2007年10月05日

The Caterpillar

少女漫画家・忠津陽子がデビュー前、伝説のマンガ誌COM(こむ)にイモムシ漫画を投稿し、『ペットにしたいほどかわいいイモムシ』と絶賛されたという事実を知るのは一部マニアのみでありましょう。などといいつつ私はマニアでもファンでもない。

芋虫と青虫は別物なのか。
事典によれば、蝶や蛾の幼虫で、毛がなくボディが太いものを芋虫、緑色のものを青虫と呼ぶのだと。きっちりした定義はなく、見た目で判断しているようです。蛾のほうが太めだし、芋虫の代表は蚕です。
お芋のような形だから、ではなく、昔は芋の葉を食べると思われていたゆえの命名だそうです。
毛が生えていたら、色、形にこだわらず毛虫です。
英語ではどれもcaterpillarです。

江戸川乱歩の短編『芋虫』は、戦争で手足を失った男の話です(グロテスクだが感動的と言う人も)。
とはいえイモムシにはちゃんと足があるのですよ。蛆虫にはないけど。

昆虫の足は6本です。芋虫の足は前方に3対、おなかに4対、しっぽのあたりに1対くらいが標準のようです。ボディは13節。後ろのほうの腹脚と尾脚は成虫になったら消えます(ちょっとうろ覚え)。
芋虫の中には大きな目玉をもつものがいます。あれは本物の目ではなく、敵を威嚇するための模様です。親になっても翅に目玉模様があるものが多いですよね。大きな鳥に対してどの程度効果があるか疑問ですが。

蝶は美しいし、花粉の媒介に貢献しますが、幼虫は人間にとって野菜や果樹を荒らす害虫です。
動けない植物だからって、ただ虫にやられっぱなしかというと、それなりに防衛策を講じてきました。毒を蓄えたり、刺激性の物質を出したり。かたや昆虫側も負けていません。毒に強い体になり、しかも体内に貯めた毒物のおかげで鳥の餌となることを防ぐという一石二鳥の進化を果たした蝶もいます。
人間としては、野菜や果物に毒が含まれたら困ります。ので、せっせと毒(農薬)を振りかけたりして。
植物の中には、虫にかじられたらある種のホルモンを出すものがあるそうです。それをキャッチする寄生蜂がいて、さっそく飛んできて幼虫に卵を産みつけるわけ。
植物も動物も必死で生きているのです。

フェルトでイモムシのぬいぐるみを作ろうと思ったとき、漠然と頭に浮かんだのは、ダンゴが並んだようなフォーム。実際はそんなにコロコロしてはいないんですねえ。
イモムシちゃん
おツムに赤いリボンをつけて。Cata cata cata caterpillar girl.
投稿者:ルノ 21:29 | コメント(12) | トラバ(0) | 虫のいい話
2007年09月07日

食うか食われるか

カマキリは交尾後にメスがオスを食べる。とカマキリの祈りで述べましたが、正確には「後」にとどまらず、前や最中にもそのようなことがあります。
そんなあ・・・。ことに臨む前に食われちゃったら、オスのレゾンデートルはどーなるんだ。

だいじょうぶ。
カマキリは獲物に頭からかぶりつくのです。
頭がなくても、胸までかじられても、下半身はしばらく生きているので、メスが食事に夢中になっている間に、残った部分で必要なことはやりおおせてしまいます。

てな意味のことを英語のブログには書いたのですが。
日本語ではもちょっと中身がないとねえ。以下、受け売りをいろいろ。

蜘蛛も交尾後にオスが食べられてしまうことがよくあると聞きます。ゴケグモの名の由来はそれです。
しかし自ら犠牲になるわけではなく、すきあらばちゃんと逃亡します。

ジョロウグモなどでは、少女蜘蛛の網の隅に何匹かの花婿候補が居候して、時にはご飯を分けてもらいながら、彼女が大人になるのを待ちます。そしてメスが最後の脱皮を終えてぐたっとしているときに、すかさず襲いかかるのだとか。オスはメスよりもだいぶ小さいし、それまでにオス同士で順番争いをして手足の2、3本なくしたヤツもいるから、逃げ切れないケースも多々あります。
参考文献:『クモの巣と網の不思議』(池田博明:編/文葉社/2003年)

無事逃げ延びたら、別の巣に行って再婚の機会を窺うのでしょうか。

秋にはひとつの網に2匹以上の蜘蛛がいるのをよく見かけます。
蜘蛛カップル
実はこれ、ジョロウグモかどうか知りません。
右上の黒っぽいかたまりは残飯? クモは固形物は食べず、必ず殻が残るのです。クモの残骸らしいものもけっこうあります。

