2008年04月01日

4月ダンサー

数年前、正確には2002年の今日、ODPがマイクロソフトに接収されました。接収とは不穏な表現だな。買収でもないし、平たく言えば、乗っ取られたのです。

だから、何?

う・・・。
とりあえず私の知る限りの事情を説明しましょう。間違ってても無視してね。
興味をお持ちの方はご自分で検索してお調べください。民主主義の我が国ではたやすいことです。誰にでもできることを私がわざわざするには及びません。情けないまでに卓越した記憶力をもとにオリジナル文を書くことのほうが貴重ではありませんか?

ODP(Open Directory Project/オープン・ディレクトリ・プロジェクト)は『世界最大のディレクトリ』を標榜するボランティアサイトです。自分のホームページを申請すれば載せてもらえることがあるので、ありがたい存在です。
当時の我が国ではそれほど注目されていませんでした。大ヤフーのほか、ライコスやインフォシークもディレクトリを持ってたし。
しかし英語サイトオーナーにとってはことのほか重要でした(詳細はこのページで)。

その大サイトが突如として、Microsoft Directory Projectと名を変え、各ページにはマイクロソフトのロゴが麗々しく冠されたのです。事前のアナウンスはいっさいなし。
一般社員やODPで働くエディタたちにも寝耳に水の出来事でした。
当日知り合いのエディタさんが「こんなことになってる」と驚きのメールをよこさなければ、普段ODPに用のない私は目にする機会を逸したことでしょう。

さて、ODPの運営母体はネットスケープです。
ネットスケープといえば、ブラウザのシェアでマイクロソフトとしのぎを削り、すでに敗退しつつありました。

ODPがMSNの傘下に入ったということは、マイクロソフトとネットスケープの合併に結びつきます。
これはインターネット上のビッグニューズです。

だからって、誰も騒ぎませんでした。
4月1日ですから。
翌日には元に戻っていました。

1日だけのジョークにしては、ずいぶん大がかりな作業だったに違いありません。
数十万あるいは数百万ページのすべてが一夜にして模様替えしたのですよ。メインコンピュータで一括変更すれば済むとしても、そこにライバルサイトのロゴマークを無断で埋め込むんだから、無謀のきわみ。
無断? 事前にマイクロソフトとの打ち合わせがあったとは思えません。それじゃ面白くないでしょ。
著作権侵害されたゲイツさんも大喜びだったはず。

欧米人はこういうお遊びが大好きです。
昔からエイプリルフールにはめいっぱいはめを外してきました。世間を騒がせ過ぎたことも度々あります。
本日もウェブではいろんなイベントが発生することでしょう。

私もその翌年の4月1日に、サイト上でトライしました。弱小サイトのしょーもないおふざけにしては、身に余る反応をいただいたような・・・。常連さんはありがたいものです。感謝。

日本ではエイプリルフールは不人気です。四月馬鹿と訳されたせいでしょうか。さっぱり定着しません。
せいぜい4コマ漫画のネタになる程度。
しかも、そこそこ楽しむ人々がいた昔に比べると、確実に衰退しつつあります。

なんでも欧米の真似をせよとは言いませんが、ちょっとつまんないですね。

日本に向かない理由はいろいろ考えられます。
日本人が生真面目な民族だから、ではなさそう。

まず、「嘘」というものに対するスタンスの違いです。
これについては以前和製英語のページに書きました。
キリスト教に支配される国々において、嘘は大罪なのです。年に1度くらい解放される日を設けたいわけですね。
その点日本人は年中嘘ばっかりついてるので、さあ嘘をつけと言われると窮してしまう。それはそうと「嘘をつけ」「嘘言え」が「嘘を言うな」の意味になるとは、フカカイな表現。

