2007年04月08日

捏造するシロート

ブログに火事の記事を載せるために放火を繰り返した女のコがいましたね。
もっと以前には我が子の「虐待日記」を書いた母親がいたけど、でっちあげだったようです。

マスメディアが金儲けのためにヤラセや盗用、捏造に手を染めることが糾弾されるべきなのは、その影響力の大きさからです。

一般個人はどうでしょう。
社会的影響は少なく(ほとんどなく)、迷惑をこうむる人だっているかどうか(むしろ歓迎される?)。

ブログやSNSの台頭もあって、今や一億総執筆者時代となりました。誰も彼もが情報を発信しています。
フツーに生活している庶民に、人に教えたいほど面白い出来事が毎日降りかかるはずはありません。鬱々とこもってテレビも見ない私など、普通の人以上に空白の日々です。

捏造だってしたくなりまさあ。

実際の話、ブログや日記を続けている人々の多くが、デタラメとまでは行かなくとも、誇張、脚色、歪曲、借用、編集などの工作を加えているはずです。
「ありのまま書いてもつまんないし、コメントもらうためにどうしても受け狙いになっちゃう」のが本音でしょう。
しょーもない日常雑記には、コメント書く側も窮するものです。読み逃げ禁止なんてルールを作り出したのは、捏造能力の乏しい連中じゃないのかな。

私の場合、日常がどうのこうのというよりも、知ったかぶりが得意なので、うろ覚えの事項をろくに調べもせず書いたり、接続詞を省略してミスリードを招いたりしています。意図的な嘘はない(つもり)ですが、結果的な嘘はわんさわんさ。

だいぶ前「矜持」にイチャモンをつけました。
そのとき漢和辞典から抜粋した矜持の意味は次の通り。
 1:みずから飾る。2:自己の能力を誇り、尊大にかまえる。
それは全くの事実なのです。ただし割愛がありました。1項目め、「みずから飾る」のあとに「自己を押さえ慎む」とあるのです。出典もしくは用例に、晋書『王羲之伝』から「咸自矜持」の部分が載っています。意味はようわからんが。

「みずから飾る」と「自己を押さえ慎む」がなぜひとくくりにされるのか、理解に苦しみます。
この辞典は古くて誤記や記載漏れが多く、読んで面白いのはそのせいでもあります。「自己を押さえ」というのは「抑え」が適当にも思えるし(ただし語源にさかのぼると、同音は同義であることも多い)。

ちなみに「矜」の字義は、憐れむ、誇る、自慢する、慎む、おごそか、尊ぶ、矛の柄、惜しむ、苦しむ、危うい、男やもめなど多彩です。でも「飾る」ってのは見当たらないなあ。

ひょっとして「みずから飾る」は間違いなのかも。
だとしても、矜持攻撃を試みようとした私にとっては好都合ではありませんか。かくして混乱を招きそうな「自己を押さえ云々」はカット。

これって、捏造?
正式契約書面であれば、都合の悪い項目を故意に隠したということでアウトでしょうね。
少なくとも「今日はカレとデートした。楽しかった。と日記には書いておこう」タイプの創作よりはたちが悪い。

粛々と反省。
お詫びに雑学をひとつ。捏造の正しい読み方は「でつぞう」ですぞう。
それは「damnedの発音はダムニドだ」と同じくらい浮世離れした説です。どちらもホントだよ。
嘘をほんとうらしく見せるテクニックは、真実を混ぜることです。今日の記事にもウソがいっこくらいありうるが、別に誰も困りはしませんね。

さて、ピーター・ペレットさんはどうしているんでしょう。
某ファンの話によれば、彼は若くて売れないころ薬売りで生計を立てていました。越中富山ではなく、ロンドンで。売人というものは自分も汚染されずには済まないものだけど、彼はしっかりお金を貯めて立派な家具を購入し、質実な生活態度を維持していたとか。家具に凝るなんてイギリス人だなあ。その実オーストリアとのハーフらしいけど。その後一躍売れっ子になったわけでもないのに、結局薬漬けに陥ってしまったとか。
今では立ち直って元気でやっていると信じます。ピーターを応援したい人はここに1票。■ どこにっ?

