もっとも私は「動機」重視派だから、サイコホラーみたいに無意味な死体が積み重なる状況には辟易だけど。
では納得のいく事情があれば殺人も許されると思うのか?
そういう問題じゃありません。意表を突く動機が好みなんです。
東野圭吾『悪意
レーンもポアロも、最後はくだらんことで人生を汚したと思うよ。
それはおいといて、今回はフィクションでなく、現実の話をしたいのです。
ひところはやってすたれた「なぜ人を殺してはいけないか」という問いかけ。
猫好きのおばあちゃま左近寺祥子いわく、後悔しても償えない行為だからだ(『自分を知るための哲学』より)。
えっ、そんなもん? 哲学研究者ってもっと複雑な理屈をこねくり回すもんだと思ってた。
虫好きのおじいちゃん養老孟司も『死の壁
償えない、取り返しがつかないとは、生き返らないということです。生き返りさえすれば、殺人もOKってことですかね。
医学の発達はめざましいから、死んだ生物の蘇生が可能になるのは遠い未来のことではなさそう。
最初はロボコップみたいにぎこちないかもしれない。そのうち、木っ端微塵の自爆テロ犯でも、細胞の一片を採取できれば、培養して元通りに育て、司直の下で死刑、てなことに。
脳が壊れてしまえば、その人のアイデンティティたる「意識」の継続はどうなるんだ? えーと、中央制御機関みたいなとこに毎日自動的にセーブされるようになっていて、ほぼ復元可能としましょう。死ぬ直前に苦痛があったとしても、そのあたりの記憶は戻らないからハッピ〜。
「や、昨日はごめん。つい手が滑って殺しちゃったんだ」
「悪いと思ってんなら、昼飯くらいおごれ」
といった会話が、殺人者と被害者の間で交わされるのでしょうか。あれ? なんかヘンですね。人殺しが悪くないなら、怒ったり謝ったりの必要もないんだった。
人が永遠の生命を得た暁には、完全死は金持ちと王侯貴族だけの特権となり、ビンボー下層民たちは死んでも死んでも生き返らせられ、あくせくあくせく働き続けなければならないのでした。これは恐怖だ。
妄想は続きます。
「どうして人殺しは悪いか」という問いは、「お日さまはなぜ赤い?」とか「なぜ鏡に映る像の上下は正しいのに左右が逆なのか」に似ています。前提が間違っているのです。
太陽は赤くなんかないでしょ。鏡には上のものは上、下のものは下、右のものは右に、左のものは左側に映る。どこが逆なんだ?
しかしこのような質問が「なぜ道端に落ちているものを食べちゃいけないの?」などに比べてもっともらしいのは、実にもっともらしいからでしょうね(なんの説明にもなっとらん)。殺人者は悪い奴だと非難されるし、夕陽は時として赤に近い。鏡の中の自分はどう見ても左右だけがひっくり返っている。
人を殺すことはほんとうにいけないんでしょうか。
必ずしもいけないわけじゃないでしょう。
A国のB大統領なんか、正義の名のもとに複数の国へ攻め込み、無辜の民やら自国の兵士やら何万人も殺しておきながら、夏冬はバカンス楽しんでいます(ヤツは自ら手を下したわけじゃない、と言うなら、オウムの親豚だってそうだ)。
殺人願望を持つ人々のため、国家が殺人を代行してくれることがあります。その願望は「遺族感情」などと呼ばれたりします。
死刑は確定から6ヶ月以内に執行しなければならないと刑事訴訟法で定められていますが、現実には7年以上かかっているとか。殺人担当大臣がビビっちゃうんでしょう。法の元締め自らが法を犯しているわけだから、しもじもの犯罪が減らんのもうなずける。
そんなに長期間死刑囚を税金で養うのかと怒る声もあろうし、死の恐怖をいたずらに長引かせる点が残酷だともいえるし、その延びた期間に冤罪の証拠を見つけようと期待が高まったり。
もっか平和に似たものにずぶずぶ浸かってるニッポンでも、ちょっと前までは日常的に殺し合いが行われていました。武士には斬り捨て御免の特権があったし、仇討ち禁止令は明治のことだし、戦時中はその辺の人々も鬼畜BA皆殺しと叫んで竹槍研いでたんじゃないんですか。
今だって社会にはあまたの殺人者が野放しになっているに違いありません。殺人犯を捕まえて裁判にかけるのはちょっとした努力目標としても、警官足りないし、検挙率落ちたし、それ以前に犯罪として発覚していない事件も多数。なんたって我が国の検死件数は情けないほど少ないとか。その陰で高笑いする強殺犯や保険金成金たち。彼らにとって殺人は人生を豊かにする良い手段なのです。
それでも多くの人は殺人とは無縁の生涯を送ります。
自分が人殺しに手を染めるなんて論外、選択外だと思っているはず。けっこう体力が要るみたいだし、死体を埋めたり刻んだりの付帯作業が煩わしそうだし、血やわけのわからん液体固体がついたら汚いし、事情聴取で震えるかもしれないし・・・。
捕まるのが怖いってのも理由かな。となると、捕まらない保証があるならやるのか?
案外そうかもしれません。
厳罰化の影響で飲酒運転の件数が減ったらしい(ニュースを見てるとそんな気はしないけど)。
酔っ払って運転しても人に迷惑かけなきゃかまわんと、個人的には思っています。教習所で上手な酒飲み運転のテクニックを教えたらどうだ。事故全般の厳罰化は支持するけど。
検挙や処罰を恐れて飲酒運転を控えるようになった人は、自分自身の中に規範を持たない、つまり善悪の判断がつかないのです。状況いかんで人を殺す可能性は高いといえましょう。
嘘つきは泥棒の始まりとは真実です。
犯罪だけではありません。公共のマナーが守れない人も同様です。
道端にゴミを捨てるのは気分が悪いから私はしません。ゴミ箱か自宅まで持っていけば済むことじゃないですか。こんな簡単なことができない人が将来の犯罪者になるのです。
タバコの吸殻をポイ捨てして平気なそこの人、あなたが明日殺人を犯す確率は、ミステリは連続殺人でなきゃ物足りないとか殺人は悪くないとかほざいている私なんかよりずっと高いのです。