2007年12月03日

ぐぐりたまえ

「ググる」「ぐぐる」という動詞はすっかり定着した感があります。
対して「やふる」は聞きませんねえ。ヤフーのほうがシェアが上なのに、どうして?
はすに解説いたしますと、「ぐぐる」なんて用語ができてしまうこと自体、マイナーの証明です。「検索する」はヤフーで検索すること、「ぐぐる」はグーグルで検索すること。

そのぐぐる、英語圏でも通用するのでしょうか。

英語ページを読むことはめったにありませんが、メーリングリストで
"I googled, but could not find."
みたいな文章を見かけたことはあります。
認知はされているようですが、動詞として活躍中かどうかは不明です。向こうでは「検索する」イコール「Googleで検索する」だから、諧謔として強調する以外にわざわざ動詞化する必要がありましょうか。

日本語では
Google→グーグル→ググる
と、変形が加えられるのでわかりやすいのですが、英語ではそうもいきません。

英語ではひとつの単語が名詞にも動詞にもなり、形容詞や副詞まで兼ねることがしばしばです。どれに該当するか、活用語尾や文脈から判断する必要があります。
反面、日本でごくふつうに使われる「英語のスペル」のspellは、「つづる」という意味の動詞ではあっても、名詞としては別の意味を持つので、「つづり」の名詞形はspellingだ、とかなんとか、しち面倒なケースもあります。

質問掲示板で「それなに?」と、しょもねー問いを発したコがいました。
そんなの英語知らずのガイジンに尋ねる前に自分でぐぐれや。
だが、"Google."とひとこと書いてニュアンスが通じるだろうか、いや、無理だね。

せめて"Google it."としてみようか。略してGISだ。Sは何さ? KISSの2番目のSと同じにしとこう。

我が国の個人掲示板においては、「ぐぐれ」のみの無礼レスはてきめんヒンシュク買います。訪問者は管理人よりも偉い、が常識です。

こんにちは。ご訪問ありがとうございます。それはたいへんお困りでしょうね。実は私も詳しくは知りませんので、自信を持ってお答えできず申し訳ありません。Googleで検索なさってみてはいかがでしょうか。そしてgoogle.co.jpのURLを書き添える。以上が次善の回答。
慈善の回答は、代わりにぐぐってさしあげ、その結果をコピペではなく自ら書き連ねる。

面倒な長文はごめんこうむりたいとしても、礼儀正しさでは定評のある日本人の名誉を守るために、英語が苦手な人でも"How about googling?"程度にはスペルの手間をかけたほうがよろしいかと。
投稿者:ルノ 19:58 | コメント(0) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2007年10月28日

サンタクロースがいる

サンタクロースの存在を信じる子供たちは日本にも大勢います。小学校低学年どころか、中学生になってもいると思い込んでいたと述懐する人々だって。

身も蓋もない言い方をすれば、子どもがサンタを信じたいのは、それが自分を益する(プレゼントをくれる)からかもしれません。子どもって計算高いでしょ。

サンタの存在に関する文といえば、19世紀末、サンタを信じる8歳の少女バージニアに宛てて書かれた、ニューヨーク・サン紙の社説が挙げられます。
その中ではサンタの存在がはっきり肯定されています。『サンタクロースは誰にも見えないけれど、それはサンタがいない証拠ではない』
このコラムはあまりに有名で、日本でも多くのかたがご存じのはずです。全文を読みたい人は検索すればあちこちに出てきます。

"Yes, Virginia, there is a Santa Claus" という書き出しなのですが、中身はいくぶん形而上的で難しいとか。読解力の乏しい私にはちょっと・・・。
それよりも注目したのは、Santa Clausに不定冠詞 a がつくこと。

定冠詞や不定冠詞の使い方は、日本人が非常に苦手とするところであります。
以前『A Happy New Year の A』というコラムを書いたことがありますが、自分でじゅうぶん理解していたわけでもなくてねえ。

