2007年11月30日

Not For Sale

私のサイトは「人形」のキーワードで長らくトップだったのですよ。しかし先だって突如として、51位よりもっと下にガタガタ蹴飛ばされました。どうやらそれが罠の入り口。
昨日、晩ごはんを食べている最中、ヤフーショッピングモールに出店しませんかと、代理店かどっかから勧誘電話。ただでさえ粗食なのによけいまずうなったやんか。
ヤフつとこはえろうあこぎな商売してはりまんな(何弁じゃ?)

検索結果の下落はやむを得ないというか当然のような気もします。以前が高すぎたのでしょう。
もはや売るための人形作りをするつもりはなく、完全に放置サイトです。大勢来てもらっても致し方ありません。第一、売りたくても誰も買わないので、存在意義が失せたというか。

せっかく販売するのなら、買いたい気分にさせるものでなければなりません。
しかるにうちの商品は・・・私が客だったら、絶対に買いたくない。そもそも人形やぬいぐるみが欲しいなどと思ったことなどないのです。

欲しくないものをなぜ作るのか。作りたいから。
私の欲望は作ることそれ自体で完結するのです。
作る行為はおもしろいし、まあ楽しいし、充実感がある。思い通りに出来上がったら目的は達せられたとしましょう。

完成品は邪魔だし、売れれば次の資金の足しになろうけど、売れるように作りたいとは(結果的に)望まないので、無用の長物と化します。ま、いっか。
ってアナタ、「いっか」じゃ暮らしがおぼつかないでしょ。作るだけで売らずしてたつきを得ようとの模索にえんえん時を費やしているのでありました。

嫌なこと、望まないことはさんざんやって(やらされて)きたから、余生は極力好きなことだけに絞りたい。
私の理想は半鐘程度の高さだからね、ちっとも贅沢な願いではありません。

販売を意識せずに作ることは、完成度を無視することです。しばしばずさんでいいかげんなものができあがります。時間もあまりかからないし、途中で投げ出すのも平気だし、解放された気分です。
その反面、思う存分試行錯誤ができるから、ひょっとしたら何かが生まれるかもしれないと期待したり。

話変わって、ハムスターに挫折のあげく、うさぎのぬいぐるみを作ろうと思ったのです。
私の認識では、ウサギってものは長い耳と丸い尻尾がスタンダードでした。
しかし昨今のウサギは違うんですねえ。耳は横よりも縦にやや長い程度、尻尾はあるかなきかのはかなさ。顔だって、因幡の白兎タイプの小顔はすたれて、お多福みたいな下膨れが主流ではないか。

世の動向に無知なのはちょっとしたホコリだけど、うかうかしていると自分の守備範囲だと信じていた事柄でも取り残されていくおそれがあります。

それやこれやで試作した垂れ耳ウサギ。顔やボディのバランスはまだまだ危ういなあ。カメラの角度によっても見た目がずいぶん変わるんだけど。
・・・そのうち改良版を。
素材はタオルの切れ端です。ファーは手がかかるので、練習台にはフリースやふつうの布を使います。赤ちゃんのおもちゃにはタオルでもいいですね。

付記:
人参を抱くロップイヤー
このウサギの作り方は『はじめてのぬいぐるみ―うさぎ・ねこ・いぬ・くま』を参考にしました。

なお、検索順位ですが、更新はしてないけど、その後少し回復しました。
投稿者:ルノ 23:30 | コメント(8) | トラバ(0) | 人形・ぬいぐるみ
2007年11月27日

無用の長文

このブログは文章が長い。と、複数のかたからご指摘を受けました。漢字が多すぎて読みにくい、とも。
「充実してて一気には読めないので、そのうちじっくりと・・・」と、言葉巧みに敬遠されたり。

これでもずいぶんと削いでいるつもりなんですけどねえ、いつの間にかだらだら長くなってしまうのは性分なんでしょうか。
漢字は少ないほうだと思うけどなあ。

長文は書くほうにとってたいへんだけど、読む側にはなんの支障もありません。
国語の読解力テストじゃないんだからね、読まずに立ち去れば済むことでしょう。と、開き直り。