嘘を言え。欧米人にもウソつきはうじゃうじゃいるぞ。

その通りです。それが「スタンスの違い」(文化の違い)なのです。あまり深入りはしませんが、どうも嘘の性格が異なるみたいです。
ドーピング疑惑に関する『偽証罪』でメダルを返還した選手がいましたが、しらばっくれればわかんなかったのにと思った日本人もいることでしょう。

英語には white lie という罪のない嘘もあり、日常的に許容されているようです。また嘘とジョークは紙一重ですが、そのあたりの機微もあっちの人は上手いですね。

もうひとつ。こちらのほうが大きいと思うのですが、4月1日という日がまずいんですね。
なにしろ日本社会にとって大切な区切りの日です。新年度の始まりであり、さまざまな制度変更や法改正が実施される日でもあります。こんな日にウソなんかつくのは不謹慎だ。てわけ。
大会社の社長が新入社員を前に嘘八百の訓示を垂れるのも愉快なのにね。

エイプリルフールのようなものに嬉々として取り組む学生たちが春休みでばらけてしまってるのも、不利な要素かもしれません。
2011年から新学期が秋に移行しますが、それをきっかけにエイプリルフールも必ずや人々の支持を得るだろうと、密かに期待しています。
投稿者:ルノ 15:46 | コメント(3) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2008年01月31日

名前がブランドになるとき

良い意味でも有名になってくると、知らん人から姓名を呼び捨てにされても致し方ないようです。
その時点で名前はひとり歩きをしているというか、個人を指すよりも、名前が喚起するバリューやら副産物のほうが先にイメージされるからです。
業績もなく名前だけが知れ渡るのは、本人や家族にとって不名誉な事態であることが多いようです。

綾辻行人が好き」とか書いたが、別に恋愛感情ではないし、綾辻個人についての知識はさっぱり持ちません。

一般の人が作家や芸能人を「さん付け」で論評するのを見ると、なんだかムズムズすることがあります。名前はブランドだからモノとして扱うべきじゃないですか。
などと言う当人が別の場所では杉浦日向子さんなどと書いておる。杉浦日向子に対して失礼千万であります。まして名字を取っ払って「日向子さん」呼ばわりとは、馴れ馴れしさきわまれり。

私が「ますむらひろし」を呼び捨てにするのは、ゴッホに画伯をつけないのと同様です。ますむらとゴッホは同格か。別にゴッホの絵に感銘を受けたことはないけど。

「猫十字社」というペンネームの漫画家がいます。社名っぽくて呼び捨てられてもあまり気にならない、という理由で名づけたと昔どこかで聞きました。「一条ゆかり」みたくキラキラなネーミングが流行っていたころの人と思えば、いいセンスですだ。

個人名がブランド化するのはいつなのか。決まったルールはないので、その場その場で判断するしかありません。名前を聞けば大多数が「ああ、あの人」と思い浮かべるころが呼び捨てどきかな。
むろんジャンル・地域・歴史や習慣によって事情が異なるので、ルールの制定など無理な話。

数年前、某小国の独裁者が某大国(英語使用)の独裁者にミスター付けで呼ばれて気をよくしたという話がありました。それ以前は呼び捨てだったようです。
某小国のあるアジアの人は英語のミスターやミセスが敬意を含むと単純に信じていますが、実態は違うんだとは、某ページで述べたとおりです。

日に1回くらいGoogle Newsの英語版を見ます。「読む」のではなく「見る」だけなので、1分で済みます。
プリンス・ウィリアムのガールフレンドは呼び捨てにされていました。有名だからでしょうか。
海外では名前につける称号の類は「識別」の意味合いが強いのです。

我が国では政治家を呼び捨てにせず肩書きをつける風習があります。
彼らは名前で仕事をしているわけではない。個人個人のパフォなどどうでもいい、個性だの独創性だの発揮せずともかまわぬ、そのポストが執り行うべき最低限の仕事だけでもしてくれー。国民の切実な願いをよそに、その最低限のことさえできないのが政治家という人種のようですな。