サンタクロースという名は子どもの守護聖人セント・ニコラス(聖ニコラウス)から来ていると言われます。
もっとも現代のサンタクロースという存在は象徴的なものであり、大文字だけど固有名詞ではありません。クリスマスセールでサンタの扮装をした人もサンタクロースと呼ばれるし、ひとりひとりは a Santa Clausですね。

とはいえ、この場合、誰でも知ってるそのサンタさんのことなのだから無冠詞であってもよさそうなのに、と思うのは、やはり英語苦手の私くらいでしょうか。

きょうはまあまあ短文で済みました。メデタシメデタシ?

フェルトのミニサンタ

なのに、蛇足。
クリスマスとサンタクロースに関する雑学の詰まった『クリスマスおもしろ事典』は、クリスマスパーティの席で博識を披露したいかたや、西欧人のお友だちとクリスマスを過ごす予定のかたにおすすめですよ。

発行所が『日本キリスト教団出版局』と聞くと、宗教色が強いんじゃなかろうかと敬遠したくなりそうですが、中身は軽く奥深く充実しています。ありきたりの雑学本ではないとの自負は認めてよろしい。無宗教ならぬ反宗教派の私が楽しめたくらいです。
腹を抱えて笑うようなバカ話ではないけれど、文章のすみずみにソコハカとなくおかしいところがあって、もうどうしたものかと。
全部読み終えて、表紙絵をじっくり眺めると、ソコハカとなく2度おいしいのでありました。
投稿者:ルノ 23:28 | コメント(0) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2007年09月13日

コンテンツな話

インターネットというものが注目され、通信によるデータの行き来が盛んになると、「コンテンツ」という言葉があちこちで使われ始めました。
ウェブ上では「コンテンツ豊富なホームページ」とか「そのサイトにはどんなコンテンツがあるんですか」などと、普通に使われていますが、改めてコンテンツとはなんぞやと問うと、いくぶんおさまりの悪い言葉であるようです。

当初、マスメディアの注釈は「コンテンツとは情報の中身」でした。
「情報の中身」・・・なにそれ? 中身があるんなら「情報の外側」も存在するんだよね?
ちらと調べたら、外側とは入れ物(気取っていえば媒体・・・情報を記録したり記憶させておく物品や場所)を指すようです。

Contentという名詞はcontain(含む、収容する)という動詞から来ています。輸送に使われるコンテナ(container)は容器のことです。ウェブマスターの皆さんは、レイアウトコンテナ(div)でお馴染みですね。
何物であれ、中身だけの存在は不安定なので、容器はあれば便利、時には必須と思われます。

パソコンを指して「あれは情報だ」と言う人はいないでしょう。
メモリーカードを「これが情報だよ」と渡されたら、その中に情報が入っていることは推定可能としても、カードそのものを情報と見なすのはなんとなく変ですね。

「情報」なんて、初めっから「中身」じゃないか。

そもそも「コンテンツ」を説明するのに「情報」を付与した点に偏りが生じたような気がします。それゆえ「情報の中身」なる奇妙な表現は数年で影を潜めたのでしょう。
中身のない状態をcontent-freeといいます。空っぽの容器なら何かを詰めて再利用できるので捨てるには及ばないけど、空っぽの情報に存在価値はありません。

ならば、情報とは何?
情報をひとことで表わすのは難しいのですが、一種の知識です。「知識」というと何やら知的で立派なものを想像しますが、情報は知識になる一歩手前の材料といったところです。
主に特定の事柄に関するおしらせ・・・どちらかといえば実利的で、片方向のイメージがあります。
情報の命は正確であること。情報というものに、美的、創造的、芸術的な要素は薄いといえましょう。

