連休のさなか、当「さくらのブログ」のサーバーがダウンしまして、48時間余にわたって閲覧や保守が全くできませんでした。
訪問者の皆さまにご迷惑とご心配をおかけしたことをお詫びいたします。
復旧したのは5月4日朝だそうです。
ブログオーナーとしては、まずはお詫び記事でも載せなければと思うのが人情ですよね。あるいはたまった記事を次々投稿するとか。すると処理が集中し、ただでさえ脆弱なサーバーにいっそうの負荷がかかってしまう。
そのせいだけではないとしても、後遺症は甚大で、重かったり再構築が滞ったり、パーツやコメントが表示されなかったりと、混乱はまだ収まっていません。
もともと不安定さが売りのシステムにさんざん悩まされてきたんだ、今さら何を驚くことか。と虚勢を張りたいが、これほど長時間遮断されたとなると、その影響は検索結果やアクセス数へじわじわと現れてくるでしょう。
世に高機能の無料ブログがひしめく中、ここは低機能かつ有料です(厳密に言えば、有料で借りたサーバについているサービス。おまけとはいえ、お金を出さなきゃ使えないんだから、無料ではありません、決して)。画像など付属ファイルの容量だって大幅に制限されています。
それでも利用者は私を含めてけっこういるようだから、単なる惰性ではなく、なんらかのメリットを感じているのでしょう。
ユーザーはさぞや非難ごうごうだろうと、2chでさくらスレを探して覗いたら、書き込みが急激に増大していました。でも怒り狂う人などほとんどいなくて、皆さん冷静なもんです。とうにあきらめの心境?
とはいえ48時間は前代未聞。今回こそ堪忍袋の緒が切れて移転を決意した人も多いことでしょう。
私もあれこれ検討しました(主にアタマの中で)。
ブログを選ぶ際に重視する項目は人それぞれです。デザインがかっこい〜とか、投稿が簡単だとか、容量無制限とか、有名人が使ってるとか。
私としては「広告を外せる」「カスタマイズしやすい」の2点が最低条件かなー。
その意味で、さくらと同仕様のSeesaaブログは扱いやすいと感じています。
Seesaaにも問題点は山とありますが、ユーザーが多い分要望も多く届くから、徐々に改善されていくと期待します。
だからといって、ひとつのブログに頼り過ぎると、ダウン時のダメージも拡大します。いろんなブログを使うことはリスク分散になるのです。これ以上Seesaaは要らぬ。
しかし、新しいことを始めるのって勇気がいるものです。
ブログ比較記事を見に行くのさえ面倒に感じるほどなので、未知のブログを一から試す精神的余裕はもっかありません。
そこで目を向けたのがBlogger。現在英語ブログを運営しています。
日本語ブログには向かないと感じますが、同一アカウントで各国語を使える点は重宝です。後学のためにもうひとつくらい持って、バイリン運営を極めよう。
広告とカスタマイズもいちおうクリアしています。
それよりもBloggerの利点はSEOじゃないかと思うんですー。こんなこと誰も言わないようだが。
開設当初は全く検索されませんでしたが、数か月後にはずいぶん早くなりました。記事をアップして数時間後には検索されることもあります(ブログ検索ではなく一般Webとして)。
とりわけイメージ検索に引っかかる件数がやたらと増えてきたのです。
この貧盗恋歌にイメージ検索で来るケースは日に1件あるかないかなのに、アクセス総数が1/3程度の英語ブログでは数十件に上るのです。記事数や画像数が違うので単純比較はできませんが、明らかに偏っています。自分とこのブログを優遇するなんて、Googleの身びいきだと思うぞ。
Bloggerにアップした画像ファイルはアドレスがだらだらと醜くて、私は嫌いです。それで自分のホームページの画像に直リンクすることもあります。Bloggerでは他人の画像をパクるのも簡単なのです。
どちらであれ、イメージ検索されやすさは変わらないようです。
ほかにもエイジングフィルタは関係ないようだし、ページランクが上がりやすいかも(時々暴落?)。
多くの無料スペースブログにおいてURLは数字ですが、Bloggerは記事タイトルがURLになることも魅力です。なんたって覚えやすいではありませんか。日本語だとやはり数字なのだけど、いったん好きなアルファベットで登録したあと、タイトルを日本語に変えたらどうかなと思って。
それやこれやを考えて、Blogger日本語版を新たに作ってみました。もし運営がうまくいけば、そっちに移るつもりで。
・・・しかし、即日削除。準備不足というか、時期尚早というか。
実行するには別のアカウントを取ったほうが都合がいいとわかりました。もっと時間のあるときに再度チャレンジしましょう。
それまではこのトンデモさくらちゃんとお付き合いいたします。
2008年04月05日
コメントは管理人の財産、
英語ブログをいっこ、blogger.comに持っていて、月に2記事ほどアップしています。
そこにチラホラとスパムコメントが来るようになりました。
Bloggerはトラックバックができず、日本のブログならたいていついてる直近のコメント一覧もないので、スパムしにくい構造です。だから要注意コメントは最新記事に集中します。
初めてスパム書き込みが来たときは、削除方法がわからなくて右往左往しましたが、どうにか見つけて削除しました。
数週間後、次のスパムに襲われてまた右往左往。1回めにどうやって削除したのか忘れていまして。げ、それは危険な兆候ではないのか。

Bloggerはシンプルなくせに使い勝手が非常に悪くて、いつも何かと迷うんです。同じミスで何度もうろうろしてしまう。
ともあれ2度目もどうにかやっつけたけど、ヤバいことに気づきました。最初のコメントが完全に削除されていなかったのです。消えたのは投稿文だけであって、投稿者の名前とリンクが残っているではないか。これでは削除の意味がない。
そのときはバタバタしていたし、とりあえずこんなもんかなと放置。
その後立て続けに怪しげなコメントが届いたので、落ち着いて削除画面を見たら、復旧可能な一時的削除と取り返せない永久削除の2通りあったんです。Remove forever? (It can't be undone.)・・・英語だから気づかなかったんだー。粛々と反省。
ともあれ英語のスパムは、勘が鈍くてもスパムとわかる書き方をしてくれるので助かります。
今のところ見るに耐えない下品なワードを使うことはないようです。永久削除を免れるためではないかと想像しています。
その点日本のコメントスパムはえげつもはしたもないですねえ。え、えげつって?
どうせ削除されるんなら思いっきり下品に行こうという魂胆か。
幸いにしてこの貧盗恋歌ではここ数か月お目にかかっていません。たまたまなのか、禁止ワードでブロックされているのか、不明ですが。コメント一覧を外すことは多少なりとも有意義だと思っています。
私の考えではコメントやトラックバックの著作権はブログオーナー(管理人)にあります。自分のスペースに書かれた文字ですから。
著作権という言葉は違和感を与えますか。少なくとも責任は管理人が一手に負わされます。
スパムはゴキブリと同じ。見つけ次第即退治しなければ、あっという間に増殖します。ひとりががんばってもダメです。全員が取り組むべきことなのです。
スパム削除は管理人に課せられた最大の義務です。バタバタしていたから放置だなんて、許されざる怠慢でした。
明らかなアダや宣伝よりも始末に困るのは、自動発信ではないらしい境界ブログです。中身は薄くとも一見真面目な個人ブログであることが多い。
こういうのは迷ったあげく容認する人が多いので、あちこちではびこります。
たとえばね、「豚足はまずい。コラーゲンも少ない」云々という記事に対して、「豚足おいしいですね。コラーゲンがたっぷり」とコメントをよこすとか。ワレ、喧嘩売っとるんか?
こーゆー人のページは広告だらけ。
誤解しないでください。記載内容に全面的に賛成しろってことじゃないですよ。
「あなたは豚足がまずいと言うが、それは味覚が狂ってるからです。豚足にはコラーゲンがほかの部位よりも多く含まれているのは事実です。根拠もなくコラーゲンが少ないと断ずるとは悪意があってのことですか」のほうが、よっぽど喧嘩を売ってるように見えるが、誠実なコメントです。誠実が大げさなら、建設的といいましょう。
私のコメント削除基準はかなり厳しく、URLが記載されているだけで警戒します。
同様の人は増えているようで、その反動か、コメント記入に際し、ブログやホームページを持っていてもURLを書かない人が多くなったような気がします。
それは良い傾向なのか。決してそうではありません。
本来ブログが担うはずだったコミュニケーションの活性化を阻害しているのです。
諸悪の根源はスパムです。
今できることは、宣伝行為とスパムの徹底排除です。
そこにチラホラとスパムコメントが来るようになりました。
Bloggerはトラックバックができず、日本のブログならたいていついてる直近のコメント一覧もないので、スパムしにくい構造です。だから要注意コメントは最新記事に集中します。
初めてスパム書き込みが来たときは、削除方法がわからなくて右往左往しましたが、どうにか見つけて削除しました。
数週間後、次のスパムに襲われてまた右往左往。1回めにどうやって削除したのか忘れていまして。げ、それは危険な兆候ではないのか。

Bloggerはシンプルなくせに使い勝手が非常に悪くて、いつも何かと迷うんです。同じミスで何度もうろうろしてしまう。
ともあれ2度目もどうにかやっつけたけど、ヤバいことに気づきました。最初のコメントが完全に削除されていなかったのです。消えたのは投稿文だけであって、投稿者の名前とリンクが残っているではないか。これでは削除の意味がない。
そのときはバタバタしていたし、とりあえずこんなもんかなと放置。
その後立て続けに怪しげなコメントが届いたので、落ち着いて削除画面を見たら、復旧可能な一時的削除と取り返せない永久削除の2通りあったんです。Remove forever? (It can't be undone.)・・・英語だから気づかなかったんだー。粛々と反省。
ともあれ英語のスパムは、勘が鈍くてもスパムとわかる書き方をしてくれるので助かります。
今のところ見るに耐えない下品なワードを使うことはないようです。永久削除を免れるためではないかと想像しています。
その点日本のコメントスパムはえげつもはしたもないですねえ。え、えげつって?