開き直りついでに打ち明けますと、よそ様のブログに文章がいっぱいあったら、私は読む気が失せます。
長文にうんざりする気持ち、じゅうぶん承知していますよ。

むろん中身によります。検索して必要な情報があると期待して読めば、たとえ長文でも気にならないものです。
望んだ情報とは違っても、おもしろい、読ませる文なら、あっという間に読み終えて、さらにサイト内を道草することもあります。

情報が精製された専門ブログならともかく、うちみたいに雑多な内容が未整理状態で詰め込まれているブログには、興味のないテーマだが読んでやろうという人はまれでしょう。

この貧盗恋歌においては、単調でメリハリのないデザインやレイアウトにも問題がありそうです。

それに文字が大きい。大きなフォントを設定しているわけではなく、何も設定していないだけですけど。
おおかたのブログは見映えを重視して、12ピクセルくらいの小さな文字に固定されているみたいだから、ブラウザの文字サイズが標準(中程度)の場合、ここは相対的に大きく見えます。

加えて本文のスペースが横500ピクセル固定で狭め(これでもバナーが入るように広げたんですよ)。
結果的に文字数がそこそこでも、場所を取って縦にスクロールが伸び、よけいボリュームを感じてしまうのでしょう。

いや、むしろ小さい文字が狭い場所にぎっしり詰まっているほうが長文に見えるという意見もあるかな。

私は文章系ホームページも持っていまして、1ページの文字数はたいてい当ブログの一記事よりは多めです。倍以上のボリュームもざら。文字サイズは同じ。内容は大同小異です。
が、ここよりはいくぶん読みやすいような気がします。
1ページをいくつかの見出しで区切り、それぞれがひとまとまりの内容を持っているからです。

ここでもひとつの記事を見出しで分割することはできるんですけど・・・どうもそういう気分になりません。
書くときの姿勢というか心構えが違うようなのです。こっちはブログだから、まとまりがなくてダラダラしててもいいや。って、ブログ軽視。(^^ゞ

まあとにかく、長文はヘタの証明です。
同じことを表現するのに、より少ない文章で済ませるのが才覚ですよ。

山椒は小粒でピリリと辛い。『珠玉の長編』なんて言い方はまず聞きません。
ブログよりも前の時代、きっかり15文字のみの日記が大人気を博したという話を聞いたことがあります。少ない文字数だからって長文よりも早く簡単に仕上がるものでは決してありません。

『史上で最も偉大な詩』はF・ブラウンの短編です。
無人島に独り漂着した詩人が、かろうじて命をもたせるだけの、何もない生活の中で、ひとつの詩を書き、何年もの間推敲に推敲を重ねたあげく、文字数を極限までそぎ落とし、最終的に一語のみで構成される詩に圧縮してしまった。・・・一語? はい、4文字の。

最も偉大な詩とは、最も短い詩なのでありました。
ま、ナンセンス小説ではありますが、人生とはひっきょう一語程度に凝縮可能なのかもしれません。
投稿者:ルノ 23:57 | コメント(3) | トラバ(0) | ブログ論
2007年11月24日

ようこそルノさん

某サイトがGoogle八分に加えて、しばらく前からヤフーでもつまはじきにされるようになりました。もはやほとんど検索されません。泣きっ面に祟り目ってこのことですわね(なんかヘン?)。
ペナルティを食らったとすれば、思い当たる節はなきにしもあらず。身に覚えがあるのなら、それは「不運」ではなく自業自得というもの。
ふと思う、自業自得って、なぜ悪いことばかりに用いるのでしょう。「業」で「得」するなら儲けものじゃありません?

それはともかく、閑散としたアクセスログを眺めますと、やけに目立つのが、mixiのコミュニティ、とんちんかんなMSN、それにお百度参りの蜘蛛。いやもう、mixiはありがたい存在です。

検索されないといっても、完全に見捨てられたわけではなく、サイト名やレア語では出てくるようです(じっくり調べてはいないけど)。
ドメイン全体がダメなら絶望的ですが、下位ページだけでも浮き上がれば、憂うに及びません。トップページというものは下位ページを見てもらうために存在するのですから。

サイト名で検索すると、当該ページは蹴落とされ、リンクしてくれているページがずらずらっとリストされてしまい、腐るオーナーもいるようです。タイトルが冗長だったり、やたらと相互リンク依頼をしているとそうなるかもしれません。
一定期間運営しているのにサイト名で上位検索されないとしたら、何か問題があるのでしょう(ため息)。

