石の代用品がないか検討。
見つけたのが30センチ四方の大理石板です。年末に捨てようとしたけど、重くてゴミ袋が破けるので断念。
砥石を濡らして大理石のざらざら面に押しつけて滑らせていたら、次第に表面の水が白と茶のマーブル模様に濁ってきました。大理石も砥石も表面が溶けてきたみたいです。気長にこすり続け、最後は大理石のつるつる面で仕上げ。
見事に平らな砥石になりました。バンラーイ。
改めて正しい方法で包丁を研いだら・・・うわ、うちの包丁ってこんなに切れるもんだったの?
なつかしの切れ味がよみがえりました。
以前は油揚げを刻むのに、まな板がべたつかないように揚げが入っていた袋を敷いて切っていたのですが、今回そのようにしたら、袋まで切り刻まれ、選り分けるのに苦労しました。
おまけに、指先についた切りくずを包丁の刃で払ったら(いつもそうしてるんですよ)、スパッと皮膚が切れて、血がじわり。たいした怪我ではないものの、これまでの調子で使っちゃいけないと気を引き締めたのでありました。
もっとも、ここ何年か放置していました。
そもそも包丁がステンレス製で、メチャクチャ安物ではないにしても、切れ味がいいほうではありません。切れ味というものは、知らなければ知らないまま、そんなもんだと思って慣れてしまいます。
手持ちの砥石はごく普通の直方体の石で、引っ越しのときに実家から持ってきました。
昔はこまめに研いでいたのです。研げばそこそこ切れるようになって気持ちいいし。
ところがですねー、研ぎ方が完全な自己流でした。それに気づいたのはかなりの年月が過ぎてからです。
どういうふうに間違っていたかというと、砥石の真ん中しか使わなかったのです。
包丁の刃が砥石からはみ出るように、つまり砥石の長い部分に垂直(というより斜め向き)に当てるのが普通とは知っていましたが、手っ取り早く研げるように、長いほうに平行に当てて、はみ出ないようにこすっていたんですねえ。そうすれば刃全体を一度で研ぐことができますでしょ。
そんな邪道研ぎでもちゃんと切れるようになるんだから、包丁ってのは節操がないですね。
しかし砥石はさんざんです。長年そうやっているうちに、真ん中だけがへこんできたのです。研ぎにくくなって、ヘタすると刃こぼれするようになりました。
新たな砥石か、素人でも使いやすい研ぎ器を買うことは考えず、包丁研ぎをやめました。で、切れない包丁に慣れてしまったわけですね。
最近になってあまりのなまくらにイライラするまでになり、なんとかしようと再び砥石を出しました。砥石を磨く石が世の中には存在するらしいが、わざわざ買う気にもならず、要は砥石が平らになればいいのだから、我が家にその石の代用品がないか検討。
見つけたのが30センチ四方の大理石板です。年末に捨てようとしたけど、重くてゴミ袋が破けるので断念。
砥石を濡らして大理石のざらざら面に押しつけて滑らせていたら、次第に表面の水が白と茶のマーブル模様に濁ってきました。大理石も砥石も表面が溶けてきたみたいです。気長にこすり続け、最後は大理石のつるつる面で仕上げ。
見事に平らな砥石になりました。バンラーイ。
改めて正しい方法で包丁を研いだら・・・うわ、うちの包丁ってこんなに切れるもんだったの?
なつかしの切れ味がよみがえりました。
以前は油揚げを刻むのに、まな板がべたつかないように揚げが入っていた袋を敷いて切っていたのですが、今回そのようにしたら、袋まで切り刻まれ、選り分けるのに苦労しました。
おまけに、指先についた切りくずを包丁の刃で払ったら(いつもそうしてるんですよ)、スパッと皮膚が切れて、血がじわり。たいした怪我ではないものの、これまでの調子で使っちゃいけないと気を引き締めたのでありました。
2007年03月22日
つながらない
祭日の夜9時過ぎ、ブログの投稿途中に突如接続がブチ切れて、その後全くつながらなくなりました。
接続断トラブルの話はよく聞きますし、ほっといても時間が経てば復旧することが多いようです。
が、いっこうに回復の気配がない。
こんな場合、とりあえず何をすべきでしょう。
落ち着いて原因を探ります。悪いのはパソコンか、回線か、プロバイダか。
自分の財産であるパソコンの故障が一番怖いんですよね。ほかは向こうがなんとかしてくれるもんでしょ。
ま、今回はパソコンではなさそう。つながらないという一点を除けば正常に動いているから。
まず疑ったのは接続プロバイダでした。
エラーメッセージが「リモートコンピュータが応答せず」とかなんとかだったしぃ。
普段からこのプロバイダは接続が遅く、規定の時間内につながらなくてリダイヤルするケースがままあるのです。そんなときでも2度目にはスムーズに応答してくれていたけど。
そいじゃ、プロバイダのホームページに行って障害情報を見よう。って、携帯を持たない私には無理なんです。
マニュアルの束からプロバイダの冊子を捜して、サポート電話番号を確認。あらら、受付が10時から19時まで。今はどうしようもありません。
方向を変えて回線に異常がないか調べます。
回線業者のマニュアルには24時間対応とあったので、さっそく電話するも、「ただいま混み合っております。あとでおかけ直しください」のテープが流れるだけ。
こんなに夜遅く混み合っているのか。ひょっと大規模な回線トラブルかも。いや、こんな時間は担当がひとりしかいなくて、1件でもかかっていれば「混み合う」状況なのでしょう。
さしあたって自力でやれることを試みます。
まずパソコンの再起動。原因不明のトラブルはこれで直ることもあります。
しかし結果は同じでした。