どうせ削除されるんなら思いっきり下品に行こうという魂胆か。
幸いにしてこの貧盗恋歌ではここ数か月お目にかかっていません。たまたまなのか、禁止ワードでブロックされているのか、不明ですが。コメント一覧を外すことは多少なりとも有意義だと思っています。
私の考えではコメントやトラックバックの著作権はブログオーナー(管理人)にあります。自分のスペースに書かれた文字ですから。
著作権という言葉は違和感を与えますか。少なくとも責任は管理人が一手に負わされます。
スパムはゴキブリと同じ。見つけ次第即退治しなければ、あっという間に増殖します。ひとりががんばってもダメです。全員が取り組むべきことなのです。
スパム削除は管理人に課せられた最大の義務です。バタバタしていたから放置だなんて、許されざる怠慢でした。
明らかなアダや宣伝よりも始末に困るのは、自動発信ではないらしい境界ブログです。中身は薄くとも一見真面目な個人ブログであることが多い。
こういうのは迷ったあげく容認する人が多いので、あちこちではびこります。
たとえばね、「豚足はまずい。コラーゲンも少ない」云々という記事に対して、「豚足おいしいですね。コラーゲンがたっぷり」とコメントをよこすとか。ワレ、喧嘩売っとるんか?
こーゆー人のページは広告だらけ。
誤解しないでください。記載内容に全面的に賛成しろってことじゃないですよ。
「あなたは豚足がまずいと言うが、それは味覚が狂ってるからです。豚足にはコラーゲンがほかの部位よりも多く含まれているのは事実です。根拠もなくコラーゲンが少ないと断ずるとは悪意があってのことですか」のほうが、よっぽど喧嘩を売ってるように見えるが、誠実なコメントです。誠実が大げさなら、建設的といいましょう。
私のコメント削除基準はかなり厳しく、URLが記載されているだけで警戒します。
同様の人は増えているようで、その反動か、コメント記入に際し、ブログやホームページを持っていてもURLを書かない人が多くなったような気がします。
それは良い傾向なのか。決してそうではありません。
本来ブログが担うはずだったコミュニケーションの活性化を阻害しているのです。
諸悪の根源はスパムです。
今できることは、宣伝行為とスパムの徹底排除です。
2007年11月27日
無用の長文
このブログは文章が長い。と、複数のかたからご指摘を受けました。漢字が多すぎて読みにくい、とも。
「充実してて一気には読めないので、そのうちじっくりと・・・」と、言葉巧みに敬遠されたり。
これでもずいぶんと削いでいるつもりなんですけどねえ、いつの間にかだらだら長くなってしまうのは性分なんでしょうか。
漢字は少ないほうだと思うけどなあ。
長文は書くほうにとってたいへんだけど、読む側にはなんの支障もありません。
国語の読解力テストじゃないんだからね、読まずに立ち去れば済むことでしょう。と、開き直り。
開き直りついでに打ち明けますと、よそ様のブログに文章がいっぱいあったら、私は読む気が失せます。
長文にうんざりする気持ち、じゅうぶん承知していますよ。
むろん中身によります。検索して必要な情報があると期待して読めば、たとえ長文でも気にならないものです。
望んだ情報とは違っても、おもしろい、読ませる文なら、あっという間に読み終えて、さらにサイト内を道草することもあります。
情報が精製された専門ブログならともかく、うちみたいに雑多な内容が未整理状態で詰め込まれているブログには、興味のないテーマだが読んでやろうという人はまれでしょう。
この貧盗恋歌においては、単調でメリハリのないデザインやレイアウトにも問題がありそうです。
それに文字が大きい。大きなフォントを設定しているわけではなく、何も設定していないだけですけど。
おおかたのブログは見映えを重視して、12ピクセルくらいの小さな文字に固定されているみたいだから、ブラウザの文字サイズが標準(中程度)の場合、ここは相対的に大きく見えます。
加えて本文のスペースが横500ピクセル固定で狭め(これでもバナーが入るように広げたんですよ)。
結果的に文字数がそこそこでも、場所を取って縦にスクロールが伸び、よけいボリュームを感じてしまうのでしょう。
いや、むしろ小さい文字が狭い場所にぎっしり詰まっているほうが長文に見えるという意見もあるかな。
私は文章系ホームページも持っていまして、1ページの文字数はたいてい当ブログの一記事よりは多めです。倍以上のボリュームもざら。文字サイズは同じ。内容は大同小異です。
が、ここよりはいくぶん読みやすいような気がします。
1ページをいくつかの見出しで区切り、それぞれがひとまとまりの内容を持っているからです。
ここでもひとつの記事を見出しで分割することはできるんですけど・・・どうもそういう気分になりません。
書くときの姿勢というか心構えが違うようなのです。こっちはブログだから、まとまりがなくてダラダラしててもいいや。って、ブログ軽視。(^^ゞ
まあとにかく、長文はヘタの証明です。
同じことを表現するのに、より少ない文章で済ませるのが才覚ですよ。
山椒は小粒でピリリと辛い。『珠玉の長編』なんて言い方はまず聞きません。
ブログよりも前の時代、きっかり15文字のみの日記が大人気を博したという話を聞いたことがあります。少ない文字数だからって長文よりも早く簡単に仕上がるものでは決してありません。
『史上で最も偉大な詩』はF・ブラウンの短編です。
無人島に独り漂着した詩人が、かろうじて命をもたせるだけの、何もない生活の中で、ひとつの詩を書き、何年もの間推敲に推敲を重ねたあげく、文字数を極限までそぎ落とし、最終的に一語のみで構成される詩に圧縮してしまった。・・・一語? はい、4文字の。
最も偉大な詩とは、最も短い詩なのでありました。
ま、ナンセンス小説ではありますが、人生とはひっきょう一語程度に凝縮可能なのかもしれません。
「充実してて一気には読めないので、そのうちじっくりと・・・」と、言葉巧みに敬遠されたり。
これでもずいぶんと削いでいるつもりなんですけどねえ、いつの間にかだらだら長くなってしまうのは性分なんでしょうか。
漢字は少ないほうだと思うけどなあ。
長文は書くほうにとってたいへんだけど、読む側にはなんの支障もありません。
国語の読解力テストじゃないんだからね、読まずに立ち去れば済むことでしょう。と、開き直り。
開き直りついでに打ち明けますと、よそ様のブログに文章がいっぱいあったら、私は読む気が失せます。
長文にうんざりする気持ち、じゅうぶん承知していますよ。
むろん中身によります。検索して必要な情報があると期待して読めば、たとえ長文でも気にならないものです。
望んだ情報とは違っても、おもしろい、読ませる文なら、あっという間に読み終えて、さらにサイト内を道草することもあります。
情報が精製された専門ブログならともかく、うちみたいに雑多な内容が未整理状態で詰め込まれているブログには、興味のないテーマだが読んでやろうという人はまれでしょう。
この貧盗恋歌においては、単調でメリハリのないデザインやレイアウトにも問題がありそうです。
それに文字が大きい。大きなフォントを設定しているわけではなく、何も設定していないだけですけど。
おおかたのブログは見映えを重視して、12ピクセルくらいの小さな文字に固定されているみたいだから、ブラウザの文字サイズが標準(中程度)の場合、ここは相対的に大きく見えます。
加えて本文のスペースが横500ピクセル固定で狭め(これでもバナーが入るように広げたんですよ)。
結果的に文字数がそこそこでも、場所を取って縦にスクロールが伸び、よけいボリュームを感じてしまうのでしょう。
いや、むしろ小さい文字が狭い場所にぎっしり詰まっているほうが長文に見えるという意見もあるかな。
私は文章系ホームページも持っていまして、1ページの文字数はたいてい当ブログの一記事よりは多めです。倍以上のボリュームもざら。文字サイズは同じ。内容は大同小異です。
が、ここよりはいくぶん読みやすいような気がします。
1ページをいくつかの見出しで区切り、それぞれがひとまとまりの内容を持っているからです。
ここでもひとつの記事を見出しで分割することはできるんですけど・・・どうもそういう気分になりません。
書くときの姿勢というか心構えが違うようなのです。こっちはブログだから、まとまりがなくてダラダラしててもいいや。って、ブログ軽視。(^^ゞ
まあとにかく、長文はヘタの証明です。
同じことを表現するのに、より少ない文章で済ませるのが才覚ですよ。
山椒は小粒でピリリと辛い。『珠玉の長編』なんて言い方はまず聞きません。
ブログよりも前の時代、きっかり15文字のみの日記が大人気を博したという話を聞いたことがあります。少ない文字数だからって長文よりも早く簡単に仕上がるものでは決してありません。
『史上で最も偉大な詩』はF・ブラウンの短編です。
無人島に独り漂着した詩人が、かろうじて命をもたせるだけの、何もない生活の中で、ひとつの詩を書き、何年もの間推敲に推敲を重ねたあげく、文字数を極限までそぎ落とし、最終的に一語のみで構成される詩に圧縮してしまった。・・・一語? はい、4文字の。
最も偉大な詩とは、最も短い詩なのでありました。
ま、ナンセンス小説ではありますが、人生とはひっきょう一語程度に凝縮可能なのかもしれません。
2007年11月05日
あし@だと?
