2009年12月30日

コメントは管理人のお

以前、コメントは管理人の財産、という記事を書きました。
『財産』という単語が誤解を招くタイトルですが、真意は「コメントは管理人の所有物(だから責任をもって削除しよう)」であります。不適切コメントやトラックバックを管理人の怠慢で放置することが、ウェブの汚染を助長するのです。

このブログでは、これまでに記事削除を2度行いました。
いずれもコメントが原因です。
寄せられたコメントが問題ならばコメントを削除すれば済みますが、コメントに対する管理人(私)の対応に不手際があり、自らパニックになりかけたあげく、ばっさり元記事から消し去ったのです。

全く短気というか、無思慮というか。
人にはツマラン内容でも、そこそこ時間をかけて書いたものです。しかも当ブログは記事数が少ない。今や、月刊『貧盗恋歌』(月末発売だよん)。
記事を一時非公開にして冷却期間を置くとか、コメントを非表示にするとか、落ち着いて考えればいくつも策があったのに。
このブログでは記事ごとにそういう設定ができるところが便利です。

当ブログはアクセス数に比較すると、非常にコメントが少ないと思います。
構造が拒絶的だし、管理人は人付き合いが悪いから当然です。

が、コメントの多いブログのオーナーは、しばしばたくさんのブログ友達を抱えて積極的に交流しています。それがブログの存在意義でもありますから。
そこを考慮すると、拒絶的なこのブログには、月間数件のコメントでも多すぎるような気もします。

つい先日、また短気を起こしてあわや記事削除という事態になりかけ、どうにか踏みとどまりました。

対応に苦慮するのは、やはりスパムよりも、個人からのわけわからんコメントです。完全に無関係かつ意味不明ならば削除も気楽ですが、記事内容に関連していて、宣伝色はなく、なおかつ偏執的なものにつかまると、もうどうしていいのやら。
その記事ではさしあたってコメント受付を停止し、将来はコメントのみ削除する予定です。

「偏執的」などと失礼な表現を使いましたが、今回のケースは過度に非常識なものではありません。とゆーか、カワイイくらいです。
私がこんな性格だから、いささか容認し難かっただけなのです。

かつてとあるブログが炎上する過程を見たことがあります。
真に偏執的な書き込みをする人の執念ときたら、それはもうすさまじいものです。

そのブログはいっさいのコメントを受け付けなくなりましたが、相変わらず繁盛しています。管理人さんが人付き合いのよい人で、多くのブログ友達を持っていることも一因のようです。
ブログ交流の手段はコメントだけではないということです。

ブログの価値はコメント数に表れると信じて(かつコメントが少ないと悩んで)いる人は、ちょっと考え直す必要がありますぞ。

私は他にもブログを持っていますが、英語版ブログはこの貧盗恋歌に輪をかけて拒絶的です。同じく記事数は少ないし、ひどい英語だー。質問コメントが来ても無視。
それなのにけっこう読まれているみたいです。
コメントは他愛ない短文ばかりですが、期待されているようで、やや重荷です。しかし、ここを重荷に感じると負けるんですよ。
負ける? つまり、続かなくなるのです。

ブログは管理人の所有物だ、更新しようが削除しようが、管理人の自由だぞ。誰も来なくったって平気だい。
そんなふうに開き直らないと、押しつぶされちゃうんです。これは弱小ブログに限りません。

私は他の英語ブログをほとんど見ません。文章ばっかりだと読みたくないから、画像の多い創作系のものをちらと眺めるだけ。
時々見ていた人気ブログは、しばらく前から更新が止まっています。読者の期待に応えようと気負いすぎて疲れたのかもしれません。とは、勝手な憶測ですが。
別のブログは1年前から変化なし。
創作系ブログを続けるのは、なかなか骨が折れることなのです。

私のように超然としているつもりのブログオーナーだって、その実、コメントには振り回されています。
心安らかにブログ運営を続けるには、コメントを完全停止するのが一番だと思うんですけどね。
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投稿者:ルノ 23:40 | コメント(0) | トラバ(0) | ブログ論
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