次。接続コード(LANケーブル)のチェック。なんたって私はコードのゆるみからフリーズを引き起こした前歴があるもんね。
目視では大丈夫そうに見えたけど、抜いてつなぎ直して再起動。
でもダメでした。
じゃあモデムを叩く。モデムじゃなくて、VDSL(宅内端末装置)とかいうらしい。
旧式な人間はついモデムと呼んじゃうんです。その昔、FMタウンズでパソコン通信をするためにオムロンの白いモデムを買いました。形はそっくり。3万円近く投じた2400bpsモデムなのに、つないだのは3回きり。なんと高い通信費についたことか。
あ、怒りに任せてホントに叩いちゃいけません。電源コードを抜いて差し直すのです。
これも効果なし。
すでに11時半。しょーがねー、今夜はあきらめて、明日プロバイダに電話しよう。寝る前にもう一度接続トライ。
やはり同じエラーメッセージ。そのとき気づきました、LANケーブルを抜いたままだった。
VDSLがつながってなくても「リモートコンピュータが云々」と同じエラーが出るということは、原因はプロバイダではないと思えてきました。接続エラーメッセージは100以上あるんだから、一つ覚えで出すのやめてほしいね。
改めてVDSLを眺めて首をかしげる。このLINEってランプが点滅してるけど、いつもそうだったっけ。普段観察力がないから思い出せません。昔のモデムはランプがついたり消えたりするのが常だったから、これでいいような気もするけど・・・しかし怪しい。
再度回線会社に電話しましたら、何度か目に応答がありました。
状況を説明すると、「回線か装置の故障らしいから明日の午後修理に伺います」とのこと。やはりランプは点滅ではなく点灯していなければならないのでした(でも通信中は点滅ランプがあるではないか)。
原因が判明したようなので、とりあえず安心して眠りました。
翌朝。いつもは起きたら真っ先にパソコンの電源を入れるのに、今日は放置。インターネットが使えないからって、取り立てて困ったり損害をこうむるわけではないし、オフラインでやるべきことはたくさんあるけど、つながらないとなるとなんとなく扱う気になれないのです。やっと人並みに常時接続が身についてきたのだろうか。
午後、担当者が来て言うには、原因はわからないけど、建物のおおもとの装置をリセットしたら直ったそうです。同じ建物の別の住人にも被害があったらしい。しっかりしてよ、NTT。
切れていたのは16時間ほどですが、一足早いシャットダウンデーということにしておきましょうか。
接続断トラブルの話はよく聞きますし、ほっといても時間が経てば復旧することが多いようです。
が、いっこうに回復の気配がない。
こんな場合、とりあえず何をすべきでしょう。
落ち着いて原因を探ります。悪いのはパソコンか、回線か、プロバイダか。
自分の財産であるパソコンの故障が一番怖いんですよね。ほかは向こうがなんとかしてくれるもんでしょ。
ま、今回はパソコンではなさそう。つながらないという一点を除けば正常に動いているから。
まず疑ったのは接続プロバイダでした。
エラーメッセージが「リモートコンピュータが応答せず」とかなんとかだったしぃ。
普段からこのプロバイダは接続が遅く、規定の時間内につながらなくてリダイヤルするケースがままあるのです。そんなときでも2度目にはスムーズに応答してくれていたけど。
そいじゃ、プロバイダのホームページに行って障害情報を見よう。って、携帯を持たない私には無理なんです。
マニュアルの束からプロバイダの冊子を捜して、サポート電話番号を確認。あらら、受付が10時から19時まで。今はどうしようもありません。
方向を変えて回線に異常がないか調べます。
回線業者のマニュアルには24時間対応とあったので、さっそく電話するも、「ただいま混み合っております。あとでおかけ直しください」のテープが流れるだけ。
こんなに夜遅く混み合っているのか。ひょっと大規模な回線トラブルかも。いや、こんな時間は担当がひとりしかいなくて、1件でもかかっていれば「混み合う」状況なのでしょう。
さしあたって自力でやれることを試みます。
まずパソコンの再起動。原因不明のトラブルはこれで直ることもあります。
しかし結果は同じでした。
次。接続コード(LANケーブル)のチェック。なんたって私はコードのゆるみからフリーズを引き起こした前歴があるもんね。
目視では大丈夫そうに見えたけど、抜いてつなぎ直して再起動。
でもダメでした。
じゃあモデムを叩く。モデムじゃなくて、VDSL(宅内端末装置)とかいうらしい。
旧式な人間はついモデムと呼んじゃうんです。その昔、FMタウンズでパソコン通信をするためにオムロンの白いモデムを買いました。形はそっくり。3万円近く投じた2400bpsモデムなのに、つないだのは3回きり。なんと高い通信費についたことか。
あ、怒りに任せてホントに叩いちゃいけません。電源コードを抜いて差し直すのです。
これも効果なし。
すでに11時半。しょーがねー、今夜はあきらめて、明日プロバイダに電話しよう。寝る前にもう一度接続トライ。
やはり同じエラーメッセージ。そのとき気づきました、LANケーブルを抜いたままだった。
VDSLがつながってなくても「リモートコンピュータが云々」と同じエラーが出るということは、原因はプロバイダではないと思えてきました。接続エラーメッセージは100以上あるんだから、一つ覚えで出すのやめてほしいね。
改めてVDSLを眺めて首をかしげる。このLINEってランプが点滅してるけど、いつもそうだったっけ。普段観察力がないから思い出せません。昔のモデムはランプがついたり消えたりするのが常だったから、これでいいような気もするけど・・・しかし怪しい。
