2012年02月23日

ドーパの悲劇

依存症に関する本を何冊か読んだことがあります。
自分が依存症になりやすいタイプだという危惧を抱えているせいか、図書館の棚に見かけたらつい手に取ってしまうのです。

私は非常に意志の弱い人間です。それはつとに自覚しています。
とはいえ、意志薄弱だから依存症になるわけでもないのです。強固な精神を持ち、高度な知性や理性をそなえた人でも、依存症になる状況に置かれたら、なってしまうものです。

打ち明けますと、若いころ煙草を吸っておりました。けっこう本数も多かったけど、数か月後なんとなくやめました。その後数年間は、酒席などで勧められたら手を出すことはあっても、自ら買って喫煙することはなく、現在では匂いをかぐのも嫌です。
そして私が大酒飲みだったことは当ブログのどこかで述べておりますが、今や一滴も飲みません。飲めないのでなく、飲む気にならないだけ。

酒やタバコをやめるのに「強い意志」が必要なら、今も耽溺していたはず。が、どちらもわずかな努力さえなしに脱却できました。体質に合わなかったのでしょう。

だから、もしあなたが禁煙を何度試みても失敗し、自己嫌悪に陥っているとしても、意志薄弱なダメ人間ってことではありません。単に脳の一部が壊れているだけなんですよー(と、脅しをかけておこう)。

依存の対象は薬物、ゲーム、恋愛、買い物などさまざまです。
依存症になると、その対象がなんであれ、脳内には同じ不可逆的変化が起きているそうです。不可逆とは、元に戻らないということ。コワーい。

そうか、私の脳も壊れているんだ、泣いても笑っても手遅れなんだ。気分直しにチョコでも食べよう。パクパク。
おっと、それがいけないんだよ。
だってビョ〜キだからしかたないやんか。そうなんです。私は恐怖の甘いもの依存症。

依存症にかかわる重要キーワードはドーパミン(ドパミン)です。
ドーパミンは嬉しい、楽しい、快いときなどに、脳内で分泌される神経伝達物質です。生きる意欲のもとというか、幸せホルモンの一種ってとこ。
依存を引き起こすモノやコトは、その分泌システムを狂わせます。ニコチンを摂取すると、嬉しくも楽しくもないのに、ドーパミンが出る。だからやめられなくなるのです。

ラットがレバーを押せば脳に電気刺激が伝わる実験について聞いたことがあるでしょう。ある位置に電極をセットすると、ラットは寝食も忘れ、死ぬまでレバーを押し続けるそうです。そこがドーパミンを出すツボです。

ドーパミンの出方はもともと単純なものではなく、同じ快感刺激が続けば低下し、思いもかけないときにふいに嬉しいことがあるとどっと上昇します。ワクワクした期待感を抱くだけでも放出されるけど、期待が裏切られるとガクッと落ちます。
努力しても報われないつらい日々が続いても、くじけずにがんばっていたら、突如大幸運に恵まれた、なんてときは最高潮に達します。不屈の精神を養う手助けをしているみたいな・・・ギャンブル依存者はこれで人生を棒に振るのです。最高潮の体験を忘れろなんて無理な話ですからね。

人生山あり谷あり。谷が深ければ深いほど、山頂に到達したときの喜びは大きいものです。
だからって、好んで谷底に落ちたがる人がいるでしょうか。
自ら谷底に転げ落ち、丘よりも低い小山に這い上がっただけで、エベレスト制覇にも勝る達成感を味わう・・・それが依存症です。

と、理屈がわかったら、依存症が治るだろうか。

甘いものがやめられないという私の悩みは、その実、やや強度の甘党に過ぎず、真性甘味依存や過食症に比べると、まだまだカワイイというか、生ぬるいようです。が、程度が軽いからこそ本気で問題視しないという側面も・・・。

私の食べ方はわりときっぱりしています。
たとえばゴーフルを1度に3枚食べるのは、1袋に3枚入っているから。もし1枚ずつ個包装されていたら1枚で済むのかも(案外、1度に1缶食べ尽くしたりして・・・1缶は5袋だったかな)。

