2007年04月28日

魅惑の変態

昆虫変身3D図鑑』は実に見飽きない本です。好きな人はハマりますよー。
いろんな虫の孵化や羽化の瞬間を捉えた写真や幼虫と親の比較、立体視写真などがずらり。立体視をするための専用眼鏡の作り方も載っていますが、裸眼でじゅうぶん可能です。

昆虫の面白さは変態にありますね。
あんな青虫や芋虫や毛虫が、あんなさなぎになって、あんな親虫になる必然性はなんなのか・・・実に不思議。

とりわけ蛹(さなぎ)は興味深い状態です。
さなぎにならず親と同じ姿の子がちょろちょろするゴキブリは不完全変態だからつまらない。
卵→幼虫→さなぎ→成虫という経過をたどるものが完全変態ですが、ファーブルが見つけた事例には、幼年期が2つに変化する過変態というものがあるとか。なんだか充実した人生、というか虫生のようだけど、実は苛酷な環境に耐えるための適応つまり進化なのでしょう。
もっともファーブルはコテコテの反進化論者でした。

さなぎの中には目も口もないどろりとした粥状のものがあって、時を経るとどこがどうなるのか知らねど翅や肢になるのです。その無防備なお粥をストローで吸って成長する天敵もいて、食うか食われるかの厳しい世界。

考えれば卵だって、どろりとした均一の状態から顔や心臓ができるのだから、さなぎは第2の卵ってところか。
そこまで還元されるからには、成虫には幼虫やさなぎ時代の記憶なんてないでしょうね。そもそも昆虫に長期記憶なんて不要みたいだし。

それはそうと、変態という日本語から人間の性的倒錯(者)の意味を外せと言いたい。変態する生物に失礼じゃない?
しかもエッチ(H)という言葉はhentaiの略だそうですね。海外でもhentaiなる単語がちゃんとまかり通って重要な検索ワードとなってるし、ニッポンの恥だ。

しかし本日のカテゴリはイチャモン日本語ではありませぬ。
おざなりで作ったフェルトのてんとう虫ぬいぐるみ。ナナホシテントウのつもり。
テントウムシ

現実の虫は苦手だけど、写真を見たり文を読むのは好きです。
我が家の貧弱な本棚には、『ファーブル昆虫記』のほか『クモの不思議』『昆虫学への招待』なども。

その他昆虫関連のおすすめ本。
ゴキブリだもん』・・・『美しきゴキブリの世界』をたくさんのカラー写真で紹介。知らず知らずゴキブリ好きになります。なるかっ。食用ゴキや妖精のように美しいゴキもいて圧巻。
素数ゼミの謎』・・・アメリカで13年もしくは17年間の幼虫時代を過ごして一度に大発生するヘンな蝉の進化を推測したもので、なぜ素数なのかという数学的解説には感動さえ覚えます。豊富なイラストも魅力。
投稿者:ルノ 19:25 | コメント(8) | トラバ(0) | 虫のいい話
2007年04月24日

クヌートぬいぐるみ

ベルリン動物園で生まれたシロクマの赤ちゃんが大人気だそうです。

さっそく白くまぬいぐるみを作って客を呼び込もう。なんてあざとくもはしっこい真似は、万事鈍くて控えめなわたくしにはとうていできません。
作ってるじゃないか。
ポーラーベア
ホッキョクグマ

そもそも私はクマさんにトラウマを持っておりまして、というのも小学校の夏休みの宿題に、母親が作ったクマのぬいぐるみを自分で作ったとたばかって提出し、それを気に入ったクラスメートから作って作ってとせがまれ、安請け合いして作れずに苦労したという、全く自業自得な事情によるものです。

そのクマがテディベア型だったので、特にテディベアはダメです。見るのも嫌です。
作ってるじゃないか。
テディベア
毛糸玉で遊ぶベア

と、言うこととすることがバラバラな私が生まれて初めて作ったクマのぬいぐるみでした。

動画嫌いなのに、わざわざクヌートブログまで行って動画を見るなんて。
尻尾がどうなってるか知りたかったんです。なんかちょこっとついてるみたいな・・・。
テディベアには通常尻尾がないみたいですけど。

