2012年04月30日

早寝早起きは三文の徳

携帯電話の鳴る音に目を覚ましました。
暗闇でヨタヨタと起き上がって居間に行き(ちなみに私はケータイを枕元に置いたりはしません。寝ているときまで電磁波を浴びたくなんかないもんね)、あかりをつけて電話に出ると、「もしもし」と父の声。

実家の父が電話をかけてくることはめったにありません。用事があっても、いったんは女房(私の母)にかけさせるというものぐさぶり(別に関白じゃないんだけど)。いったいどうした風の吹き回しか。しかもこんな真夜中に(ちらっと時計を見たら3時40分くらいでした)。これはもう、母に何かあったに違いない。胸のあたりがきゅっと冷たくなりました。
が、電話の向こうは、元気か、ちゃんと飯食ってるか、などと、比較的のんきなムード。いぶかりつつ用件を尋ねたら、パソコンが故障した、と。

ええっ?
そりゃあ、パソコンに疎い年寄りには大事件でしょうが、だからってこんな時間に・・・再度時計を見たら、なんだ、8時20分でした(夜の)。
やや見えにくい角度だったし、気が動転していたのかもしれません。おまけにうちのボロ時計は、長針と短針の区別がつきにくいんだよ。と、責任転嫁。

思えば数日前から、朝の4時、5時ころまでバタバタと(非効率に)活動する生活が続いていました。
どんなに遅く寝ても、8時前には起きて朝ご飯を食べる(自由業にしてはかなりマジメでしょ)習癖なので、睡眠不足が蓄積していて、とうとうその日は夕飯抜きで6時前に寝てしまったのでした。

ちなみにパソコンの症状はどうしても電源が入らないというものでしたが、翌週帰省して調べたら、問題なく作動しました。まったく人騒がせな。

これはずいぶん前の出来事です。

今はすっかり改心して、適度な睡眠を心がけるようになりました。よほどのことがない限り、11時前にはベッドに入ります。起床は5時半ころ。

というのも『眠っているうちに病気にならない体をつくる本(根来秀行)』という本を読んで、感化されたのです。

人体は睡眠中に、成長ホルモン、メラトニンなどのアンチエイジングホルモンによって再生されるという理論のもと、再生を最大限に行わせるためのノウハウを説いた本です。眠っているとき体内ではどのようなことが行われているか、自律神経はどう働いているか等々をわかりやすく解説し、効率よくホルモンを出して若返りをはかるための朝昼晩の過ごし方、食事や運動の注意事項について述べています。

よりよい再生の第一歩が『夜11時に寝て、朝6時に起きる』ことなのです。

早めに寝ることのメリットは、どなたもすでにテレビや本でさんざん目にし、耳にしているはずです。主な理由は「成長ホルモンの分泌が真夜中にピークを迎えるから」ということも付帯的にごぞんじですよね。

しかし現実問題として、多忙な現代人にとって、日付が変わる前に眠りにつくのは非常に困難です。
そもそも早寝を勧めている張本人からして、早く寝ているようには見えません。テレビに出たり本を書いたりする人は、テレビを見たり本を読んだりする一般人よりもはるかに忙しいはずだしぃ。
医師で大学教授で、いろんな団体の顧問まで担当しているこの著者だって、毎晩11時に寝ることができているかは大いに疑問です(見た感じではあんまし若々しくもないし・・・ワハハ)。が、それは他人事。
私自身の乱れた生活への危機感が強まっていたこともあって、すうっと頭に入り込んで、妙にあっさりと説得されてしまったのです。その気になればどうにでも時間を律することができるのは、自由業のありがたさ。

だから、寝起きの時間を守るだけでなく、起きたら部屋中あかあかと照明をつけてなるべく強い光を浴びるようにしたり(最初に読んだのは冬で、6時に朝日を浴びるのは無理でした)、以前は午前中にやっていたエクササイズを夕方に変更したりと、可能なことは極力取り入れるようにしました。

それでめざましい効果が上がったかというと・・・うーむ、わからん。
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投稿者:ルノ 17:22 | コメント(0) | トラバ(0) | 美容と健康
2012年02月25日

ぼうトレ

また下半身ネタ? 今回はたいそうまじめで、ためになります。って、いつもいつもまじめですよ私。

夜中にトイレに起きると、ああ、トシだなあって落ち込みます。特に冬場は、ベッドから出るのがつらいものです。
人によっては、そのまま目が冴えて悶々とし、睡眠不足になるとか。私は寝つきはいいのですが、起きた時間が午前4時を過ぎると、2度寝になって7時近くまで目が覚めず、寝坊につながることもあります。