そんなふうに共食いを常とする蜘蛛には、貪欲、獰猛というイメージが強いのですが、コモリグモなどに見られるように、かなり家庭的な生活をする種類も多いのです。

カバキコマチグモは草の葉を折り曲げて巣を作り、その中で子育てをします。母親は卵を守り、世話をして、最後は子どもたちに我が身を食べさせてしまいます。人間の感覚からすれば衝撃的です。虐待親に見せてやりたいもんだ。
母グモは子どもが独り立ちするころには肉体も衰えてあとは死ぬばかりだから、合理的な利用法とも思えます。
『昆虫と遊ぶ図鑑』(おくやまひさし/地球丸/1997年)には、カバキコマチグモの巣や子育ての経過写真などが載っています。

同様の献身はほかの肉食虫などにも見られます。

ハサミムシはごみの中など不潔な場所に生息し、見た目の無気味さはゴキブリにも匹敵します。が、害虫を食べるから生きた農薬としての活用法も研究されているとか。
この虫は母親が卵や幼虫の世話をするので、昔から母性愛の象徴として知られています。母虫は卵にカビや埃がつかないようにきれいになめ、孵化したら幼虫を狙う蟻などと戦って我が子を守ります。そうやって疲れきった母親を最初の食餌とすることで、子どもたちは体力をつけ、自立するのでした。
『図解雑学 昆虫の不思議』(2006年/ナツメ社)より。

当の虫たちには愛情だの残酷だのといった感傷はありません。
すべては子どものためです。それはDNAに刻印された種の保存の一環なのです。

とはいえ・・・タガメだったかな。父親が卵を背中に乗せて保護するので「子負い虫」と呼ばれています。でもこのオヤジ、孵化したとたんそのいきさつを忘れ、子虫を餌だと認識しちゃうそうな。だから子どもたちは大急ぎで逃げ出します。

所詮虫けら・・・そう思いますか?
投稿者:ルノ 23:18 | コメント(0) | トラバ(0) | 虫のいい話
2007年07月11日

カマキリの祈り

祈る虫といえばハエ。
『やれ打つな蝿が手をする足をする』みたいな句がありましたね。
手を合わせられたからって、蝿叩きのスピードに手心を加える人はまれでしょうが。

ハエが手足をこすり合わせるのは、埃やゴミを取るためです。衛生害虫ハエも自分ではきれい好きのつもり。
なんとハエは足に味覚器を持つそうです。ここが汚れて味覚が鈍ると、うっかりヘンなものを食ってしまい、食中毒を起こすかもしれないと憂えるのでしょう。
そうやって清潔にした足で、不心得な飼い主が路上に放置した犬の糞を味わい、次いでパン屋さんに飛び込んで焼き立てパンを味わうのでありました。そりゃまおいしかろう。

海外ではカマキリが祈る虫の代表です。
英語でカマキリはmantisですが、しばしばpraying mantisもしくはpraying mantidと呼ばれます。カマを持ち上げるしぐさが祈りのポーズに似ているのです。
カマキリって見るからに獰猛で残忍そうな容貌をしているので、日本では「祈る」という殊勝な行為を連想できないのでしょう。日本人に宗教心が薄いだけかな。

カマキリさん、カマキリさん、いったい何を祈っているのですか?
「優しいお嫁さんに巡り会いますように」
「おいしいお婿さんに出会えますように」

カマキリと聞いてまず思い浮かぶのは、交尾後にメスがオスを食べてしまうこと。このことがカマキリのイメージダウンを倍加しているようです。

しかし毎度メスのエサとなるわけではありません。オスの体内にあるなんらかの栄養分が産卵に不可欠というわけではないのです。ことに臨む前にメスが満腹していたなら、わざわざオスを食べるには至らないとか。
交尾を終えるとどうせオスは死んでしまいます。地に落ちてアリの餌となるよりは、奥方の腹に収まって我が子の栄養に寄与すれば、父として本望でしょう(というような感情を持つとは思えないが)。
オスはメスよりも小さくて、ボリュームも適度。でもね、ヘタすると寄生虫のハリガネムシまで食べてしまうから、共食いは避けたほうがいいよ・・・とカマキリ語がわかるならアドバイスしたいところ。

とはいえ、自分よりも小さいものばかり狙うとは限らないところがカマキリの貪欲さです。
試みに"mantis eats"で検索したら、カマキリは鳥や蛇やトカゲにネズミまで食べるらしい。投稿動画もあります(見てないけど)。

「蟷螂の斧」という成句は中国から来たものです。かの国では蟷螂を弱いものと認識しているようです。
「蟷螂窺蝉」とは、セミを狙うカマキリを雀が狙い、その雀を猟師が狙う構図です。むやみに自己の利益のみをむさぼって他を顧みないと害を受けるという戒め。悪徳企業に噛み締めてもらいたい言葉だぞ。

