2016年09月29日

反エコ

素手でお茶わんを洗っていたのは数年前までで、今は真夏でも、手袋なしではどんな水仕事もできません。手荒れがひどいのです。
料理や掃除の際だけでなく、洗濯物を干すとき、歯磨きやトイレも、いちいち手袋をはめます。
手袋のはめ外しに費やす時間は、1日の数パーセントにのぼりそう。

ホント、年は取りたくないもんですね。またまた老いの繰り言。

初めは薄い木綿の白手袋の上に、やや厚手の塩ビ製炊事用手袋を重ねていました。丈夫だけど感覚は相当鈍ります。
現在は合成ゴムの使い捨て手袋を利用しています。蒸れるしすぐに破けるのが難点。

ごく小さな穴がひとつあいただけでも、もはや用をなさなくなり、捨てるしかありません。
針で突いたくらいの穴なら、コロスキンとやらを塗ると、運が良ければ、あと2、3回使えたりします。

そこまでケチらなくったって・・・。

むろん、そのためだけにコロスキンを買うのはばかげています。コロスキン一つと手袋100枚の値段は同じくらいだもの。

コロスキンはあかぎれに塗るつもりだったんです。でもしみて痛いし、手袋のおかげであかぎれは発生しなくなったし、危うく薬箱のゴミ。手袋の延命治療に役立ってよかったね。

補修は1か所にとどめておくべきです。あまり使うと、はがれて食べ物に混ざりこんだりしてやばいぞう。

破れ手袋はそのまま捨てていましたが、このごろ使い道を発見しました。
牛乳パックを畳んでもすぐに開いてしまうし、発泡スチロールのトレイを折ると、角がゴミ袋を傷つけたりします。卵のパックもなかなか危険。手袋に詰め込んで捨てるのです。

パック手袋

えっ、紙パックやトレイを捨てちゃうの? リサイクルしないの?

以前はね、まじめにスーパーの回収ボックスへ運んでいたんですよ。
紙パックを洗って切り開いて乾かして、切るのに使ったはさみはきれいに洗って、コンロの余熱で殺菌乾燥。トレイが油っぽければ洗剤まで使って洗うし。

あるときふと考えた。この水道代、私が払ってるのよね。パックの内側についていた牛乳や余分に使った洗剤などが流れて、1回1回は微量でも、総合すれば環境汚染を助長しているのよね。

しかも食中毒の本によれば、肉や魚のトレイを洗うと、付着していた多数の細菌が壁やシンクを汚染するらしい。
肉や魚にもともといる菌よりも、いっしょに買ってきたモヤシやゴボウなどから移る菌のほうがはるかに多く、レジ袋の中はバイキンの温床なのでありました。たびたび書いているように、人間、その程度では死にませんが。

こんだけ手間とお金と気力を費やして、なんのメリットがあるのだろ。リサイクルに協力したという自己満足に過ぎないのではないか。
回収ボックスに投げ込んだあとの流れは、私たちには見えません。肝心のリサイクルができていないとしたら、そのささやかな満足でさえ崩れ落ちてしまう。
そしてどうやら、リサイクルってのは、どの分野でも、まともにできてなんかいないようですね。

かっこよく「資源」などと呼ばれる回収物は、集まれば集まるほど自治体を圧迫し、手に負えなくなり、処理のために私たちの血税が投じられているのが現状。

ゴミ分別の異常な世界 リサイクル社会の幻想

偽善エコロジーが地球を破壊する

貧しい凡人のわたくしなどには、地球環境のことまで思い遣る余裕はありません。とりあえず身近なところから考えてみる程度。

身近といえば、レジ袋。あれを有料化したところで、どれだけゴミを減らせるというのでしょう。
贈答用の包装をいっこ簡略化すれば、レジ袋100枚に匹敵するほどの節約になると思うんですけどね。

バイキンだらけになっても、レジ袋は便利です。あれをただのゴミとして捨てる人はそう多くはないはず・・・つまり、レジ袋はリサイクルというか再利用率が高いのです。エコバッグ代わりに何度か使ったあと、最後はゴミ袋に、など再々々利用している人だって。