では管理人名ではどうなのか。

数年前、ふと思い立ってrunoで検索したら、Runoさんという人のページに「やった、runoで検索したら人形のサイトを抜いて1位になったぞ」みたいな文があってほほえましくなりました。そんなんで張り合ってどうすんだ、検索するのはアナタとワタシくらいでしょ。
今でもその人と私が抜きつ抜かれつ? ただしうちのは引っ越し前のページであって、新サイトは完全に沈んでいます。

先般国内でのハンドルを一部でカタカナに変えたのは、分散によって名前での検索を落としたいという理由もありました。
別に悪事を働いてるわけじゃないけど、名前で検索されるメリットに否定的だったのです。
このごろは考えが多少変わりました。名前ですら検索されないのに、なんで重要キーワードで浮かばれようか。

むろん名前にもよります。
交際範囲の狭い私がウェブで知り合った中で、アルファベットのHiroさんは男女5人くらいいます。こういう人々のページが名前で上位に行くのは至難の極みでしょうね。

あまりに平凡な名前は印象が薄くてすぐに忘れられ、かといって奇矯な名前もナンダカナアって感じ。
ウェブデビューに際しては、短めで、読み間違えようがなく、覚えられやすく、適度に珍しいハンドルネームを用意するのがよろしいと思われます。

Runoという名はロシアあたりに多く、英語圏ではめったに見かけないようです。
ドメインを取得するとき、runo関連は選択外でした。ロシア人に先を越されたからではなく、runoを捨てて別の名に変えようと思ったのです。
が、ちらほらとrunoで検索する人々がいて、そこそこ名が売れつつありました。フィンランド人(フィンランド語でrunoはポエムのことと、とあるフィンランダーが教えてくれました)やロシア人のみならず、世界中にruno求ムの気運が盛り上がっていたのです(オーバーな)。

私の名で検索して来る人は日本にはまずいませんが、外国ではどこで聞きつけるのか、名前が多いんですよね。Google八分もあいまって、一般ワードよりも目につくという事情もあるのでしょうが。
先日久々にrunoをぐぐってみたらば、関連検索に"runo doll"が追加表示されていました。うーむ、こういうのは一定数の検索事例があれば出てくるのであろう。
そういえば検索窓に『柳腰』と入力したら『柳腰亭』が候補語句に挙がってきたことがあったけど、いつの間にか消失しました(Yahoo窓では出るみたい)。実際に『柳腰亭』と検索をしてうちに来る人はごくまれだから、どういう基準で候補が選ばれるのかは不明です。

質問掲示板で困ったちゃんに名前を騙られて迷惑して以来、Runo(日本版はルノ)名での投稿を禁じることにしました。その名で書き込もうとすると「ようこそルノさん」と拒絶メッセージ。
同名異人が来たらどうするんだ? 腹立てて帰るしかありませんね。掲示板はほとんど利用されないし、そうそうありふれた名ではないからだいじょうぶでしょう。
この業界にRunoはひとりでじゅうぶんだい、ワハハ(つまはじきでも、全然めげとらん)。
投稿者:ルノ 23:41 | コメント(0) | トラバ(0) | ちょっとSEO
2007年11月23日

男は胸キュン

胸キュンなんて言葉がはやったのはいつのことだったか。
胸キュンって、英語ではどう表現するのでしょう。

というようなことに興味を持ったわけでは全然ないけど、胸キュンにたどり着いたのは英和辞典がきっかけです。

某英語サイトのタイトルを変更しようとあれこれ考えまして、やっぱcuteが無難かな・・・と辞書をめくりました。

このcute、もともとはアメリカ語であって、イギリスでは別の意味を持ちます。もっとも、今や世界のどこでもcuteの第一義は「かわいい」でありましょう。
当該サイトにも"cute men"などで検索してくる人がけっこういました。ひとかどのオトコには似つかわしくない形容詞だけど、女子高生や若い女性が見境なく「カワイイ」を連発する現象は日本だけではないと思われます。

英語にいくつかある「かわいい」を意味する言葉の中では、cuteが最も一般的です。
lovelyやprettyは、美しさに温かみや親しみが加わったようなかわいらしさです。
ほかにcuddlyという言葉もあり、「抱きしめたいほど可愛い」などと訳されまして、人よりもぬいぐるみや人形に使われるようです。

