2010年03月30日

立つ鳥後を絶たず

冬鳥の北帰行の季節となりました。
近所の川では、1年中鴨の姿を見かけます。たわむれにお菓子やパンを与える人が多く、居心地がいいから帰らないのです。かくいう私もラーメンまいたことがあります。
北へ行くのは夏の暑さを避けるためなのに、酷暑の夏をよく耐えるものですね。

「立つ鳥跡を濁さず」という成句は、引っ越しや転勤の際に身辺をきれいにしておけよとの忠告を込めてしばしば使われるのですが、別に渡り鳥が出発する前に巣の掃除をしておくということではなく、水鳥が水から飛び立ったときに、水面がきれいという程度のことらしい。鳥の心がけではなく、水の自浄作用に過ぎません。

昔、雀のヒナを育てたことがあります。目も開かない、毛も生えていないヒナは、餌を食べるとウンチをします。そのとき、もぞもぞと体の向きを変え、おしりを巣の外に出して行うのです。親が教えたわけではなく、本能的にそうするみたいです。だから巣の中はいつもきれい。
そのウンチはぷよんとして弾力があり、割り箸でつまんでもつぶれません。鳥によっては親がくわえて遠くに運んで捨てる習性がありますが、そうしやすいようにできているのです。

歩けるようになると、巣の中でもどこでも、ところかまわずウンチしまくります。そこが巣だったという記憶がないんでしょうね。質も変化して水っぽくなるから、掃除がたいへん。鳥が飛び立ったあとはちっともきれいじゃありません。

・・・またも無意味な前置きを。

本日は、跡を絶たない「後を絶たない」という表現にイチャモンをつけます。

「後」と「跡」はどう違うのか。何かをした後に残るのが跡だから、まあ大いに関連はありますが、通常はさほど意識せずとも区別がつくものでしょう。

「跡を追う」を「後を追う」と書くことも多いようですね。
死んだ人や見えなくなったものを追うのなら「跡を追う」って感じだけど、背中が見えている人を追っかけるなら「後を追う」が合っていそう・・・てのは屁理屈?
それはおいといて。

私が持っている辞書には「後を絶たない」という言い回しは載っていません。
「跡を絶つ」ならばあります。「痕跡をなくす」から転じて「物事が起こらなくなる」といった意味。「あとを絶たない」がその否定形であるならば、「後を絶たない」ではなく「跡を絶たない」が正解です。

しかるに世間では、マスコミも含めて「後を絶たない」が横行しています。

別に私は「後を絶たない」が間違いであると断じたいわけではないのです。
これが実際「跡を絶つ」の否定形として使われているのかというと、微妙に差異が感じられるんですね。

ひとつは、通常は否定形しか用いられないこと。「児童虐待は後を絶たない」とは言うけど、「児童虐待が後を絶つ日がはたして訪れるのか」なんて言い回しには、まずお目にかからないでしょ。強引に肯定形とするならば、おそらく「跡」が使われるのではないでしょうか。

もうひとつは、通常「好ましくないこと」に対してのみ用いること。「好ましくない」というのは、むろん使う人の感情ではありますが、常識的に多くの人が同感するだろうといった含みがあります。

おおもとの「跡を絶つ」には、そういった感情判断が入り込みません。

始まりは「跡を絶つ」の否定形の誤記だったと思われます。
消滅すべき嫌な事柄が、なくなるどころか「後から後から」続発するのだから、「後を絶たない」のほうが受け入れやすいではありませんか。この件の「後」に来るものを絶えさせてしまえば、「跡を絶つ」ことになってメデタシメデタシですからね。

跡を絶ってほしいものに対して、「○○はあとを絶たないなあ」と嘆いているうちに、否定形のみはびこるようになってしまい、「後を絶たない」は「跡を絶つ」から独立した、いわば「新語」として定着してしまったということでしょう。おそらくはここ十数年かそこらの変化です。

昨今は「後を絶たない」という言い回しを見たり聞いたりしない日はないといっていいほどです。「後を絶たない」があまりに使われすぎる、ひどい世相が「後を絶たない」をますます大きく育てているのです。
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投稿者:ルノ 22:40 | コメント(0) | トラバ(0) | イチャモン日本語
2009年06月18日

後悔後にも立たず

「後悔先に立たず」とは誰でも知っている格言です。

ときたま「後の後悔先に立たず」てな言い回しを用いる人がいて、重複表現だなどと笑われます。たぶんこれは「後」と「先」とで語調をそろえたかっただけでしょう。

そもそも後悔とは定義上「後」にしかできないことであり、「後悔先に立たず」自体あまりに当たり前すぎて、わざわざ成句とするほどの事柄かよ、と突っ込みたくなります。
後悔なんていつしようが、何度しようが、たっぷりしようが、どうせムダなんだから、するもんじゃない。昔の人はそう戒めたかったのに違いありません。
だったら「後悔役に立たず」が正確じゃないの?

もっとも、後悔に限らず無益なことを好んで行うのが、万物の霊長たる人間の特性であり、その人間様が無駄とわかってわざわざするんだから、実は意義があるのだろう。とは『したい時には親はなし』で述べたので、ここでは繰り返しません。

今回は日ごろから後悔のタネには事欠かないワタクシが、日本語の見地からこの成句を分析してみます。

はたして後悔とは、立ったり座ったりするものか?

