2010年12月31日

暗黒実話

『目を閉じて何も見えず〜』とか歌って人気を博した人がいまして、一部で「そんなん当たり前じゃん」などとつっこまれていたとか。

当たり前なんかじゃありません。目を閉じると、さまざまなものが見えます。

私は歯を磨くときに目を閉じるのが癖で、その理由を尋ねられたとき、「こうすると口の中が見えるから」と答えたらバカにされちゃいました。よけいな視覚情報がない分、歯や歯茎に意識を集中できるってことで、単なる比喩ですが。

目を閉じているときに見るものの代表は夢です。
が、はたして夢は「見る」ものか? 夢の中では歩いたりしゃべったりもするから、「体験する」ようなものかもしれません。時として自分の姿が見えることもあるし、全般的に「見る」に近い感覚ではあります。

睡眠が「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」に分けられることをご存じのかたは多いでしょう。そして、レム睡眠のときにはしばしば夢を見ていることも広く知られています。
レムとは Rapid Eye Movement の略で、その最中には眼球が急激に動くことから名づけられました。

夢を見るときには目が動く、つまり目を使うのですね。「見る」に近い感覚になるのはそのせいでしょうか。

夢のように非現実的なものはおいといて、目が見える現象を理論的に説明しますと、『視覚とは網膜の細胞に達した光エネルギーが刺激となって生じる感覚』だそうで、光がなければ視覚は機能しないことになります。

目を閉じても明暗の判断はできるし、視野を何かが横切ったことくらいわかります。瞼の皮膚が薄いから光を透してしまうのです。
すると透明人間は目を閉じても閉じなくても視界は同じということで、うっとうしいでしょうねえ・・・。

光をさえぎってしまう、つまり真っ暗闇の中では「暗黒」しか見えないかというと、そうでもなくて、形が定かではない灰色のものが動いているように感じます。これを『網膜固有光』と呼ぶそうです。

子どものころは、暗いところでぎゅうっと目をつぶると、石ころのようなものがいっぱい詰まっているように見えて、地球の内部が見えるんだーなんて、わけのわからんことを思っていました。

今や闇の中の情景はより多彩になってしまい、老化の進行が身にしみます。

私はかなり度のひどい飛蚊症なので、明るいところで目を閉じると、薄暗いバックに蚊がうじゃうじゃ残っています。暗い場所ではさすがにいなくなりますが。

代わって飛来するのが蛍たち。光視症もかかえているのです。
とりわけ朝起きた直後や夜寝る前などは、パッパッとたくさん光っては消えます。稲妻のように見える人もいるそうですが、私の場合、丸い輪っかのような形です。
光視症は外部からの光刺激でないものを光として感じる症状です。網膜が引きつったり癒着を起こして、不要な刺激を与えるためだそうです。だから激しくまばたきをしたときなどにもよく現れます。せめてもの対策として、普段はなるべく目を動かさないようにしています(動体視力ゼロはそのせいか?)。

インターネットの発展は、現代人に「見る」ことをより多く強いる傾向にあります。
ときには目を閉じて闇を見つめることで休養してはいかがですか。自分の内面が見えるかもしれませんよ。
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投稿者:ルノ 23:06 | コメント(0) | トラバ(0) | 美容と健康
2010年02月12日

酢割る通し利害タイ

先般からなんとなく座り心地の悪い状態が続いておりまして、ありていに言いますと、座ったときお尻が痛いのです。

前立腺癌など厄介な病気の前触れかと危ぶみ、検索してみることに。

「座ると」と入力したら、検索候補の一番目に「座るとおしりが痛い」が出てきました。
世の中には座るとお尻が痛くなる人が大勢いるんだと、検索前から安心してしまったのでした。

実は私、こうやって検索窓で候補の顔ぶれを見ただけで満足して、実際の検索にまで至らないことがままあります。
主にうろ覚えのものごとについて、正式名称や漢字表記を確認すれば済むような事柄(固有名詞など、辞書に載ってないものが大部分)などで。ごくたまに、大勢の人が間違って覚えているような語句では誤記のほうが上に現れたりして、そのあたりは経験と勘に頼るのですが。