再度回線会社に電話しましたら、何度か目に応答がありました。
状況を説明すると、「回線か装置の故障らしいから明日の午後修理に伺います」とのこと。やはりランプは点滅ではなく点灯していなければならないのでした(でも通信中は点滅ランプがあるではないか)。
原因が判明したようなので、とりあえず安心して眠りました。
翌朝。いつもは起きたら真っ先にパソコンの電源を入れるのに、今日は放置。インターネットが使えないからって、取り立てて困ったり損害をこうむるわけではないし、オフラインでやるべきことはたくさんあるけど、つながらないとなるとなんとなく扱う気になれないのです。やっと人並みに常時接続が身についてきたのだろうか。
午後、担当者が来て言うには、原因はわからないけど、建物のおおもとの装置をリセットしたら直ったそうです。同じ建物の別の住人にも被害があったらしい。しっかりしてよ、NTT。
切れていたのは16時間ほどですが、一足早いシャットダウンデーということにしておきましょうか。
2007年03月17日
雑木売買
昨日かかってきたセールス電話は、北海道の原生林に生える樺の木から取れるなんたらのサンプルをお送りします、というものでした。「なんたら」がなんなのか聞き逃しましたが、美容液か健康食品か、まあそんなところでしょう。
北海道の原野といえば、思い出すのは原野商法。二束三文の荒れ地を高値で売りつけるものです。
とっくに根絶したかと思いきや、かつての被害者をターゲットに、詐欺の上塗りをする連中が出てきたとか。売るに売れない土地を抱えて困っている被害者たちに、今度こそ値上がりしそうです、代理で売ってあげますなどと言葉巧みに手数料を騙し取るのです。
一度だまされた人はだまされ癖がついてるからころりと引っかかる・・・というのが業界の常識らしいです。そういう人々のリストは重宝され、二重三重いや十重二十重に勧誘網がかかります。
なんの教訓も得とらん、学習能力ゼロ、よっぽどカネがあり余ってんだろうな。と、二次被害、三次被害に遭った人を非難するのは確かに酷です。悪いのは詐欺師であります。
しかし被害者に全く落ち度がないかというと・・・はっきり言って人迷惑な方々です。詐欺商法というものは騙される人がいるから発展するのです。騙されることは詐欺を助長しているも同然だと認識していただきたい。
怒らないでくださいね。
そんな人々はきっと実生活では親切で面倒見が良く、回りから慕われていることでしょう。
詐欺も不正もぴしっと見抜き、決してバカを見ることのない人間ばかりがあふれていたら、それはそれで味気ない世の中に違いありません。
私とていざそういう状況に置かれたら、はたして詐欺師をバッチリ撃退できるだろうか。
無知や思い込み、勘違いなどにより思いもかけない言動をとるのが人間というものです。
恥を忍んで打ち明けますと、私も原野商法に引っかかった経験を持つのです。
私は働くことが嫌いで、いろんな会社を転々としました。けっこう波乱万丈な人生・・・のわりに世間知らず。
とある不動産会社に面接に行ったら、すぐに採用され、翌日から勤務の運びとなりました。
オフィスは明るく立地もよく、制服は可愛くて(でもミニ丈)、給料もまあまあ。大手不動産会社と紛らわしい社名だけど、創立者の名字がそうなのであって、別に関係はないんだとか(この時点で怪しいと思えよ)。
社長はえらく傲慢な態度の20代の若造で・・・と、今だからそう言えるけど、コムスメに過ぎなかったわたくしの目には、颯爽たる青年実業家と映りました。おまけに電話つきのすごい高級車を乗り回していたんですよね(ケータイなどない時代)。
入社日は簡単な研修などを受けました。2日目にはさっそく現地説明会。社長自ら運転するその高級車で、売り出し中の山林へ連れていかれました。いっしょに入社したもうひとりの女の子といっしょに。
現地というのが「原野」だったわけです。
このへんに原野があるのかって? 場所は覚えていないけど、街の中心部から車で数十分の距離です。やや田舎という程度。車が乗り入れられるところですからね。
起伏があっていちおう山の中で、ひょろんとした貧弱な木がほぼ等間隔に生えておりました。自生しているのではなく、人手で植えられた雰囲気。ところどころに杭が打ち込まれ、ロープで分割されていて、何箇所かに「売約済み」の立て札。
片隅に簡単なテントがあり、テーブルが置かれていました。
そのうち営業マンがぽつぽつと見込み客を連れてきて、社長が木々の間を案内しながら売り込みをするのです。一区画いくらだか知りませんが、200万前後でしょうか。これらの木々が成長して数年後には1本数十万で売れるという話。
客はほとんどが高齢の男性。
私たち営業事務員の業務は、それら見込み客にお茶やコーヒーを出すことでした。ほんと、あっけないくらい簡単な仕事。空いた時間は雑木林をうろついてきのこを探したり。
お客さんが「もう帰る」と言おうものなら、営業マンが「まあまあ、お茶でもお飲みになってから」と引き止めるのです。
「今度はコーヒー」「ほら、紅茶をお出しして」と指示されるままに次々と飲み物を出しました。お昼には用意してきた豪華幕の内弁当を勧めて、買う気になるまで長居をさせようとの魂胆。
その日だけで2、3件売れたようです。ひとりのおじいさんはすでに1区画買ったけどさらに買い増しに来たとのことで、下へも置かぬおもてなしでした。
私はその翌日辞めました。勤務したのは都合2日。
いかがわしいような気がしたのが理由だけど、どのようにいかがわしいのか、自分でもわかりませんでした。当事者というものは、意外にことの真相が見えていないのです。