そのレジ袋、今やゴミ出しには使えません。
ゴミを出すには、有料の指定ごみ袋を買う必要があります。そのゴミ袋は、石油から作られた、ほぼ無菌の新品です。武田邦彦に言われるまでもなく、なんかヘンだなって気がしますよ。
袋の製造料金ではなく、自治体に払う回収料金なのだ。ってのはわかるけど、新しくゴミ袋を作るには設備もコストもかかるでしょう。よけい無駄じゃないの。

ゴミ袋の有料化は大量のレジ袋をただのゴミにしました。ゴミそのものの減量に貢献したとは思えません。
確かにゴミ出しの回数は減りましたよ。ゴミ袋いっぱいになるまでゴミをためるようになった家庭は多いと思います。
かつてはたまったゴミの量に応じた大きさのレジ袋に入れて、こまめに捨てていたけど、有料化後は最小のゴミ袋でも、2週間分くらい入ってしまうことがあります。

だからって、生ゴミを2週間も保管できますか? 特に夏場。
冷凍庫に入れる人もいるとか聞いたけど、冗談じゃないですわ。

しかたないから、スーパーに備えつけられているロール状のポリ袋を活用しています。
あれをぐるぐる巻きとって大量に失敬する恥知らずも目にしますが、私は食品いっこずつ入れて持ち帰ります。普通の人よりもたくさん使うのは事実ですが、わが家の冷蔵庫の汚染をなるべく少なくするためです。スーパーの食品棚って、菌だらけなのですよ。人間、その程度では死にませんが(しつこい)。

そのポリ袋に生ごみを入れて結び、それをさらにポリ袋に入れて・・・三重、四重に包んだあと、レジ袋に入れてベランダにつるしておきます。これだけ厳重に包装しても、3日も経つと臭気が漏れてくるんです。結局週に1回はゴミ出しが必要。袋には空間があってもったいないんだけど。

自治体によっては、レジ袋などに入れたゴミを指定ゴミ袋に入れるのを禁止するところもあるとか(中身がわかるように、むき出しで入れろってことのようです)。
ゴミ袋ってけっこう弱いんです。畳んだ段ボールなど、角が突き出たりするから、ガムテープで補修することも。
魚の骨なんか直接入れたらイチコロでしょ。あげくゴミ置き場にはものすごい悪臭が・・・。

ゴミ袋の有料化は、家の中や世の中を臭くするだけなのです。
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投稿者:ルノ 16:11 | コメント(0) | 生活の浅知恵
2016年06月30日

習慣の力

私は皿洗いが嫌いです。ついためこんでしまいます。
と、何年か前に書いたことがあります。

が、何年か経てば、人は変わるものです。いや、人って容易に変わるもんじゃありません。考え方や行動が変わっただけ。

今では毎日最低1回は洗っています。
日に3度以上洗う人には、何をその程度で胸張って、と笑われそうですが。

世の中には、毎食後ちゃんと洗い物をしても、食器や鍋を洗うだけで満足する人がけっこういます。
調理台のあちこちに水がはね、食器かごの受け皿にはぬめった水がたまり、スポンジは洗剤と食品のかけらを含んでずっしり重く、台布巾は湿って異臭を放っているという状態でも平気。

ある調査によれば、キッチンスポンジには15億個、台布巾には14億個の細菌が潜んでいるそうです。スポンジよりも台布巾で洗うほうがきれいなのか。んな、五十歩五十三歩でしょ。

手前味噌ですが、わが家は一般家庭よりはかなり清潔にしているという自信はあります。
夕食後の食器洗いが終了したら、排水口のごみ受けや中蓋なども磨き上げ、壁やシンクは一滴の水も残さないよう乾いた布で拭きます。ていねいにすすいだスポンジと台布巾は扇風機の風に当てて乾かします。以後翌朝までキッチンの水道は使用禁止。
ここまで徹底しなかったころは、水栓のレバーやシンク横のパッキンなどに赤カビ黒カビが発生したり、シンクの壁に菌のコロニーらしきものが点在したり。現在そういう兆候は見えません。カビ取り剤の出番もめっきり減りました。

