2008年01月27日

こんな姿に誰がした

長らく姿を見せなかったメジロが、最近ペアでやってくるようになりました。
で、時々みかんを置くんですけど、今度のメジロは警戒心が強く、一口食べるごとにあたりをうかがい、近づくとさっと逃げるので、カメラに収める機会がありません。

代用品として、フェルトのぬいぐるみを作ってみました。
全長11センチ、コロコロ太って、実物よりやや大きめです。
メジロ

ベランダには雀もよく来ます。メジロは雀に比べると格段に上品です。集団で押し寄せて騒ぐ雀に対して、いつも2羽というのもつつましくほほえましい。
鳴き声は儚げで耳に快く、黄緑色のボディはみかんのオレンジ色に映えます。
半分に切ったみかんは底が丸くてぐらつきますが、その縁にしっかりつかまってバランスをとりながらせっせと実をつついているようすは、なかなかに可愛らしいものです。

そのみかんの中にしばしばウンチを置いていくのには呆れます。混ざってても平気でついばむんです。上品だなんて遠目だけ。

さて、ウサギが自分のウンチを食べることはよく知られています。
人間の感覚からしたら不快なものですが、当のウサギにとっては、生きていくために欠かせない食行動です。体内で生成したビタミンなどを再摂取するのだとか。食用と非食用はちゃんと産み分け(って、表現がヘンだが)ているのです。
ハムスターにも同様の習性があると聞きました。

この行為、適当な名称がないようです。ペットの本などには「食糞」と書かれています。見るからにイメージ悪いですねえ。一般の辞書には載っていません。
その点英語は素晴らしい。ウサギなどが自分のフンを食べることをrefectionといい、その第一義は『飲食による元気回復(むろん人間の行為)』とあります。ウサギの生理機能を理解したうえで当てはめたことばなのですね。

犬も時として自分のをおもちゃや食べ物にすることがあり、飼い主を困らせるそうです。犬にとっては必須食品では全然ないので、これはすでに問題行動です。ストレスがたまっているのかもしれません。

猫が砂をかけるように、多くの野生動物は排泄物を隠したり、巣から遠いところに運んだりします。主に天敵に見つからないようにするためです。ライオンがゾウのフンの中に転がるのは、草食獣の匂いをまとって獲物を油断させるためらしい。

現代の人間がトイレを独立させ、全く目に触れないように即時片づけてしまうのは、主に清潔さと快適さを求めるからです。あんなもん、テーブルの上に載せときたくはないもんね。匂いはひどいし、色もキレイとはいえない。味は・・・知らん。ピリッときそう。昔はやった「究極の選択」なる戯れ言を思い出しました。

そうやって、汚い、クサイと忌み嫌うが、つい前日には香り高く美味な食べ物だったんです。こんなふうに加工したのは、嫌ってる本人じゃないか。
どうして人間はそれを快いものと認識できないようになっているのでしょう。
例外的にできる人々もいまして、介護の現場では最大級の悩みとなっているし、それ以外の状況ではしばしば異常者扱いされます。

むろん栄養を搾り取って役に立たないカスだから捨てるのであり、何よりも生成の過程で大量の細菌や雑菌が加味されるから危ないという事情があります。昔の人は細菌の存在なんて知らなかったから、本能的に忌避するようにDNAに刷り込まれているのでしょう。

飲めば芳香を放つ(?)健康食品や薬みたいなものも販売されているそうですが、よくなっていかほどのもんや。
平安時代の文学『平中物語』には「マリは香ばしく、いばりは甘くて苦い」という、この世の人ではないような女官が登場するとか。
もし人間がそうなったら、地球の食糧危機は解決しますぞ。なわけないか。

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投稿者:ルノ 22:40 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ
2006年12月05日

黒猫が前を横切ると

買い物帰り、狭い通りを歩いていたら、黒い猫が前を横切りかけ、思わず我が身を90度回転させてしまいました。横を横切るのなら前を横切ったことにはならない、つもりだったりして。バカバカしい。ひとり苦笑しながらそのあたりまで歩くと、駐車場の端で件の横切り猫が座ってこちらを見ていました。なんだ、茶トラじゃないか。視力の弱い私には、茶でも黒でも遠目にはおんなじなんですよねー。

黒猫が前を横切ったら悪いことが起きるなどと西洋では言われておりますが、どういう根拠から発生したのでしょう。
『黒』と『猫』の不吉なイメージ・・・黒猫は魔女の使いだそうで、なんとなく納得できるとして、『横切る』という行為との関連が謎です。