例によってカマキリぬいぐるみ。
蟷螂
鎌形の前肢が折れて閉じると、一分のすきもなくぴったりくっつくのが自然の造詣の妙だとか。フェルト製では無理です。
投稿者:ルノ 20:02 | コメント(3) | トラバ(0) | 虫のいい話
2007年07月05日

エセ『虫好き』の災難

先だって帰省した折、薔薇の木に蝶のものらしい緑の蛹(さなぎ)がついていたので、ひょっと羽化の瞬間を撮影できるかと期待して、枝ごと持ち帰りました。薔薇の根元にはブロッコリーの株があって(秩序も美意識もない庭だー)、葉っぱが穴だらけ。それを食べて育ったのは明白でした。
衝撃を与えないよう、近くに生えていた蕗の葉数枚でふわっとくるみ、箱に入れてそーっと運んだのです。

帰り着いたのは夜で、枝は植木鉢に挿し、蕗はそこらに放置。

翌朝、サナギのようすを見て、ギャー。
蟻と小さな蝿(ともに2、3ミリくらい)がびっしりたかっていたのです。

危うし、サナギ。焦っても時すでに遅し。すっかり食い荒らされていました。
ちらっと見には変わりなかったけど、小さな穴が開いて(目のような黒い点がそうです)中はカラカラ。なんだか申し訳ない気分。

蛹の末路

こいつら、いったいどこから湧いて出たんだ?
どうやら蕗の葉にくっついて運ばれてきたようです。夜のうちに気づかなかったのは、葉の陰でおとなしくしていたからでしょう。

蕗はベランダに捨て、じゅうたんを這い回るアリや網戸にとまった小バエを掃除機で吸い込みました。ソファの裏とかにも分散していたらしく、吸っても吸っても次々に現れてタイヘン。
小さい虫は掃除機に吸われると風圧で死ぬそうです。ベランダに逃げたアリも、電車に乗って巣に戻るわけにもいかず、もはや生きてゆけないに違いありません。天罰ぢぁー。

思い返せば、枝を折る前にじっくり観察したわけではないので、もしかしたらすでに小虫がたかっていたのかもしれません。
そもそも蝶のさなぎが成虫になる比率は非常に低いんだとか。物の本によれば、夏のモンシロチョウは9割がコマユバチなど寄生蜂の餌食となるそうです。ひらひら飛びかう蝶ちょさんは厳しい環境を生き抜いてきたエリートなのですよ。
・・・と、言い訳と慰めもむなしく響く。

そして天罰はこっちにも。

どうやらお客さんはアリとハエだけではなかったのでした。
それと前後して、手足の十数箇所に虫刺されができ、かゆいのなんのって。なんの虫か知らないけど、姿が見えないだけにブキミ。
燻煙殺虫剤を使おうかと思ったほど。
蚊に刺された跡と違って、中央が固く盛り上がった赤い発疹になって、1週間以上過ぎてもまだかゆい。
あんまりひどいひとつは、とうとう自分で針を刺して中の液体を出しました。針は水洗いしただけ。たまたまそこにトゲが刺さったと思えば、針のほうがずっと清潔。トゲなんて消毒してから刺さってくれるもんじゃないですからね(と、たくまし〜)。
かゆみは引いたけど、翌日さらに水がたまって膨らんでしまった。ふぇーん。こんな足ではスカートはけません。

虫とかかわるのはもうコリゴリです。

とかなんとかぼやきつつ、買い物などで出かけるたびに川岸や草むらに立ち寄って、被写体になりそうな虫を探しています。

先日個人のお宅の半地下にある草ぼうぼうの駐車場を覗いたら、カラフルできれいな虫がちらっと視野に入りました。が、やぶ蚊の猛攻にいったん退散。ハンミョウかもしれない(はたしてこんな街なかに生息しているものだろうか?)と、数日後に厚着して出直したけど、発見できず。
虫って一か所に単独で生きられるものではないから、同じ場所で待っていればたいてい同種に出会えると思うんですけど。

シオカラトンボ? 神社の池付近で休憩中。
蜻蛉
投稿者:ルノ 20:31 | コメント(2) | トラバ(0) | 虫のいい話
2007年05月24日

エセ『虫好き』

私が子どものころは、いろんな虫が身の回りにいました。
田舎のことでもあり、虫を怖がる子は珍しかったほど。
夏休みには昆虫採集をしたものです。標本セットを買うと、オモチャみたいな注射器が2本入っていて、ひとつは虫を殺す毒液、もうひとつは防腐剤のようでした。虫に注射するときにはドキドキしました。
川の近くの草むらにはたくさんのハグロトンボがいて、青や緑に輝く細いボディを眺めたり、指をくるくる回して遊びました。これでトンボが目を回すなんてウソだと思うけど。ハグロトンボなんて、もうどこにもいないのではないでしょうか。
夏の夜には蛍の乱舞を見ることができ、ほうきを振り回して捕まえました。
アゲハチョウも大きくて派手なものがいっぱい飛んでいました。