とある文学作品を読み、人生の意義について深い洞察を学んだとしましょう。何かを教えてくれたんだから、その文学は情報でしょうか。まさか。やはり芸術と呼びたいものです。
文学同様に活字が並んだものを読み、人生の意義を深く考えさせられたとして、それがニュースなら、情報に過ぎません。
別に文学は高尚で情報は低劣だと断ずるつもりは毛頭ありません。貴重な情報もクソ文学も山ほど転がっています。何かの価値を決めるのは利用者個人個人です。(えーと、我がブログは正確さに欠けるので、情報ではなくゲージュツですな。)

さて、コンテンツに戻ります。
コンテンツは「中身」です。容器、外観、形式や様式など、表面に現れたものに対する内容物ということです。目に見えるものだけに限りません。言葉の奥に潜む真意なども指します。コンテンツは情報だけではないのです。中身のあるものなら、物質もデータも芸術も哲学も含みます。

インターネット以前に私が知っていたcontentsの意味は「目次」でした。
初期のハイパーテクストTowns Gear君が「コンテンツは目次だよ」と教えてくれたのを、そのまま覚え込んでいたのです。

目次・・・それこそ「中身」とは対極に位置する、いわば「情報の外側」じゃありません?

辞書でcontentを引くと、「内容物、中身、書物などの記事、目次、内容目録」云々・・・。
内容を説明した見出しを並べたものが目次です。中身と目次が並列に扱われることには首を傾げました。
正式にはtable of contents(内容一覧)とされていたものが、上を省略してcontentsだけで一覧を意味するようになったようです。

名は体を表わす。形式は一見表面的でも、中身を指し示すことで中身も同然と見なされるのは、ある意味お約束なのでしょうね。
箱に「牛肉」のラベルがあれば、牛肉として取り扱わないと、物流は混乱し停滞します。ずるをして豚肉を詰めておいた業者は、いずれ信用を失って消滅します(希望的観測)。

ウェブにも目次(コンテンツ)だけは立派に整えられていても、いざページに飛んだら内容(コンテンツ)はお粗末きわまるというケースがまま見られます。それでは訪問者の満足を得られず、衰退してしまいますよ。
そうなんです、contentには満足という意味もあるのです。調べるほどに深みの出る言葉といえましょう。
投稿者:ルノ 23:27 | コメント(0) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2007年07月31日

アバウトな話

先だって優良、ではなく有料リンク集を作るぞーと意気込んだのですが、いまだに手をつけておりません。ウェブ運営上いろんな厄介ごとが持ち上がってそれどころではない状況だし。

そんな中でもテキストリンク広告掲載依頼メールはチラリ、パラリと舞い込むのでありました。ええんか? ペナルティ喰らっても知らんぞ。

とあるメールの件名は“I would like to be represented on your site”で、提示金額は25ドルでした。
ふむふむ、こういうときにrepresentを使うのか。かなりしち難しい単語のようだが。

それはどうでもいいとして、興味を覚えたのは“something in the ballpark of $25”という表現。

Ballparkって何よ。屋外ダンスホールとか? とんちんかんなことを言うのはスポーツ無知のわたくし。

「野球場」です。ベースボールスタジアムのことも指しますが、どっちかというと庶民が野球を楽しむことができる広場、遊び場のようなところ。我が国の公園ではたいていキャッチボール禁止となっていますが、アメリカは野球の中心地だし、国土広大だから、ゆったり遊べる場所がたんとあるのでしょう。

で、『25ドルの野球場の中の』って?

辞書によればballparkには「概算の数字」という意味もあって、in the ballparkは「おおよそのところ」「妥当な線で」「予想範囲内では」といった意味合いの慣用句です。

そういう意味をballparkに持たせた由来は知りません。

我が国でも大きい数字を大雑把に表わす際、「甲子園球場がいくつ入る広さ」とか「東京ドーム何杯分のビール」などと、野球場を引き合いに出すことがありますね。庶民になじみがあるからとの理由かしらん。でも毎日甲子園に出かけて応援する人とて、具体的な広さはピンと来ないはずです。単に「でっけえなあ」と感じさせればいい、程度の使い方でしょう。
アメリカのballparkは普通名詞で広さはまちまちであり、使い方も数値の大きさを問わないので、比較するのも変ですが。

