自分で作った人形やぬいぐるみを売ることもありますが、私のようにとろい人間にとって、手作り品の販売は売れば売るほど赤字がふくらむのが実情だから、積極的に売り出しはしておりません。
それよりも、作ったものを展示したり、作り方や型紙を載せて人を集め、広告収入を得ることを主体にしたいところです。
型紙はすべて無料でダウンロードできるようにしていて、このことが国内はともかく、海外では好評を博しています。
というのも、あちらでは型紙は買うものであって、自作の型紙を売る個人ビジネスがたいそう盛んです。
型紙がタダであるのに加え、それを使って作ったものは自由に販売してよろしいとサイトに明記しているとあって、私は「世界一generousなアーティスト」と(一部の人から)絶賛されています。
そんなに盛んなら、型紙販売に参入すれば、多少なりとも収入の足しになるではないか。
その予定はありません。根がものぐさだし、「売る」という行為に精神的重圧を感じる人間なので、結局引き合わないと思うのです。
ウェブにアップした型紙はデジタルデータなので、無限増殖が可能です。得た人はメールに添付して友人に送ることもできます。
うちからタダのものを取ってきて販売しようとたくらむ輩が現れるのは当然ともいえます。
欧米には著作権意識が浸透していますが、発展途上国ではその概念さえ生まれていません。道ばたに落ちている空き缶を拾ったり、誰でも立ち入り可能な山できのこを採集したりして売るのとどう違うんだと開き直られれば、ちょっと返答に窮したりして。
2年余り前、「あなたのサンタ人形の型紙を売っている人がいる」というメッセージをもらい、そのことを英語ブログに書いたところ、かなりの反響がありました。そのサイトはetsy.comといいますが、コメントの多くは「あなたはetsyとコンタクトすべきだ」というものでした。
しかしほうっておきました。当該ページをじっくり見なかったので、etsyという中国人が開設したサイトだと早とちりしたのです。そんな相手にメールアドレスやIPアドレスを教えるなんてまっぴらですからね。
その後、etsyは素人でも手軽に手作り品を売り買いできる場を提供する会員制サイトだと知りましたが、とにかくかかわり合う気はありませんでした。
昨年のこと。「あなたのダックスフントの型紙がetsyで販売されている」という情報が立て続けに寄せられました。
実を言うと、こういう善意の密告はいささか迷惑に感じます。それに気づいたアナタがさっさとetsyに報告してくれたらありがたいのにさ。この要求がお門違いなのは承知していますが、なにぶん英語を読み書きするのが面倒で面倒でたまらないのです。
今回は渋々ながら、etsyに苦情を申し立てることにしました。
ところがコンタクトフォームからの送信は、会員登録しないと受け付けないのです。これだからかかわりたくないのよね。苦々しい気分で登録して、「お宅のメンバーにドロボーがいる」と書き送りました。
etsyからはすぐに返信が届きました。長々しい定型文です。
翻訳ソフトで訳したら、「著作権侵害の申し立ては、被害者本人がポリシーページをちゃんと読んで所定の様式で送れ」「あなたが本人でないなら、本人に知らせればよい」みたいな内容だと判断されました。
ああ、なるほど。私に知らせてくれた善意の人々は、先にetsyに届けて、同じ定型メールを受け取ったのかも。
私はポリシーなど読む気になれず、とりあえずメールを送りました。「私は本人であるが、英語が苦手だから、複雑な手続きには耐えられない。ドロボーの放置はあなたの損害になることだから、自力で調査して対処してほしい」
その後etsyからは、音沙汰なしです。
私は著作権を侵害されてもどうってことないのです。むしろ私の型紙が優良だから有料で売る奴もいるのさ、と自己満足。
買った人はこんないいもんがたったの1ドルだなんて♪、と喜ぶ。
ドロボーさんは濡れ手で粟だからウハウハ。
誰も損をしない不思議な犯罪でありまする。
そりゃあ、そんな理屈が通ると本気で思っているわけではありません。
不正な手段で稼いでいる人を見た人々は、不愉快でしょう。
第一、買った人が真実を知ったら怒り心頭。でもね、それは世界一のアーティスト、Runoの存在を知らなかったあなたの罪です。1ドルは罰金だとおあきらめなさいませ。
ともあれ、私個人はこういった事態を深く憂慮する必要はないと考えています。
ウェブの口コミを甘く見ると怖いぞー。軽い気持ちで不正を行う素人は、遅かれ早かれ悪評を広めて自滅するに決まっています。
2012年01月14日
雪だるま追想
最近はめったに雪が降らず、降っても積もることは珍しくなりました。私が住むのは九州の某都市です。積もりにくいのは、温暖化のせいだけでなく、雪の降り方が変わったからだとも思えます。
このごろは昼間に降ることが多いようです。昼間だと融けやすいのです。
「本日の最高気温は真夜中に出ました」などと聞くこともあり、ナンカヘンダナって気がします。ヒートアイランドで、街が地熱を蓄えて、日没後もあまり温度が下がらないのでしょうか。
かつて雪は夜中にしんしんと降り積もりました。雪の降る夜は車も通らず、不気味なくらい静まり返ります。朝起きて窓を開けたら、一面の白世界に「わあ」と声をあげたものです。そして子どもたちは雪だるまを作りに表へ駆け出すのでした。
雪だるまといえば、目鼻には炭を埋め込んだものです。
炭が一般家庭の常備品でなくなった現在、何を使っているのかよく知りません。アボカドや人参?