今回はそこで中止したわけではなく、ちゃんと検索いたしました。

無事検索まで発展しても、そこから個々のページへ飛ぶ確率は、一般的検索者に比べてかなり低いはずです。

あちこちのサマリーをつなぎ合わせたら、たいてい必要な情報が得られるものです。もともと過剰な期待を抱いてるわけではないし、貪欲なサイトを不用意に訪ね、個人情報を落としたり、クッキー仕入れたりなんて避けたいではありませんか。
相も変わらず心配性

とかなんとかぼやきつつも、結果的にいろんなサイトへ出向いているのが事実です。
とはいえ、それにもワンクッション。検索結果ページのURLをコピペして、隣のタブで開くのです。ちょっと面倒だけど。私が使っているブラウザでは2タッチでコピーできるので便利です(乗り換えると言いながら、いまだ捨てない理由)。

クリック惜しみというか、クリックに慎重な性格なんですよね。
検索結果のリンクをじかにクリックすると、どういう語句で検索されたかが当該ページの管理人にわかってしまうかもしれません。
そんなことを恐れていてはネットを歩けないじゃないですか。そもそも自分がお尻痛いで検索した事実をここで明らかにしていながら。頭隠して尻隠さずってこのことですなあ。

尻痛に関して数ページ見ましたが、結局のところ、自分の症状がどれに該当するのかは判断できませんでした。「骨盤のゆがみ」あたりが妥当かなー。

よくある、固い椅子だと痛くなるけど、柔らかいソファなら平気というケースに比べると、私は逆です。そこがちょっと不思議。
固い椅子に座ると臀部の底しか座面に密着しませんが、ソファは体が沈み込むので、背中から太腿まで、広範囲に体重がかかります(その分重みが分散されるのも事実ですが)。ソファに接触する「背中に近い部分」に問題があるのかも。
ソファではくつろぐだけで、何も建設的なことをしないので、椅子に座ってしゃきしゃき仕事せえという、潜在意識の危機感からの働きかけだと、前向きに受け止めることにしよう(でいいんだろうか)。

以上、個人的なお尻(と性格)の話をしてしまいましたが、せっかくだから、貧盗恋歌らしく締めくくりましょう(もう手遅れだい)。

脳、肌、肝臓など、人体の各部を表す漢字には、月のつくものがたくさんあります。これは「にくづき」といって、肉が変形して月になったもの。お月様とは別物です。現在では形の上で区別しなくなっていますが。
服は人体に着せるものだけど、にくづきではなく、ただの「月へん」です。

尻と同じ意味の「臀」には月が含まれますが、尻のほうはなぜこんな形なのか、ちょっと興味を持って辞書を引いてみました。
この部首(たれ)である「尸」は、なんと「しかばね」という不気味な名称を持っているのです。ほかに「おのたれ」とも呼びます。

尸のなりたちは象形文字で、人があおむけに寝ている形だとか。それで屍のほか、「形代(かたしろ)」という、祭事において人の代わりに祀る人形のようなものを指すようになりました。

だから尸たれを持つ漢字は、人体に関したものが多いのです。それも下半身っぽいような。格調高いブログなのでいちいち書きませんから、頭の中でくっつけてください。毛、水、比・・・。
そういえばも下のほうです。
比喩的に「屑」とか。
人間の屑といっしょにされたら、尼さんは怒りますね。

で、尻ですが、人体を表す尸に数字の最後である九を組み合わせて、体の端っこを意味したのではないかと思います。体だけでなく、帳尻や言葉尻など、抽象的な端っこも表します。

しかしま、お尻は体の中心部でこそあれ、端には見えないんですけどね。漢字ができたころ、人類はまだ四つん這いだったのでしょうか。
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投稿者:ルノ 21:42 | コメント(0) | トラバ(0) | 美容と健康
2010年01月22日

耳に潜むもの

ものもらいができたせいではないけど、このごろ読んだ本は『なるほど、ヒトの顔は面白い(由富章子)』・・・目、鼻、耳、口など、顔にある器官に関する考察や薀蓄を述べた、軽妙洒脱なエッセイです。