数年後、『原野商法』というものがクローズアップされ、ああ、あれもその一種だったのかと合点がいったのです。
その会社は手を変え品を変え、似たようなことを続けているのでしょうか。
「引っかかった」などと被害者ヅラしてしまいましたが、私は加害者だったのです。
ピチピチギャルの脚線美に目がくらんでつい契約してしまったおじいさんはいなかったでしょうが、多少は良心が咎めました。その日成約がゼロだったら良かったのに。
でもですね、おツム弱くて世間知らずのコムスメをたぶらかして共犯者に仕立て上げるという点で、詐欺商法は二重に罪深いと思います。
老人たちにアタックしていた若い営業マンの中にも、あの雑木がいずれ高級木材になると信じ込んでいた人もいたでしょう。でなければ説得力も弱まったに違いないのですから。
こういった商法に利用される人々は大勢います。
テレホンアポインターと呼ばれる職業はおおむねそんなものでしょう。実際に商談を行い歩合給を得るのは海千山千の営業マンだから、予約を取るだけのテレホンレディたちは、詳細を知らされていないし、罪悪感もないのです。
いまだ不況真っ盛りが実感の世、パートや派遣は差別され、夫は慰謝料も養育費もバックレるし、生活保護は厳しい条件をクリアしなければならず、生きていくためにはあれこれ選んでいられませんよね。
だまされる人々がいなければ、こんな仕事も成り立たず、求人もないはず(って、言い訳です。応募する人々も熟考すべき)。
ともあれ、小金持ちの皆さま。
世の中に楽して儲かる話なんて絶対にありません。儲け話を安易に信じ込むことは、あなた自身が財産を失うだけにとどまらないのです。詐欺師をはびこらせ、知らずに加担させられる人やほかの被害者を増やすことにつながるのです。
と、詮無き警告を再び発して終わりにします。
北海道の原野といえば、思い出すのは原野商法。二束三文の荒れ地を高値で売りつけるものです。
とっくに根絶したかと思いきや、かつての被害者をターゲットに、詐欺の上塗りをする連中が出てきたとか。売るに売れない土地を抱えて困っている被害者たちに、今度こそ値上がりしそうです、代理で売ってあげますなどと言葉巧みに手数料を騙し取るのです。
一度だまされた人はだまされ癖がついてるからころりと引っかかる・・・というのが業界の常識らしいです。そういう人々のリストは重宝され、二重三重いや十重二十重に勧誘網がかかります。
なんの教訓も得とらん、学習能力ゼロ、よっぽどカネがあり余ってんだろうな。と、二次被害、三次被害に遭った人を非難するのは確かに酷です。悪いのは詐欺師であります。
しかし被害者に全く落ち度がないかというと・・・はっきり言って人迷惑な方々です。詐欺商法というものは騙される人がいるから発展するのです。騙されることは詐欺を助長しているも同然だと認識していただきたい。
怒らないでくださいね。
そんな人々はきっと実生活では親切で面倒見が良く、回りから慕われていることでしょう。
詐欺も不正もぴしっと見抜き、決してバカを見ることのない人間ばかりがあふれていたら、それはそれで味気ない世の中に違いありません。
私とていざそういう状況に置かれたら、はたして詐欺師をバッチリ撃退できるだろうか。
無知や思い込み、勘違いなどにより思いもかけない言動をとるのが人間というものです。
恥を忍んで打ち明けますと、私も原野商法に引っかかった経験を持つのです。
私は働くことが嫌いで、いろんな会社を転々としました。けっこう波乱万丈な人生・・・のわりに世間知らず。
とある不動産会社に面接に行ったら、すぐに採用され、翌日から勤務の運びとなりました。
オフィスは明るく立地もよく、制服は可愛くて(でもミニ丈)、給料もまあまあ。大手不動産会社と紛らわしい社名だけど、創立者の名字がそうなのであって、別に関係はないんだとか(この時点で怪しいと思えよ)。
社長はえらく傲慢な態度の20代の若造で・・・と、今だからそう言えるけど、コムスメに過ぎなかったわたくしの目には、颯爽たる青年実業家と映りました。おまけに電話つきのすごい高級車を乗り回していたんですよね(ケータイなどない時代)。
入社日は簡単な研修などを受けました。2日目にはさっそく現地説明会。社長自ら運転するその高級車で、売り出し中の山林へ連れていかれました。いっしょに入社したもうひとりの女の子といっしょに。
現地というのが「原野」だったわけです。
このへんに原野があるのかって? 場所は覚えていないけど、街の中心部から車で数十分の距離です。やや田舎という程度。車が乗り入れられるところですからね。
起伏があっていちおう山の中で、ひょろんとした貧弱な木がほぼ等間隔に生えておりました。自生しているのではなく、人手で植えられた雰囲気。ところどころに杭が打ち込まれ、ロープで分割されていて、何箇所かに「売約済み」の立て札。
片隅に簡単なテントがあり、テーブルが置かれていました。
そのうち営業マンがぽつぽつと見込み客を連れてきて、社長が木々の間を案内しながら売り込みをするのです。一区画いくらだか知りませんが、200万前後でしょうか。これらの木々が成長して数年後には1本数十万で売れるという話。
客はほとんどが高齢の男性。
私たち営業事務員の業務は、それら見込み客にお茶やコーヒーを出すことでした。ほんと、あっけないくらい簡単な仕事。空いた時間は雑木林をうろついてきのこを探したり。
お客さんが「もう帰る」と言おうものなら、営業マンが「まあまあ、お茶でもお飲みになってから」と引き止めるのです。
「今度はコーヒー」「ほら、紅茶をお出しして」と指示されるままに次々と飲み物を出しました。お昼には用意してきた豪華幕の内弁当を勧めて、買う気になるまで長居をさせようとの魂胆。
