「人間万事塞翁が馬」といいます。
辞書には『人間の運命のはかり知れないことのたとえ』『人生における幸・不幸の予測しがたいことのたとえ』とあります。
吉事に見えたことが凶事を招き、不運だと嘆いていたらそれが幸運を運んでくるといったことの回り合わせが人生というものです。
「塞翁が馬」とは塞翁さんの馬という意味です。塞翁は固有名詞ではなく、北の砦(要塞)の近くに住む、とある翁(おきな=老人)。
「北」という言葉はどこにも使われていないけど、北方から蛮族が攻めてくるのを防ぐため、北部の国境には特に頑丈な砦があったのでしょうね。
その老人の馬が逃げてがっかりしていたら、駿馬を連れて戻ってきて、喜んだ老人の息子が駿馬を乗り回して落馬で怪我をして、そのために兵役に取られず戦死を免れたのでありました。
この話からは「逆境にもめげるな、必ずいいことがある」「得意の絶頂でも慢心するな、気を引き締めないとどん底に落ちるかもしれない」との励ましや戒めが読み取れましょう。
いや、むしろ「努力してもうまくいくとは限らない」「棚からぼた餅を待つほうが得策だ」「ジタバタしても人生はなるようにしかならない」という諦観が漂ってはいませんか? 私はそっち派です。
以前から感じているんですけど、精魂込めて打ち込んでもいっこうに認められず、そこから派生したどうでもいいような事柄が意外な成果をもたらすといった皮肉な出来事がけっこうあるのです。で、方針を転換してそちらに邁進すると、横槍が入ってぺしょん、てなあんばい。
人生って思うに任せませんな。
あんまし肩肘張らず、寝太郎を決め込んだほうがうまくいくかも・・・。
人生は予測しがたいとはいえ、この逸話をハッピーエンドで終わらせた中国人は、わりと楽天的なのではないでしょうか。
塞翁さんは最後に「しめしめ」とにんまりしたわけですよね。
「ほくそえむ」は「北叟笑む」と書きます。漠然とヘンな言葉だなと思っていたら、今回なぞが解けました。
「叟(そう)」は「翁」と同じです。北叟とは息子を奪われずに済んだ塞翁のことでした。
北の老人が人知れず笑うということで、「塞翁が馬」の締めくくりは「ほくそ笑む」だったのです。
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