2016年12月13日

男の襟足

女性のうなじや襟足は、そこはかとないお色気が発現する部位として好ましく感じる男性が多いようですが、はてさて男性の襟足は、女性にとってどうなんでしょう。

五木寛之といえば、「めったにシャンプーしない人」として有名です。
この人の小説には没興味ですが、先日エッセイを読んだら、30年前に書いた「年頭の誓い」とやらのひとつが『月に一度は洗髪をしよう』というものでして、ずいぶん年季が入っているんだな〜と、感嘆しました。

「癌は放置せよ」の近藤誠が五木寛之の指導のもと、シャンプーしない訓練にチャレンジして、1か月で挫折。以後は週に1度洗っているとか。
ボディは基本的にお湯で流すのみだが、週一シャンプーでは首の後ろの汚れがひどく、そこだけ石けんを使わざるを得ないらしい。

シャンプーしないから襟足が汚れるなんて、がん患者が死ぬのは抗がん剤のせい、と同じくらい短絡的な論理じゃないのかね。

はっきり言います、男ってのは襟足がキタナイ生き物だー。

「勝手に決めつけるなよ。オレはいつもきれいにしてるぞ」
お怒りの殿方もいらっしゃいましょうが、洗う洗わないの問題ではなく、首から出てくる物質が女性とは違ってるんじゃないかって気がします。

会社勤めをしていたころの話です。単身赴任の部長が、「白洋舎に出したワイシャツの襟汚れがちっとも落ちてないから、文句言って洗い直させた」と憤懣やるかたないようす。
「1週間くらい着まくってから出したんじゃないですか」とおちょくったら、「失礼なっ。1日着たらクリーニングするようにしている」と、ますます憤慨してしまいました。
その人は、いかにも脂ギッシュなおじさん、ではなく、色白でどちらかというと清潔そうな印象だったので、見かけによらないもんだと記憶に残っています。

ときたま古着屋でメンズ衣料を買います。
等身大人形に着せたこともあり、自分で着用することもしばしば。

服を選ぶ際のチェック事項は、おおざっぱに、デザイン(形、色、柄、素材)、サイズ、価格ですが、古着では「状態」が加わります。色あせ、縮み、毛玉、擦り切れ、傷み具合など。

私の場合、まず価格。次いでデザイン。
サイズにはあんまりこだわりません。SでもLでも着ちゃいます。(どーゆー体型してんだ?)
使用感はわりと歓迎。パリッとした新品よりも、気分的に落ち着くものです。

それでパパッと衝動買いし、家に帰ってからしまったなあと思うことが何度かありました。

全体にまあまあ良い状態でも、襟がひどいってケースが多いのです。

綿麻混の襟つきカーディガンは、襟の折り目の汚れを落とそうと、ブラシに洗剤つけてこすったけど、無駄でした。汚れではなく、繊維の変質・変色だったのです。しかたなく、その部分をうんとけば立てて、目立たなくして着ています。ブランド品だし、ほかはきれいなので、残念。まあ、価格相応ですけど。

これはかなり使用感ありのイミテーションスエードのジャケット。安いし、アウターだからいいや、と購入決断。

茶色のジャケット

よく見たら襟はボロボロ。どういうふうに着たら、ここまで損傷するの? 首筋から腐食性のガスでも湧いてるんじゃないかしら。

8個あるポケットの中を掃除機で吸い、ダウン入りライナーとフードは取り外し、いっしょに洗濯機にブチ込んで、普通にお洗濯。
完全に乾いたあと、襟にファー布をまつりつけ、表側をすっぽり覆いました。
雰囲気をそろえるために、フードも同じファーで縁取り。スエードは針が通りにくい上、へたすると中からダウンが飛び出るので、慎重に縫う必要があり、やや手間取りました。
薄くなった袖口も、裏側に折って縫いました。

見ばえが向上し、暖かさも増した感じ。昨今は暖冬傾向だから、防寒は重要ではないんですけど。

ファーつきジャケット

男性諸氏には気に障ることも書きましたが、なにとぞご寛容に。
もしほんとうに男性の首から独特のものが分泌されるとしたら、もともとは女性を惹きつけるためだった可能性があります。ならば男性の襟足に魅了される女性がいても不思議はないかもね。
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投稿者:ルノ 13:30 | コメント(0) | トラバ(0) | 下着・ファッション
2012年02月22日

似たふたり

ロバート・スミスをプリントしたTシャツがボロボロになり、別の画像で2枚目を作ったのはだいぶ前のことです。
旧 Robert Smith T-shirt
新 Robert Smith T-shirt

その2枚目を着て実家に帰ったとき、母から「それはマイケル・ジャクソンね」と言われました。「違うよっ」と激しく否定したけど、翌年、また着ていったら、また同じことを言われました(トシだから致し方ありませぬ)。

それを着て図書館に行く途中、大きな通りで信号待ちをしながら、そのことを思い出しておりました。
と、角のケーキ屋さんから3歳くらいの女の子がとととっと走り出てきて、「コンニチワ!」と元気よくおじぎしました。戸惑いつつも「こんにちは」と返したら、私の胸を指して、「それだあれ?」と訊くのです。

だあれ・・・って、あなたの知らない人よ。
「誰だと思う?」と問い返すと、自信満々「マイケル・ジャクソン!」
うげ。
「違うんだけどー」と言うと、「じゃあ、誰、誰、誰?」としつこいので、「また今度ね」と逃げ出しました。

