2007年05月15日

ボタン花

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。美人を花にたとえるのは自然な感情です。
生活に花があると、気持ちもうるおいます。かくいう私、今年からまた蘭を育てることにしました。

そこで思いつきをひとつ。男性、特に中高年の男性におすすめしたいのです。胸元に花を飾ることを。
コサージュのようにごてごてしたものではなく、選び抜かれた1輪の地味な花。

結婚式で花婿がボタンホールに花飾りをつけますよね。花嫁のブーケとおそろいで作ることが多いようです。
ブトニア、ブートニア、ブートニエールなどと呼びますが、ブーケのブー、ではなくて、ブトン(フランス語でボタン)から来ています。
ブーケを贈られた女性が「あなたの愛を受け入れます」という返事の代わりに、ブーケから1輪の花を抜いて相手の胸に挿したことが起源だと、『ブーケと花飾り』というムックに載っていました。

男性が花を飾るのはそのときくらい。普段は殺伐としてます。
日常に花のアクセサリーを取り入れれば、目にも華やかだし、心も癒されるし、花の香りでオジン臭がわずかでも緩和され、なかなか粋ではありませんか。
そういうことが流行して、いや、習慣となって根付けば、日本文化も成熟の証。

花は自然の存在だから、年齢問わず似合います。服装もさほど選びません。白い花はなんにでもぴったり。
きんきらネックレスやブレスレットよりはずっと控えめでおとなしく、上品です。

むろん生花が一番です。
駅前の花屋さんやキオスクで、毎朝通勤客を当て込んで一個50円〜300円程度のブートニアを作って売り出します。夕方にはしおれるから、需要は尽きません。景気も高揚。

初対面の相手と話すときは、互いの胸の花を枕にすればスムーズだし、商談も和気あいあい。
花言葉や花カレンダーなど、花にまつわる話題が交わされるようになり、花の名前や原生地など知識が身につき、家に花を飾ったり、園芸に興味を持つ人も増えるでしょう。

余裕のない人は造花でもかまいませんよ。花ごとに同系の香りのコロンをセットにして、毎回吹きつけてはいかがでしょう。
男の人がやけに人造的な香りをまきちらすことを好まない人々は多いのですが、花が香るなら問題ないと思います。
普段は造花でも、デートのときは新鮮な花にしましょうね。

女性は花をつけちゃいけないのかって?
それはもう、好き放題なんでも飾ってください。でも金銀パールを初めとして、いろんなアクセサリーを選べるから、花くらい男性に譲ってもよろしいではありませんか。

赤薔薇白い花
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投稿者:ルノ 23:36 | コメント(2) | トラバ(0) | 下着・ファッション
2006年11月14日

前後不覚

横溝正史だったと思いますが、女性の遺体がパンティを後ろ前に穿いていたので、これは死後穿かせたものだ、女なら前後を間違えるはずはない、犯人は男だ・・・とかいうような推理。時代が時代だけに、そのパンティはつるんとした生地で飾りもなくシンプルなデザインだったのでしょう。

現代ではパンティに対する男性の関心は高まるばかりのようでして、前と後ろの区別がつかない男性は珍しいと思われます。

私はしょっちゅう間違えます。下着のみならず、スエットパンツやTシャツなども日常茶飯事。着た後の違和感で気づくことが多いのですが。

落ち着いて観察したら前後の形の差は歴然なのに、どうして間違うんでしょうね。
型紙もなしでいい加減に自作した服を部屋着やパジャマに使っているので、目印のタグもなく、わかりにくいことも一因です。薄暗い脱衣所でそそくさと着替えることもあるし。いえいえ、結局単なる粗忽なんでしょう。

ハンティやショーツは、前にリボンや花など目印になる飾りをつけたほうがいいですね。単なる装飾のためなら後ろにつけるのもオシャレだけど、例外を作ると穿き間違えるおそれがあります。

パンティ
これは1/2ドール用のショーツです。ちゃんとリボンが2個。
バック
生地はワンピース(これまた何度も間違えて、ついに襟元にリボンをつけました)と同じで、裾はストレッチレースです。

ついでに着用写真。またもぬ〜うどでゴメンナサイ。
以前作った子だけど、服作りがいっこうに進まず、お披露目の機会がありません。
人形
身長77cm、BWH 40・28・44。
この子の型紙を2倍強に拡大して等身大人形を作ったのですが、出来上がりは2倍弱。なかなか計算通りにはいかないものです。
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投稿者:ルノ 17:41 | コメント(6) | トラバ(0) | 下着・ファッション
2006年07月25日

ピンクハウス幻想

先だって『サエない女は犯罪である』(笠原真澄/イラスト・安彦麻理絵)という本を気まぐれで手に取りました。身につまされるタイトルだなあ。中身も随所でぐさぐさ。
わりと古い(初出1997/文庫本改訂2001)けど、著者によれば『サエない女のトレンドはあまり変わっていない』とのこと。

『サエない』とは「冴えた」の否定形で、なんとも半端な表現であります。が、気持ちは伝わる。
「ダサい」など容赦のない罵詈は使った側に跳ね返るし、ま、誰しもサエない部分を包含しているものであって、サエない女ウォッチングが自分を磨く一助となれば・・・といささかトーンダウンの言い訳も垣間見えます。

この本で繰り返し攻撃の対象となっているのが「ピンクハウスを着た女」。
別にピンクハウスに恨みがあるわけではなく、ピンクハウスの似合うほっそりした美少女が問題なのでもなく、自己認識を無視してピンクハウスを着る、暑苦しくも見苦しい「デブ」が犯罪なのだとか。デブにも着用可能なサイズを作るピンクハウスの媚びズムや儲け主義は不問に付すのかえ?

なぜ太めの彼女らが似合ってもいないピンクハウスを好むかというと、服の個性が強すぎて、鏡に映った自分の姿が目に入らない(服しか見えない)からだとか。

恥ずかしながら我がワードローブにもちょこっとピンクハウスがありまして、自分では似合うつもりで着ておりました。も、もちろん、昔の話です。
人が手持ちの衣服を捨てるのは、たいてい収納に支障を来したときです。うちではそういう心配は不要(だって新しい服を買うなんて夢のまた夢)なので、もはや袖を通すこともない古い服が多数残っています。

勤めていた会社の近くにピンクハウスショップがありました。ビルの1階で目立つから、昼休みなどついのぞいちゃうんですよね。バーゲンのときなど人だかりで(彼女らの体型は覚えていません)、「あ、これステキ。あとで買いに来よう」と昼食済ませて戻ると、もう売れてたりして。

私は全身ピンクハウスで固めるなんて真似はしませんで、選ぶものも比較的地味なデザインばかりでした。売っ払ったものも含め、黒を基調としたものが多かったような。

懐古趣味で引っ張り出してみました。
この木綿のセーターなんか、手編みっぽくて、ちょっとピンクハウスには見えないでしょ。今着てもおかしくないですよね? ね?
赤いリボン柄のサマーセーター
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