人形の大きさとか概算費用など、大まかな数値を挙げるとき、私はナントカの一つ覚えのように about を使っていました。
ちらっと海外のページを見ると、approximate(省略形approx.)が一般的みたいです。aboutはアバウト過ぎるというか、意味が多彩なので、文脈がまずいと誤解を招くおそれもあります。
ほとんど同じくらい近いのなら、almostやnearでもいいでしょうが、ニュアンスはよくわかりません。

ともあれ、1通のメールから知識が増えて表現の幅が広がる点でも、英語サイト運営はプラスになりますよ。
投稿者:ルノ 15:10 | コメント(2) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2007年05月05日

ヒップハンガーとは

『ヒップハンガー』を検索すると、ファッション用語で、股上の浅い(短い)デザインのボトムズといった意味合いのことが出てきます。ご丁寧にhip hangerと綴りまで載せてくれたり。要はローライズです。

数年前ローライズという言葉を初めて聞いたとき、ジーンズのメーカーのひとつかと思いました。
英語ではlow-riseで、3階建てのアパートから転じて、股上が浅くぴったりしたジーンズやパンツのこと。

昔ヒップボーンとかいってたあれですね。
hipboneは腰骨のことで、ウエストベルトが低くて腰に引っかけて穿くからそのように名づけられたのでしょう。和製英語のようですが、定かではありません。

ズボンやパンツが腰の一番太いところまでしかなければ、重力の法則からずり落ちるのは必至です。
どうしてとどまることができるのでしょう。

ヒップボーン時代には、ぶっといパンタロンを幅広ベルトで締めて着こなしていたようです。
ウエストをベルトで締めつけるときついけど、固い腰なら楽なのでしょう。
しかし一番太い部分に広いベルトでは、腰の太さが目立ってかっこ悪かったでしょうね。しかも胴長短足の日本人に太いパンタロンでは、なおさらへんちくりん。みんな何も考えずに着ていたんだから、流行とは恐ろしいものです。

さて、hip hangerですが、パンツをヒップに引っかける、すなわちヒップをハンガー(衣紋掛け)代わりにすることと皆さん納得しているようです。ハンガーの中には、スカートやパンツの中に入れて突っ張って引っかけるものがあるから、まあ不自然とまではいえない。

ただし、そのような英語はないようです。
横文字で検索しても、出てくるのはおおむね日本語ページ。英語のページではなにやらベルトの説明みたいで、ジーンズやボクサーとは程遠いような・・・。

それでちょっと困ってしまったのです。
なぜなら、今回ローライズのショーツ(パンティ)の作り方ページを企画したからです。
我が国でヒップハンガーが検索語として重要ならページ中で使用したほうが良さそうだけど、英語版にはなんと書くべきか。

実はhiphuggerという単語ならあるのです。最近ではhip huggerと分けて記述することも多いようだけど。ヒップハガーです。意味は『衣服がローウエストで』『ヒップに密着して着るようなデザイン』のこと。ローライズと同じです。
hugは抱き締めること。低いウエストでもずり落ちないためには、しっかり抱き締める(締めつける)必要があるのです。

結局のところ、日本人がヒップハガーを聞き間違えるか見間違えるかしてハンガーだと思い込み、hangerという綴りを後付けしてしまったというのが成り立ちではないでしょうか。案外誰もそのへんを追及しないものです。

そういえば似たような事例がありますよね。
ティーバッグがティーパック(お茶の葉を少しずつパックにしたものだからちゃんと通じる)とか、ほかにはえーと・・・。
投稿者:ルノ 22:44 | コメント(2) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2006年11月21日