その日だけで2、3件売れたようです。ひとりのおじいさんはすでに1区画買ったけどさらに買い増しに来たとのことで、下へも置かぬおもてなしでした。
私はその翌日辞めました。勤務したのは都合2日。
いかがわしいような気がしたのが理由だけど、どのようにいかがわしいのか、自分でもわかりませんでした。当事者というものは、意外にことの真相が見えていないのです。
数年後、『原野商法』というものがクローズアップされ、ああ、あれもその一種だったのかと合点がいったのです。
その会社は手を変え品を変え、似たようなことを続けているのでしょうか。
「引っかかった」などと被害者ヅラしてしまいましたが、私は加害者だったのです。
ピチピチギャルの脚線美に目がくらんでつい契約してしまったおじいさんはいなかったでしょうが、多少は良心が咎めました。その日成約がゼロだったら良かったのに。
でもですね、おツム弱くて世間知らずのコムスメをたぶらかして共犯者に仕立て上げるという点で、詐欺商法は二重に罪深いと思います。
老人たちにアタックしていた若い営業マンの中にも、あの雑木がいずれ高級木材になると信じ込んでいた人もいたでしょう。でなければ説得力も弱まったに違いないのですから。
こういった商法に利用される人々は大勢います。
テレホンアポインターと呼ばれる職業はおおむねそんなものでしょう。実際に商談を行い歩合給を得るのは海千山千の営業マンだから、予約を取るだけのテレホンレディたちは、詳細を知らされていないし、罪悪感もないのです。
いまだ不況真っ盛りが実感の世、パートや派遣は差別され、夫は慰謝料も養育費もバックレるし、生活保護は厳しい条件をクリアしなければならず、生きていくためにはあれこれ選んでいられませんよね。
だまされる人々がいなければ、こんな仕事も成り立たず、求人もないはず(って、言い訳です。応募する人々も熟考すべき)。
ともあれ、小金持ちの皆さま。
世の中に楽して儲かる話なんて絶対にありません。儲け話を安易に信じ込むことは、あなた自身が財産を失うだけにとどまらないのです。詐欺師をはびこらせ、知らずに加担させられる人やほかの被害者を増やすことにつながるのです。
と、詮無き警告を再び発して終わりにします。
2007年03月12日
3匹の犬はつむじ風
先日、ノートに文章を書こうと試みた話をしましたが、実はさっぱり進展しておりません。
ところでその大学ノートをめくったとき、思いもかけないものを発見して愕然としたのでした。
ヘターな字をお目にかけたくはないのですが、努力ぶりに我ながら感動したものですから。数年前と思うけど、当時からおツムへの危機意識だけはあったようです。

内容は、JIS第二水準の漢字を順次書き出し、漢和辞典で読み方と意味・熟語・用例などを調べて概略を書き写したもののようです。
「仄」の項には「ソク 傾く、ほのか、いやしい。仄日=夕陽 仄目…目を逸らす 平仄(ひょうそく)…つじつま」
「俤」は「おもかげ、すがた、顔つき。弟に兄の面影があるので」と記入。なるほどねー。
この書き取り練習を真面目に続けていれば、今ごろは生き字引に近づいていただろうか。
残念ながら数ページで挫折し、「にんべん」までしか残っておりません。こんなものを書いたことすら忘却の彼方でありました。自分で書いておきながら、ほとんどの字がまるで初めて見たような印象。情けないのう。
別のページには、重ね字(とは呼ばないだろうけど、同じ字が2つ以上組み合わされてひとつの漢字になったもの)を捜した形跡がありました。
基本は一がふたつで二。
木が2つで林、3つで森、じゃあ4つで・・・ジャングル。ってのは昔見たなぞなぞ。
「出」は山2つに見えますが、つながっているので失格。「羽」は2つ並んでいるけど、1つでは漢字として成り立たないのでダメ。
人気の漢字「彡」はどうなの? 「丿」という字があるにはあります。「ヘツ」とか「ヘチ」とか読みます。「右から左へ戻る」ことだとか。でも角度を見ると、ちょっと違うような。
そんなふうにして捜すと、重なり漢字ってけっこう多いのです。
「又」は重なる意味があるけど、それを重ねた「双」は4つ重なることではなく2つにしか過ぎません。双子を表す漢字は「子」が横に2つ並んだ「孖」(表示されない?)。
2つよりも3つ重なる字のほうが多いようです。蟲、姦、轟、等々。
ありそでないのは、田が3つ、口が4つの漢字。部分的にはよく使われますが。
4つ重なるものは思いつきませんでした。
昔、最多画数の漢字は「龍」を4つ組み合わせたものだと聞きましたが、手持ちの小さな漢和辞典には載っていません。
「鹿」3つが最高かな。こんな緻密な字なのに、意味は「粗い、大雑把」だそうです。
パソコンの漢字変換に頼るだけでなく、ときには辞書をめくって漢字遊びをするのも面白いものですよ。ネタも見つかるし。
ところでその大学ノートをめくったとき、思いもかけないものを発見して愕然としたのでした。
ヘターな字をお目にかけたくはないのですが、努力ぶりに我ながら感動したものですから。数年前と思うけど、当時からおツムへの危機意識だけはあったようです。

内容は、JIS第二水準の漢字を順次書き出し、漢和辞典で読み方と意味・熟語・用例などを調べて概略を書き写したもののようです。
「仄」の項には「ソク 傾く、ほのか、いやしい。仄日=夕陽 仄目…目を逸らす 平仄(ひょうそく)…つじつま」
「俤」は「おもかげ、すがた、顔つき。弟に兄の面影があるので」と記入。なるほどねー。