ウェブから消えてゆく人はいるものの、新たな参入者はその何十倍、何百倍に及ぶに違いありません。
今日この時刻にも、まったき新人のまっさらブログが次々とリリースされています。
かつてのホームページに比べると、ブログは人を呼びやすいシステムです。しかしながら、初めて作った唯一のブログに引きも切らず訪問者が押しかける、なんてのは幻想です。
初めは知り合いにメールで知らせたり、関連ブログへのコメントなどで存在をアピールするのが常道ですが、じき壁に突き当たります。同好の士が集まる掲示板などに書き込むのには、やや勇気が必要。
広く上手に宣伝をしなければ、さびれるばかりで更新意欲も萎え、遠からず放置ブログと成り果てるでしょう。そんなブログの残骸にときおり行き当たります。
そこで本日は、初心者のブログ運営についてのアドバイスです。
実はこれ、特定の人物を念頭においています。関係ない人はスルーするね。
というのも、私のすすめでBloggerを始めた人がいまして、海外ネタだし、私よりは英語ができるからヘルプも読めるだろと楽観的でした。が、運営サポートはやはり国内ブログのほうが上です。苦労しているかもしれないなー。
Bloggerは機能的にもなかなか奥深いし、なにしろグローバルです。慣れたら利点も多いと気づきます。英語版も作れば相乗効果も見込めます。焦らずぼちぼちと取り組みましょうね(当人は読んでなかったりして)。
一般論として、どういうブログが初心者向きなのでしょう。
SeesaaとBloggerしか知らない私に比較検討する余裕はありませんが、少なくともさくらのブログで始めるのは無謀としか言いようがありません。
私はさくらで始めたし、しかもそれはつい去年のこと。かてて加えてブログの宣伝などしたことない。そんな私が他人にアドバイスすること自体、無謀な試みであります。
が、それはそれ。人のブログを観察する機会が少ないので、その希少な経験を最大限活用して机上の空論を展開することは可能です。
このごろのブログは進歩しました。
充実したパーツや豊富な機能を備えたもの、ブログ付き合いの支援に重点を置いたものもあります。
新規参入者には友達を作りやすいYahoo!ブログがぴったりかと。
アフィリエイトやアクセス解析などには制限があるようですが、ヤフーのほかのツールと連動していて、その充実度は群を抜いています。ヤフーを使い倒している人にはいちいち勧めるには及びませんが。
ヤフーブログでびっくりしたのは「訪問者履歴」です。同じヤフーブログのオーナーが別のヤフーブログを訪ねると、相手ブログに記録が残るのです。
アクセスしただけで記録されるなんて・・・まるで監視カメラ、いや違った、mixiの足あとみたいじゃないか。
ログアウトするとか、ブラウザの設定でそれを回避することもできましょうが、通常は避ける理由などありませんよね。履歴を見て訪問返しをすることで交流も深まるのですから。
足あとさえなければmixiはいいものだと思ってるのは私だけで、mixiの成功は足あと様によるものです。さまざまな分野に応用が広がるのは当然でしょう。
同じブログのメンバー同士の交流を促進するしくみは、ヤフーだけでなく人気ブログの多くが備えているようです。それが利用者の増加につながるわけです。さくらのブログなんか使うもんじゃないよ(けっこう愛着)。
では異業種交流はどうなのか。
とあるブログで『あし@』なるものに目がとまりました。
画面の左上隅にへばりついていて、クリックしたら、訪問者のプロフィールやブログ内容の説明などがポロポロと現れるのです。スゴイ。
提供サイトに行ってみました。 http://www.ashia.to/
ほほう。特許ですか。
ほかにコミュニティも作れて、これまた真似っこぽいけど、イメージは開かれたSNSといったとこ。いろんなブログをクロスして結びつけるところが画期的ではありませんか。非メンバーでも足あとをチェックすることができるから、アピールのチャンスはぐんと広がります。
自分から先にコメントしなくても、足あとたどってあちこち見て回るだけで、「あし@から来ましたあ」と誰かが接近してくる可能性はじゅうぶん。内気な人にも無理なくアクセスアップができそうですよね。
こういうシステムは参加者の数が一定数を超えないと満足な稼動は見込めません。
トップページには新規登録メンバーが表示されます。数分おきに増えているようです。注目度は高いと思われます。
このようなツールを適宜利用して、人目に触れる機会をなるべく多く作っていけば、アクセス数も安定することでしょう。
私ですか? 遠慮しておきます。
足あとつけたりつけられたりしてまでアクセスアップは望みません。訪問したことが相手にわかるということは、訪問しなかったことがわかることでもあります。行動を縛られると感じる人だっていますよ。
アクセス解析はおもしろいと思うけど、興味の対象は主に検索ワードです。検索語の後ろに人間像が垣間見えることがあります。実にまあ、いろんな趣味の人がいるものです。
今日この時刻にも、まったき新人のまっさらブログが次々とリリースされています。
かつてのホームページに比べると、ブログは人を呼びやすいシステムです。しかしながら、初めて作った唯一のブログに引きも切らず訪問者が押しかける、なんてのは幻想です。
初めは知り合いにメールで知らせたり、関連ブログへのコメントなどで存在をアピールするのが常道ですが、じき壁に突き当たります。同好の士が集まる掲示板などに書き込むのには、やや勇気が必要。
広く上手に宣伝をしなければ、さびれるばかりで更新意欲も萎え、遠からず放置ブログと成り果てるでしょう。そんなブログの残骸にときおり行き当たります。
そこで本日は、初心者のブログ運営についてのアドバイスです。
実はこれ、特定の人物を念頭においています。関係ない人はスルーするね。
というのも、私のすすめでBloggerを始めた人がいまして、海外ネタだし、私よりは英語ができるからヘルプも読めるだろと楽観的でした。が、運営サポートはやはり国内ブログのほうが上です。苦労しているかもしれないなー。
Bloggerは機能的にもなかなか奥深いし、なにしろグローバルです。慣れたら利点も多いと気づきます。英語版も作れば相乗効果も見込めます。焦らずぼちぼちと取り組みましょうね(当人は読んでなかったりして)。
一般論として、どういうブログが初心者向きなのでしょう。
SeesaaとBloggerしか知らない私に比較検討する余裕はありませんが、少なくともさくらのブログで始めるのは無謀としか言いようがありません。
私はさくらで始めたし、しかもそれはつい去年のこと。かてて加えてブログの宣伝などしたことない。そんな私が他人にアドバイスすること自体、無謀な試みであります。
が、それはそれ。人のブログを観察する機会が少ないので、その希少な経験を最大限活用して机上の空論を展開することは可能です。
このごろのブログは進歩しました。
充実したパーツや豊富な機能を備えたもの、ブログ付き合いの支援に重点を置いたものもあります。
新規参入者には友達を作りやすいYahoo!ブログがぴったりかと。
アフィリエイトやアクセス解析などには制限があるようですが、ヤフーのほかのツールと連動していて、その充実度は群を抜いています。ヤフーを使い倒している人にはいちいち勧めるには及びませんが。
ヤフーブログでびっくりしたのは「訪問者履歴」です。同じヤフーブログのオーナーが別のヤフーブログを訪ねると、相手ブログに記録が残るのです。
アクセスしただけで記録されるなんて・・・まるで監視カメラ、いや違った、mixiの足あとみたいじゃないか。
ログアウトするとか、ブラウザの設定でそれを回避することもできましょうが、通常は避ける理由などありませんよね。履歴を見て訪問返しをすることで交流も深まるのですから。
足あとさえなければmixiはいいものだと思ってるのは私だけで、mixiの成功は足あと様によるものです。さまざまな分野に応用が広がるのは当然でしょう。
同じブログのメンバー同士の交流を促進するしくみは、ヤフーだけでなく人気ブログの多くが備えているようです。それが利用者の増加につながるわけです。さくらのブログなんか使うもんじゃないよ(けっこう愛着)。
では異業種交流はどうなのか。
とあるブログで『あし@』なるものに目がとまりました。
画面の左上隅にへばりついていて、クリックしたら、訪問者のプロフィールやブログ内容の説明などがポロポロと現れるのです。スゴイ。
提供サイトに行ってみました。 http://www.ashia.to/
みんなの足跡『あし@』はすべてのブログで共通して使える足跡システム(特許出願済)です。
ほほう。特許ですか。
ほかにコミュニティも作れて、これまた真似っこぽいけど、イメージは開かれたSNSといったとこ。いろんなブログをクロスして結びつけるところが画期的ではありませんか。非メンバーでも足あとをチェックすることができるから、アピールのチャンスはぐんと広がります。