どのくらいの頻度で起きているのだろう。その時刻を分単位まで記録するという、かなり自虐的な試みを、だいぶ前からおこなっています。
枕元やトイレにメモ帳を置いたりはせず、覚えておいて翌朝日記帳に書き込むのです。いちおう、記憶力鍛錬につながるかな、と。
2:22や3:00など、ぞろ目や切りのいい時刻はわりと楽勝。2:56、4:02などは個人的に覚えやすい数値。そのほかは「1:13=いいさ、いいさ」「3:14だからパイ」など、語呂合わせみたいにするのもよろしい。2:16=じょにーの誕生日だっ(んなもん、知っておくな)。

覚えておこうとする努力のために眠りが妨げられはしないけど、明け方大スペクタクル夢やトイレに行く夢などをみると、記憶が薄れがちです。今のところ、起きたか起きなかったかさえあやふやというゆゆしき事態には至っていません。

平均して、週に1、2回は起きています。時間帯は2時、3時がほとんど。
連続5日間ともなるとがっくりくるけど、2週間以上全く起きなかったことも。
一晩に2度トイレに立つことはめったにありません。22:42と4:42に起きた日は、就寝が早すぎたのです。

確かに早寝をすると中途覚醒の確率が高くなります。
2週間熟睡した時期は、連日2時過ぎにベッドに入っていました。トイレに起きなかったからって、健康的な生活というわけではないのです。

一晩に2度以上は夜間頻尿とされますが、1度でもじゅうぶん問題です。
とはいえ、トイレに起きなければ熟睡できるのかというと、そうでもなくて、たいてい1度か2度は目を覚まします。年をとると若いころに比べ眠りが浅くなるのは致し方ない現象のようです。

要は気にしないのが一番。時刻を連綿と記録するなんてサイアクの対処法だぞ。

ところで、とある尿トラブル関連書に、膀胱を甘やかしちゃいかんと書かれていました。

就寝前や外出前に必ずトイレを済ませる習慣を持つ人って多いですよね。
とりわけ頻尿や尿もれに悩む人は、大事なときに切迫した状態になることを恐れて、早め早めに行くよう心がけているでしょう。泌尿器に器質的疾患がない場合、そのことが症状を悪化させているケースがあります。
過活動膀胱は過保護膀胱から生じるってこと。

手持ちの古い百科事典の記載では、日本人の膀胱の容量は平均470cc、女性はやや小さいそうです。ただし個人差も大きい。
ほかの文献では、一般に150ccくらいたまると尿意を覚え、250ccでは強い尿意となるとか。それでも約半量です。

尿意のない50cc程度で出してしまうことが続くと、膀胱はこれが適正量だと勘違いして、次に50ccたまったとき、尿意信号を脳に送るようになるのです。すると次はもっと少なくてもトイレに行っておこうとするから、ますますサイクルが早くなります。
この悪循環を断ち切る方法はふたつ。「尿意が起こる前にトイレに行かない」「尿意を感じてもしばらく我慢してみる」・・・これが膀胱トレーニングすなわち「ぼうトレ」です。

おしっこを我慢したら膀胱炎になるんじゃないかと心配する人もいますが、それは我慢が限度を超えた場合。軽い尿意に耐える程度ならば、問題はない、どころか、生活の質向上に役立ちます。

思い返せば、夜中どうしてもトイレに行きたくなったから目を覚ますのではなく、目を覚ましたらなんとなく行きたくなってしまうことのほうが多いのです。
ここでまだ半量以下だぞと言い聞かせれば、我慢できないことはありません。やや落ち着かない気分だけど、そのうち膀胱もあきらめるらしく、眠気が来ます。この「やや落ち着かない気分」というものに負けてしまうのが現実なんですけどね。

昔、西丸四方という精神科医の著書を愛読していました。精神病や不眠症、脳の機能などについて妙におもしろい話を書いています。
症例のひとつに「霊の声に排尿を禁止された」という妄想を抱く女性がいます。おなかがパンパンにふくらんでいたので、導尿をしたら、8,000cc出てきたとか。伸縮性では子宮に勝る臓器はないと思っていたけど、膀胱のほうがスゴイのかも。
人体は信じがたいほどの余力を秘めているのです。
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投稿者:ルノ 10:14 | コメント(0) | トラバ(0) | 美容と健康
2012年02月23日