著者は熊本出身の現役眼科医で、彼の地ではものもらいのことを「お姫さん」と言うとか。お、そういえば私が子どものころ住んでいた田舎町でも「お姫さま」と呼んでいた記憶があるぞ。
北九州では「ねずみの嫁入り」なる別称もあるそうです。

呼び名がロマンティックだからって、見た目が良くなるわけではありませんが、「ものもらい」よりは人聞きがよろしいですよ。

さて本書では、当然ながら専門である眼科系の話に比重が置かれています。
まず取り上げられたのは、眼球摘出。簡単だから新人研修医がよくやらされるとか。
『視神経は太くて大きくて、箸の先くらいあるから、大きな尖刀を使って』『バチン』と切断するのだと。ひえっ。その音は摘出される患者の耳にもバチンと響くんでしょうね。

視神経は視束ともいうから、細い神経が束になっているのかと思ったら、神経線維の束ということであって、その実体は脳の一部であるらしい。歯の神経などとはレベルが違うってことか。
百科事典には『円柱状』とか『うどんのような紐』と書かれていて、うどんのほうが箸よりもリアリティを感じますが、いずれにせよ太いんですよ。

インターネットが盛んになり始めたころ、怪談めいた話が流布しましたね。かっこよく『都市伝説』などと呼ばれたりして。

そのひとつ・・・ピアスの穴から出ていた白い糸をぷちっと切ったら目が見えなくなった、実はそれ視神経だった、と。
うどんのような視神経がピアスの穴から出るには無理がありそうですが、あえて想像すると、よけい不気味です。

それで思い出しました。実は私、耳から糸が出るという恐怖の体験をしたのです。

発端はお風呂上がり。耳の中でがさごそと音がするのです。
シャンプーの最中に水が入ったかなと思って、綿棒でつついたり、頭をトントン叩いたり、飛んだり跳ねたり。
でも出てきません。
呼び水(1滴耳にたらすこと)も何度かやったけど、効果なし。

まあ、ほっといても自然に蒸発するから心配ないだろと、我慢することにしました。

しかし翌日も翌々日も、いっこうに改善の兆しが見えません。
頭を動かすたびに、かさかさ、ザザー。気持ち悪いったら。

耳垢がたまりすぎて取れなくなったという話を聞きますが、感触としては固形物ではなく、液体のように思えてなりません。
もしかして・・・耳の中に水が湧いている!?

私はかなり激しい耳鳴り持ちです(おまけに年々ひどくなっている)が、特に気にしていません。気にしないよう努力しているわけではなく、慣れてしまっているだけです。
そのかさこそ音だって、裏に厄介な病気が控えているとは考えにくく、慣れれば済むのでしょうが、気にすまいと意識すると、かえって意識がそこに集中するものです。もう気になって気になって。

起きている間中悩まされ、疲れ果ててノイローゼ気味。寝たら悪夢のネタにもなってしまいました。耳の中の何かが膨れ上がって鼻と口をふさぐという妄想で、呼吸困難に陥ったのです。

その翌日、近所の耳鼻咽喉科へ。症状を記入する用紙には「耳垢」に○をつけました。

お医者さんは私の耳の中を覗いて、
「おっ、あっ、これは・・・」
どきっ。何か変なものが?
「いやあ、これは凄い。トグロ巻いてる」
だっ、だから、なんなのよっ。

耳の中に突っ込まれたピンセットでひゅるっとつまみ出されたのは、1本の黒い糸(その場面を見たわけではないが)。

それは長さ数センチの髪の毛でした。なぜか渦巻状になって鼓膜にへばりついていたのです。
不快音は瞬時に消え去りました。

そして私は治療費1,470円を支払って病院をあとにしたのでした。

耳図
イメージとしてはこんな感じですが、自力で取れなかったのは、髪のカール具合がもっと大きく、耳道の壁にぴたっと沿っていたからのようです。粘着性綿棒ならば取れたかもしれないと、あとになって思いました。
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投稿者:ルノ 16:00 | コメント(0) | トラバ(0) | 美容と健康