自分から先にコメントしなくても、足あとたどってあちこち見て回るだけで、「あし@から来ましたあ」と誰かが接近してくる可能性はじゅうぶん。内気な人にも無理なくアクセスアップができそうですよね。
こういうシステムは参加者の数が一定数を超えないと満足な稼動は見込めません。
トップページには新規登録メンバーが表示されます。数分おきに増えているようです。注目度は高いと思われます。
このようなツールを適宜利用して、人目に触れる機会をなるべく多く作っていけば、アクセス数も安定することでしょう。
私ですか? 遠慮しておきます。
足あとつけたりつけられたりしてまでアクセスアップは望みません。訪問したことが相手にわかるということは、訪問しなかったことがわかることでもあります。行動を縛られると感じる人だっていますよ。
アクセス解析はおもしろいと思うけど、興味の対象は主に検索ワードです。検索語の後ろに人間像が垣間見えることがあります。実にまあ、いろんな趣味の人がいるものです。
2007年04月08日
捏造するシロート
ブログに火事の記事を載せるために放火を繰り返した女のコがいましたね。
もっと以前には我が子の「虐待日記」を書いた母親がいたけど、でっちあげだったようです。
マスメディアが金儲けのためにヤラセや盗用、捏造に手を染めることが糾弾されるべきなのは、その影響力の大きさからです。
一般個人はどうでしょう。
社会的影響は少なく(ほとんどなく)、迷惑をこうむる人だっているかどうか(むしろ歓迎される?)。
ブログやSNSの台頭もあって、今や一億総執筆者時代となりました。誰も彼もが情報を発信しています。
フツーに生活している庶民に、人に教えたいほど面白い出来事が毎日降りかかるはずはありません。鬱々とこもってテレビも見ない私など、普通の人以上に空白の日々です。
捏造だってしたくなりまさあ。
実際の話、ブログや日記を続けている人々の多くが、デタラメとまでは行かなくとも、誇張、脚色、歪曲、借用、編集などの工作を加えているはずです。
「ありのまま書いてもつまんないし、コメントもらうためにどうしても受け狙いになっちゃう」のが本音でしょう。
しょーもない日常雑記には、コメント書く側も窮するものです。読み逃げ禁止なんてルールを作り出したのは、捏造能力の乏しい連中じゃないのかな。
私の場合、日常がどうのこうのというよりも、知ったかぶりが得意なので、うろ覚えの事項をろくに調べもせず書いたり、接続詞を省略してミスリードを招いたりしています。意図的な嘘はない(つもり)ですが、結果的な嘘はわんさわんさ。
だいぶ前「矜持」にイチャモンをつけました。
そのとき漢和辞典から抜粋した矜持の意味は次の通り。
1:みずから飾る。2:自己の能力を誇り、尊大にかまえる。
それは全くの事実なのです。ただし割愛がありました。1項目め、「みずから飾る」のあとに「自己を押さえ慎む」とあるのです。出典もしくは用例に、晋書『王羲之伝』から「咸自矜持」の部分が載っています。意味はようわからんが。
「みずから飾る」と「自己を押さえ慎む」がなぜひとくくりにされるのか、理解に苦しみます。
この辞典は古くて誤記や記載漏れが多く、読んで面白いのはそのせいでもあります。「自己を押さえ」というのは「抑え」が適当にも思えるし(ただし語源にさかのぼると、同音は同義であることも多い)。
ちなみに「矜」の字義は、憐れむ、誇る、自慢する、慎む、おごそか、尊ぶ、矛の柄、惜しむ、苦しむ、危うい、男やもめなど多彩です。でも「飾る」ってのは見当たらないなあ。
ひょっとして「みずから飾る」は間違いなのかも。
だとしても、矜持攻撃を試みようとした私にとっては好都合ではありませんか。かくして混乱を招きそうな「自己を押さえ云々」はカット。
これって、捏造?
正式契約書面であれば、都合の悪い項目を故意に隠したということでアウトでしょうね。
少なくとも「今日はカレとデートした。楽しかった。と日記には書いておこう」タイプの創作よりはたちが悪い。
粛々と反省。
お詫びに雑学をひとつ。捏造の正しい読み方は「でつぞう」ですぞう。
それは「damnedの発音はダムニドだ」と同じくらい浮世離れした説です。どちらもホントだよ。
嘘をほんとうらしく見せるテクニックは、真実を混ぜることです。今日の記事にもウソがいっこくらいありうるが、別に誰も困りはしませんね。
さて、ピーター・ペレットさんはどうしているんでしょう。
某ファンの話によれば、彼は若くて売れないころ薬売りで生計を立てていました。越中富山ではなく、ロンドンで。売人というものは自分も汚染されずには済まないものだけど、彼はしっかりお金を貯めて立派な家具を購入し、質実な生活態度を維持していたとか。家具に凝るなんてイギリス人だなあ。その実オーストリアとのハーフらしいけど。その後一躍売れっ子になったわけでもないのに、結局薬漬けに陥ってしまったとか。
今では立ち直って元気でやっていると信じます。ピーターを応援したい人はここに1票。■ どこにっ?
脱線しちゃいました。
本日は花祭り。ピーターとゴータマはたまたま誕生日が同じなのです。ホントだよ。
しめくくりはサキ。『七番目の若鶏』は捏造する素人の悲哀を描いた傑作短編です。おヒマなかたは読んでみましょう。
あの時代からブログの芽は伸びつつあったのです。
もっと以前には我が子の「虐待日記」を書いた母親がいたけど、でっちあげだったようです。
マスメディアが金儲けのためにヤラセや盗用、捏造に手を染めることが糾弾されるべきなのは、その影響力の大きさからです。
一般個人はどうでしょう。
社会的影響は少なく(ほとんどなく)、迷惑をこうむる人だっているかどうか(むしろ歓迎される?)。
ブログやSNSの台頭もあって、今や一億総執筆者時代となりました。誰も彼もが情報を発信しています。
フツーに生活している庶民に、人に教えたいほど面白い出来事が毎日降りかかるはずはありません。鬱々とこもってテレビも見ない私など、普通の人以上に空白の日々です。
捏造だってしたくなりまさあ。
実際の話、ブログや日記を続けている人々の多くが、デタラメとまでは行かなくとも、誇張、脚色、歪曲、借用、編集などの工作を加えているはずです。
「ありのまま書いてもつまんないし、コメントもらうためにどうしても受け狙いになっちゃう」のが本音でしょう。
しょーもない日常雑記には、コメント書く側も窮するものです。読み逃げ禁止なんてルールを作り出したのは、捏造能力の乏しい連中じゃないのかな。
私の場合、日常がどうのこうのというよりも、知ったかぶりが得意なので、うろ覚えの事項をろくに調べもせず書いたり、接続詞を省略してミスリードを招いたりしています。意図的な嘘はない(つもり)ですが、結果的な嘘はわんさわんさ。
だいぶ前「矜持」にイチャモンをつけました。
そのとき漢和辞典から抜粋した矜持の意味は次の通り。
1:みずから飾る。2:自己の能力を誇り、尊大にかまえる。
それは全くの事実なのです。ただし割愛がありました。1項目め、「みずから飾る」のあとに「自己を押さえ慎む」とあるのです。出典もしくは用例に、晋書『王羲之伝』から「咸自矜持」の部分が載っています。意味はようわからんが。
「みずから飾る」と「自己を押さえ慎む」がなぜひとくくりにされるのか、理解に苦しみます。
この辞典は古くて誤記や記載漏れが多く、読んで面白いのはそのせいでもあります。「自己を押さえ」というのは「抑え」が適当にも思えるし(ただし語源にさかのぼると、同音は同義であることも多い)。
ちなみに「矜」の字義は、憐れむ、誇る、自慢する、慎む、おごそか、尊ぶ、矛の柄、惜しむ、苦しむ、危うい、男やもめなど多彩です。でも「飾る」ってのは見当たらないなあ。
ひょっとして「みずから飾る」は間違いなのかも。
だとしても、矜持攻撃を試みようとした私にとっては好都合ではありませんか。かくして混乱を招きそうな「自己を押さえ云々」はカット。
これって、捏造?
正式契約書面であれば、都合の悪い項目を故意に隠したということでアウトでしょうね。
少なくとも「今日はカレとデートした。楽しかった。と日記には書いておこう」タイプの創作よりはたちが悪い。
粛々と反省。
お詫びに雑学をひとつ。捏造の正しい読み方は「でつぞう」ですぞう。
それは「damnedの発音はダムニドだ」と同じくらい浮世離れした説です。どちらもホントだよ。
嘘をほんとうらしく見せるテクニックは、真実を混ぜることです。今日の記事にもウソがいっこくらいありうるが、別に誰も困りはしませんね。
さて、ピーター・ペレットさんはどうしているんでしょう。
某ファンの話によれば、彼は若くて売れないころ薬売りで生計を立てていました。越中富山ではなく、ロンドンで。売人というものは自分も汚染されずには済まないものだけど、彼はしっかりお金を貯めて立派な家具を購入し、質実な生活態度を維持していたとか。家具に凝るなんてイギリス人だなあ。その実オーストリアとのハーフらしいけど。その後一躍売れっ子になったわけでもないのに、結局薬漬けに陥ってしまったとか。
今では立ち直って元気でやっていると信じます。ピーターを応援したい人はここに1票。■ どこにっ?