個人的にはやはりテディよりもリアル系四つ足熊のほうが好みです。グリズリーとか、迫力ありそう。
形としてはクマも犬もたいした違いはありません。紀州犬の耳を丸くしたら、ほぼ北極熊。

北極熊と一般熊の違いは・・・北極熊は鼻と頸が長く、足の裏にも毛が生えている。耳が小さめ。寒さに適応したボディなのです。
理論的には一般熊のほうが丸みがある分、可愛いようです。

どんな動物でも赤ん坊は丸っこくて可愛い、ことになっているのです。丸くて可愛いと、親がちゃんと世話をしたくなるのだとか。人間と動物の美意識は同等だなんて怪しいと思いません? 少なくともクヌートは母親に遺棄されたわけでしょ。
結果的に経済効果何百億円と噂されるまでになったんだから、『塞翁がクマ』ですなあ。
投稿者:ルノ 19:11 | コメント(5) | トラバ(0) | 人形・ぬいぐるみ
2007年04月16日

塞翁が馬

「人間万事塞翁が馬」といいます。

辞書には『人間の運命のはかり知れないことのたとえ』『人生における幸・不幸の予測しがたいことのたとえ』とあります。
吉事に見えたことが凶事を招き、不運だと嘆いていたらそれが幸運を運んでくるといったことの回り合わせが人生というものです。

「塞翁が馬」とは塞翁さんの馬という意味です。塞翁は固有名詞ではなく、北の砦(要塞)の近くに住む、とある翁(おきな=老人)。
「北」という言葉はどこにも使われていないけど、北方から蛮族が攻めてくるのを防ぐため、北部の国境には特に頑丈な砦があったのでしょうね。
その老人の馬が逃げてがっかりしていたら、駿馬を連れて戻ってきて、喜んだ老人の息子が駿馬を乗り回して落馬で怪我をして、そのために兵役に取られず戦死を免れたのでありました。

この話からは「逆境にもめげるな、必ずいいことがある」「得意の絶頂でも慢心するな、気を引き締めないとどん底に落ちるかもしれない」との励ましや戒めが読み取れましょう。
いや、むしろ「努力してもうまくいくとは限らない」「棚からぼた餅を待つほうが得策だ」「ジタバタしても人生はなるようにしかならない」という諦観が漂ってはいませんか? 私はそっち派です。

以前から感じているんですけど、精魂込めて打ち込んでもいっこうに認められず、そこから派生したどうでもいいような事柄が意外な成果をもたらすといった皮肉な出来事がけっこうあるのです。で、方針を転換してそちらに邁進すると、横槍が入ってぺしょん、てなあんばい。
人生って思うに任せませんな。
あんまし肩肘張らず、寝太郎を決め込んだほうがうまくいくかも・・・。

人生は予測しがたいとはいえ、この逸話をハッピーエンドで終わらせた中国人は、わりと楽天的なのではないでしょうか。

塞翁さんは最後に「しめしめ」とにんまりしたわけですよね。
「ほくそえむ」は「北叟笑む」と書きます。漠然とヘンな言葉だなと思っていたら、今回なぞが解けました。
「叟(そう)」は「翁」と同じです。北叟とは息子を奪われずに済んだ塞翁のことでした。
北の老人が人知れず笑うということで、「塞翁が馬」の締めくくりは「ほくそ笑む」だったのです。
投稿者:ルノ 22:01 | コメント(0) | トラバ(0) | 辞書と戯れる
2007年04月11日

パン屋危機

パン焼き機なんて売れない、もはや自家製パンを作る人なんていないだろう。てなことを述べましたが、全くの独りよがりな意見でした。
今や第二次ホームベーカリーブームともいうべき人気なんだそうです。新しい機種が次々と作られ、以前よりもっとおいしく、もっとヘルシーになってきているとか。

確かにパンはそのまま食べても焼いてもおいしいし、いろんな種類があるし、子どもたちに人気でしょう。
ご飯は単調極まる風味で存在感に乏しく、おかずを作るのが面倒だし、塩分の摂り過ぎを招いて不健康だってイメージもありますよね。実際はパン食のほうが糖分と油分の過剰摂取に偏りがちで肥満のおそれが大なのですけど。