日本にも似たような俗信があります。
鼬の道切り(いたちのみちきり)・・・イタチが前を横切るのは凶事の前兆だそうな。とりわけ人と喧嘩したり絶交されることなどを指すようです。イタチは通り道を遮断されると2度とそこを通らない(鼬の道)とされていることから来たと辞書にあります。
現代ではイタチに遭遇することなどほとんどないけど、人間関係の破綻は昔とは比較にならない増え方です。

黒猫はイタチと違ってそこかしこにおります。うちの近所にもわりと多い。黒猫を飼っている人なんか、日に何度も横切られてしまうでしょうに。

そもそも猫というものは実にしばしば横切るものなんです。
道なんて人間が勝手に決めたもの。猫には関係ありません。いつだって猫は最短距離を選んで目的地へ向かいます。斜めに行くよりは直角に通ったほうが合理的なのです。

その点、犬はめったに横切りません。交差点を飼い主に引かれて(or 飼い主を引いて)渡るときくらいでしょう。

とまれ、ジンクスだの占いだの鼻であしらう私が黒猫につい身構えてしまうのには、ちょっとしたいわくがあるんです。

だいぶ前のこと、通勤途中黒猫がさささと前を横切りました。その日の帰り道、財布を落としてしまったんです(いくら入っていたかは秘す)。
それだけだったらそのふたつを関連づけるなんて器用な真似はしません。多忙なビジネスパーソン、朝の些事など夕には忘れているのが普通です。
その日は社外ミーティングがあり、ひとこと意見を求められまして、たまたま黒猫のことを思い出しました。「黒猫が前を横切ると縁起が悪いといわれますが、こういう会議に参加でき、私にとっては有意義な一日でした。俗信などに惑わされないようにいたしましょう」云々と述べました。そのあと財布をなくした・・・。全く忌々しい気分。

そんなわけで、何年経っても黒猫に会うと、ふっとそのことが頭をよぎる、らしい。人間って他愛ないもんです。私が単純なだけか。

デスクトップを横切る途中の黒猫
黒猫
投稿者:ルノ 17:33 | コメント(3) | トラバ(0) | るれろライフ
2006年09月08日

ペット薄命

人気の悪妻ブログとやらを読んで、「奥さんがぽっくり死んじゃったら、ネタがなくなってこのブログもおしまいだな」とよけいな心配をする人は稀でしょう。ただでさえ妻は夫より長生きするものです。まして・・・。

以前とあるブログを時々のぞいておりました。あるとき「父が死んだので当面休みます」との記載があり、お悔やみのコメントがたくさん寄せられていたようです。
ブログオーナーの推定年齢からして、御父君が90、100歳ということは考えにくく、ショックは大きかったでしょうが、それでも親が先立つことは、めでたいは語弊にしても、順当としましょう。

当然ながら、親バカ満載の育児ブログを見て、この赤ちゃんが13年後には親を殺すかもしれないと冷笑する人でも、来年脳炎で死ぬ可能性を指摘はしないでしょう。

犬や猫ならば?

昨日ベビー服を買いに行った折り、閑静な通りで電柱の貼り紙に気づきました。「ロシアンブルーのロブちゃんを捜しています。怪我をしているかもしれません。・・・」飼い主の焦りと心痛が表れた文面に、一目でロシアンブルーとわかる顔立ちの猫の写真。なお『ロブちゃん』は仮名。
あの貼り紙は自分でプリントしたのかな。飼い主さんはきっとブログの持ち主で、「今日のロブちゃん」てな写真と記事を毎日アップしていて、今ごろは「ロブちゃんはいずこに・・・」と悲嘆で埋め尽くされているだろうな。と、想像をたくましくしつつ帰宅しました。無事見つかればいいですけど。
行方不明のまま推移することは死体を発見するよりはましと慰めましょうか。

ペットは扱いやすいモティーフで、気軽に共感を呼べます。幾万となき飼い主が嬉々として話題に掲げていることでしょう。

そして毎日何人、何十人の飼い主が「うちの○○ちゃんが死んじゃったあ」と涙混じりの文章を載せている・・・?
すぐに書く精神的余裕があるかどうかはさておき、時系列で身近というブログの特質から、書かずにいられないんじゃないでしょうか。
感情に走るも冷静を装うも、飼い主の個性。ただ、日常を文章にする習慣が根づくと、多少なりとも客観的になっていく傾向を感じます。