脱線しちゃいました。
本日は花祭り。ピーターとゴータマはたまたま誕生日が同じなのです。ホントだよ。
しめくくりはサキ。『七番目の若鶏』は捏造する素人の悲哀を描いた傑作短編です。おヒマなかたは読んでみましょう。
あの時代からブログの芽は伸びつつあったのです。
2007年01月19日
アクセス解析を見る心理
このブログにヘンなアクセスがあってから、アクセス解析を日に1度はチェックするようになりました。その後も何度か似たようなことがありまして、トラックバック先を探すロボットかなと推測したり。
それ以外はいたってひっそりしています。
自分のデータなんだから何を見ようと勝手ですが、たびたびログインして解析グラフを見るのは妙に気恥ずかしい気分です。アクセスなんか少ないくせにと笑われそう(誰も笑わないし、そもそも興味などないんだから、これは単なる自意識過剰)。
さくらのブログはSeesaaと同系列ですが、Seesaaがユーザの要望を受けてどんどん改良されていくのに、さくらは旧態依然のまま取り残されてるって感じなのです。サーバのおまけだからしかたないんでしょうけど。
解析処理も同じパターンですが、さくらはデータを未整理のまま出すらしく、ページがやたらと重くなっていきます。もちょっと見やすくならないものかしら。アクセスの多いサイトは表示するだけでたいへんだろうとよけいな心配。
でもリファラなど1件1件出るから、ああいうアクセス攻撃にも気づくんですよね。
先だって軽い気持ちで海外のとあるブログを紹介しました。
その翌日、その国のブログサーチでそのブログ名を検索してやってきた人がいて、しかも私のその記事を翻訳して読んだ形跡がありました。うわ、機械翻訳じゃ誤解を招く・・・と、冷や汗。
あれほどの大ブログ(ページランク6で、コメントがドバッと書き込まれるような)でさえ、自分への評価が気になっていちいちチェックするんですねえ(来たのがそこのオーナーだという根拠はないのですが)。
あるいはそうやってこまめにチェックしてアクセスアップに努めた結果人気ブログに成長したとも言えましょう。
私もヘンな見栄を張らず、解析データをじっくり研究して、人を呼べる記事を書かなきゃ。
研究するまでもない、俗受けを狙うなら、パンティ・ブラ・女装・体操着・盗撮(実は当ブログにおける主要検索ワード)・・・あーあ、どんどん落ちてく。
それ以外はいたってひっそりしています。
自分のデータなんだから何を見ようと勝手ですが、たびたびログインして解析グラフを見るのは妙に気恥ずかしい気分です。アクセスなんか少ないくせにと笑われそう(誰も笑わないし、そもそも興味などないんだから、これは単なる自意識過剰)。
さくらのブログはSeesaaと同系列ですが、Seesaaがユーザの要望を受けてどんどん改良されていくのに、さくらは旧態依然のまま取り残されてるって感じなのです。サーバのおまけだからしかたないんでしょうけど。
解析処理も同じパターンですが、さくらはデータを未整理のまま出すらしく、ページがやたらと重くなっていきます。もちょっと見やすくならないものかしら。アクセスの多いサイトは表示するだけでたいへんだろうとよけいな心配。
でもリファラなど1件1件出るから、ああいうアクセス攻撃にも気づくんですよね。
先だって軽い気持ちで海外のとあるブログを紹介しました。
その翌日、その国のブログサーチでそのブログ名を検索してやってきた人がいて、しかも私のその記事を翻訳して読んだ形跡がありました。うわ、機械翻訳じゃ誤解を招く・・・と、冷や汗。
あれほどの大ブログ(ページランク6で、コメントがドバッと書き込まれるような)でさえ、自分への評価が気になっていちいちチェックするんですねえ(来たのがそこのオーナーだという根拠はないのですが)。
あるいはそうやってこまめにチェックしてアクセスアップに努めた結果人気ブログに成長したとも言えましょう。
私もヘンな見栄を張らず、解析データをじっくり研究して、人を呼べる記事を書かなきゃ。
研究するまでもない、俗受けを狙うなら、パンティ・ブラ・女装・体操着・盗撮(実は当ブログにおける主要検索ワード)・・・あーあ、どんどん落ちてく。
2007年01月13日
はじめてのトラックバック
ブログを始めて9か月。
トラックバック方針に「よほど気心が知れない限りTBはしない」と書いておりますが、ついに気心が知れた相手が見つかりまして、お初のトラバを放(はな)ってみることにしました。
やり方はごくごく簡単です。自分の記事のトラックバックという項目に先方のトラックバックURLを入れて保存するだけ。再構築などは不要のあっけなさ。
気心が知れたからって無理にトラックバックする必要はないのですが、向こうもブログ作ったばかりでトラックバックどころかアクセスもないとぼやいておりましたからね、恩着せTBであります。「トラックバックし返していいよー」と言ったら、「そんな三流ブログじゃどうせアクセスは来ない」と断られました。
三流と四流がトラックバックし合ったところで、誰に迷惑をかけるわけでもないけど、わびしさに背中がしとっとしてくるのでした。
恩着せと書きましたが、私の認識ではトラックバックは「させてもらうもの」です。する側が恩に着るべきと思うので、知らない人にはいまだに送ることができません。プライド、とかじゃなくて、相手に迷惑をかけそうで心配なのです。
時たま削除に迷うトラックバックをチェックに行くと、「TBありがとう」というコメントがあったりしてたじろぎます。仕返し、じゃなくて返礼トラックバックも広く行われているようです。
私のせせこましい了見では世についていけないのでした。
ところでこの貧盗恋歌の昨年12月の広告収入は1000円ちょっとでした。
これはすごい数字だぞ、と我ながら感嘆。月に1000円なら年間12000円(虎の種まき皮算用)。http://abc-abc.netのドメイン代払って、サーバー代払っておつりが来るではないか。
一般ウェブページのほうはこれほど効率的にいきません。
ブログが儲かるってホントだったのねー。皆さまが血道を上げるのも納得です。じゃんじゃかトラックバックを送りたくなる気持ちもよくわかりました。
それでも私は今後もトラックバックとは離れて運営していきます。
決してトラックバックを拒絶するわけではありません。確かに拒絶的なレイアウトであり、うちにトラバっても効果ゼロ(誰もクリックしない)でしょうが、せめてロボットさんくらいは誘導しようと、今回TBリンクからrel="nofollow"の属性を外しました。
トラックバック方針に「よほど気心が知れない限りTBはしない」と書いておりますが、ついに気心が知れた相手が見つかりまして、お初のトラバを放(はな)ってみることにしました。
やり方はごくごく簡単です。自分の記事のトラックバックという項目に先方のトラックバックURLを入れて保存するだけ。再構築などは不要のあっけなさ。
気心が知れたからって無理にトラックバックする必要はないのですが、向こうもブログ作ったばかりでトラックバックどころかアクセスもないとぼやいておりましたからね、恩着せTBであります。「トラックバックし返していいよー」と言ったら、「そんな三流ブログじゃどうせアクセスは来ない」と断られました。
三流と四流がトラックバックし合ったところで、誰に迷惑をかけるわけでもないけど、わびしさに背中がしとっとしてくるのでした。
恩着せと書きましたが、私の認識ではトラックバックは「させてもらうもの」です。する側が恩に着るべきと思うので、知らない人にはいまだに送ることができません。プライド、とかじゃなくて、相手に迷惑をかけそうで心配なのです。
時たま削除に迷うトラックバックをチェックに行くと、「TBありがとう」というコメントがあったりしてたじろぎます。仕返し、じゃなくて返礼トラックバックも広く行われているようです。
私のせせこましい了見では世についていけないのでした。
ところでこの貧盗恋歌の昨年12月の広告収入は1000円ちょっとでした。
これはすごい数字だぞ、と我ながら感嘆。月に1000円なら年間12000円(虎の種まき皮算用)。http://abc-abc.netのドメイン代払って、サーバー代払っておつりが来るではないか。
一般ウェブページのほうはこれほど効率的にいきません。
ブログが儲かるってホントだったのねー。皆さまが血道を上げるのも納得です。じゃんじゃかトラックバックを送りたくなる気持ちもよくわかりました。
それでも私は今後もトラックバックとは離れて運営していきます。
決してトラックバックを拒絶するわけではありません。確かに拒絶的なレイアウトであり、うちにトラバっても効果ゼロ(誰もクリックしない)でしょうが、せめてロボットさんくらいは誘導しようと、今回TBリンクからrel="nofollow"の属性を外しました。
2006年12月03日
世にも美しいブログ
はてさて美しいブログとは?
あなたが今見ているこのブログがまさしく美しいといえましょう。エヘン。
ちょっとちょっと、この薄汚いページが? しょい過ぎというか、勘違いも甚だしいというか・・・。使用単語だってヤバいものが多いぜぇ。
別に色やデザインの話じゃございませんことよ。
まず広告がない。ランキングにも不参加。そしてコメントやトラックバックがごくわずかです。
すっきりと美しいではありませんか。
へ? 要は、見捨てられた三流ブログてことじゃないか。
オーナーのエスプリのみが凝縮されていると表現していただきとうございます。
とかなんとかうそぶきつつ、実は数日前からこのブログにも広告を貼っています。トップページから見えないだけです。試験運用だからいつ外すかわかりませんが、すでに美しさは損なわれました。玄関だけ掃除して部屋の中はガラクタだらけ。
ブログは広告と相性がいいそうですが、うちみたいに雑多で取り留めのない内容だと、向いていないのは確かです。テーマを絞り、訪問者を選んでこそ、広告の真価は発揮されます。
しかしおおかたの個人ブログ(日記系ブログ)は日々の出来事や雑感などが主体で、そうそう専門的にはなりません。そうした広範な雑記がブログの魅力なわけですし。
今日のテーマは、雑多な記事が詰まった一般個人ブログにあえて広告を載せる方法の考察。きっちりテーマを定めた個人ブログは対象外です。
検証ははるか先になりそうですが。
人より遅れて物事を始めても、何かと自分なりの(へ)理屈をつけて先輩方に披露し(教え)たがるのが私の悪い癖ですな。
ま、一般的個人ブログでアフィをやってて成果がはかばかしくない人は、真面目に読んでも損はないぞよ。損があっても責任は取らぬ。
その一。トップページに広告は不要。
通常のブログでは時系列で記事が並ぶので、トップページはゴミ箱、いや、これはあんまりか、寄せ鍋のようなものです。訪問者もさまざまで傾向が一定しません。
特別に生もの(最先端を行く話題・日が過ぎれば無意味になる品)を扱ったのでない限り、しょっぱなから広告を載せても効果が薄いのではないでしょうか。
うちはアクセス数がものすごく少ない。しかも記事をアップした直後はTBの餌食を探す人かロボットばかり。広告なんかあれば、同類項と誤解されてますますスパムに食い荒らされるだけです。せめてトップページは無垢を装いたい。
トップページが最も検索されたいと誰しも願っていますよね。
トップからの発リンクが多いと、Google流にいえば『ページランクの流出』を招きます。ランクはあまり関係ないとされるけど、役立たずの広告リンクは極力取っ払うべきです。Yahooでもアフィをベタベタ貼りまくったページは不利になる可能性がなきにしもあらず、らしい。検索エンジンに見放されたら広告もヘッタクレもありゃしません。
一般検索エンジンで新着記事がそれなりのキーワードで検索され始めるのはおそらくトップページから消えたころでしょう。そのころになってやっと真に読んでほしい人々が来始めるのです。その時点で広告を載せても遅くはありません。
また各記事がその後も読み続けられる値打ちがあるかどうか篩い分けができるのも、だいたいそのころです。2週間後には誰も来なくなる記事は見捨てるのが賢明です。
その二。テンプレートに広告を入れない。
コンテンツのHTMLに広告を挿入しておくと楽ですが、どのページにも同じ広告が出ると目障りであり、見慣れた人は無視します。ページ内容に即した広告を配信するシステム(アドセンスやライブリンクなど)もありますが、必ずしも適確とは限りません。
ターゲットを絞った広告を、厳選した少数の記事に手動で載せるほうが印象的です。
以上。
これさえ守れば、少ないアクセス、少ないビジター、少ないページビューでも、比較的ましな結果が得られるのでは・・・?