私は普段玄米食ですが、ときにはパンを買ってきて食べるし、たまには自分ちでパンを焼きます。

前の記事で「耳がおいしい、耳だけパンを食べたい、けど面倒」と書きました。
今回、その「みみパン」を作ってみました。ちょっぴり手間は要るけど、思ったよりも簡単。
パン生地ができたら、取り出してふたつに切り、しばらくおいてオーブンシートの上で平らに伸ばし、二次醗酵させて20分ほど焼きます。
自動で食パンを焼くと4時間以上かかりますが、これだと2時間半で済むのです。

耳だけパン

なんだか、平たくて固そうなただのパンというか、具なしピザというか。形がいびつだしぃ。
でも味はなかなかですよ。今回はチーズとバターをたくさん練り混ぜて、香ばしいチーズパンになりました。
特に縁がパリッとしておいしいの。

じゃあ、次は「縁だけパン」に挑戦?
投稿者:ルノ 13:04 | コメント(8) | トラバ(0) | 生活の浅知恵
2007年04月08日

捏造するシロート

ブログに火事の記事を載せるために放火を繰り返した女のコがいましたね。
もっと以前には我が子の「虐待日記」を書いた母親がいたけど、でっちあげだったようです。

マスメディアが金儲けのためにヤラセや盗用、捏造に手を染めることが糾弾されるべきなのは、その影響力の大きさからです。

一般個人はどうでしょう。
社会的影響は少なく(ほとんどなく)、迷惑をこうむる人だっているかどうか(むしろ歓迎される?)。

ブログやSNSの台頭もあって、今や一億総執筆者時代となりました。誰も彼もが情報を発信しています。
フツーに生活している庶民に、人に教えたいほど面白い出来事が毎日降りかかるはずはありません。鬱々とこもってテレビも見ない私など、普通の人以上に空白の日々です。

捏造だってしたくなりまさあ。

実際の話、ブログや日記を続けている人々の多くが、デタラメとまでは行かなくとも、誇張、脚色、歪曲、借用、編集などの工作を加えているはずです。
「ありのまま書いてもつまんないし、コメントもらうためにどうしても受け狙いになっちゃう」のが本音でしょう。
しょーもない日常雑記には、コメント書く側も窮するものです。読み逃げ禁止なんてルールを作り出したのは、捏造能力の乏しい連中じゃないのかな。

私の場合、日常がどうのこうのというよりも、知ったかぶりが得意なので、うろ覚えの事項をろくに調べもせず書いたり、接続詞を省略してミスリードを招いたりしています。意図的な嘘はない(つもり)ですが、結果的な嘘はわんさわんさ。

だいぶ前「矜持」にイチャモンをつけました。
そのとき漢和辞典から抜粋した矜持の意味は次の通り。
 1:みずから飾る。2:自己の能力を誇り、尊大にかまえる。
それは全くの事実なのです。ただし割愛がありました。1項目め、「みずから飾る」のあとに「自己を押さえ慎む」とあるのです。出典もしくは用例に、晋書『王羲之伝』から「咸自矜持」の部分が載っています。意味はようわからんが。

「みずから飾る」と「自己を押さえ慎む」がなぜひとくくりにされるのか、理解に苦しみます。
この辞典は古くて誤記や記載漏れが多く、読んで面白いのはそのせいでもあります。「自己を押さえ」というのは「抑え」が適当にも思えるし(ただし語源にさかのぼると、同音は同義であることも多い)。

ちなみに「矜」の字義は、憐れむ、誇る、自慢する、慎む、おごそか、尊ぶ、矛の柄、惜しむ、苦しむ、危うい、男やもめなど多彩です。でも「飾る」ってのは見当たらないなあ。

ひょっとして「みずから飾る」は間違いなのかも。
だとしても、矜持攻撃を試みようとした私にとっては好都合ではありませんか。かくして混乱を招きそうな「自己を押さえ云々」はカット。

これって、捏造?
正式契約書面であれば、都合の悪い項目を故意に隠したということでアウトでしょうね。
少なくとも「今日はカレとデートした。楽しかった。と日記には書いておこう」タイプの創作よりはたちが悪い。