で、思い出しました。この私、学芸会で主役を演じたことがあるのですよ。
小学校2年まで過ごした田舎町でのこと。どっちの学年だったか、記憶はあやふや。
私が選ばれたのは、たぶん一番のっぽで「お姉さん」てイメージだから、でしょう。弟役には同姓の小柄な男の子がなりました。その地域でありふれた名字というわけではないのに、その子は親戚でもなんでもありません。担任教師としては、ちょっとしたしゃれのつもりだったかも。
ストーリーは、たいそう貧しい姉弟がいて、家では病気の母が寝込んでいるのに、炭を買うお金もなく、部屋は寒々しい。ふたりはとてもいい子だったので、雪だるまたちは何か役に立ちたいと話し合って、目鼻の炭をプレゼントする、と。
「貧乏な家の子だからね、いつものボロ服を着ておいで」と、先生からわりと傷つくようなことを言われました。
確かにうちは貧乏だったけど、まわりに「分限者」は珍しいくらいだったので、さほどひけ目を感じたことはなかったような・・・。
学校だって貧しくて(?)、真冬でもストーブがあるのは職員室だけ。ずるーい。
このお話は、衣装や大道具などが安上がりで済む点も、魅力だったのでしょう。
雪だるまの目がひとりでにぽとりと落ちるシーンはちょっとした山場なのですが、そこをどう演出しようと悩んだ結果、雪だるま形に切った厚紙に本物の炭を糸でくくりつけ、後ろで支える雪だるま役の子がはさみで切ることにしました。先生のアイデアです。子どもたちにはなかなか思いつきません。
落ちた炭を拾ったふたりは「雪だるまさん、ありがとう」と手を振って退場。残るはのっぺらぼうの雪だるまたち・・・と、感動のラストシーン?
ま、地味でつまんない話だから、観客には受けなかったことでしょう。そのへんはよく覚えていません。
このごろは昼間に降ることが多いようです。昼間だと融けやすいのです。
「本日の最高気温は真夜中に出ました」などと聞くこともあり、ナンカヘンダナって気がします。ヒートアイランドで、街が地熱を蓄えて、日没後もあまり温度が下がらないのでしょうか。
かつて雪は夜中にしんしんと降り積もりました。雪の降る夜は車も通らず、不気味なくらい静まり返ります。朝起きて窓を開けたら、一面の白世界に「わあ」と声をあげたものです。そして子どもたちは雪だるまを作りに表へ駆け出すのでした。
雪だるまといえば、目鼻には炭を埋め込んだものです。
炭が一般家庭の常備品でなくなった現在、何を使っているのかよく知りません。アボカドや人参?
で、思い出しました。この私、学芸会で主役を演じたことがあるのですよ。
小学校2年まで過ごした田舎町でのこと。どっちの学年だったか、記憶はあやふや。
私が選ばれたのは、たぶん一番のっぽで「お姉さん」てイメージだから、でしょう。弟役には同姓の小柄な男の子がなりました。その地域でありふれた名字というわけではないのに、その子は親戚でもなんでもありません。担任教師としては、ちょっとしたしゃれのつもりだったかも。
ストーリーは、たいそう貧しい姉弟がいて、家では病気の母が寝込んでいるのに、炭を買うお金もなく、部屋は寒々しい。ふたりはとてもいい子だったので、雪だるまたちは何か役に立ちたいと話し合って、目鼻の炭をプレゼントする、と。
「貧乏な家の子だからね、いつものボロ服を着ておいで」と、先生からわりと傷つくようなことを言われました。
確かにうちは貧乏だったけど、まわりに「分限者」は珍しいくらいだったので、さほどひけ目を感じたことはなかったような・・・。
学校だって貧しくて(?)、真冬でもストーブがあるのは職員室だけ。ずるーい。
このお話は、衣装や大道具などが安上がりで済む点も、魅力だったのでしょう。
雪だるまの目がひとりでにぽとりと落ちるシーンはちょっとした山場なのですが、そこをどう演出しようと悩んだ結果、雪だるま形に切った厚紙に本物の炭を糸でくくりつけ、後ろで支える雪だるま役の子がはさみで切ることにしました。先生のアイデアです。子どもたちにはなかなか思いつきません。
落ちた炭を拾ったふたりは「雪だるまさん、ありがとう」と手を振って退場。残るはのっぺらぼうの雪だるまたち・・・と、感動のラストシーン?
ま、地味でつまんない話だから、観客には受けなかったことでしょう。そのへんはよく覚えていません。