そのように行動が変わったのは、なぜなのでしょう。
実際の話、昔から私は食器洗いをバカにしていました。今もそうです。
しかしながら、それをせずに済む身分にはなれそうもない(主に経済的な事情で)。だったら嫌いだの面倒だの苦痛だのとぼやくよりも、さっさと片づけて忘れたほうが得策ではありませんか。
食器洗いや歯磨きなどの日常茶飯事に、「好き嫌い」のような高度な感情を持ち込むのは、もったいないことなのです。以前はそれに気づかず、汚れものを目にしてはイライラ。感情を無駄遣いしていたんだなぁ、愚かにも。

感情を交えずに淡々と片づけることが習慣になれば、決心して取り組まなくともいつの間にか済んでいます。

そういう法則がわかってしまえば、かつて億劫がって先延ばししていたことごとを、習慣づけてすいすいやっつけてしまえる・・・はずなのに、人生なかなか思うようにいきませんねえ。


私がなにかと引き合いに出す『ほんとうは治る防げる目の病気』は、少食で白内障や緑内障が治るという内容の本です。
この中に、酒やタバコやお菓子がやめられないのは、意志が弱いからではなく、単なる習慣だからである、といった記述があります。身体に及ぼす影響を理解すれば、その習慣は断ち切れるのだと。

そう簡単にものごとが運ぶなら、何千万人もの依存症者とその予備軍がひしめいているはずはないっ。と、甘いものをやめられなくて困っている私は叫びたい。
でもまあ、真実でしょう。依存症の始まりは、ほとんどが習慣なのです。

ネックは「理解する」こと。頭でわかっていても、実行できなければ、わかったことにはならない。

糖質を摂ると、血糖値が上がり、中性脂肪が増え、糖化最終生成物とやらが身体のあちこちを焦げつかせ、老化を促進させる。てなこと、理屈としては知っていても、現実にお菓子を目の前に置くと、すべて忘れてしまう。それどころか、糖分を欲するのは人類の本能だ、食べて30分後に運動すれば血糖値も抑えられるなどと、都合のよいように自分を納得させてしまいます。
で、パクパク食べて落ち込むのです。結局運動はしないし。

私はギャンブルの類はやらないけど、パチンコ依存者がボロ負けして後悔し、もう絶対にパチンコ屋には足を向けないぞと決心して眠りについても、翌朝「本日10時開店」のチラシを見ると、「今度は必ず勝てる」「これで借金帳消しだ」と気分高揚し、またボロ負けという循環、理解できます。

どうしたら脱却できるんでしょう。

甘いもの大好きとはいえ、私は四六時中甘いものを食べているわけではありません。
間食も夜食もしません。これって、間食や夜食がどうしてもやめられない人から見たら、スゴイことかも。

だけどそれは、意志の強さでも努力の結果でもなく、ここ10数年ほどの習慣です。単なる習慣なのです。
ある日突然そうすることに決めた、とかではなく、じわじわとそうなったようです。すたれずに続いているのは、そのほうが楽だからにほかなりません。歯磨きもいちいちしなくて済むでしょ。

皿洗いの習慣だって、徐々に身につきました。清潔に乾いたキッチンを見ると気持ちがいいから、明日もやろうと思うのです。

鍵はメリットの有無、でしょうか。

甘いものをやめても、たちどころに美人になるわけでも、痩せるわけでもないから、すぐに挫折しちゃうんですよね。
でもお菓子を買わない分、お金はたまるんじゃないかしら。そっち方面からアプローチしてみれば、もしかしたら・・・。