この書き取り練習を真面目に続けていれば、今ごろは生き字引に近づいていただろうか。
残念ながら数ページで挫折し、「にんべん」までしか残っておりません。こんなものを書いたことすら忘却の彼方でありました。自分で書いておきながら、ほとんどの字がまるで初めて見たような印象。情けないのう。
別のページには、重ね字(とは呼ばないだろうけど、同じ字が2つ以上組み合わされてひとつの漢字になったもの)を捜した形跡がありました。
基本は一がふたつで二。
木が2つで林、3つで森、じゃあ4つで・・・ジャングル。ってのは昔見たなぞなぞ。
「出」は山2つに見えますが、つながっているので失格。「羽」は2つ並んでいるけど、1つでは漢字として成り立たないのでダメ。
人気の漢字「彡」はどうなの? 「丿」という字があるにはあります。「ヘツ」とか「ヘチ」とか読みます。「右から左へ戻る」ことだとか。でも角度を見ると、ちょっと違うような。
そんなふうにして捜すと、重なり漢字ってけっこう多いのです。
「又」は重なる意味があるけど、それを重ねた「双」は4つ重なることではなく2つにしか過ぎません。双子を表す漢字は「子」が横に2つ並んだ「孖」(表示されない?)。
2つよりも3つ重なる字のほうが多いようです。蟲、姦、轟、等々。
ありそでないのは、田が3つ、口が4つの漢字。部分的にはよく使われますが。
4つ重なるものは思いつきませんでした。
昔、最多画数の漢字は「龍」を4つ組み合わせたものだと聞きましたが、手持ちの小さな漢和辞典には載っていません。
「鹿」3つが最高かな。こんな緻密な字なのに、意味は「粗い、大雑把」だそうです。
パソコンの漢字変換に頼るだけでなく、ときには辞書をめくって漢字遊びをするのも面白いものですよ。ネタも見つかるし。
2007年03月08日
ノーヒントナンクロ
中高年の間で流行している脳トレ。
昔は『頭の体操』とか呼ばれるクイズ形式が主体だったのですが、今はもっと真面目な、ほんとうに練習帳みたいなものも出回っているようですね。それでいて楽しんでやれるように工夫されているらしい。
月に1度くらい帰省しますと、年金生活の我が母はぬりえやお絵かき、ジグソーパズルなどで遊んでいます。このごろはナンクロというクロスワードに熱中しているようです。毎月専門雑誌を買って、鉛筆片手に頭をひねる日々。長生きしてね、お母様。
ナンクロのナンはなんの略でしょうね。クロスワードについているヒント(たてのカギ・よこのカギ)がなく、すべてのマスにナンバーが振られていて、同じ数字は同じ文字ということを手がかりに言葉を捜していきます。ああ、ナンバーの略?
で、私も空白部分に手出し口出しするのであります。
もっぱら「ノーヒント・ナンクロ」を選んで取り組みます。母には難易度が高いらしく、ほとんど手つかずです。けっこう暇つぶしになり、やり甲斐もあります。
しかしまあ、言葉って浮かばないものですねえ。
数字の並びをためつすがめつ、いろんな言葉を当てはめようとするけど、呆れるほど切れ切れの断片的な単語しか出てこないのです。しまいにはイライラして放り投げたくなります(実家ではテレビがついているから集中できないのかな)。
このナンクロを解くのに、豊富な語威力は必要ありません。
解き終わればわかるのですが、すべて平易な言葉のみです。どうしてこんな簡単な言葉を思い出せなかったんだと自己嫌悪に陥るほど。
辞書を引かなければ意味がわからない単語など全く採用されていません。だからこそカギなしで解けるようになっているのですね。
では何が必要か。「ひらめき」があげられます。
キーとなるふたつの語句に思い当たれば、あとはすいすい。そこに至るまでには、空白のマス目を縦横斜めに睨みつけ、おのれのおツムの貧困ぶりを呪うのであります。
しばらくやっているうちに「経験」も要素だと思えてきました。
数をこなせばこなすほどたやすくできるようになります。というのも、取っかかりとなる特殊な並びの言葉は限られていて、あちこちのナンクロで使われるからです。たとえば121234という並びだと「相合傘」「開会式」「高校生」など。ああ、またこれか、とうんざりすることも。
そういうわけで、毎月やると飽きます。
ごくたまーにチャレンジするほうが面白いし、頭脳の活性化に貢献するようです。
付記:
いったん解け始めたらあとはすいすい、ではありますが、実はそうとも限らないこともしばしばです。
「ツキツキ○」に難渋したことがあります。つきつきや? つきつきし? ・・・そんな言葉があるのか? 「ツキ」がそもそも間違いではなかろうかと、一からやり直そうとして失敗したあげく、「付きっ切り」だと気づきました。頭カチカチの現れですね。
初期には「あい○いあ」でつまづいたことも。「上から読んでも下から読んでも」は限られているから簡単そうなのに、なぜか思いつかないものです。
なお、辞書を引きながらするのは邪道だと思っております。
昔は『頭の体操』とか呼ばれるクイズ形式が主体だったのですが、今はもっと真面目な、ほんとうに練習帳みたいなものも出回っているようですね。それでいて楽しんでやれるように工夫されているらしい。
月に1度くらい帰省しますと、年金生活の我が母はぬりえやお絵かき、ジグソーパズルなどで遊んでいます。このごろはナンクロというクロスワードに熱中しているようです。毎月専門雑誌を買って、鉛筆片手に頭をひねる日々。長生きしてね、お母様。
ナンクロのナンはなんの略でしょうね。クロスワードについているヒント(たてのカギ・よこのカギ)がなく、すべてのマスにナンバーが振られていて、同じ数字は同じ文字ということを手がかりに言葉を捜していきます。ああ、ナンバーの略?
