私に数学的アタマがあればもっと楽しめるのでしょうが、残念ながらこの本にぎっしり詰まったパズルのほとんどがチンプンカンプンです。別にわがおツムのできが悪すぎるからではなく、内容が非常に高度だからと思うことにしています。
高度で難解ではあっても、読むだけでじゅうぶんおもしろいですよ。負け惜しみではありません。「おもしろい」とは面白おかしいという意味ではなく、数学の奥深さを目の当たりに見せられる驚異とでもいいますか。その奥深さゆえに、何度でも読み返したくなるのでしょう。
あ、私でもいちおう解けた問題がありますよ。そのひとつを紹介します。
「3人の男がひと山のココナッツを見つけた。ひとりは全体の半分プラス半個を取った。次の男は残りの半分プラス半個を取った。3人目も残りの半分プラス半個を取った。すると1個残ったので、サルに投げ与えた。では最初に何個のココナッツがあったのか」
これは『サルとココナッツ』という超難解なディオファントス方程式関連パズルのオマケとしてついていた『ごくやさしい問題』で、ココナッツを割る必要はないとのこと。
この本が出版されたころは現代のように多様な娯楽があふれていたわけではなく、夜にはたいていの店が閉まるから、人々はこういったパズルにじっくり取り組む余裕を持っていたのかもしれません。
昨今は誰でもパソコンやケータイで複雑なことをやりこなしているかに見えますが、検索によっていきなり結果のみを得、動画やオンラインゲームといった主に受身の娯楽に接している程度でしょう。自分自身の頭で考えることが減っているような気がします。
今こそ素朴で伝統的なパズルで頭脳を鍛えるべきですぞ。
もっともいかに高度なパズルとて、読むだけでは受身のひまつぶしに過ぎません。脳を活性化させるには自分自身で解いてみなくては。
私にとってとりわけ苦手なのが三次元分野。
「1個のドーナツを3つの平面で同時に切断したら最大何個の断片を得られるか」なんて、いくら考えてもわからず、図解を見せられたってかえって混乱が深まるばかりです。
「直方体の部屋のここにクモ、あそこにハエがいたら、クモがハエに達するまでに歩く最短距離はどれだけか」といったシンプルな問題でも、ルートを思い描くことさえできませんでした。これが多面体の部屋になったとしたら、もう・・・。
クモがハエに近づいたらハエは逃げちゃうだろ。てなツッコミはなしね。ハエは恐怖で身がすくんで動けないことになっているのです。
こんなパズルは前提条件をきっちり決めておかないと解がぶれかねないので、なかなか愉快な前提があります。「虎の子渡し」などいい例です。
まあとにかく、三次元感覚を磨く助けになるかと、この本に載っているソーマ積み木(Soma cube)なるものにトライしました。
これは立方体を組み合わせた7片の不整形態でさまざまな立体を構成する遊びです。『不整形態』とはどこかに出っ張った部分のある形のことで、立方体で作る不整形態はこの三次元世界に7種しか存在しないのだとか。
自作のソーマキューブ。

この7つをうまく寄せ集めると、1つの立方体を作ることができます。それにはなんと230種類以上の違った組み合わせ方があり、最大何通りになるかは判明していないそうです。
えんえん立方体にばかり取り組んでいても飽きるでしょうね。
ある程度意味のある形のほうがおもしろいものです。本にはピラミッド、ソファ、絞首台など20種以上の課題が載っていて、いずれもシンプルな形なのに、いざ組み立てようとすると四苦八苦です。
長時間悪戦苦闘して投げ出しかけたものを完成したりすると、思わずやったーと叫びたくなり、次々と取り組みたくなります。熱中して休日がつぶれる人がいるのもうなずけます。
ソーマパズルで私の三次元感覚が上達したかというと、「?」です。
『多くの人はソーマ組み立てに数日取り組めば、多種の構成の組み立てに慣れて、ソーマ問題を頭の中で解くことができるようになる』と書かれていますが、私はやみくもに試行錯誤しているだけで、「頭の中で解く」境地に至っていません。この部分にこのパーツは無理だなといった判断がおぼろげにできる程度にはなりましたが、現実には、はまりそうもないと見える箇所にはまりそうもないものがぴたっと収まったりすることもままあります。
時間的にあまり熱中するわけにもいかず、半分くらい解いて今は中断しています。
どうやら自作積み木の質にも問題があるようです。100円ショップで買った木片を貼り合わせたのですが、1個1個が完全な立方体でなく、歪んだりふぞろいだったりの粗悪品なので、ぴったりはまらずがたつくのです。だから出来上がったときの形もいびつで、ちっとも美しくない。達成感も半減です。
おもちゃ屋かホームセンターでちゃんとしたものを買ってきて作り直そうかと思っています。
もちろんソーマの市販品も買えるはずです。
さて、数学が苦手だと計算や図式がダメなのであって、文芸や絵画には影響しないというのが一般的見解です。
しかし私が自分に数学のアタマのなさをつくづく感じるのは、推理小説を読むときです。
数学は数字を扱うことが多いのですが、実は「論理」なのですよね。数学的なものの考え方ができれば、本格推理のトリックや犯人もちゃんとわかるはず。
エラリー・クイーンが好んだ『読者への挑戦』・・・手がかりはすべて提示した、ここまで読んできた読者は自分の頭で謎を解くことが可能だというあれですね、私にはひとつとしてわかったためしがありません。
エンターテインメントであるミステリ小説は国語的にうんとひねくれてるから、誰でも簡単に解ければ面白みがなくなります。このひねくれ度合いが作者の腕の見せ所であり、ミステリの質を左右するのです。
犯人当てがいつも外れてイライラする人におすすめなのが、東野圭吾の『どちらかが彼女を殺した
犯人が誰だとは結局記されていませんが、しっかり読んでいれば推理できるようになっています。犯人候補が少なく難易度は低いのに、お話自体がおもしろいから、犯人が簡単にわかったとしても興趣をそこねません。
ことのついでに、個人的未解決問題。昔とあるところから入手したファイルの解析をしたのですが、どうしても解明できなかった部分がありました。
ひとつの項目が12の要素を持っていて、それぞれの要素はオンかオフに分かれています。ある項目のどの要素がオンなのかを2桁の数字2つにまとめているようですが、そのしくみが不明なのです。
単純に考えて、12の要素を半分に分け、それぞれを6桁の二進数に置き換えて十進数に変換すれば2桁に収まります。でもその方法ではないのです。12の要素というのは目に見える限りの話で、もしかしたらもっと多くの隠されたデータを含むのかもしれません。ほかにどんな手があるのでしょう・・・。
おっしゃっている本かどうか分かりませんが、マーチン・ガードナーの古い数学パズルの本(ブルーバックス)を持っていました。
が、この前ついにオークションで売ってしまいました。
若い頃はこういうのが好きで、そのころ買った同系統の本が長らく本棚の飾り(邪魔モノ?)と化していましたので、脳もすっかり老化してきたことですし、エイヤっと思い切った次第です。
でも、こういう記事を読むとまた買おうかなと(笑)
ココナッツは15個ですか、先生?
エスツェットさんもそういう趣味がおありでしたか。そしてまたそういう本をオークションで買う人がいるんですねえ。
私もガラクタいっぱい抱え込んでいるので、オークションをやってみたいんですけど、どうにもものぐさな性分だもので・・・。
うちにあるのは『おもしろい数学パズル2』という邦題の文庫本です。なぜ2だけ買ったのかわかりませんが。
ココナッツ15個が正解かどうかは、験算すればすぐにわかりますね。