ドーパの悲劇

依存症に関する本を何冊か読んだことがあります。
自分が依存症になりやすいタイプだという危惧を抱えているせいか、図書館の棚に見かけたらつい手に取ってしまうのです。

私は非常に意志の弱い人間です。それはつとに自覚しています。
とはいえ、意志薄弱だから依存症になるわけでもないのです。強固な精神を持ち、高度な知性や理性をそなえた人でも、依存症になる状況に置かれたら、なってしまうものです。

打ち明けますと、若いころ煙草を吸っておりました。けっこう本数も多かったけど、数か月後なんとなくやめました。その後数年間は、酒席などで勧められたら手を出すことはあっても、自ら買って喫煙することはなく、現在では匂いをかぐのも嫌です。
そして私が大酒飲みだったことは当ブログのどこかで述べておりますが、今や一滴も飲みません。飲めないのでなく、飲む気にならないだけ。

酒やタバコをやめるのに「強い意志」が必要なら、今も耽溺していたはず。が、どちらもわずかな努力さえなしに脱却できました。体質に合わなかったのでしょう。

だから、もしあなたが禁煙を何度試みても失敗し、自己嫌悪に陥っているとしても、意志薄弱なダメ人間ってことではありません。単に脳の一部が壊れているだけなんですよー(と、脅しをかけておこう)。

依存の対象は薬物、ゲーム、恋愛、買い物などさまざまです。
依存症になると、その対象がなんであれ、脳内には同じ不可逆的変化が起きているそうです。不可逆とは、元に戻らないということ。コワーい。

そうか、私の脳も壊れているんだ、泣いても笑っても手遅れなんだ。気分直しにチョコでも食べよう。パクパク。
おっと、それがいけないんだよ。
だってビョ〜キだからしかたないやんか。そうなんです。私は恐怖の甘いもの依存症。

依存症にかかわる重要キーワードはドーパミン(ドパミン)です。
ドーパミンは嬉しい、楽しい、快いときなどに、脳内で分泌される神経伝達物質です。生きる意欲のもとというか、幸せホルモンの一種ってとこ。
依存を引き起こすモノやコトは、その分泌システムを狂わせます。ニコチンを摂取すると、嬉しくも楽しくもないのに、ドーパミンが出る。だからやめられなくなるのです。

ラットがレバーを押せば脳に電気刺激が伝わる実験について聞いたことがあるでしょう。ある位置に電極をセットすると、ラットは寝食も忘れ、死ぬまでレバーを押し続けるそうです。そこがドーパミンを出すツボです。

ドーパミンの出方はもともと単純なものではなく、同じ快感刺激が続けば低下し、思いもかけないときにふいに嬉しいことがあるとどっと上昇します。ワクワクした期待感を抱くだけでも放出されるけど、期待が裏切られるとガクッと落ちます。
努力しても報われないつらい日々が続いても、くじけずにがんばっていたら、突如大幸運に恵まれた、なんてときは最高潮に達します。不屈の精神を養う手助けをしているみたいな・・・ギャンブル依存者はこれで人生を棒に振るのです。最高潮の体験を忘れろなんて無理な話ですからね。

人生山あり谷あり。谷が深ければ深いほど、山頂に到達したときの喜びは大きいものです。
だからって、好んで谷底に落ちたがる人がいるでしょうか。
自ら谷底に転げ落ち、丘よりも低い小山に這い上がっただけで、エベレスト制覇にも勝る達成感を味わう・・・それが依存症です。

と、理屈がわかったら、依存症が治るだろうか。

甘いものがやめられないという私の悩みは、その実、やや強度の甘党に過ぎず、真性甘味依存や過食症に比べると、まだまだカワイイというか、生ぬるいようです。が、程度が軽いからこそ本気で問題視しないという側面も・・・。

私の食べ方はわりときっぱりしています。
たとえばゴーフルを1度に3枚食べるのは、1袋に3枚入っているから。もし1枚ずつ個包装されていたら1枚で済むのかも(案外、1度に1缶食べ尽くしたりして・・・1缶は5袋だったかな)。