それら無能(無脳?)な連中が牛耳る国だから、国民の程度もリンクしてます。ほんの短期間椅子を温めただけの輩にいつまでも元○○大臣の呼称を奉ってしまうのです。
「元」がつくことは、「今」がそれよりも低いと知らしめているわけで、これはまるきり蔑称ではないですか。よって、元○○大臣の「元」の字には「おちぶれ」とルビを振るのが正しいマナーでありましょう。
投稿者:ルノ 23:44 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2007年12月20日

他山の品格

本にお金をかける余裕のない身に、図書館はありがたい存在です。
習慣として、調べたいことがあれば、インターネットよりも書物を優先します。情報の信頼性や新鮮さ等々はあまり問題ではなく、画面よりも紙のほうが目に優しいから。

本を買うことに及び腰なのは、経済的事情や収納場所の問題もさりながら、お金をかける値打ちのある本が少ないのも理由。
ほとんどの本は読後ゴミと化します。読んでる最中から腐臭を放つものだって少なくない。いやこれは、タダの本を漁ることで事前の吟味がおろそかになり、カスにぶち当たる確率が高いだけなのかもしれません。

もちろん身銭を切ることだってあります。

仕事(?)で必要なアニメ、コミック、ゲーム関連本は、公共図書館では品揃えが薄く、書店へ行くしかありません。こういう種類の本は使い終えたらほぼ無価値なので、古書店を中心に捜しますが、なかなか適当なものに巡り会いませんねえ。
まれですが、図書館で借りて読んだ本が気に入り、欲しくなることもあります。愛蔵目的で買うわけですから、古本ではダメです。

わが町の図書館では1年ほど前にICタグが導入されました。
さらにこのたび、借りたい本がインターネットで予約できるようになりました。
これまでも館まで出向いて予約票みたいな書類を提出すれば予約ができましたが、予約・借り入れ・返却と3度にわたって訪問しなければならず、面倒なものでした。少しは進歩した(便利になった)と受け止められていることでしょう。

私自身は予約してまで読みたい本などなく、図書館サイトを訪れたことはありません。
予約システムは人迷惑なものだと思っております。
1冊の本をひとりが占有する期間が大幅に延びてしまうのです。
しくみがこれまでと大差ないのなら、ある人が何かの本を予約すると、それを貸し出しできる状態になったら図書館から連絡が来ます。2週間以内に借りに行き、返却は2週間以内に行います。つまり確保から返却までに最大4週間、その本は書架から消えてしまうのです。
中には何か月も借りっ放しの不届き者も大勢います。

人気の本・話題の本・ベストセラーなどは予約がぎっしり詰まっていて、館内でお目にかかることはほとんどありません。
それではまずいと思うのか、図書館では貸し出し要望の多い本を何冊も購入します。結果、予算配分が偏り、もっと価値ある本に充てる費用が削られるのです。

本は現物を目にしたときのインスピレーションのようなものが重要だと感じます。なんの先入観も持たず、タイトルと著者名だけで未知の作家と出会い、豊作だったときの満足感は読書の醍醐味です。
たとえ結果的に豚の餌であっても、経験を積むことで本を見る目が徐々に養われると期待できます。

テレビや新聞やあまぞんでこれこれの本が売れてると聞きつけ、ならば乗り遅れないために目を通しとこう。そんな経緯で本を選んだところで、書物に対する感性が磨かれましょうか。

私はベストセラーなんてものには興味がありません。大勢の人が熱狂していること自体、わざわざ避けて通る理由になり得ます。
ただし「売れた=無価値」と決めつけるほどの偏屈でもない。数年後、顧みられなくなってボロッとしているものを借りて読んだらおもしろかった、てなことはけっこうあります。

新聞の書評も全然参考になりません。取り上げられる本が全般に高尚過ぎて、自分とは無関係な世界だなーって感じ。そんな低レベルでいながら「本への感性」を云々するんだからね、ヌケヌケと。

