2013年09月10日

白くま物語

この夏の猛暑は尋常ではありませんでした。
白くまくんをフル稼働させた部屋で白くまアイスをかじっても、とうてい南極気分にはほど遠く・・・。

おいおい、白くまは南極じゃないでしょ。

シロクマはホッキョクグマ(北極熊)の別名だから、生息地を間違える日本人はあまりいないでしょうが、ペンギンが北極に(も)いると思い込んでいる人は案外多いみたいです。

とある絵本をめくっていたら、白クマに会いに行く途中でペンギンの群に遭遇なんて場面がありまして。
『狼少年ケン』では狼と虎と熊がジャングルでいがみあってたけど、あれはマンガやアニメが俗悪の極みとして教育ママたちからにらまれていた時代の話。情操発達と知能向上を助ける(かもしれないってことになってる)児童書なら、ちょっとは・・・。

ふと思い出した、昔の某新聞の投書欄。
小学生の子どもがテストで「ひどく悪い点」を取ってきて、間違った答えの中に「太陽は西から昇る」というのがあったとか。子どもが弁解していわく「だってバカボンの歌でそう言ってるもん」
母親は憤慨して投稿した次第。「テレビがウソを教えるなんてあんまりです」
いやあ、この親にしてこの子ありというか、恥の上塗りというか。
おまけに後日、別の読者が「テレビが間違ったことを言っていたら、親御さんが正しくはこうなのよと教えてあげましょうね」と、よけいなアドバイス。
一億総ナントカが叫ばれてから相当な歳月が過ぎていたころで、まあ、のどかなもんです。
(こんなくだらんことを覚えている私が恥ずかしい。昨日読んだ記事は忘れるくせに。)

すぐに脱線しちゃう。

ホッキョクグマとシロクマ、どちらが正式名称なの? ホッキョクグマです。図鑑などはそれで統一されています。

でも日本人は「白くま」が大好き。字面が優しく、柔らかく、なんとなくほっこり。
エアコンの名前が「北極熊くん」だったら、真冬でも冷風が吹き出しそうじゃないですか。

暑さが一段落して、少し仕事をしようという意欲が出てきました。
以前中途半端に作ってみた白クマぬいぐるみに改めて挑戦すべく、関連図書を10冊余り集めて、研究中であります。

子グマって、ほんとうにかわいいですねえ。純白の毛、真っ黒の目鼻、丸くてちっちゃい耳、太く短い脚。
ある本には『あらゆる動物のなかでもっとも愛くるしい』と。
残念ながら、かわいい盛りはほんのいっときです。生後半年も経つと、被毛は黄ばみ、吻がとがり、体型も大人に近づいて「小さな白くま」程度になります。

だからカメラマンは、子グマが初めて巣穴を出る生後2、3か月を狙って、ブリザードの中を待ち受けるのです。

そのころのホッキョクグマの母子は実に絵になります。
親子の体の大きさの差が最大だから、赤ちゃんグマはコロコロと小さく見えます。そしてお乳を飲ませるときの母グマは、なんともいえず優しい、慈愛に満ちたまなざしで子グマを見ています。

「慈愛」だなんて、人間の感情の投影に過ぎないんですけどね。

ホッキョクグマの生態について書かれたものを読むと、けっこう感動するのです。
妊娠したクマは、秋の終わりに巣穴を掘って冬ごもりします。出産は12月から1月にかけて。体重500グラム程度の赤ん坊が通常2頭生まれます。子グマは濃い母乳を与えられて、巣穴を出る3月から4月ころには、10キロを超えるまでに成長します。
その半年近くの間、母親は飲まず食わずなのです。体重は200キロも減るそうです。
おお、なんという母性愛。慈愛に満ちているように見えても不思議はないですね。母グマの目を細めた表情は、単に腹ペコでしんどいからじゃないの・・・なんてひねくれたことは申しません。

それにしても、その長い絶食期間、出すほうはどうなってんの?
今まで読んだホッキョクグマ本には言及がありませんが、動物学入門書によれば、ヒグマやツキノワグマが冬ごもりするときは、ため込んでカチカチになっちゃうのだとか。たぶんホッキョクグマもそうなのでしょう。うーむ、半年間の便秘かあ。春一番のときにつらくないのかしら。上には上がいて、アリジゴクは3年便秘が通説だもんね。

母親は食べないから出さずに済むけど、育ちざかりの子グマたちはそういうわけにいかないでしょ。
どうやら母親が食べてしまうみたいです。材料は脂肪と蛋白質に富む濃厚ミルクだけで、栄養も豊富。つまり完全絶食ではないんですね。お産の後は胎盤というごちそうもあるし。

ちなみにリスなどは、巣穴の奥にトイレを設け、週に1回くらい起きて、食事と排泄を行うそうです。ヤマネは春まで眠ったきりで、半数は凍死してキツネの餌になるとか。いったいなんのための冬眠じゃ。