結果をお金だけに換算してはいけませんよ。ブログであれ、ホームページであれ、自分で作ったページは財産です。過重な広告がほかの自サイトに悪影響を与えるおそれもあります。
私はあまりブログサーフィンをしませんが、お気に入りに収録しているブログはけっこうあります。広告の量は無からドバドバまでさまざまです。むろん記事が良いゆえのブックマークですが、広告に関しても見習いたいようなセンスに満ちたブログも多いようです。
当たり障りのないところをひとつ紹介。
広告、あります。自分が読んでいる本というのがさりげなくてニクいじゃありませんか。それに比べると・・・私は恥ずかしい。
http://mollychicken.blogs.com/my_weblog/
あなたが今見ているこのブログがまさしく美しいといえましょう。エヘン。
ちょっとちょっと、この薄汚いページが? しょい過ぎというか、勘違いも甚だしいというか・・・。使用単語だってヤバいものが多いぜぇ。
別に色やデザインの話じゃございませんことよ。
まず広告がない。ランキングにも不参加。そしてコメントやトラックバックがごくわずかです。
すっきりと美しいではありませんか。
へ? 要は、見捨てられた三流ブログてことじゃないか。
オーナーのエスプリのみが凝縮されていると表現していただきとうございます。
とかなんとかうそぶきつつ、実は数日前からこのブログにも広告を貼っています。トップページから見えないだけです。試験運用だからいつ外すかわかりませんが、すでに美しさは損なわれました。玄関だけ掃除して部屋の中はガラクタだらけ。
ブログは広告と相性がいいそうですが、うちみたいに雑多で取り留めのない内容だと、向いていないのは確かです。テーマを絞り、訪問者を選んでこそ、広告の真価は発揮されます。
しかしおおかたの個人ブログ(日記系ブログ)は日々の出来事や雑感などが主体で、そうそう専門的にはなりません。そうした広範な雑記がブログの魅力なわけですし。
今日のテーマは、雑多な記事が詰まった一般個人ブログにあえて広告を載せる方法の考察。きっちりテーマを定めた個人ブログは対象外です。
検証ははるか先になりそうですが。
人より遅れて物事を始めても、何かと自分なりの(へ)理屈をつけて先輩方に披露し(教え)たがるのが私の悪い癖ですな。
ま、一般的個人ブログでアフィをやってて成果がはかばかしくない人は、真面目に読んでも損はないぞよ。損があっても責任は取らぬ。
その一。トップページに広告は不要。
通常のブログでは時系列で記事が並ぶので、トップページはゴミ箱、いや、これはあんまりか、寄せ鍋のようなものです。訪問者もさまざまで傾向が一定しません。
特別に生もの(最先端を行く話題・日が過ぎれば無意味になる品)を扱ったのでない限り、しょっぱなから広告を載せても効果が薄いのではないでしょうか。
うちはアクセス数がものすごく少ない。しかも記事をアップした直後はTBの餌食を探す人かロボットばかり。広告なんかあれば、同類項と誤解されてますますスパムに食い荒らされるだけです。せめてトップページは無垢を装いたい。
トップページが最も検索されたいと誰しも願っていますよね。
トップからの発リンクが多いと、Google流にいえば『ページランクの流出』を招きます。ランクはあまり関係ないとされるけど、役立たずの広告リンクは極力取っ払うべきです。Yahooでもアフィをベタベタ貼りまくったページは不利になる可能性がなきにしもあらず、らしい。検索エンジンに見放されたら広告もヘッタクレもありゃしません。
一般検索エンジンで新着記事がそれなりのキーワードで検索され始めるのはおそらくトップページから消えたころでしょう。そのころになってやっと真に読んでほしい人々が来始めるのです。その時点で広告を載せても遅くはありません。
また各記事がその後も読み続けられる値打ちがあるかどうか篩い分けができるのも、だいたいそのころです。2週間後には誰も来なくなる記事は見捨てるのが賢明です。
その二。テンプレートに広告を入れない。
コンテンツのHTMLに広告を挿入しておくと楽ですが、どのページにも同じ広告が出ると目障りであり、見慣れた人は無視します。ページ内容に即した広告を配信するシステム(アドセンスやライブリンクなど)もありますが、必ずしも適確とは限りません。
ターゲットを絞った広告を、厳選した少数の記事に手動で載せるほうが印象的です。
以上。
これさえ守れば、少ないアクセス、少ないビジター、少ないページビューでも、比較的ましな結果が得られるのでは・・・?
結果をお金だけに換算してはいけませんよ。ブログであれ、ホームページであれ、自分で作ったページは財産です。過重な広告がほかの自サイトに悪影響を与えるおそれもあります。
私はあまりブログサーフィンをしませんが、お気に入りに収録しているブログはけっこうあります。広告の量は無からドバドバまでさまざまです。むろん記事が良いゆえのブックマークですが、広告に関しても見習いたいようなセンスに満ちたブログも多いようです。
当たり障りのないところをひとつ紹介。
広告、あります。自分が読んでいる本というのがさりげなくてニクいじゃありませんか。それに比べると・・・私は恥ずかしい。
http://mollychicken.blogs.com/my_weblog/
2006年07月31日
ブログはホームページよりも格が下
ブロガーから非難を浴びそうな主張を敢えてぶっ放すのが閑古鳥の余裕です。
自分がウェブページを作れるからと偉ぶってるわけじゃないんですよ。私だって、タグを手打ちしろと言われたらたちまち行き詰まります。
そしてまた、他人のブログには充実した内容で面白く有益なものが多数あることは重々承知しております。玉石混淆はホームページでもブログでも同じことです。
にもかかわらず、ブログとホームページの間には溝があり、やはりブログはホームページを抜けないと感じます(感じたい?)。
これをふたつの視点から考察してみます。
ひとつは私個人の事情。もうひとつはブログというシステムに潜む問題点。
従来サイトの手作りHTMLページもブログの動的生成ページもウェブページには違いありませんが、便宜上前者を「ウェブページ」、後者を「ブログページ」と表記することにします。
私個人にとってこのブログ『貧盗恋歌』は、以前から運営中のいくつかのサイトの下位に置かれた、いわば共同使い走りです。
カテゴリも概ね各サイトのテーマに即した分け方をしております。無関係な話題ものさばってきましたが、それもエッセイの醍醐味であります。ほんとはテーマ外のほうが書いてて楽しい。
これまではそれぞれのサイトにちょびこびとエッセイめいたウェブページをつけ、それを充実させたいと思っていました。ところがさっぱり筆が進まないのです。布人形1ページ(すでに削除)、柳腰亭2ページ、ぬいぐるみ1ページ、ABCと縦横無尽は番外編にいくつか。
ネタなら100年分くらいあります。書きかけのウェブページもあまた。なのに仕上げてアップロードするに至らず長らく放置したものも・・・。
この心理的抵抗はどこから来ているのか。
自作ウェブページにはくだらないこと、いい加減なことはなるべく書きたくないんですよね。
えっ、まじ? じゃあ自分のウェブページはどれもくだらなくもなくていい加減でもないつもりか? ・・・と正面切って問い直されると汗顔の至りだけど、まあその「つもり」だったりします。
文章系ウェブページを作る(書く)には、画像(写真)系ウェブページとは違った面倒さがあります。主題に沿った内容、読みやすく平易な構成、起承転結などに配慮が要ります。何度か読み直し、誤字脱字や不適切な表現、修飾の係り具合を正すなど推敲を重ねます。あと重要なのが伐採作業。冗長部分やダブりをバッサバッサと切り落とし、仕上がるころには当初の半分くらいに量が減っているのが普通です。独立したページとなすにはそれなりのボリュームが必要だから、あまり短いとボツになったりします。
とてもそんな手間をかけているようには見えないと呆れられましょうが、浅学非才不器用無能なわたくしは努力してその程度でございます。
笑わば笑え、ウェブページは格調高くなければならないという思い込みが、気軽な更新を阻んでいるのです。
で、ブログを始めたら、ことんと脱力しちゃったんですよね。ブログだからテキトーでいいやって感じで。
見直し手直しはよほどひどい部分のみ。些細なことですが、言い換えが利くのに同一副詞や接続詞を多用するとか、必然性を欠く否定形、指示代名詞の氾濫、「〜かも。」「〜みたい。」などで終わるセンテンスが続くなど、以前はわりとこだわっていた無神経な表現も軒並み放置。『ヨダレが出るほどありがたい』『への字眉』など、無知だかわざとだか不明な描写も残しています。『目薬』は『注す』が正しいよな。
『牛乳は子牛の飲み物』は牛乳否定派みたいなタイトルですが、文面は牛乳派とも思えてはっきりせず、唐突に終了。単なる思いつきでぱっぱと書いちゃったんです。
ほかにも顔がクサいだの、寝違えただの、ものもらいだのアホらしい身体問題をよくまあ恥ずかしげもなく・・・。