粛々と反省。
お詫びに雑学をひとつ。捏造の正しい読み方は「でつぞう」ですぞう。
それは「damnedの発音はダムニドだ」と同じくらい浮世離れした説です。どちらもホントだよ。
嘘をほんとうらしく見せるテクニックは、真実を混ぜることです。今日の記事にもウソがいっこくらいありうるが、別に誰も困りはしませんね。

さて、ピーター・ペレットさんはどうしているんでしょう。
某ファンの話によれば、彼は若くて売れないころ薬売りで生計を立てていました。越中富山ではなく、ロンドンで。売人というものは自分も汚染されずには済まないものだけど、彼はしっかりお金を貯めて立派な家具を購入し、質実な生活態度を維持していたとか。家具に凝るなんてイギリス人だなあ。その実オーストリアとのハーフらしいけど。その後一躍売れっ子になったわけでもないのに、結局薬漬けに陥ってしまったとか。
今では立ち直って元気でやっていると信じます。ピーターを応援したい人はここに1票。■ どこにっ?

脱線しちゃいました。
本日は花祭り。ピーターとゴータマはたまたま誕生日が同じなのです。ホントだよ。

しめくくりはサキ。『七番目の若鶏』は捏造する素人の悲哀を描いた傑作短編です。おヒマなかたは読んでみましょう。
あの時代からブログの芽は伸びつつあったのです。
投稿者:ルノ 17:53 | コメント(5) | トラバ(1) | ブログ論
2007年04月07日

管理人って

遅ればせながら報告しますと、今年1月からハンドル(ネーム)を変更しました。
ローマ字からカタカナになっただけなので、変更のうちには入らないような気もします。むろん英語版ではアルファベットだし、ほかに漢字やひらがなも存在してルノ系は計4種。ゴチャゴチャして人迷惑かもしれません。私としてはどんな表記でもOKということにしたかっただけですが。

久方ぶりに訪ねたらサイト名やURLが変わっていたというケースはよくありますが、ハンドルの変更もたまに見受けます。その時点ではお披露目をしたのでしょうが、すでに新しい名前が常連さんたちにはなじんでいて、変更の理由が特に書かれていなければ憶測するのみです。

「まゆ」から「渡嘉敷」へ・・・一目で女性とわかることを回避したかった?
「Mr山橋」から「コジロウ」へ・・・もっと親しみを持たせたくて?
「大魔王」から「小魔王」へ・・・浮世の荒波にもまれて謙虚さを身につけた、とか?

管理人の名前がどこにも記載されていないサイトを見たことがあります。充実した内容で、運営暦も長そうで。
掲示板などでは「管理人さん」と呼ばれて、別に不自由はないようです。
ちょっとハードボイルドでカッコいいじゃありませんか。

うわべだけ真似てもしょうがないのに、このごろはコメントなどで「管理人」と名乗るようになりました。

で、ふっと思った。管理人ってなんなの? 何する人?
当然、管理する人でしょ。管理するからにはそれなりの権限が必要です。
自ら管理人と名乗るのは、なんだかエラソーに見えたりしない?

それは「管理者」もしくは「管理職」からの連想ではありませんか。管理者と管理人はほぼ同じです。でもなんとなく管理者は「管理職に就いている人」的イメージ。
ヒラから見れば管理職は威張ってるけど、上層部から部下の管理を命令されているだけです。けっこう苦労が多いんですよ。

「管理」とは「そのものが望ましい状態を保つように、必要な手段を使ってとりしきること」などと辞書にあります。「そのもの」つまり何か特別なものについてのみ行為を及ぼす権利と義務を持つのです。

「管理人」と名づけられた人の業務は主に「他人のもの」の管理です。委託されて、任されて、命ぜられて行うのが普通です。

サイトにおいてはオーナーが管理人を兼ねるのが一般的です。
自分のものを管理することは重要だし、誰しもやらねばならぬことですが、それをするからってわざわざ「管理人」という呼称を使うのは変な感じ。
一方、自分で作った自分のページでも厳密には場所を借りていることが多いから管理人が妥当かな、とも思います。
適切な管理を怠ってサイトが荒らされたら、他人に迷惑をかけることにもなりうるのですから。