「昨日ヤバいことしでかして、チョー後悔立ってるとこなんだ」とか「彼女は後悔の立て方が上手だ」なんて表現は見たことないです。
「後悔」と「立つ」の組み合わせは、おそらくこの「後悔先に立たず」が唯一例ではないでしょうか。

「立つ」にはさまざまな意味がありますが、後悔が立つとしたら、「役に立つ」「弁が立つ」「腕が立つ」などの「立つ」と同種だと思われます。成り立つとか用を成すとかいったことです。
そこまでは納得しますが、なぜ相性がよいとも思われない「立つ」をことさら起用しなければならなかったのか、そのあたりが腑に落ちません。「後悔先にできず」でじゅうぶん成り立つじゃないですか。

案外始まりは上記の「後悔役に立たず」であって、それが歳月を経て「先に立たず」に変化したんだとうがちたくなったり。

が、待てよ。
「先」と「立つ」はくっつきやすい言葉です。「先に立って働く」「先立つ不孝」「先立つものはカネ」等々。
「後悔とは先立ってできないこと」との説明から「先に立たず」が生まれたのだと考えれば、無理がないような気もします。というより「先に立たず」がひとかたまりだっただけですね。

いずれにせよ、先にはできず後になってしてもどうしようもないのが後悔であります。極力せずに済ませたいものですが、なぜか年中後悔している、つまり後悔グセを持つ人って、私だけじゃありませんよね。
後悔を反省に変えることができれば一歩前進だとも聞きますが、なかなかそういう境地にはなれないのが凡人です。ふぅ。
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投稿者:ルノ 22:04 | コメント(2) | トラバ(0) | イチャモン日本語
2008年03月28日

転んでもただでは起きぬ

少し前「KY」をはじめとした省略語が話題になりました。
もともと日本人は省略が得意な民族で、漢字を省略してカタカナやひらがなを作ったり、会話を省略して以心伝心を発達させたりしてきました。だから別に若者の特権ではない、何を今さらって感じ。

省略するのはけっこうだが、ちょっと気になったのは「空気を読む」という行為。
それってどういうこと? おそらくは空気読めない人間である私は反発を感じます。

「アイツ、KYだ」なんて嘲る人間は、さぞや自分は空気読めてるつもりなんでしょうね。
そうやって人の顔色ばかりうかがい、人の気に入るような言動を選び、自分を押し殺して小心翼翼と生きているんでしょうね。
でないといじめられるんでしょうね。

しかし、そんなちまちました人間を大量生産していたんじゃ、我が国の未来は暗い。
だいたいろくすっぽ字(日本語)も読めずして、見えない空気を読もうなんざ百年早いぜ。

若者よ、空気など読むヒマがあったら、本を読め。
古今東西の名作文学を10年間に1,000冊ほど読破すれば、人間とはどんな状況でどんな感情を起こすものかわかってくるはず。社会に出るころには、空気どころか人の心を見透かす人間になれますって。
これは青春時代に本を読み損なって悔やんでいる私の衷心からのアドバイスです。

とはいえ。
現実に空気を読めない人間に遭遇して、もし対処を誤ると、甚大なダメージをこうむることもあるそうです。私も知らないうちに加害者になっているかも。たらり;

ま、人間は自分が被害者になったケースしか頭にないのが普通です。私もそうでして、このページは先週KYな人々に突き転ばされた(被害妄想?)自分を励ますために、起き上がりながら書いています。

よく耳にするのは「ただでは起きぬ」ですが、多くの辞書には「転んでも只は起きぬ」で載っています。「で」があるほうが意図は通じやすいので、強調の意味で入り込んだのかもしれません。

同義の言い回しに「倒れても土を掴む」があります。
ともに「どんなときにも何がしかの利益を得ようとする強欲さ」を表わしているそうですが、強欲とはいささか厳しいのではありませんか?
自分でこけたのか、悪意で突き飛ばされたのか、原因がどうであれ、転倒は転倒。転んじゃったのはしかたない、せめてそこからわずかでも得るものがあれば、痛い思いも多少は緩和されます。
「逆境にもめげない不屈の精神」として、現代では大いに称えたいものです。

我が座右の書『道は開ける』(デール・カーネギー)にも、『レモンしか手に入らなかったらレモネードを作れ』というくだりがあります。レモンは「いやなもの」のたとえです。

ちなみに「転んでもただでは起きない」は英語の“All's grist that comes to his mill”ということわざに相当するそうです。gristは「挽いた穀物」から「儲け口」の意。来るもの拒まず粉にして売るというようなことから発生したのでしょうか。まるでミートホープみたい。

省略語について蒸し返しますと、むろん英語圏には多数の省略語があります。中にはKYに近いような遊び語もけっこう見受けられたり。
省略は「隠語」になりやすいいんでしょうね。仲間うちだけで通じる言葉で優越感にひたる連中はどこの国にもいます。
興味をお持ちのかたはこのページもご参考に。

うちにある国語辞典は巻末30ページにわたって、アルファベット略語集が付属しています。知らない言葉ばかりです。こういった略語は日々増えているのです。泡沫的な若者語に媚を売るよりは、国際的に通じる省略語を日にひとつでも覚えたほうがなんぼか有意義ですよ。
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投稿者:ルノ 23:11 | コメント(2) | トラバ(1) | イチャモン日本語