『体操着の少女』はたった2行の文章と画像1個。本来(の良識ある私)なら、セーラー服こみで1ページにまとめていたはずです。分けたおかげでこのブログでは『体操着』が検索ワードの1位に躍り出ました(やばっ)。
テキトーに済ませられるところがブログの本領で、ブームの要因といえましょう。
結果、ウェブにはシロートがテキトーにものしたブログページがあふれ返り、その一端を私も担ぐこととなったのです。ウェブページに載せるには気が引ける雑多な駄文をぶち込める底なしゴミ箱・・・は言い過ぎかな。
書いているときは決してくだらないとまでは思っていないんです。でもアップしてしまうと、あ、またヘンなこと書いちゃったと後悔し、さりとてせっかく書いたのを削除するのは惜しい。その記事を下げるべく、追い立てられるように新記事を追加するのでありました。
世間への迷惑を最小限に抑えるため、宣伝やトラックバックを控えています。アクセスは少ないほうが、自由に大胆に書けますし。
次。ブログそのものの問題点です。
実はブログが台頭して、その恩恵をいち早く受けたのが私の英語サイトです。海外のさまざまな人気ブログからリンクされ、アクセスアップに役立ちました。ブログの悪口なんか言えた義理ですか。でも言う。
そういう紹介ブログの中には、1ページ内の正味文が単にリンク先のURLだけ(あるいはプラス簡単な説明)、なんてのがあるんです。それでも人が集まるのは、価値あるサイトを紹介してきたという過去の実績ゆえ。運営者たちの探索力と鑑識眼には敬服しつつも、人の褌で相撲を取って広告収入を稼いでるとの思いもぬぐえません。
さらに目障りなのが、雨後の竹の子のように湧いて出るアフィリエイトブログ。やむを得ない事情でいろんなブログを観察しましたが、中には不料簡なものも。自前の文がほとんどなく、広告で埋め尽くされた類です。『ブログでアフィリエイト収入を稼ごう』なんてキャッチコピーに乗せられて安易に手を染めたんでしょうね。
安易に手を染められるのがブログの特徴です。
どこで覚えたか、彼らの目標は可能な限りブログページを増殖させること。
オリジナルの記事を精力的に書き続け、まあまあ成功しているらしいアフィリエイトブログだって多数あります。が、ネタ切れになると、『今日は疲れたのでお休みします。』でお茶を濁す日も。それだけの一文を送信すれば、アフィリエイト広告がぎっしり詰まったブログページが一枚出来上がってしまうのです。しかもその短文の前後左右には『ランキング参加中。よかったらポチッと押してね。』が麗々しく並ぶ。押す人がいるのかって? もちろんお仲間の小遣い稼ぎ連です。相互リンクだけでは足りず、ランキングボタンも押し合いっこしてるんでしょうね。のみならず『お疲れ様。無理しないでね』などとコメントがついたり。コメントつける側もURLの露出を増したい思惑があるし。
こんなことがたやすくできるブログって、やっぱり格が下だと言われてもしかたないですよー。中身空っぽでも同じ1ページとしてひとしなみに検索されるとしたら、ウェブの前途は暗いもんです。それに比べたら、短くてつまらんネタでも、私のブログページのほうがずっとましじゃありませんか? (下を見て自己満足するなっ。)
言うまでもなくブログの弱点はコメントスパム、トラックバックスパムです。
特に海外からの無差別スパム攻撃はサーバの動作をも危うくするほどひどいらしい。各社とも対策に乗り出してはいるものの後手後手ですね。
情報発信と同時にコミュニケーションもできるからこそブログは拡大を続けているわけで、一般ブログでトラックバックやコメント機能を外すことにはためらいがありましょう。
スパム弊害はこれまでも掲示板で問題にされてきましたが、数において比較になりません。ブログは1サイトが数十〜数百の掲示板を抱えるようなもの。スパム業者にとっては入れ食いの楽園ですわ。
そして私の憂慮は、ブログのページ構成がウェブのスペースをいたずらに消費することです。
ブログは静的な通常サイトに比べると流動的に構築されています。
単位は「記事」ですが、ポピュラーな構成として、トップページにいくつかの新着記事が並び、「次ページ」として続き、ほかにカテゴリ別、月別、日別などに分類されます。ひとつ記事を書けば、それは最低5ページに収録されるわけです。
最近の検索エンジンはブログ優遇を見直したり、分別を始めたとも聞きますが、依然ブログはSEOに有利との説が蔓延しています。実際、検索ワードによってはブログばかり目につくことも稀ではありません。中身のダブったページがあふれ返ることの無駄を、ブログ考案者は、検索エンジンの設計者はなんと心得るのでしょう。戦中派・もったいない族・節約ママには歯がゆい限り。そうした節操なき増殖が、端然と1内容1ページを固持する従来のウェブページを数の力で凌駕し、検索されにくくさせているとしたら・・・ブログは格下どころではなく、もはや犯罪です。
そんなわけで、私は他にテーマを絞ったブログを持つ可能性がなきにしもあらずとしても、ブログをメインサイトにする意志はさらさらありません。
自分がウェブページを作れるからと偉ぶってるわけじゃないんですよ。私だって、タグを手打ちしろと言われたらたちまち行き詰まります。
そしてまた、他人のブログには充実した内容で面白く有益なものが多数あることは重々承知しております。玉石混淆はホームページでもブログでも同じことです。
にもかかわらず、ブログとホームページの間には溝があり、やはりブログはホームページを抜けないと感じます(感じたい?)。
これをふたつの視点から考察してみます。
ひとつは私個人の事情。もうひとつはブログというシステムに潜む問題点。
従来サイトの手作りHTMLページもブログの動的生成ページもウェブページには違いありませんが、便宜上前者を「ウェブページ」、後者を「ブログページ」と表記することにします。
私個人にとってこのブログ『貧盗恋歌』は、以前から運営中のいくつかのサイトの下位に置かれた、いわば共同使い走りです。
カテゴリも概ね各サイトのテーマに即した分け方をしております。無関係な話題ものさばってきましたが、それもエッセイの醍醐味であります。ほんとはテーマ外のほうが書いてて楽しい。
これまではそれぞれのサイトにちょびこびとエッセイめいたウェブページをつけ、それを充実させたいと思っていました。ところがさっぱり筆が進まないのです。布人形1ページ(すでに削除)、柳腰亭2ページ、ぬいぐるみ1ページ、ABCと縦横無尽は番外編にいくつか。
ネタなら100年分くらいあります。書きかけのウェブページもあまた。なのに仕上げてアップロードするに至らず長らく放置したものも・・・。
この心理的抵抗はどこから来ているのか。
自作ウェブページにはくだらないこと、いい加減なことはなるべく書きたくないんですよね。
えっ、まじ? じゃあ自分のウェブページはどれもくだらなくもなくていい加減でもないつもりか? ・・・と正面切って問い直されると汗顔の至りだけど、まあその「つもり」だったりします。
文章系ウェブページを作る(書く)には、画像(写真)系ウェブページとは違った面倒さがあります。主題に沿った内容、読みやすく平易な構成、起承転結などに配慮が要ります。何度か読み直し、誤字脱字や不適切な表現、修飾の係り具合を正すなど推敲を重ねます。あと重要なのが伐採作業。冗長部分やダブりをバッサバッサと切り落とし、仕上がるころには当初の半分くらいに量が減っているのが普通です。独立したページとなすにはそれなりのボリュームが必要だから、あまり短いとボツになったりします。
とてもそんな手間をかけているようには見えないと呆れられましょうが、浅学非才不器用無能なわたくしは努力してその程度でございます。
笑わば笑え、ウェブページは格調高くなければならないという思い込みが、気軽な更新を阻んでいるのです。
で、ブログを始めたら、ことんと脱力しちゃったんですよね。ブログだからテキトーでいいやって感じで。
見直し手直しはよほどひどい部分のみ。些細なことですが、言い換えが利くのに同一副詞や接続詞を多用するとか、必然性を欠く否定形、指示代名詞の氾濫、「〜かも。」「〜みたい。」などで終わるセンテンスが続くなど、以前はわりとこだわっていた無神経な表現も軒並み放置。『ヨダレが出るほどありがたい』『への字眉』など、無知だかわざとだか不明な描写も残しています。『目薬』は『注す』が正しいよな。
『牛乳は子牛の飲み物』は牛乳否定派みたいなタイトルですが、文面は牛乳派とも思えてはっきりせず、唐突に終了。単なる思いつきでぱっぱと書いちゃったんです。
ほかにも顔がクサいだの、寝違えただの、ものもらいだのアホらしい身体問題をよくまあ恥ずかしげもなく・・・。
『体操着の少女』はたった2行の文章と画像1個。本来(の良識ある私)なら、セーラー服こみで1ページにまとめていたはずです。分けたおかげでこのブログでは『体操着』が検索ワードの1位に躍り出ました(やばっ)。
テキトーに済ませられるところがブログの本領で、ブームの要因といえましょう。
結果、ウェブにはシロートがテキトーにものしたブログページがあふれ返り、その一端を私も担ぐこととなったのです。ウェブページに載せるには気が引ける雑多な駄文をぶち込める底なしゴミ箱・・・は言い過ぎかな。