ところがです。一見ありふれたcuteなのに、どうもタダモノじゃないようだ。瞠目したのは語源です。
ランダムハウスには『ACUTEの頭音消失異形』とあります。そのacuteは「鋭い、激しい」苦痛や悲哀を表わす形容詞です。「激しい」よりももっと強い「激烈な」が適当な感じ。

えっ、どうしてそんな激しい痛みが、aが取れたくらいで「かわいい」になっちゃうの?
再度cuteの項に戻りますと、『鋭く胸を刺すようにかわいい』のだと。

「可愛い」って、胸をキュッと刺すほどの強い刺激なのですね。
ここから胸キュンまでは一足飛び。ですが、ちょと待った、日本語にはcuteと同等の伝統的な言葉がありました。

愛くるしい

この「くるしい」はひらがなであって、「愛苦しい」とは書きません。語源も知りません。
それでも「むさくるしい」や「重苦しい」の仲間だとは想像がつきます。

愛くるしいもcuteも、子どもや若い女性など自分より小さい対象に使う言葉です、本来は。
西洋人も日本人も、小さな可愛いものは痛みや苦しみに似た感情を呼び起こすことをひしひしと感じていたのです。

だからきっと、胸キュンもその延長なのですよ。キュンが激しいと心筋梗塞のおそれもありまする。

つまりですね、若い女性がベッカムを見て胸をときめかせるのはいいとして、それは胸キュンとはちょっと違うんじゃないかなってこと。ベッカム(ってもうオジサンやんか)に胸キュンする資格があるのは、もっとでっかくて年いってて強くて・・・うへえ。

さてあなたは、そんなふうに胸が痛いほどかわいいものに出会ったことがありますか?

私はあまり記憶にありません。
いーのよ、オンナはかわいいと言われる立場なんだから。胸キュンは男の特権、男の義務だーい。

いやはや、差別的発言でした。
よりポリティカリーに言い直しますと、大きくて強い人間は、自分よりも小さい非力な人間に接したら、そのひたむきさ、可憐さに胸打たれ、「かわいい」「守ってあげたい」「いつまでも大切にしたい」と思うべきです。それを実行すべきです。

人類は恐竜に追われ、マンモスに踏まれて散々な思いをする一方、小さなうさぎやねずみを糧としてきました。いわゆる弱肉強食です。生きるためには致し方ありません。小さな獲物で満足せず、マンモスまで狩ってしまう創意工夫は人間の誇りとしても、安易な方向へ流れるのが一般人の常です。

小さなものに対する攻撃が同じ種に向かうと、その種は滅びます。
それを回避するためか、小さくて丸っこい形は母性本能を刺激するらしいのです(クヌートのページでも述べました)。とりわけ哺乳類はそういうしくみがなければ、赤ん坊はたちまち死に至ります。
かわいらしさが苦痛に近い感銘を与えることが民族を超える共通意識であるのもその表れではないでしょうか。

強く大きくなった人間が小さなかわいいものへの感受性を持ち続けるなら、いたいけな幼子を床に叩きつけたり、熱湯に浸したりできるはずはありません。
無力な相手を蹂躙するのはいともたやすく、頭脳と膂力ある人間が決してやってはならないこと、恥ずべきことです。子どもだけじゃない、無能な部下も気弱な同級生もいちおう「か弱き者」だ。
だいたいね、我が子も同然の幼子を殺して懲役6年だなんて、そもそも求刑10年からして少なすぎるが、ほぼ半額セールではないか。私が裁判員になったらそんな甘っちょろい判決は許さんぞ。
うー、横道か?

男たちよ、胸キュンを忘れるな。
あ、それで、胸キュンを英語でなんと言うかは自分で考えてね。
投稿者:ルノ 22:56 | コメント(2) | トラバ(0) | 辞書と戯れる
2007年11月05日

あし@だと?