ホッキョクグマのオスとメスが出会うのは、春から夏にかけて。夫婦がいっしょに過ごすのは数日間です。
妊娠期間は約8か月。それで500グラムとは、胎児の生育が遅いような。
ほかのクマでは、交尾のあとすぐに着床するのではなく、秋に食物が豊富でじゅうぶんな脂肪を蓄えることができたときのみ妊娠が成立します。ホッキョクグマにもあてはまるのではないでしょうか。

絶食中の出産は、進化の過程で獲得した一番効率の良いしくみなのです。

白クマといっても、体色はおおむね黄色からベージュ。その1本1本の体毛は、白ではなく透明だとか。太陽の光を最大限透すためです。その下にある皮膚の色は真っ黒。これも寒さへの対応。なのに黒く見えないのは、光の反射のおかげ。
わが国で動物園の白くまが薄汚れて汚い感じなのは、たぶん暑さで毛が薄くなり、地肌が透けているせいです。

生まれたばかりの赤ちゃんグマには毛が生えていないそうで、じゃあ真っ黒なのかというと、日本で初めて人工飼育に成功した『しろくまピース』の写真を見ると、違うようです。皮膚が黒くなるのは生後数か月以降ではないかと思われます。だから幼い子グマの毛は真っ白に見えるのです。
クマの仲間に分類されることもあるパンダでは、生まれたては全身ピンク。数日後には黒い毛の生える部分のみ黒っぽい皮膚になってきます。

とまあ、本を読み漁って知識を得たからって、ぬいぐるみをうまく作れるというものでもないが。

子グマ試作1号。高さ10センチ弱。
クマベビー

今回読んだ本の7割は子ども向けでした。
動物の親子というテーマは、児童ノンフィクションではたいそう好まれるし、親の受けもよろしいのでしょう。

中で『ホッキョクグマ (大自然の動物ファミリー)』(トーア・ラーセン/くもん出版)は、高度な内容で、ホッキョクグマの生態がよくわかります。
写真はソフト(やっぱり望遠レンズ)ですが、構図や構成はプロカメラマンをしのぎます。アザラシを捕まえた瞬間や交尾のようすなど、珍しい写真もあって、おとなにも見ごたえじゅうぶん。

写真集『ホッキョクグマ』(岩合光昭/新潮社)では、子グマがとーってもかわいく撮れていて、ポーズなど参考になります。女性好みの1冊かな(偏見)。

写真集としての完成度は、『ホッキョクグマの王国』(福田俊司/文一総合出版)がピカイチ。本格志向男性におすすめです(偏見)。 
とにかく1枚1枚の写真がすばらしい。オーロラ、氷海、雪原、岩山などの景色など。
って、クマはどうなの? もちろんクマたちも大迫力です。だけどクマの写真でも、つい背景に見入ってしまうようなすごさがあります。
惜しむらくは、巣穴から出た直後の赤ちゃんグマの写真が1枚きり。
その直後に母グマに殴られたとかで、恐怖の体験記が巻末につづられています。
動物写真家というのは命がけなのですねえ。

この本には、ロシア人研究者による『ホッキョクグマの一年』という、生態に関する詳細な解説があり、なかなか興味深い内容です。カナダとロシアでは、環境がずいぶん違うのです。
また、本場のホッキョクグマを撮影したい人へのアドバイスも載っています。読んでその気になってカナダのチャーチルへ出かけ、低温のためカメラが故障して、泣き泣き帰国した日本人が3人くらいいるかもしれません。
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投稿者:ルノ 11:41 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ
2009年05月31日

よこしまな奴ら

熱帯魚に関する本を読んでいたら、『9本の横じまがあって』云々のくだりで、「ん?」と思ったのです。ディスカスは縦じまじゃなかったっけ。
私が縦じまと錯覚したのは、縞が地球に対して縦に伸びているから、というか通常目にする写真の中で縞だけ切り取れば縦向きであることが多いからであって、横向きに泳いでいる魚の言い分では、体に対して当然横縞だよってことになるんですよね。

縞々魚

人間がストライプのTシャツを着た場合、私たちは一目で縦縞か横縞か見分けることができます。横縞のシャツを来た人が寝っ転がれば縦縞のシャツになるわけではありません。

虎はディスカス同様縦向きの縞が体の大部分を占めますが、いちおう横縞の動物です。でないと、ジャンプ中に向きが変われば縞の名称も変わるというおかしなことになります。
シマウマはどうかというと、虎に似ているんだけど、腰のあたりで縞の向きが変わっているように見えます。

この縞模様の向きに関する定義がどうなっているかは知りません。背骨に対して垂直か否か・・・となると無脊椎動物に失礼だし、頭からお尻へ線を引いたと仮定してそれに対して・・・ならばイソギンチャクはどうなるんだ。
おおむね常識で判断できるってもんです、普通の人なら。

それはわかっていても、私なんか、虎も縦縞だとつい思いそうになります。魚みたいに平たくて手足のないものだと、なおさら目が縦に向きます。私に限らず、そんな人、多いんじゃありませんか?
自分だけ直立歩行になってしまった人間のおごり、でしょうか。