とまれ「オーナー」よりは「管理人」のほうがまだ親しみが持てるみたいだから、その呼称が広まったのでしょうね。
投稿者:ルノ 20:35 | コメント(5) | トラバ(0) | サイト運営
2007年04月05日

正義は勝つ、もんか

多くのサイトに「文章・画像の無断転載を禁ず」といった意味合いの文言が記されています。
日本語ページしかないのに、その注意書きだけは数か国語で記載しているケースもあります。画像が人気で、世界各国からパクられているみたいです。いくら警告を載せても無駄でしょうが、放置もできないのが悩ましいですね。

私は禁止していません。引用転載は無断で行うよう、日本語で明記しています。そんなことをしたい物好きはめったに現れないとの目算です。

でも時たまいるんですよね。「無断」の意味を解さない人が。無理やり有断で行おうとするのです。そんな没分暁漢に許可を出したら想定外のことまでされそうで不安です。

無断で行えといっても、著作権侵害し放題という意味でも、犯罪行為を奨励しているわけでもありません。
本音は「しっかり宣伝してちょうだいね」ってことです。そんなことに念を押すのは恥ずかしくてできません。ちゃんと察してほしいよね。

英語ではなんのコメントもつけていません。
誤解を招くようなことをわざわざ書かずとも、画像があちこちにばらまかれているような気配はありました。

画像であれ文章であれオリジナリティには自信満々です。パクられたとしても、正当な所有者が誰なのか一目瞭然、最終的にはこっちの勝ちだと、うぬぼれております。おりました。
それでもあまりに直貼りが多いと弊害が起きるかもしれないので、今のサーバに引っ越して以降は時々アクセスログの容量を確認しています。一気に増えたりしたら対策を練る必要があるかな、と。

一気ではないけど、先日かなり増えたので、ログを調べてみました。が、これがもう、何が何やらの文字羅列なのです(とうにわかっていたけど)。
1時間分見るのに1時間くらいかかりまして、結局増えた原因は不明ながら、画像の直貼りを10件以上発見しました。
ほとんどがブログかフォーラムで、英語、スペイン語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、アラビア語、韓国語、エトセトラ。マダガスカルの人も。メンバーしか入れないページは覗くことができませんでした。

お飾りに1枚程度なら大目に見ますが、詳細な作り方プロセス写真を全部陳列して、さも自分の咲く貧であるかのように自国語で解説を載せているのには参った。作品です。
英語でイチャモンつけたって、どうせ通じないだろうし・・・。

直貼りだからこうやって気づくんだけど、ダウンロードされたら全くお手上げですね。そっちのほうが多いかもしれないし。

画像の直リン防止もしくは回避には .htaccessやJavaScriptやらいろいろテクニックがあるようですが、知識なくてもできるのがファイル名を変えること。かなり面倒です。ページの修正も必要だし。

実を言いますと、そういうパクリでも、リンクさえしてくれれば特段気にしません。でもリンクするとバレると危ぶむのか、そういうことを思いつかないのか、全くあっけらかんとしたもんです。

あまりにアクセスが多いページからの直貼りには名前変更で対処するつもりですが、今のところ必要ないようです。ほかの画像は隅っこにURLを入れてアップロードし直すことにしました。画像を見た人の幾人かは気づくだろうと。
旧パソで編集した写真は画質が悪くて、作り直すきっかけを求めていたのです。1日いくつかずつ地道にやっていく予定です。

最近の画像エディタには『透かし』を埋め込む機能がついています。ホームページビルダーにもあります。
そういう処理をしておくのが常識になりつつあるのかもしれませんが、ちらと見て面倒になりました。裁判で争うわけでもないし、見えない透かしなどさして意味がないんですよね。
それよりもいったん盗用させておいて、しかる後にそれを自サイトのアピールに利用するほうがましと思ったのでした。
投稿者:ルノ 20:53 | コメント(0) | トラバ(0) | サイト運営
2007年04月04日