脱線しちゃいました。
本日は花祭り。ピーターとゴータマはたまたま誕生日が同じなのです。ホントだよ。

しめくくりはサキ。『七番目の若鶏』は捏造する素人の悲哀を描いた傑作短編です。おヒマなかたは読んでみましょう。
あの時代からブログの芽は伸びつつあったのです。
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投稿者:ルノ 17:53 | コメント(5) | トラバ(1) | ブログ論
2007年01月19日

アクセス解析を見る心理

このブログにヘンなアクセスがあってから、アクセス解析を日に1度はチェックするようになりました。その後も何度か似たようなことがありまして、トラックバック先を探すロボットかなと推測したり。

それ以外はいたってひっそりしています。
自分のデータなんだから何を見ようと勝手ですが、たびたびログインして解析グラフを見るのは妙に気恥ずかしい気分です。アクセスなんか少ないくせにと笑われそう(誰も笑わないし、そもそも興味などないんだから、これは単なる自意識過剰)。

さくらのブログはSeesaaと同系列ですが、Seesaaがユーザの要望を受けてどんどん改良されていくのに、さくらは旧態依然のまま取り残されてるって感じなのです。サーバのおまけだからしかたないんでしょうけど。
解析処理も同じパターンですが、さくらはデータを未整理のまま出すらしく、ページがやたらと重くなっていきます。もちょっと見やすくならないものかしら。アクセスの多いサイトは表示するだけでたいへんだろうとよけいな心配。

でもリファラなど1件1件出るから、ああいうアクセス攻撃にも気づくんですよね。

先だって軽い気持ちで海外のとあるブログを紹介しました。
その翌日、その国のブログサーチでそのブログ名を検索してやってきた人がいて、しかも私のその記事を翻訳して読んだ形跡がありました。うわ、機械翻訳じゃ誤解を招く・・・と、冷や汗。

あれほどの大ブログ(ページランク6で、コメントがドバッと書き込まれるような)でさえ、自分への評価が気になっていちいちチェックするんですねえ(来たのがそこのオーナーだという根拠はないのですが)。
あるいはそうやってこまめにチェックしてアクセスアップに努めた結果人気ブログに成長したとも言えましょう。

私もヘンな見栄を張らず、解析データをじっくり研究して、人を呼べる記事を書かなきゃ。
研究するまでもない、俗受けを狙うなら、パンティ・ブラ・女装・体操着・盗撮(実は当ブログにおける主要検索ワード)・・・あーあ、どんどん落ちてく。
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投稿者:ルノ 22:17 | コメント(0) | トラバ(0) | ブログ論
2007年01月13日

はじめてのトラックバック

ブログを始めて9か月。
トラックバック方針に「よほど気心が知れない限りTBはしない」と書いておりますが、ついに気心が知れた相手が見つかりまして、お初のトラバを放(はな)ってみることにしました。
やり方はごくごく簡単です。自分の記事のトラックバックという項目に先方のトラックバックURLを入れて保存するだけ。再構築などは不要のあっけなさ。

気心が知れたからって無理にトラックバックする必要はないのですが、向こうもブログ作ったばかりでトラックバックどころかアクセスもないとぼやいておりましたからね、恩着せTBであります。「トラックバックし返していいよー」と言ったら、「そんな三流ブログじゃどうせアクセスは来ない」と断られました。

三流と四流がトラックバックし合ったところで、誰に迷惑をかけるわけでもないけど、わびしさに背中がしとっとしてくるのでした。

恩着せと書きましたが、私の認識ではトラックバックは「させてもらうもの」です。する側が恩に着るべきと思うので、知らない人にはいまだに送ることができません。プライド、とかじゃなくて、相手に迷惑をかけそうで心配なのです。
時たま削除に迷うトラックバックをチェックに行くと、「TBありがとう」というコメントがあったりしてたじろぎます。仕返し、じゃなかった、返礼トラックバックも広く行われているようです。
私のせせこましい了見では世についていけないのでした。

ところでこの貧盗恋歌、先般から広告を貼っています。
見たところ、一般ウェブページよりもクリック率が高いようです。
ブログが儲かるって、きっとホントなのねー。

もっとも、当ブログが「儲かる」と表現できるようになるには、今の何百倍ものアクセスが必要でしょう。アクセスを上げるために皆さまがじゃんじゃかトラックバックを送りたくなる気持ちがわかってきました。

それでも私は今後もトラックバックとは離れて運営していきます。
決してトラックバックを拒絶するわけではありません。確かに拒絶的なレイアウトであり、うちにトラバっても効果ゼロ(誰もクリックしない)でしょうが、よそへのトラバよりも値打ちがあるかもしれませんよ(ソースで判断)。
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投稿者:ルノ 23:33 | コメント(0) | トラバ(0) | ブログ論