で、私も空白部分に手出し口出しするのであります。
もっぱら「ノーヒント・ナンクロ」を選んで取り組みます。母には難易度が高いらしく、ほとんど手つかずです。けっこう暇つぶしになり、やり甲斐もあります。
しかしまあ、言葉って浮かばないものですねえ。
数字の並びをためつすがめつ、いろんな言葉を当てはめようとするけど、呆れるほど切れ切れの断片的な単語しか出てこないのです。しまいにはイライラして放り投げたくなります(実家ではテレビがついているから集中できないのかな)。
このナンクロを解くのに、豊富な語威力は必要ありません。
解き終わればわかるのですが、すべて平易な言葉のみです。どうしてこんな簡単な言葉を思い出せなかったんだと自己嫌悪に陥るほど。
辞書を引かなければ意味がわからない単語など全く採用されていません。だからこそカギなしで解けるようになっているのですね。
では何が必要か。「ひらめき」があげられます。
キーとなるふたつの語句に思い当たれば、あとはすいすい。そこに至るまでには、空白のマス目を縦横斜めに睨みつけ、おのれのおツムの貧困ぶりを呪うのであります。
しばらくやっているうちに「経験」も要素だと思えてきました。
数をこなせばこなすほどたやすくできるようになります。というのも、取っかかりとなる特殊な並びの言葉は限られていて、あちこちのナンクロで使われるからです。たとえば121234という並びだと「相合傘」「開会式」「高校生」など。ああ、またこれか、とうんざりすることも。
そういうわけで、毎月やると飽きます。
ごくたまーにチャレンジするほうが面白いし、頭脳の活性化に貢献するようです。
付記:
いったん解け始めたらあとはすいすい、ではありますが、実はそうとも限らないこともしばしばです。
「ツキツキ○」に難渋したことがあります。つきつきや? つきつきし? ・・・そんな言葉があるのか? 「ツキ」がそもそも間違いではなかろうかと、一からやり直そうとして失敗したあげく、「付きっ切り」だと気づきました。頭カチカチの現れですね。
初期には「あい○いあ」でつまづいたことも。「上から読んでも下から読んでも」は限られているから簡単そうなのに、なぜか思いつかないものです。
なお、辞書を引きながらするのは邪道だと思っております。
2007年03月05日
むの恐怖
パソコン依存の生活が字を書く能力を奪うといわれます。私もひしひし感じておりまして・・・いや、単にパソコンのせいのみではないのでしょうが。
とりわけ漢字が書けませんねえ。
画数の多い字はすでに全滅って感じですが、中クラスの易しい字でも、迷うことがしばしば。準備の備を書こうとして、あれ、最後の部分は「用」だよね、それとも横棒1本に縦棒2本だったかな、と。ぐちゃぐちゃ。情けない。きっと「偏」との混同だな。
巷では漢字検定や書き取り練習帳が人気です。手や指を使うことは脳の活性化にもつながるし、字も上手になることでしょう。
漢字ばかりに目を向けていても危ないですよ。
ずいぶん前のことですが、とある知人がメモ書きをしていまして、ちょっと首をかしげながら尋ねました。
「ねえねえ、むってこんなだっけ?」
その用紙を覗き込んで目を疑いました。そこには・・・。

そこで爆笑になったって不思議はないのに、相手の真剣な表情に笑いも凍りついたのでありました。
ことはひらがなにまで波及してきたのだろうか。
そりゃ年のせいだ。と、若いあなたはバカにするかもしれませんが、その人は30代半ばです。
もちろん普段はちゃんと書けますよ。たまたま焦っていて、どこが変なのかとっさには判断がつかなかっただけでしょう。
それを思い出し、他人事ではない気分になったので、毎日何かしら文字を書こうと思い立ちました。
さっそく大学ノートを広げて、とりあえずブログ用の文章をシャープペンシルで書いてみる。まとまったらそれを見ながらパソコンに入力。
・・・の予定でした。が、上記の「備」で気持ちがくじけてしまった。ぺしょん。
いえいえ、明日また挑戦。
キーボードだって指を使うからよさそうじゃないかと言う人もいます。
ワープロが普及し始めたころはそういう考え方もあったようです。私は黎明期(8インチフロッピー時代)からワープロを使っていますが、あわれ、衰える一方です。
当初ワープロの役目は手書きを清書するというもので、原稿を見ながらタッチタイプで打っていました。今では原則片手打ち。頭が指に追いつかないので・・・。
パソコン世代の人々は、文章を考えながらキーボードを打つことがぴったりの速さに加減できているようです。画面を見ながら変換結果のチェックもしなければならないし、とりわけIMEは注意力を鍛えてくれるとはすでに書いた通りです。
とはいえ「押すだけ」「叩くだけ」ですからね。指の動きをつかさどる脳の領域や指そのものにとって、いかほどの鍛錬になるか疑問です。
複雑な曲線や直線が微妙に組み合わされた日本語を自分の手で書くことにはとうてい及びません。
ところで今月24日はシャットダウンデーだそうです。
その日はパソコンから離れ(できれば携帯もしまいこんで)、ノートに詩を書き綴ってみてはいかがでしょう。
とりわけ漢字が書けませんねえ。
画数の多い字はすでに全滅って感じですが、中クラスの易しい字でも、迷うことがしばしば。準備の備を書こうとして、あれ、最後の部分は「用」だよね、それとも横棒1本に縦棒2本だったかな、と。ぐちゃぐちゃ。情けない。きっと「偏」との混同だな。
巷では漢字検定や書き取り練習帳が人気です。手や指を使うことは脳の活性化にもつながるし、字も上手になることでしょう。
漢字ばかりに目を向けていても危ないですよ。
ずいぶん前のことですが、とある知人がメモ書きをしていまして、ちょっと首をかしげながら尋ねました。
「ねえねえ、むってこんなだっけ?」
その用紙を覗き込んで目を疑いました。そこには・・・。