文明社会は小さな生き物たちを徐々に駆逐してきました。
ゴキブリとダニは別です。繁栄の一途をたどっています。
それでも我が家ではゴキを見かけることはなく、ダニは何億匹いようが悩まされません。幼いころ虫に触ったり泥んこ遊びをすると、アレルギーになりにくいそうですね。
気休めみたいにホウ酸ダンゴを置いてるけど、蚊取り線香は買ったこともない。窓を開けるとたまにハエが飛び込んでくることがありますが、カーテンを全部閉めて一箇所だけ細く開けると、そこから出ていきます。

今では虫嫌いで、触ることもできません。
もしゴキとダニがいなくなるのであれば、その他の昆虫もぜーんぶ絶滅してかまわない、くらいに思っています。もっとも、先に絶滅すべきは頭の黒い巨大ゴキブリたちです(黄色や茶色、白、赤、ハゲもいるでよ)。

きれいな虫や可愛い虫の存在も貴重には違いないけど、思い出の中だけでじゅうぶんです。

何トンボ? 知らぬ。フェルトのボディにチュールの翅。
トンボ
蜻蛉

カタツムリは虫か? でんでんむしっていうくらいだから、いいんじゃない。
かたつむり
そういえばカタツムリってものも長いこと見た記憶がありません。殻の後ろがどうなってるのかわからないので、テキトーに仕上げました。

付記:
その後興味を持って観察したら、近所でもいろんな虫に出会えることを知りました。時たま写真を撮ってアップしています。自然の中に住んでいる人々には珍しくもないでしょうけど。
投稿者:ルノ 20:53 | コメント(2) | トラバ(0) | 虫のいい話
2007年04月28日

魅惑の変態

昆虫変身3D図鑑』は実に見飽きない本です。好きな人はハマりますよー。
いろんな虫の孵化や羽化の瞬間を捉えた写真や幼虫と親の比較、立体視写真などがずらり。立体視をするための専用眼鏡の作り方も載っていますが、裸眼でじゅうぶん可能です。

昆虫の面白さは変態にありますね。
あんな青虫や芋虫や毛虫が、あんなさなぎになって、あんな親虫になる必然性はなんなのか・・・実に不思議。

とりわけ蛹(さなぎ)は興味深い状態です。
さなぎにならず親と同じ姿の子がちょろちょろするゴキブリは不完全変態だからつまらない。
卵→幼虫→さなぎ→成虫という経過をたどるものが完全変態ですが、ファーブルが見つけた事例には、幼年期が2つに変化する過変態というものがあるとか。なんだか充実した人生、というか虫生のようだけど、実は苛酷な環境に耐えるための適応つまり進化なのでしょう。
もっともファーブルはコテコテの反進化論者でした。

さなぎの中には目も口もないどろりとした粥状のものがあって、時を経るとどこがどうなるのか知らねど翅や肢になるのです。その無防備なお粥をストローで吸って成長する天敵もいて、食うか食われるかの厳しい世界。

考えれば卵だって、どろりとした均一の状態から顔や心臓ができるのだから、さなぎは第2の卵ってところか。
そこまで還元されるからには、成虫には幼虫やさなぎ時代の記憶なんてないでしょうね。そもそも昆虫に長期記憶なんて不要みたいだし。

それはそうと、変態という日本語から人間の性的倒錯(者)の意味を外せと言いたい。変態する生物に失礼じゃない?
しかもエッチ(H)という言葉はhentaiの略だそうですね。海外でもhentaiなる単語がちゃんとまかり通って重要な検索ワードとなってるし、ニッポンの恥だ。

しかし本日のカテゴリはイチャモン日本語ではありませぬ。
おざなりで作ったフェルトのてんとう虫ぬいぐるみ。ナナホシテントウのつもり。
テントウムシ

現実の虫は苦手だけど、写真を見たり文を読むのは好きです。
我が家の貧弱な本棚には、『ファーブル昆虫記』のほか『クモの不思議』『昆虫学への招待』なども。

その他昆虫関連のおすすめ本。
ゴキブリだもん』・・・『美しきゴキブリの世界』をたくさんのカラー写真で紹介。知らず知らずゴキブリ好きになります。なるかっ。食用ゴキや妖精のように美しいゴキもいて圧巻。
素数ゼミの謎』・・・アメリカで13年もしくは17年間の幼虫時代を過ごして一度に大発生するヘンな蝉の進化を推測したもので、なぜ素数なのかという数学的解説には感動さえ覚えます。豊富なイラストも魅力。
投稿者:ルノ 19:25 | コメント(8) | トラバ(0) | 虫のいい話