私は間食をする習慣がなく、お菓子はいつも食後です。つまりすでに満腹の状態。デザートは別腹ってほんとうですねえ。

ゴーフルはけっこう大きいけど、食後でも1枚はおいしくいただけます(ドーパミン、ぷしゅー)。2枚目になると飽きてきます(ドーパミン、しょぼしょぼ)。3枚目ともなると、うんざり。甘さは感じるけど、おいしくない(もはやドーパミンは枯渇し、ストレスホルモン全開の様相)。胃はむかつき、お定まりの後悔。

それなのに、なぜ食べるの? 包装を開けちゃったから。やはりビョーキとしか思えぬ。

こういう性癖を認識して以来、買うときに多少防衛するようになりました。
5個入りあんパン、プリン3個セット、いわゆるマルチアイス(1箱に6個くらい)などは極力避け、割高でもバラ売りや単品をひとつだけ選ぶとか、袋入りの徳用チョコレートは敬遠して板チョコにするとか。
だけど、安売りしていると思わず買ってしまい、気がついたらアイス一箱ペロリ。あ〜あ。

ところで、果物も嫌いではありません。ときたま5個398円の安いリンゴを買います。小さなサンふじはけっこう甘いし、蜜入りも多く、お買い得です。
果物を食べるのは食前と決めていますが、小さなリンゴでも、せいぜい半分しか食べる気にならないんです。残りは切り口に塩を振ってラップ。
同じことがお菓子に応用できないのはなぜなんでしょう。ゴーフルを1枚食べたら袋の口をセロテープで閉じて次に回せば、毎度適量のドーパミンに恵まれてハッピーだろうに。

確かに、昼間あんパン5個を平らげた結果、夕食後は甘味ゼロを余儀なくされ、ああ、あの時1個でも残しておけばよかったとほぞをかむこともしばしば。でも、なければないで耐えられるのです。わざわざお菓子だけ買いに行くのも面倒だし。

食べるときには見境なくお菓子をむさぼるわりに、体重増加が抑えられているのは不幸中の幸いです。たぶん、玄米・野菜・大豆中心の粗食のおかげでしょう。お菓子さえなければ、なかなか健康的な食生活なのですよ。

しかし最近読んだ『依存症のカラクリ』(磯村毅)に、いささか気になる記述がありました。

脂肪と糖分の豊富な食べ物を断続的に摂ると、薬物依存と同じ脳内変化が現れるというものです。
「断続的」とはどういうこと? ラットの実験で、平日の5日間は普通の餌を、その後2日だけ脂肪分と糖分の多い餌を与えることを繰り返したら、平日の摂食量が減っていき、週末に食べる甘い餌の量が飛躍的に漸増した、と。日常の食事をバカにして、週末のご馳走を心待ちにするようになったわけですね。

なんだか私の食生活と似ているような・・・。

たまに甘いものをドカ食いするより、毎日少量の甘いものをコンスタントに食べたほうが依存しにくいというのは納得がいきます。でもそれだと、甘いものへのありがたみも薄れそうな気がしませんか。いや、ありがたみこそ依存の根源だし・・・ああ、悩ましい。

なお、この実験では糖分に脂肪が加わっています。油というものは、糖分にも増して依存を引き起こしやすいのです(「油の報酬」などと呼ばれる)。カウチポテト族やマヨラーは油脂依存症といえるかもしれません。
つまり、ようかんやおまんじゅうよりもケーキ、チョコレート、クッキーなどのほうが危ないってわけ。

当記事は、主に前述の『依存症のカラクリ』を参考にしました。
また、医師で推理作家の帚木蓬生は、ギャンブル依存の治療に取り組みつつ、ギャンブル産業の猖獗を黙認する社会・政府へ警鐘を鳴らし、啓蒙に努めています。依存症に関する本も『ギャンブル依存とたたかう』など数冊あり、読み物としても興味深い内容です。
ほかに読んだのは『依存症がよくわかる本』(榎本稔)、『よい依存、悪い依存』(渡辺登)、『人はなぜハマるのか』(廣中直行)など。
依存症を扱ったものではないが、モーガン・スパーロックの『食べるな危険』は、ファストフードに依存性があることを身をもって示した映画『スーパーサイズ・ミー』のメイキング話です。軽妙洒脱な語り口でおもしろく読めますが、中身はシリアスで、私が「読むだけで痩せる本」と評した『中国の危ない食品』に匹敵する怖さを含んでいます。
投稿者:ルノ 13:29 | コメント(0) | トラバ(0) | 美容と健康
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