ウェブから消えてゆく人はいるものの、新たな参入者はその何十倍、何百倍に及ぶに違いありません。
今日この時刻にも、まったき新人のまっさらブログが次々とリリースされています。

かつてのホームページに比べると、ブログは人を呼びやすいシステムです。しかしながら、初めて作った唯一のブログに引きも切らず訪問者が押しかける、なんてのは幻想です。
初めは知り合いにメールで知らせたり、関連ブログへのコメントなどで存在をアピールするのが常道ですが、じき壁に突き当たります。同好の士が集まる掲示板などに書き込むのには、やや勇気が必要。
広く上手に宣伝をしなければ、さびれるばかりで更新意欲も萎え、遠からず放置ブログと成り果てるでしょう。そんなブログの残骸にときおり行き当たります。

そこで本日は、初心者のブログ運営についてのアドバイスです。

実はこれ、特定の人物を念頭においています。関係ない人はスルーするね。
というのも、私のすすめでBloggerを始めた人がいまして、海外ネタだし、私よりは英語ができるからヘルプも読めるだろと楽観的でした。が、運営サポートはやはり国内ブログのほうが上です。苦労しているかもしれないなー。
Bloggerは機能的にもなかなか奥深いし、なにしろグローバルです。慣れたら利点も多いと気づきます。英語版も作れば相乗効果も見込めます。焦らずぼちぼちと取り組みましょうね(当人は読んでなかったりして)。

一般論として、どういうブログが初心者向きなのでしょう。
SeesaaとBloggerしか知らない私に比較検討する余裕はありませんが、少なくともさくらのブログで始めるのは無謀としか言いようがありません。
私はさくらで始めたし、しかもそれはつい去年のこと。かてて加えてブログの宣伝などしたことない。そんな私が他人にアドバイスすること自体、無謀な試みであります。
が、それはそれ。人のブログを観察する機会が少ないので、その希少な経験を最大限活用して机上の空論を展開することは可能です。

このごろのブログは進歩しました。
充実したパーツや豊富な機能を備えたもの、ブログ付き合いの支援に重点を置いたものもあります。

新規参入者には友達を作りやすいYahoo!ブログがぴったりかと。
アフィリエイトやアクセス解析などには制限があるようですが、ヤフーのほかのツールと連動していて、その充実度は群を抜いています。ヤフーを使い倒している人にはいちいち勧めるには及びませんが。

ヤフーブログでびっくりしたのは「訪問者履歴」です。同じヤフーブログのオーナーが別のヤフーブログを訪ねると、相手ブログに記録が残るのです。
アクセスしただけで記録されるなんて・・・まるで監視カメラ、いや違った、mixiの足あとみたいじゃないか。
ログアウトするとか、ブラウザの設定でそれを回避することもできましょうが、通常は避ける理由などありませんよね。履歴を見て訪問返しをすることで交流も深まるのですから。

足あとさえなければmixiはいいものだと思ってるのは私だけで、mixiの成功は足あと様によるものです。さまざまな分野に応用が広がるのは当然でしょう。

同じブログのメンバー同士の交流を促進するしくみは、ヤフーだけでなく人気ブログの多くが備えているようです。それが利用者の増加につながるわけです。さくらのブログなんか使うもんじゃないよ(けっこう愛着)。

では異業種交流はどうなのか。

とあるブログで『あし@』なるものに目がとまりました。
画面の左上隅にへばりついていて、クリックしたら、訪問者のプロフィールやブログ内容の説明などがポロポロと現れるのです。スゴイ。

提供サイトに行ってみました。 http://www.ashia.to/

みんなの足跡『あし@』はすべてのブログで共通して使える足跡システム(特許出願済)です。

ほほう。特許ですか。
ほかにコミュニティも作れて、これまた真似っこぽいけど、イメージは開かれたSNSといったとこ。いろんなブログをクロスして結びつけるところが画期的ではありませんか。非メンバーでも足あとをチェックすることができるから、アピールのチャンスはぐんと広がります。
自分から先にコメントしなくても、足あとたどってあちこち見て回るだけで、「あし@から来ましたあ」と誰かが接近してくる可能性はじゅうぶん。内気な人にも無理なくアクセスアップができそうですよね。

こういうシステムは参加者の数が一定数を超えないと満足な稼動は見込めません。
トップページには新規登録メンバーが表示されます。数分おきに増えているようです。注目度は高いと思われます。

このようなツールを適宜利用して、人目に触れる機会をなるべく多く作っていけば、アクセス数も安定することでしょう。

私ですか? 遠慮しておきます。
足あとつけたりつけられたりしてまでアクセスアップは望みません。訪問したことが相手にわかるということは、訪問しなかったことがわかることでもあります。行動を縛られると感じる人だっていますよ。