広告をクリックする心理

広告であれ検索結果であれ、クリックしたくなる心の動きが理解できれば、より有効な対策を立てられるし、自分のページで広告をクリックしてもらうことにも応用できます。
私自身は広告をクリックすることはめったにないので、なかなか理解できません。
「めったにない」とは「たまにはある」ってこと。
ラリー・ウォリスのCDは、Googleの検索結果にあった広告をクリックしてアマゾンで買ったんですよね。でも自分で買ったのではなく、あーしてこーしてと説明して実家のパソコンで母親に買わせたのであった。ついでにお金も払うてもろた。不孝者。本人は未だにオンラインショッピングの経験がない(ことになっている)。
以前リンクしてもらった人のページから、買い気を持って某ショップに行ったことがあります。ところが何度検索しても目当ての品を探し出せずに挫折。ナビゲーションのヘタな店だとイカってそれきりです。
せっかく広告費やアフィリエイト報酬を払って訪問者を誘導しておきながら、ユーザビリティの悪さから顧客を逃がしているオンラインショップは多いかもしれません。
広告を載せるページの持ち主にしてみれば、さんざ苦労してアポイントまでこぎつけたのに、マヌケな上司が「詰めは任せろ」としゃしゃり出て話をぶち壊す、みたいなものでしょうか。
アフィリエイト先はじゅうぶん吟味して選ばなければなりませんね。
先日はとんでもないショップと提携してしまいました。バナーを載せるついでに背景色と同じ色で社名のテキストを載せてくれ、というものです。何を考えてんだ。こんな相手とかかわったら、ペナルティのとばっちり食らっちゃいます。

その点クリック報酬型のアドセン広告は相手を選べません。
が、気楽です。売れようが売れまいが知ったこっちゃない。
単価にしてもワンクリツーダラー超のすごいものがあるらしい。そんな大金を払う企業はどういう収益構造になってるんでしょう。ちょっといかがわしかったりする?
売上型アフィリエイトの相場は2〜3%、つまり5,000円売れて1ドル前後です。しかも売上まで行くことはめったにないことを考慮すると、クリック型の魅力が理解できましょう。

もっとも私のジャンルではそんな高い単価に巡り合うことは期待薄です。ひたすら数で勝負。
というわけで、別のページに「アクセスアップを図ろう」と書きました。
しかしアクセス数とクリック数はある程度連動するものの、正比例しません。訪問者が多くなればなるほど、クリック率が下がるというのが定説です。
私の某サイトが某紹介ブログに書かれてしまい、2日間ほどアクセスが10倍近くに跳ね上がったことがあります。が、クリック数は横ばいでした。わずかでも増えるかとの期待は、完全な肩透かし。
何か面白い動画でもないかなーと紹介サイトを覗く人々は、広告などに決して目を向けません。

では、広告にまで注目するのは誰でしょう。
検索エンジンで(複数の)キーワードを入力して(個別ページへ)訪れる人々です。これは間違いないでしょう。
彼らは特定の情報を求めているのです。キーワードにマッチしたページであっても解答が得られなければ、『藁にもすがる』思いからか、広告をクリックするのです。
そしてまた、検索して何かを捜し求める人は、漠然とクリックする人に比べて実際の購入率も高いはずです。

だからSEOが重要だという結論になります。
サイト内の各ページが適切なワードで検索されるように、テキスト配分やリンク構成を練るべきなのです。

日本人の好みはリンクユニットではないでしょうか(意外?)。
リンクユニットとは、検索ワードが4つか5つ並んだだけの広告です。クリックすると検索ワードに合致する広告がいくつか出ます。そのどれかをクリックして初めてワンクリックと見なされるのです。つまりアクションが余分に必要。
そんな面倒なことをやってしまうのも、その訪問者が情報を求めているからと思えば納得がいくかもしれません。

ところで、某所で見たのですが、たまたま訪ねたサイトに良い情報があって気に入った場合、クリック報酬広告があったら、お礼の意味でぽちするという主義の人がいました。
これはいささかメイワクな話です。興味のない広告をクリックする風潮が広まれば、クリック型広告の未来は危うくなりますから。
投稿者:ルノ 21:52 | コメント(0) | トラバ(0) | 広告戦略