今年一番売れた本は『女性の品格』だそうです。
むろん読んだことはありません。手に取る気にもなれん。タイトルからして品格に欠ける。世の品格ブームに乗ってやろう=売ってやろう=儲けてやろう・・・と、さもしい根性が見え見え。思惑通りに飛びついた日本人(女性)の品格の程度も知れますわね。と、200万女性を敵に回すことを辞さないのであった。

せめてヨイショしてみますと、品格を得ようとして読んだ人々は、我が身の品格のなさを自覚しているわけですよね。それさえも気づかない人々よりはずっとエライ。その謙虚さをあらゆる局面で活かせば、きっと人生品格だらけになることでしょう。

ベストセラー本でなくとも、品格を身につける方法は転がっておりますぞ。
たとえばこの『貧盗恋歌』をじっくり読む。世の中には「他山の石」という言葉だってありますからね。
投稿者:ルノ 21:25 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2007年07月18日

電話の向こうの世界

ケータイとネットの時代でも電話勧誘がいっこうに衰えないとは広告しかじかにも書いたとおりです。
電話代は安くなったとはいえ、社屋を確保してけっこう高い時給のオペレータを大勢雇い入れるのでしょう。それでも元が取れるわけですね。
一般加入電話を使っているのは、ちゃんとした家庭やお年寄りの家が多いので、案外昔よりも効率がいいのかもしれません。

典型的なのは「奥様ですか?」と問いかけるもの。商品は化粧品、健康食品、エステ、浄水器、掃除機などで、手当たりしだいかけているようです。
ピシっと断って即刻切るのがベストでしょう。
ちょっとでも躊躇すると、ベラベラとまくし立て始めます。受話器をそっと置いてほっとけば、しばらく経つと切れています。あるいは黙って聴き続け、相手が何を言っても答えずにいると、業を煮やしてぷつっと切れますが、人間性が垣間見える捨て台詞を残すこともあります。
向こうも生活がかかっているから必死なのでしょうが、いかがわしい企業にかかわると後々臍を噬む(ほぞをかむ)ことになりますよ。いや、ふてぶてしく将来のブログネタにする輩もいるが。

延々えんえん相手をし、質問や相槌を重ねていかにも買い気がありそうなフリしながら、数時間しゃべらせた後「うちは要りません」とハッキリ断るのを趣味としているヒマ人もいるとか。確信的営業妨害。でもね、貴重な自分の時間を費やして、得られるのは自己満足だけですよ。

このごろ増えてきたのが、「○○様ですか」とフルネームを指名した勧誘。
リストをもとにかけているので、おそらくは住所も把握しているはず。にべもない対応で逆恨みを買うと、カミソリの刃など送ってくるかもしれません(って、被害妄想?)。
どこから情報を得たのかと尋ねても、のらりくらりとかわすよう指示されているらしい。
「以前通信販売をご利用になったでしょう。その関係で」
「利用した覚えはありませんけど」
「なにぶん20年以上前の情報も混ざっていますので」
「御社から買ったことはありません」
「系列企業がたくさんありますので」
「系列から個人情報が漏れたということですか」
「いえ、そうではなくて親会社が・・・」
「お宅では個人情報を流出させてるんですか。情報管理はどうなってるんですか」
「私は入社したばかりで、そっちの担当ではありませんので」
「じゃあ、情報担当の責任者と代わってください」
ガチャ。

自治体はお年寄りの居場所を個人情報保護がどうのこうのという理由で明らかにせず、災害時の救出を遅らせたりするくせに、こんなリストを野放しにしているなんて大いに問題です。

以前はよくマンション買え買えと電話勧誘がありました。
市内局番を定めて番号順にかけているようなら、適当に断ります。
「お家賃高くてバカバカしいでしょう。どうせなら同じ金額で自分のマンションを」
「家賃は親が払ってるからいいんです」
「あ、学生さんですか。失礼しました」
次は「パパが払ってるんだもん」と言おう。