アクセス解析はおもしろいと思うけど、興味の対象は主に検索ワードです。検索語の後ろに人間像が垣間見えることがあります。実にまあ、いろんな趣味の人がいるものです。
投稿者:ルノ 21:12 | コメント(20) | トラバ(0) | ブログ論
2007年11月04日

有為転変

いくつかブロークンリンク(デッドリンク)にぶち当たったのを機にリンクチェックをしました。去年の引っ越し以来だから1年ちょっとの間(なかなかまめです)。
今回もつながらないケースがだいぶありました。
ああ、とうとう・・・と納得したり、えーっ、あのすごいサイトがなぜ・・・と驚いたり。
たまたまサーバーダウンだったのかどうかは、キャッシュや被リンク検索などで判断することもありますが、おおむねスパッと削除します。

閉鎖のお知らせを掲げてトップページのみ残しているのは律儀なオーナー。
かつてお世話になったサイトが行方知れず。わずかな痕跡を頼りにたどり着いたら・・・「探さないでください」と巨大フォント。What happened to her?

更新が止まって4、5年放置中のサイトも多数見受けます。更新しなくても価値ある内容ならそれでもいいのですが、管理人さんが削除し忘れたように見えるものについては来年あたり再考の要があるでしょう。
ホームページは何年もほったらかしてブログは毎日更新てな人もいます。と、ときにはリンクチェックしてくれー。

思えばインターネットに足を踏み入れて8年、あっちうろうろこっちちょろちょろ、移転、改題、改名等、試行錯誤を繰り返してきました。憤慨し、ぼやき、ため息をつき、それでも途切れることなく運営を続けている私は恵まれているのだと、感謝をあらたにしています。
長く続けるコツは「自分第一」「他人に期待しない」「しばしば義理を欠く」等々でしょうか(何が感謝だ)。

以前常連さんお断りを書きました。
訪問者が少ないと、好きなことを書けて気楽に運営できるというメリットもあるのです。ただしそういう境地になるまでには年月を要しました。

幸いにして私のような人ばかりでないので、ウェブは繁栄を続けています。その陰には人知れず去っていった数多くの人々が・・・。

ウェブから消えた人々にはそれぞれ個別の事情があったことでしょう。
本業が忙しくてウェブどころではないのなら、ある意味うらやましい。
でも完全撤退に至るケースでは、人間関係の軋轢が少なからず影を落としているようです。

ウェブ上に自分のスペースを持ち、そこにデータを置いているからには、他者に来てもらわなければ意義が失われます。
訪問者との交流が運営の原動力となるのです。友達作りを最大の目的としてブログを開設する人々は大勢います。

mixiなどのソーシャルネットワークサービスが隆盛を誇っているのは、交流をサポートするシステムを作り上げたからでしょう。
知り合いたい、かかわりあいたい、友人を増やしたい、賞賛されたい・・・欲求はエスカレートしてきます。自分がされたいことは人にもしてあげなければなりません(黄金律)。

内気で人付き合いが苦手な人が無理やりそのレールに乗っていると、重荷となって疲労がたまってきます。
社交的な性格でいつも座の中心人物として活躍していた人でも、ちょっと言動が過ぎたり、行き違いから交友関係をこじらせて敗退することもあるようです。ブログや日記などはその構造上、いとも簡単に交流から攻撃への手段と転じます。チヤホヤされることに慣れてしまうと、無視されただけでも痛手となりますし。

他人と極力かかわらずにいれば、トラブルも少ないかわりに面白みも減ります。
ケーキを食べてしまってまだ手元に残すことは不可能です。どちらを取るかは本人の気質によりますが、大過なく続けていくためには、交流を犠牲にする勇断も必要です。
不和よりも孤独のほうがましじゃありませんか?