スポンサー・ドリンク

本日はスポンサー様のご好意により、ダイエット・コークが飲み放題です。
違うって。

ホームページに広告を載せたいというメールが来ました。
お目が高い、というべきか、金をドブに捨てるようなものだ、というべきか。

その30ドルというのが相場的にどうなのか、見当がつきません。自サイト名を伏せているのも怪しい。断り文を考えるのは億劫だなあ・・・保留。返信そっちのけでブログネタにしちゃう、あざといウェブマスター。

そのメールの件名は“I'd like to sponsor your website”でした。

ああ、そうだった。sponsorはむろん名詞なんだけど、動詞でもあるんだよね。
あちこちで見かける『スポンサードリンク』という見出しはsponsored linkだと改めて気づいた次第。

接尾辞-orは-erと同じく、『行為者』を表す名詞を作ります。actする人はactor、confessする人はconfessor、directする人はdirector、という具合に。
ではsponsorはsponsする人かといえば、そんな単語は存在しません。翻訳ソフトCROSSROADによればspon(お金)の複数形とな。たぶんspondulicks(おぜぜ)の省略形。このsは複数にあらず、spondulixというつづりもあります。なるほど、sponsor(語源spondere)とのつながりが見えてきたような。英語っぽい形の動詞にしたければsponseだけど、それならsponserが妥当かな。laborする人はlaborerだから、sponsorする人=sponsorerという単語ができてもよさそうなのに、それも見当たりません。
そういえばdoctという語もないですね。doctorとはdoctorする人。

ランダムハウスでorを見ると、『主にラテン系の語幹につく』とあります。フランス系なら-eur。なんにでも好き勝手にくっつければ済むわけじゃないんですね。
その点、いろんなものに「らー」をつけて人(愛好者?)にしちゃう日本語は気楽でよろしいどす。
投稿者:ルノ 15:32 | コメント(0) | トラバ(1) | 英語・英文・英会話
2006年07月24日

赤貧洗うがごとし

どこかで“Red poor like washing”てな名文を見たので、似たようなフレーズを考えてみました。
とってもシンプルだから、和訳まで載せる必要はありませんよね。

Flattery like tooth floating.
I want it as a hand comes from throat.
Attach no thread eye to money.
You mashed my face child.
Insect is good.
You smell of water.
Navel boils tea.
Bitter taste ran good man.
Not know where horse's bone.
After, be a field, be a mountain.
My world's spring.

無秩序に並べるだけで芸がなかったかな。
投稿者:ルノ 07:36 | コメント(2) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2006年06月21日

控えめさの誤解

提案、推薦や勧誘を伝える言い回しに、次のようなものがありますよね。

How about 〜 ?
Why not 〜 ?

あとに続くのが名詞か動詞かの違いですが、Why notはどうも日本人には使いづらいと思いませんか?
Why don't you 〜? の略なので、「どうしてやらないんだ(さっさとやれ)」といった非難、苛立ちを感じてしまうからでしょう。実際、そういうニュアンスもあり、文脈やその場の雰囲気から判断します。
通常は「〜してはどうですか?」程度の無邪気なおススメです。もっと気軽に用いましょう。

勧誘といえば、Let's 〜が浮かびます。強引じゃないかとためらいがあるなら、shouldにかえてはいかがでしょう。控えめな印象になるような気がするのですが。

Let's go. ・・・ さあ、行こうぜ。
Should we go? ・・・ そろそろ行きませんか。

このshould、「〜すべきである」という固いイメージなので、優しい日本人はこれまた敬遠して、had betterを使いたくなります。でもbetterで文がやわらぐわけではないんですよ。

You'd better go home. ・・・ とっとと帰らないと、どうなっても知らないよ。
You should go home. ・・・ もう帰ったほうがいいですよ。

特に目上の人に対して、had betterは失礼なので気をつけましょう。
投稿者:ルノ 19:25 | コメント(0) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2006年06月04日

座禅草(ザゼンソウ)

ザゼンソウはサトイモ科の植物です。見た目は赤黒いミズバショウといったところ。寒冷地の湿原などに群生し、早春に花を咲かせます。
暖地に住む私は現物を見たことがありません。
フェルトで作ってみました。なかなか可愛いでしょ?