付記:
文中で「赤カビ」とあるのは、私が便宜上そう呼んでいるのであって、正しくは赤色酵母というものだそうです。浴室でよく見かけるピンクぬめりの正体です。ま、酵母もカビもお仲間ですからね。
タイルの目地やシリコンのパッキンなどに生えるのはクロカビですが、フォーマというものも混じっているとか。
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投稿者:ルノ 19:17 | コメント(0) | トラバ(0) | 生活の浅知恵
2014年03月31日

道を尋ねる

通りすがりの人に道を尋ねられることがけっこうあります。
人間嫌いだけど、根は親切だから、可能な限り丁寧に対応しています。

その結果、自信満々ウソを教えてしまったことがありました。
昨年は少なくとも2回。ひとりは外国人でした。

何もイジワルするつもりはないんです。単なる勘違い。
しばらくして、あっ、方向が逆だったとか、建物名を間違えたとか気づいて引き返したけど、相手は影も形も・・・。あっという間に顔も服装も忘れちゃうから、捜しようもないのです。

たとえ知っていても、「さあ、わかりません」と答えてさっさと離れるほうが賢明なのかも。

それにしても、どうして私に?
家に閉じこもりがちな私にとっては、外出の頻度に対して、声をかけられる割合が高いような気がします。

のみならず、見知らぬおじさんやおばさんにお金をねだられたことが一度ならずあるのですよ。

やっぱり「たれ目」が優しそうな雰囲気をかもすのかな。

いやいや、呼びかけられるのは背後からも多いから、顔は無関係でしょ。

全身スキだらけなのが祟っている、とか。
リュックを背負って買い物に行き、帰宅してから後ろのポケットのふたが開いたままだと気づいたことが何度もあります。別にスリに遭ったわけではなく、エコバッグなどを取り出したあと閉め忘れただけ。見るからに無防備って印象。

仮に私が道に迷って、どうしても誰かに頼らなければならないはめに陥ったら、どんな人を選ぶだろうか。

手をつないでベタベタ歩いている若いカップルは避けますねえ。
ひと目で外国人とわかる人には、いくらなんでも・・・。
ケータイをいじっている人、ランニング途中の人、大きな荷物を抱えてタクシー捜しているらしい人などには迷惑かけそうだし。
子どもや耳が遠そうなよぼよぼのお年寄りもちょっと・・・。
かっこよくピシッと決まったファッションに身を固めて颯爽と歩く人には、気おくれしちゃいます。

つまり、ここいらに長年住んでる地元のオバサンって感じの、ダサい普段着でてんてれ歩いているような人が適当なんですよね。まさしくワタクシ。
逆立ちしたって、普段はニューヨークとパリを往復して忙しい日々を送っているが、やっと暇を見つけて数年ぶりに里帰りし、実家近辺の激変ぶりを面白がってちょっと散歩しているスーパーモデル、には見えないもんね。
とはいえ、衣服や化粧品に投資する余裕は今のところないし、いくらおしゃれしたところで、もとがこれではたかが知れてますわ。

でもね、このごろ少しばかり、かつらに凝っているのです。
こんなコスプレウィッグをかぶってれば、道を尋ねる人は減るだろさ。正気か?

ウィッグ

ところで、間違ってもガイジンさんには道を尋ねないってのは、日本人だけの常識らしい。
海外旅行をした人なら、現地で道を訊かれた経験が必ずあると思うんです。
多くの国では、容貌だけでは国籍など判断できないものですし。

到着したばかりで、地図を広げて首をかしげているさなかに、「○○デパートはどこ」なんて訊いてくる人もいます。当地に不案内な旅行者と一見してわかりそうなものなのに・・・。
いや、地図を持っているから、それを使って教えてくれるんじゃないかという考え方もできるのですよ。

もしあなたが今度道に迷ったら、いささか「不適当」そうな人に声をかけてみませんか。案外スムーズにたどり着けたりして。
アホらし。スマホでグーグルマップを見て自力で解決するぞ。って? はあ〜、お見それしました。
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投稿者:ルノ 10:54 | コメント(0) | トラバ(0) | 生活の浅知恵