横断歩道を渡りながら振り返ると、その子はいっこうにめげず、別の通行人(成人男性)をつかまえて挨拶していました。ここがニューヨークなら、誘拐されちゃうぞ。

どうも私は、ひとなつこい子どもやひとなつこい小動物ってのが苦手で、ちゃんと相手できず困ります。
あのとき「ピンポ〜ン、よく知ってるね」とかほめておけば無難だったのに・・・。いや、そんなウソで乗り切ることは、あの子にもロバートにも失礼だわん(って、マイケル・ジャクソンには失礼ではないのか?)。

もっと問題なのは、過去にすれ違った人々が、「あ、マイケル・ジャクソンのTシャツ」と思ったのではないか、と。
すると急に恥ずかしくなり、日傘の柄を握った手を胸のあたりに上げて、絵柄を隠すように歩いたのでした(って、マイケル・ジャクソンに失礼じゃない?)。

ま、ロバート・スミスが整形したという話は聞かないから、案外ジャクソンさんはロバートみたいになりたかったのかもね。

それは9月下旬の日曜日の出来事です。
きっかり4週間後(もう半袖Tシャツはしまいこんでいました)、同じ道を通りかかると、例のケーキ屋の前に、その女の子らしき幼女がぽつんと立っているのが視野に入りました。
すると私の足は勝手に横を向き、遠回りしてしまったのです。うーん、やっぱり困った性格だ。
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投稿者:ルノ 21:40 | コメント(0) | 下着・ファッション
2010年02月15日

スカートをはいたアダム

微妙に(いや明白に)下半身ネタの割合が高い当ブログでありまして、こうなってしまった以上、開き直るしかない。

シモネタなら、米原万里。
ここで取り上げるのは『ガセネッタ&シモネッタ』にあらず、『パンツの面目ふんどしの沽券』です。

一読して、これはすごい、今年最大の収穫だーと胸躍ったのでした。
2月からそんな断言していいのか? 実は読んだのは昨年末のこと。ブログで紹介しようと思いながら余裕がなく、今回再度借りてきて読みました。

内容は、下半身を覆う衣類(下着や肌着、ズボンにスカート)に関する歴史的文化的考察、といったところでしょうか。
著者はロシア語の通訳なので、こういうタイトルにもかかわらず、下着関連書だとは想像もせず、各国の文化的語学的差異に触れた内容だろうと、実際に読むまでは思い込んでいました。

文庫版の惹句には『抱腹絶倒&禁断のエッセイ』とあり、確かに、お食事前に読むのはおすすめしかねる部分もあります。
もっとも、心卑しい輩が下ネタのみを期待して読めば、その高邁さに肩すかしを食うでしょう。

「下着」は著者本人もライフワークとしたかったほどの奥深いテーマだそうです。本書は古今東西の膨大な文献をもとに、自らの幼児体験も踏まえながら、世界の下着の起源を解き明かそうと企図された、アカデミックな労作です。

世の中、下着のお世話になっていない人などほとんどいないし、下着に全く興味を持たない人はごくわずかでしょう。
しかし下着に関する本を積極的に読みたい人は、そう多くはないと思います。
私がこの本に強い思い入れを持ったのは、下着に深く関わったウェブライフを選択したという個人的事情も大きいのでして、その分過大評価しているかもしれません。

何しろ最初の章で現れるのが、ソビエトの小学校で教えていたパンツ(パンティ)の作り方図説。40年前、彼の国ではパンツなど市販されておらず、手作りしかすべがなかったのです。
そして『今現在の日本のパンツ着用人口の100パーセントが、既製品に甘んじていると思われる』と述べています。すると私は100パーセントの外か。

イエス・キリストが腰に着けている布はパンツなのかふんどしなのかという話もあり、私もイエス人形を作ったとき悩んだあげく、ふんどし形式にしたいきさつを思い出しました。
ターザンでも同様。腰布は英語でloinclothといいますが、イメージ検索しても形状はわかりにくいものでした。

バレエダンサードールを作ろうとしたきっかけは、王子様然とした白タイツへのロマンを抜きにしては語れません(むうんさんに画像面でご協力をいただいたのに、挫折しました)。

そのほか、日本人女性がトイレで水を余分に流すことへの疑問や、英語の単数・複数の謎など、共感項目がいろいろ。
ひとつにしか見えないpantiesが複数形なのはなぜだと、かつて英語版のウェブページに書いたところ、たくさんのご意見をいただいた経験もありました。

現代ではスカートをはく男性は異端視されていますが、スカートが女性の衣料とされたのは、『大多数の国々においては、ごく最近のこと』であるとの記述もあります。それまでは男女ともスカート様の巻き布が主流でした。スカートこそは服の基本なのです。
そしてまた、高々数十年前のソ連やヨーロッパでは、厳寒の時期でさえ女の子がズボンを穿くことを異常なまでに罪悪視する風潮があったとか。
「常識」なんてものは、ほんとうに移ろいやすく当てにならないものなんです。

第14章『イチジクの葉っぱはなぜ落ちなかったのか』と同じことを、私もスカートに始まるで言及しています。誰しも不思議に思うことですね。
その後何枚かつないでスカート状にしたのだろうと、私は単なる思いつきで書いたのですが、さすがプロの物書きは執筆姿勢が違います。聖書や関連書物などをあれこれ調べ、イチジクの葉は複数形となっており、スカートかエプロンふうであったと絞り込み、最終的にエプロンだったと結論づけています。
ただし、そこを読んだあとも、私としてはスカートが正しいと思いたいのです。エプロンだと、くるっと回って丸見えになっちゃったりしません?
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投稿者:ルノ 15:25 | コメント(0) | トラバ(0) | 下着・ファッション