フェルトのザゼンソウ

水芭蕉(ミズバショウ)がその可憐さをもてはやされるのに比して、ザゼンソウには不気味なイメージが定着しています。形は同じなのに・・・『色の白いは七難隠す』って真実ですねえ。

このザゼンソウ、英語でskunk cabbage(スカンクのキャベツ)といいます。哲学的な和名とは月とスッポン。確かに悪臭を放つそうです。それにしてもキャベツとは・・・。

我が家のチンケな和英辞書にはむろん載っていません。私がその英名を知ったのは、ラヴクラフトの小説からです。

H・P・ラヴクラフトはアメリカの怪奇小説家です。生前は無名でしたが、彼が創出したクトゥルー神話というムーブメントは、多くの現役作家を巻き込んで世界中に広まり、今も拡大を続けています。

短編『異次元の色彩』を読んだ当初、アメリカにもザゼンソウがあるのかと驚きました。北米が原産だとか。
ラヴクラフトが生涯を過ごしたニューイングランドは緯度が高く、緑豊かな地域です。森に入れば泉のほとりの薄暗がりにザゼンソウが生えていたのでしょう。その悪臭と異様な形・色彩は、ホラー作家にとって恰好のモティーフだったに違いありません。

『異次元の色彩』の原題は"The Colour Out Of Space"。アメリカ人なのにブリティッシュな綴りからも窺えるように、ラヴクラフトは言葉や文章に凝る人でした。作中には英語国の人にも馴染みの薄いレア語や専門語、さまざまな造語や独創的な名詞が登場します。肝心のクトゥルー(Cthulhu)からして、発音は謎に包まれています。
英語学習において一歩上行くアナタ、次はラヴクラフトを原書で読んでみませんか?

かくいうわたくし、手元にアーカム・ハウス社刊のベスト短編集"The Dunwich Horror And Others"があるけど、読む気力はゼロ・・・。
投稿者:ルノ 14:21 | コメント(0) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話
2006年04月29日

Can you 禁止令

"Can you 〜 ?"という構文は「あなたは〜できますか?」という意味ですが、通常は「〜してもらえますか」の意味で使われます。もっと丁寧にしたければ"Could you 〜 ?"、さらには"Could you please 〜 ?"となるわけです。

では本当に「能力」「可能性」を尋ねるときにはどうするか。同じく"Can you 〜 ?"でいいのです。"Can you speak English?"を「英語を話してもらえますか」とだけ受け取るケースは少ないでしょう。
可能と依頼の区別はその場の雰囲気や文章の流れから推定するしかありません。
日本語においても「できますか」の問いは、しばしば依頼を含むし、どうかしたら「やれるもんならやってみろ」との挑発だったりして、経験から判断しますよね。

そんなこと誰でもご存じでしょうが、私はニュアンスを解さないヒネクレ者だから、キャンユー構文はすべて『能力の可否』と断定します。

「ビルの十階から飛び下りることはできますか?」「もちろんできます」
「初めまして、ルノさん。私はとっても貧乏なのです。3000円送っていただくことは可能でしょうか?」「可能です」
人間、できることをすべてするわけじゃない。訊くだけ無駄なこった。

ついに宣言しました。
Never ask me "Can you?" or "Could you?". I hate it.

というのも、私の質問掲示板にはあまりに多くのCan you文が飛び交って、私を苛立たせたからです。
どうしても尋ねたい人のために、「代わりに"Are you able to"を使ってよろしい」と付け加えました。

そのせいかCan you文は減ったのですが、律儀に"Will you be able to ...?"などと書いてくる人もいて、効果のほどは不明です。
投稿者:ルノ 11:37 | コメント(0) | トラバ(0) | 英語・英文・英会話