そこで爆笑になったって不思議はないのに、相手の真剣な表情に笑いも凍りついたのでありました。
ことはひらがなにまで波及してきたのだろうか。
そりゃ年のせいだ。と、若いあなたはバカにするかもしれませんが、その人は30代半ばです。
もちろん普段はちゃんと書けますよ。たまたま焦っていて、どこが変なのかとっさには判断がつかなかっただけでしょう。
それを思い出し、他人事ではない気分になったので、毎日何かしら文字を書こうと思い立ちました。
さっそく大学ノートを広げて、とりあえずブログ用の文章をシャープペンシルで書いてみる。まとまったらそれを見ながらパソコンに入力。
・・・の予定でした。が、上記の「備」で気持ちがくじけてしまった。ぺしょん。
いえいえ、明日また挑戦。
キーボードだって指を使うからよさそうじゃないかと言う人もいます。
ワープロが普及し始めたころはそういう考え方もあったようです。私は黎明期(8インチフロッピー時代)からワープロを使っていますが、あわれ、衰える一方です。
当初ワープロの役目は手書きを清書するというもので、原稿を見ながらタッチタイプで打っていました。今では原則片手打ち。頭が指に追いつかないので・・・。
パソコン世代の人々は、文章を考えながらキーボードを打つことがぴったりの速さに加減できているようです。画面を見ながら変換結果のチェックもしなければならないし、とりわけIMEは注意力を鍛えてくれるとはすでに書いた通りです。
とはいえ「押すだけ」「叩くだけ」ですからね。指の動きをつかさどる脳の領域や指そのものにとって、いかほどの鍛錬になるか疑問です。
複雑な曲線や直線が微妙に組み合わされた日本語を自分の手で書くことにはとうてい及びません。
ところで今月24日はシャットダウンデーだそうです。
その日はパソコンから離れ(できれば携帯もしまいこんで)、ノートに詩を書き綴ってみてはいかがでしょう。
2007年03月02日
ロリー蘭
世界らん展日本大賞が東京ドームで開催されています(3/4まで)。
これでも私、ひところ趣味で蘭を育てていました。ファレノプシス、カトレア、シンビジウム、デンドロビウム、デンファレ、フォーミディブル等々。どれも2、3年はちゃんと咲くのだけど、次第に衰退して枯れてしまうのが常でした。
蘭は豪華で派手派手しいイメージがありますが、セッコクなど小さな和風の蘭が鈴なりに咲くようすは可憐ですよ。一見はかなげなのに花が長持ちするのも魅力です。
このらん展を見に東京まで行ったことがあります。
らん展鑑賞ツアーなるものがありまして、往復のチケットとホテル2泊+らん展入場券2枚がセット(なんで2枚も? 1日では足りないくらいたくさんの蘭が出品されているのです)。日程やホテルは選択可能だし、2人部屋ならけっこうお得です。
ので、勤め先の女の子と連れ立って出かけました(月末の忙しい時期に同じ部署のyou know社員がそろって休んだので、上司に苦い顔をされたり)。
ずいぶん熱心な蘭マニアだったんだねえ。
いや、別にー。
実は蘭の花など二の次でした。せっかく入場券が含まれるから1度はドームまで足を運んで見て回ったけど、もう1枚の券はダフ屋に売っ払いました。

それは忘れもしない1991年2月のこと(白々し〜、ホントは忘れてたから、アルバム出して調べたんだい)。
らん展ツアーを利用したのは、たまたま割安だったからで、目当てはロリー・ギャラガー公演。ふたりともロリギャラファンだったのです。
図らずもローリー最後の日本公演になりました。私が見た最後のロックコンサートでもあります(だ、だったかしら?)。
どんなステージだったか、なぜか全く覚えていません(情けないなー)。
それでもらん展のころには条件反射的にロリーを思い出してしまうのです。
ちなみにロリーが生まれた日は1948年3月2日です。ハッピー・バースデイ、いちおう。
おまけ画像はサイン入りコーリング・カード。
これでも私、ひところ趣味で蘭を育てていました。ファレノプシス、カトレア、シンビジウム、デンドロビウム、デンファレ、フォーミディブル等々。どれも2、3年はちゃんと咲くのだけど、次第に衰退して枯れてしまうのが常でした。
蘭は豪華で派手派手しいイメージがありますが、セッコクなど小さな和風の蘭が鈴なりに咲くようすは可憐ですよ。一見はかなげなのに花が長持ちするのも魅力です。
このらん展を見に東京まで行ったことがあります。
らん展鑑賞ツアーなるものがありまして、往復のチケットとホテル2泊+らん展入場券2枚がセット(なんで2枚も? 1日では足りないくらいたくさんの蘭が出品されているのです)。日程やホテルは選択可能だし、2人部屋ならけっこうお得です。
ので、勤め先の女の子と連れ立って出かけました(月末の忙しい時期に同じ部署のyou know社員がそろって休んだので、上司に苦い顔をされたり)。
ずいぶん熱心な蘭マニアだったんだねえ。
いや、別にー。
実は蘭の花など二の次でした。せっかく入場券が含まれるから1度はドームまで足を運んで見て回ったけど、もう1枚の券はダフ屋に売っ払いました。

それは忘れもしない1991年2月のこと(白々し〜、ホントは忘れてたから、アルバム出して調べたんだい)。
らん展ツアーを利用したのは、たまたま割安だったからで、目当てはロリー・ギャラガー公演。ふたりともロリギャラファンだったのです。
図らずもローリー最後の日本公演になりました。私が見た最後のロックコンサートでもあります(だ、だったかしら?)。
どんなステージだったか、なぜか全く覚えていません(情けないなー)。
それでもらん展のころには条件反射的にロリーを思い出してしまうのです。
ちなみにロリーが生まれた日は1948年3月2日です。ハッピー・バースデイ、いちおう。
おまけ画像はサイン入りコーリング・カード。