概して小型犬は大型犬よりも長命で、猫は犬よりも長生きするようです。だけど人間にはかないません。幾多の生物を絶滅に追いやりながら、人間の寿命は伸び続けています。
医療技術の進歩や環境変化により異様に長生きする動物も見受けられますが、成人病や認知症が増えたのも皮肉なことです。

ペットブームの陰には多くの拝金ブリーダーがいて、人気が上昇した種類を近親交配などで粗製濫造し、遺伝的欠陥や問題性格を抱えた個体を出回らせていると聞きます。結果、難病、早死に、飼い主に遺棄されるなどの悲劇も起きます。可愛い可愛いのきれいごとだけで命を買う飼い主の無知や単細胞にも問題があるようです。
ともあれいったん飼い始めると、遅かれ早かれ別れに直面することを覚悟すべきでしょう。

こんなことを書いたからって、ペット関連のページを嫌いだとか、軽んじているなんて思わないでくださいね。そういう場面に行き当たったら、ちょっと言葉がなくて困るなあ、と。
それに自分が猫の子をもらってきておきながら、母親に世話を押しつけた私に、ペットネタを扱う資格はありませぬ。
などと言いつつ、余談。その猫は20歳近くまで生きました。最後の数日は足腰が立たず寝たきりだったのですが、意識はしっかりしていました。母が抱えてトイレに連れていくまで我慢していて、寝床を汚すようなこともなく・・・。威厳とプライドを保ち続けた天晴れ猫です。人間に見習わせたいぞ。

猫
セイコ 1981-2001
投稿者:ルノ 19:47 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ
2006年06月24日

バードウォッチング

子雀の生まれながらの賢者の相

上に引用した俳句、去年の今日の私のメモにありました。新聞か雑誌の投稿欄から書き写したようです。俳句には没興味なのに、よほど気に入ったんでしょうね(覚えていないので他人事然)。作者をご存じのかたはお教えいただければ幸いです。

雀の顔が賢そう?
童話の中でしばしば知恵者の役回りを演じるフクロウは、その顔つきの重厚さを買われたようです。同じ鳥類でも雀はおっちょこちょいのぱーぷりんってイメージじゃありませんか?

我が家のベランダには毎日雀がやってきます。私が米粒やパンくずをまくからですけど。まいたあと網戸を激しく閉める(でないと隙間ができる安普請)と、そのバシンという音を聞きつけて集まります。

巣立ちの季節ですが、まだ子雀を引きつれた親もいます。
子雀はふっくらしていて、見た目は親よりも大きいくらいですが、羽を震わせ、ビッビッと濁った声で鳴いて親にまとわりつき、餌をねだります。自分でも拾って食べることはできますが、2回に1回くらいはいったんくわえたものを落っことすようです。
私が窓に近づくと、親雀は子供をほうっていち早く逃げるのですが、子雀はとろとろと米粒をつついては落としています。雀の親子にコミュニケーションはないのでしょうか。

いつだったか、米を袋から容器に移すとき、床にだいぶこぼしてしまいました。気前よく雀に分け与えたのですが、量が多くてベランダにちょっとした米の山ができました。と、いつもならすぐに群がる雀たちが近づかないのです。来るには来るが、手すりのあたりから遠巻きに眺めてさえずるのみ。数時間後、いつもと違う米の形状に戸惑っているらしいと気づき、山を崩して平らにしたところ、やっと食べ始めました。
雀のおツムってこの程度です。

あるいはそれが雀の生きる智恵なのか。「それ」とは過度の警戒心。
長年害鳥として疎んじられ、それでも人間の近くで暮らし続けて培われた用心深さは、人間の短絡的な眼差しには「愚か」と映るのかもしれません。

たまにメジロも飛んできます。みかんを半切りにして手すりにくくりつけておくと、運が良ければ2羽くらい連れだってつつきに来ます。メジロは雀ほど神経質ではなく、ガラス越しにのぞいても平気です。
問題は、みかんを置くと黒っぽい変な鳥が来ること。鳩よりはやや小さめで尾がちょっと長い。ヒヨドリかなと思ったんですが、鳴き声がビギャーと汚い。メジロを蹴散らし、みかんを独り占めしたあげく、大きな黒いウンチをおみやげに残します。全くかわいげのないヤツ。

というふうに、市街地でもその気になればバードウォッチングは可能ですよ。
以前住んでいたマンションでは鳩に悩まされ、室外機の後ろで雛がかえったこともありました。ここでは鳩害ゼロ。ありがたいことです。
投稿者:ルノ 10:01 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