おまけに私ときたら、かなり長い間、木星は縦縞だと思い込んでいたような気がします。
子どものころはそうではなかったようですが、おとなになって木星の写真にお目にかかることがなくなって、いつの間にか木星には縦縞が似合うと信じるようになったのです。その心理分析(?)をしてみますと、どうやら私は木星に火星や金星とは違った敬意を持っておりまして、あんなリッパな星が横縞じゃありきたりでつまんない・・・という感覚的理由だったりします。
木星の縞は地表の模様ではなく、取り巻く大気や雲の濃淡らしいので、回転の向きに沿ってできるのは致し方ないのかもしれません。

しかしですよ。
木星がもし一個の有機生命体であって、頭が赤道の端っこにあって寝ていたとしたら、縦縞のシャツを着ているようなものではありませんか。
(どうしても縦縞にしたいらしい。)

話すっ飛んで、ずっと前、非英語圏で英語のやおいさいとを運営するYokoshimaさんという人からメールをもらったことがあります。
私が「あなたはyokoshimaの意味をわかっていてそういうペンネームにしたのだと思うが」と書いたら「もちろん知ってるわよ。obsceneてことでしょ、アハハ」とあっけらかんとしたものでした。それはちょと違うぞと思ったけど、オブシーンでありたい彼女の夢をこわすのは忍びなくて黙っていました(ほんとうは英語でうまく説明できないからでした)。
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投稿者:ルノ 21:19 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ
2008年01月27日

こんな姿に誰がした

長らく姿を見せなかったメジロが、最近ペアでやってくるようになりました。
で、時々みかんを置くんですけど、今度のメジロは警戒心が強く、一口食べるごとにあたりをうかがい、近づくとさっと逃げるので、カメラに収める機会がありません。

代用品として、フェルトのぬいぐるみを作ってみました。
全長11センチ、コロコロ太って、実物よりやや大きめです。
メジロ

ベランダには雀もよく来ます。メジロは雀に比べると格段に上品です。集団で押し寄せて騒ぐ雀に対して、いつも2羽というのもつつましくほほえましい。
鳴き声は儚げで耳に快く、黄緑色のボディはみかんのオレンジ色に映えます。
半分に切ったみかんは底が丸くてぐらつきますが、その縁にしっかりつかまってバランスをとりながらせっせと実をつついているようすは、なかなかに可愛らしいものです。

そのみかんの中にしばしばウンチを置いていくのには呆れます。混ざってても平気でついばむんです。上品だなんて遠目だけ。

さて、ウサギが自分のウンチを食べることはよく知られています。
人間の感覚からしたら不快なものですが、当のウサギにとっては、生きていくために欠かせない食行動です。体内で生成したビタミンなどを再摂取するのだとか。食用と非食用はちゃんと産み分け(って、表現がヘンだが)ているのです。
ハムスターにも同様の習性があると聞きました。

この行為、適当な名称がないようです。ペットの本などには「食糞」と書かれています。見るからにイメージ悪いですねえ。一般の辞書には載っていません。
その点英語は素晴らしい。ウサギなどが自分のフンを食べることをrefectionといい、その第一義は『飲食による元気回復(むろん人間の行為)』とあります。ウサギの生理機能を理解したうえで当てはめたことばなのですね。

犬も時として自分のをおもちゃや食べ物にすることがあり、飼い主を困らせるそうです。犬にとっては必須食品では全然ないので、これはすでに問題行動です。ストレスがたまっているのかもしれません。

猫が砂をかけるように、多くの野生動物は排泄物を隠したり、巣から遠いところに運んだりします。主に天敵に見つからないようにするためです。ライオンがゾウのフンの中に転がるのは、草食獣の匂いをまとって獲物を油断させるためらしい。

現代の人間がトイレを独立させ、全く目に触れないように即時片づけてしまうのは、主に清潔さと快適さを求めるからです。あんなもん、テーブルの上に載せときたくはないもんね。匂いはひどいし、色もキレイとはいえない。味は・・・知らん。ピリッときそう。昔はやった「究極の選択」なる戯れ言を思い出しました。

そうやって、汚い、クサイと忌み嫌うが、つい前日には香り高く美味な食べ物だったんです。こんなふうに加工したのは、嫌ってる本人じゃないか。

どうして人間はそれを快いものと認識できないようになっているのでしょう。
例外的にできる人々もいまして、介護の現場では最大級の悩みとなっているし、それ以外の状況ではしばしば異常者扱いされます。

むろん栄養を搾り取って役に立たない(昔は役立てていたけど)カスだから捨てるのであり、何よりも生成の過程で大量の細菌や雑菌が加味されるから危ないという事情があります。昔の人は細菌の存在なんて知らなかったから、本能的に忌避するようにDNAに刷り込まれているのでしょう。

飲めば芳香を放つ(?)健康食品や薬みたいなものも販売されているそうですが、よくなっていかほどのもんや。
平安時代の文学『平中物語』には「マリは香ばしく、いばりは甘くて苦い」という、この世の人ではないような女官が登場するとか。
もし人間がそうなったら、地球の食糧危機は解決しますぞ。なわけないか。

目白 作り方
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投稿者:ルノ 22:40 | コメント(0) | トラバ(0) | るれろライフ