交流のお返しが少なくて、「不義理な人」とか「ずうずうしい人」などと思われたとしても、積極的に非礼を働くのでない限り、あからさまな非難を浴びることはないものです。せいぜい見捨てられる程度。
引っ越したのに気づいてもらえず、リンクがいつまでもそのままという憂き目もありますが、それがなんだってんだ。

だれもあなたのことなんか考えていない』(ロジャー・ローゼンブラット)という本にありました・・・『みな自分のことしか頭にないのです──ちょうど、あなたのようにね』
投稿者:ルノ 23:55 | コメント(0) | トラバ(0) | サイト運営
2007年11月02日

PR狂想曲

値上げラッシュの秋。
だというのに、ページランクはまたまた下がってしまいました。

今や我がサイトで4を保っているのは、8月に新設して引っ越した某英語版くらいです。これは被・発リンクともに少ないので法則がつかめず、ランクを上げるための方策はもはや手詰まり状態。
思い切って縦横無尽のリンクを取っ払おうか。

今回のランク切り下げは、有料リンク(テキストリンク広告ともいう)を設置している高ランクの人気サイトやブログが狙い撃ちにされたということで、世界中で話題の的。かねてよりグーグルは、密告フォームを設けたり、リンク販売行為に警告を発していて、そのペナルティが目に見える形で現れたと受け止められているようです。

ページランクの数値と検索結果の順位とが連動しないことはすでに常識で、ランクが下がったとてリンク取引当事者の双方に実質的損害は見られないと聞きます。
とはいえ、それは現時点での観察であって、今後ペナルティ続編が次々と発動されない保証はありません。それはいかに有料リンクを見破るかというテクニックにかかっているのですが。

さして人気のない、あるいは低ランクページでも、有料リンクのお呼びがかかることはあるらしく、身に覚えのあるウェブマスターは、これ以上さびれたらどうしようと戦々兢々、だったりして(他人事?)。

また有料リンク設置先を探す業者などはページランクをひとつの目安にしていると思われるので、今後の方針を練り直す必要もありましょう。

グーグルだって罪深いと思いますよ。
そもそもウェブページの評価を10段階の数値で示すとは、なんと不遜な行為であったことか。創始者本人も当初はいいアイディアだと自負していたに違いなく、そのあざといまでの明確さが人々に支持されたのも事実です。
明確たってねえ、ページランク3と円周率3.1415...を比べたら、円周率のほうがよっぽど明確じゃありませんか。つまり根拠のある数字なのです。

それでもSEOをつつく人がページランクを妥当なものとして甘受したのは、個々の事例が曲がりなりにも納得のいくものだったからでしょう。基本方針は開示されていたので、ランクが売り買い可能と気づいた人々の間で札束が飛びかう事態になるのは予想されたはず。

ふと思ったのですが、有料リンクにお金を払う人(企業)は、むろんお金を得るのが目的です。ほんとうに費用分の効果が見込めるのでしょうか。
有料リンクに大金を投じて期待できる成果は、狙ったキーワードで上位表示されることのみ。アクセスが増えるとか、売上や利益が伸びることに直結するわけではないのです。

どうせお金を払うなら、広告を載せるのがオーソドックスだし、見た目もわかりやすい。
ただし広告はいかにも広告です。広告を嫌う人は無視します。

その点無料の検索エンジンで上位表示されると、実力があるように見えます。検索エンジンへの信頼がそのまま上位サイトへの信頼にシフトするのです。だからリンクを買う。コルセットや補整下着で締め上げるのはごまかしだから、脂肪吸引を選ぶ、みたいなもの?

お金を払ってまでリンクしてほしいサイトは、内容が充実していて評価が高いゆえにあちこちからリンクされ、ランクが高まったという歴史を持ちます。
自社サイトそのものを自力で充実させ、人にリンクしたいと思わせる濃い内容のものに仕立て上げれば、後ろ暗いリンク売買に手を染めずとも、同じ結果を得られるのに。たとえ回り道でもそれが王道。
要するにそういうノウハウを持たないから、手っ取り早くカネで解決・・・となるんでしょうね。

しかし、サイトに魅力を付与するノウハウがないのは致命的ですよ。
いくらお金で検索結果を上げたって、検索してやってきた人が魅力のないサイトと取引する気になるでしょうか。
つまらないサイトが上のほうに来ていることへの不快感は、検索エンジンへの不信につながります。実際、有料登録サイトを優先するヤフーはそれで評価を落としています。お金で検索結果が左右されることをグーグルが恐れるのは当然です。
投稿者:ルノ 23:54 | コメント(0) | トラバ(0) | ちょっとSEO