私は間食をする習慣がなく、お菓子はいつも食後です。つまりすでに満腹の状態。デザートは別腹ってほんとうですねえ。

ゴーフルはけっこう大きいけど、食後でも1枚はおいしくいただけます(ドーパミン、ぷしゅー)。2枚目になると飽きてきます(ドーパミン、しょぼしょぼ)。3枚目ともなると、うんざり。甘さは感じるけど、おいしくない(もはやドーパミンは枯渇し、ストレスホルモン全開の様相)。胃はむかつき、お定まりの後悔。

それなのに、なぜ食べるの? 包装を開けちゃったから。やはりビョーキとしか思えぬ。

こういう性癖を認識して以来、買うときに多少防衛するようになりました。
5個入りあんパン、プリン3個セット、いわゆるマルチアイス(1箱に6個くらい)などは極力避け、割高でもバラ売りや単品をひとつだけ選ぶとか、袋入りの徳用チョコレートは敬遠して板チョコにするとか。
だけど、安売りしていると思わず買ってしまい、気がついたらアイス一箱ペロリ。あ〜あ。

ところで、果物も嫌いではありません。ときたま5個398円の安いリンゴを買います。小さなサンふじはけっこう甘いし、蜜入りも多く、お買い得です。
果物を食べるのは食前と決めていますが、小さなリンゴでも、せいぜい半分しか食べる気にならないんです。残りは切り口に塩を振ってラップ。
同じことがお菓子に応用できないのはなぜなんでしょう。ゴーフルを1枚食べたら袋の口をセロテープで閉じて次に回せば、毎度適量のドーパミンに恵まれてハッピーだろうに。

確かに、昼間あんパン5個を平らげた結果、夕食後は甘味ゼロを余儀なくされ、ああ、あの時1個でも残しておけばよかったとほぞをかむこともしばしば。でも、なければないで耐えられるのです。わざわざお菓子だけ買いに行くのも面倒だし。

食べるときには見境なくお菓子をむさぼるわりに、体重増加が抑えられているのは不幸中の幸いです。たぶん、玄米・野菜・大豆中心の粗食のおかげでしょう。お菓子さえなければ、なかなか健康的な食生活なのですよ。

しかし最近読んだ『依存症のカラクリ』(磯村毅)に、いささか気になる記述がありました。

脂肪と糖分の豊富な食べ物を断続的に摂ると、薬物依存と同じ脳内変化が現れるというものです。
「断続的」とはどういうこと? ラットの実験で、平日の5日間は普通の餌を、その後2日だけ脂肪分と糖分の多い餌を与えることを繰り返したら、平日の摂食量が減っていき、週末に食べる甘い餌の量が飛躍的に漸増した、と。日常の食事をバカにして、週末のご馳走を心待ちにするようになったわけですね。

なんだか私の食生活と似ているような・・・。

たまに甘いものをドカ食いするより、毎日少量の甘いものをコンスタントに食べたほうが依存しにくいというのは納得がいきます。でもそれだと、甘いものへのありがたみも薄れそうな気がしませんか。いや、ありがたみこそ依存の根源だし・・・ああ、悩ましい。

なお、この実験では糖分に脂肪が加わっています。油というものは、糖分にも増して依存を引き起こしやすいのです(油の報酬参照)。カウチポテト族やマヨラーは油脂依存症といえるかもしれません。
つまり、ようかんやおまんじゅうよりもケーキ、チョコレート、クッキーなどのほうが危ないってわけ。

当記事は、主に前述の『依存症のカラクリ』を参考にしました。
また、医師で推理作家の帚木蓬生は、ギャンブル依存の治療に取り組みつつ、ギャンブル産業の猖獗を黙認する社会・政府へ警鐘を鳴らし、啓蒙に努めています。依存症に関する本も『ギャンブル依存とたたかう』など数冊あり、読み物としても興味深い内容です。
ほかに読んだのは『依存症がよくわかる本』(榎本稔)、『よい依存、悪い依存』(渡辺登)、『人はなぜハマるのか』(廣中直行)など。
依存症を扱ったものではないが、モーガン・スパーロックの『食べるな危険』は、ファストフードに依存性があることを身をもって示した映画『スーパーサイズ・ミー』のメイキング話です。軽妙洒脱な語り口でおもしろく読めますが、中身はシリアスで、私が読むだけで痩せる本と評した『中国の危ない食品』に匹敵する怖さを含んでいます。
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投稿者:ルノ 13:29 | コメント(0) | 美容と健康