書いているときは決してくだらないとまでは思っていないんです。でもアップしてしまうと、あ、またヘンなこと書いちゃったと後悔し、さりとてせっかく書いたのを削除するのは惜しい。その記事を下げるべく、追い立てられるように新記事を追加するのでありました。
世間への迷惑を最小限に抑えるため、宣伝やトラックバックを控えています。アクセスは少ないほうが、自由に大胆に書けますし。
次。ブログそのものの問題点です。
実はブログが台頭して、その恩恵をいち早く受けたのが私の英語サイトです。海外のさまざまな人気ブログからリンクされ、アクセスアップに役立ちました。ブログの悪口なんか言えた義理ですか。でも言う。
そういう紹介ブログの中には、1ページ内の正味文が単にリンク先のURLだけ(あるいはプラス簡単な説明)、なんてのがあるんです。それでも人が集まるのは、価値あるサイトを紹介してきたという過去の実績ゆえ。運営者たちの探索力と鑑識眼には敬服しつつも、人の褌で相撲を取って広告収入を稼いでるとの思いもぬぐえません。
さらに目障りなのが、雨後の竹の子のように湧いて出るアフィリエイトブログ。やむを得ない事情でいろんなブログを観察しましたが、中には不料簡なものも。自前の文がほとんどなく、広告で埋め尽くされた類です。『ブログでアフィリエイト収入を稼ごう』なんてキャッチコピーに乗せられて安易に手を染めたんでしょうね。
安易に手を染められるのがブログの特徴です。
どこで覚えたか、彼らの目標は可能な限りブログページを増殖させること。
オリジナルの記事を精力的に書き続け、まあまあ成功しているらしいアフィリエイトブログだって多数あります。が、ネタ切れになると、『今日は疲れたのでお休みします。』でお茶を濁す日も。それだけの一文を送信すれば、アフィリエイト広告がぎっしり詰まったブログページが一枚出来上がってしまうのです。しかもその短文の前後左右には『ランキング参加中。よかったらポチッと押してね。』が麗々しく並ぶ。押す人がいるのかって? もちろんお仲間の小遣い稼ぎ連です。相互リンクだけでは足りず、ランキングボタンも押し合いっこしてるんでしょうね。のみならず『お疲れ様。無理しないでね』などとコメントがついたり。コメントつける側もURLの露出を増したい思惑があるし。
こんなことがたやすくできるブログって、やっぱり格が下だと言われてもしかたないですよー。中身空っぽでも同じ1ページとしてひとしなみに検索されるとしたら、ウェブの前途は暗いもんです。それに比べたら、短くてつまらんネタでも、私のブログページのほうがずっとましじゃありませんか? (下を見て自己満足するなっ。)
言うまでもなくブログの弱点はコメントスパム、トラックバックスパムです。
特に海外からの無差別スパム攻撃はサーバの動作をも危うくするほどひどいらしい。各社とも対策に乗り出してはいるものの後手後手ですね。
情報発信と同時にコミュニケーションもできるからこそブログは拡大を続けているわけで、一般ブログでトラックバックやコメント機能を外すことにはためらいがありましょう。
スパム弊害はこれまでも掲示板で問題にされてきましたが、数において比較になりません。ブログは1サイトが数十〜数百の掲示板を抱えるようなもの。スパム業者にとっては入れ食いの楽園ですわ。
そして私の憂慮は、ブログのページ構成がウェブのスペースをいたずらに消費することです。
ブログは静的な通常サイトに比べると流動的に構築されています。
単位は「記事」ですが、ポピュラーな構成として、トップページにいくつかの新着記事が並び、「次ページ」として続き、ほかにカテゴリ別、月別、日別などに分類されます。ひとつ記事を書けば、それは最低5ページに収録されるわけです。
最近の検索エンジンはブログ優遇を見直したり、分別を始めたとも聞きますが、依然ブログはSEOに有利との説が蔓延しています。実際、検索ワードによってはブログばかり目につくことも稀ではありません。中身のダブったページがあふれ返ることの無駄を、ブログ考案者は、検索エンジンの設計者はなんと心得るのでしょう。戦中派・もったいない族・節約ママには歯がゆい限り。そうした節操なき増殖が、端然と1内容1ページを固持する従来のウェブページを数の力で凌駕し、検索されにくくさせているとしたら・・・ブログは格下どころではなく、もはや犯罪です。
そんなわけで、私は他にテーマを絞ったブログを持つ可能性がなきにしもあらずとしても、ブログをメインサイトにする意志はさらさらありません。
2006年06月19日
盗泉の水を飲まず
『渇しても盗泉の水を飲まず』とのたまったのは孔子先生です。「どんなに困窮しても不正はしない」と解されております。貧しさに負けてつい盗みをやらかす小人の弱さを引き合いに出した『貧盗恋歌』とは逆のパターンです。
が、私に言わせれば「変な名前をつけるな」ってことじゃないのかしらん。孔子は『盗』の字が気に食わなかっただけなのです。どんなに清らかでおいしい水でも、名前が悪ければエライ人に忌み嫌われるのです。
『名は体を表す』と言います。
たとえば我が子に『悪魔』と命名するのは堕地獄の非行というわけです。個人的には、行政や他人が口出しするのはお節介だと思うんですが。
変な名をつけられた子供は苦難の道を歩むだろうが、だからって人の痛みを理解できる人間に成長するものでもないことは、姑にいびられた嫁が自分の嫁をいびり、虐待された子は長じて自分の子を虐待するという事実が証明しています。世をすねて親を恨み、引きこもったり家庭内暴力に及んだりして、結局は親が報いを受けるのです。
同様に、我が子も同然の存在であるウェブサイトのタイトルをぞんざいにつけると、苦労するのは命名者であるオーナーです。
私が「誰かこのブログをリンクして〜」と懇願したら、孔子ほどケッペキでなくても、自分のページに『貧盗』なんて言葉を置いて品格落とすのはやだーと渋る人もおりましょう。
なので私は、よほど気心が知れない限りトラックバックはいたしません。
以上は前置き。ここからが本題です。
トラックバックスパムかどうかを判断するのに、わざわざ先様まで出向くことは稀です。タイトルが気に入らなければ即時削除。コメントも名前がひどければアウトです。
私には私流の美学があります。『貧盗恋歌』のあるかなきかの品格をさらに傷つける語句を置きたくないのは当然でしょう。
『盗』よりも劣る言葉って・・・・・・・・・・・・おわかりですね?
付記(060925):
その後トラックバックスパムが増えまして、無心にポコポコ削除していたら、ぜーんぶ消えてしまいました。もしまじめにTBしていたつもりのかたがいらっしゃいましたらお詫びします。
付記2(060930):
トラックバック自体も増えまして、タイトルだけで判断することが難しいケースも出てきました。TB元を拝見して、たとえテーマが共通していたとしても宣伝目的と判断されるものは削除の方向で検討いたします。何が判断基準になるかって? うちよりも広告が少なければ、まず大丈夫でしょう。
が、私に言わせれば「変な名前をつけるな」ってことじゃないのかしらん。孔子は『盗』の字が気に食わなかっただけなのです。どんなに清らかでおいしい水でも、名前が悪ければエライ人に忌み嫌われるのです。
『名は体を表す』と言います。
たとえば我が子に『悪魔』と命名するのは堕地獄の非行というわけです。個人的には、行政や他人が口出しするのはお節介だと思うんですが。
変な名をつけられた子供は苦難の道を歩むだろうが、だからって人の痛みを理解できる人間に成長するものでもないことは、姑にいびられた嫁が自分の嫁をいびり、虐待された子は長じて自分の子を虐待するという事実が証明しています。世をすねて親を恨み、引きこもったり家庭内暴力に及んだりして、結局は親が報いを受けるのです。
同様に、我が子も同然の存在であるウェブサイトのタイトルをぞんざいにつけると、苦労するのは命名者であるオーナーです。
私が「誰かこのブログをリンクして〜」と懇願したら、孔子ほどケッペキでなくても、自分のページに『貧盗』なんて言葉を置いて品格落とすのはやだーと渋る人もおりましょう。
なので私は、よほど気心が知れない限りトラックバックはいたしません。
以上は前置き。ここからが本題です。
トラックバックスパムかどうかを判断するのに、わざわざ先様まで出向くことは稀です。タイトルが気に入らなければ即時削除。コメントも名前がひどければアウトです。
私には私流の美学があります。『貧盗恋歌』のあるかなきかの品格をさらに傷つける語句を置きたくないのは当然でしょう。
『盗』よりも劣る言葉って・・・・・・・・・・・・おわかりですね?
付記(060925):
その後トラックバックスパムが増えまして、無心にポコポコ削除していたら、ぜーんぶ消えてしまいました。もしまじめにTBしていたつもりのかたがいらっしゃいましたらお詫びします。
付記2(060930):
トラックバック自体も増えまして、タイトルだけで判断することが難しいケースも出てきました。TB元を拝見して、たとえテーマが共通していたとしても宣伝目的と判断されるものは削除の方向で検討いたします。何が判断基準になるかって? うちよりも広告が少なければ、まず大丈夫でしょう。