でも、なぜか名前がばれてるケースもあります。
「○○様もそろそろご自分のお城をお持ちになったほうがよろしいですよ」
「でもぉ、赤字の自営業でもローン組めるんですかぁ?」
「え、自営業? ××大学はお辞めになったんですか」
なんと私は某国立大学の職員ということになっていました。いいかげんなリスト業者もいたもんだ。

このごろ使う手は「あら、その人宛てによくかかってくるんですけど、この電話の前の持ち主じゃないですか」っての。
たいていのオペレータは引き下がります。

それで思い出したことがひとつ。
ここに引っ越してきたとき、同区内であったにもかかわらず、NTTの管轄の違いで電話番号が変わりました。これでヘンな電話が減ると内心喜んでいました。

ところがその新しい番号に時々ヘンな電話がかかってくるのです。
目当ては前の持ち主のようでした。
昔読んだ吉行淳之介の短編に、前の持ち主にかかってくる謎めいた電話を題材にしたものがあったのをふと思い出しました。

NTTは別の人に番号を割り当てる際、一定期間のブランクを置くそうですが、それでも完全に振り捨てることはできません。

で、何度も応対しているうちに、その人の名が「ユリ子さん」だとわかりました。
私と声が似ているらしく、こっちがあいまいな応対をしていると、相手が気づかずにどんどん話しかけてくることも。

かけてくるのは男性が多くて、一度なんか、留守番電話に「やっと時間が取れてこっちに出てきた、ホテルニューオータニの○号室で待ってるから、必ず来てくれよ」なんてメッセージが入っていました。(どんなヤツか顔見に行ってやろうかと思ったよー。)
飲み屋のママさんらしい人から、よかったらまたお勤めしてくれないかしら、とか。
宝飾品の展示会へ特別ご招待とかいうのもありました。

どうやらユリちゃん(源氏名)はおミズの人で、かなりの美人。あちこちの男をたぶらかして貢がせていたようです。とは、私の揣摩臆測。
どんな事情で姿をくらましてしまったのでしょう。

それらの電話も、半年、1年と過ぎるうちに途絶えてしまいました。
投稿者:ルノ 21:41 | コメント(2) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2007年07月06日

鳩を憎み豆を作らぬ

辞書で「懲りる」を引くと『失敗などを悔いて、二度とすまいと思う』とあります。自責の念が含まれるのです。
「懲らしめる」は懲りさせること、つまり「懲りる」の使役形です。いくぶんなりとも暴力的なイメージがあります。自発的にではなく、強制的に『二度とやるまいと思わせる』ためには、断固とした手段も必要なのでしょう。
こりごり(懲り懲り)はひどく懲りたようす。重なっている分、強調の意味合いが窺えます。

カボチャとサツマイモが嫌い、見るのもいやだ。と言う人は、年配の男性に多いようです。食糧難の戦中戦後にそればっかり食べさせられてこりごりしたのが理由だと。
女性も同じ状況下で同じものを食べたはずなのに、嫌う人は少ないみたいですね。『芋蛸南京』と言うくらいだから、むしろ好きなんです。
理由としては、女性のほうが適応力が強い、女性は甘いものが好きな傾向がある、などでしょうか。
芋とかぼちゃのおかげで厳しい時代を生き延びたのだから、感謝の心があれば「大好き」になったって不思議はないのに、男ってわがままだなー。

強盗にバールで殴られ、バールで金庫をこじ開けられて財産を奪われたら、憎むべきは強盗ですよね。「罪を憎んで人を憎まず。防犯対策が甘かった自分にも非はある」と寛容な人だっているかもしれませんが。
しかし世の中には、対象がずれてるケースがままあります。すべてはバールが悪い、この世からバールをなくそうと飛躍してしまう人がいるのです(比喩ですよー)。

寝タバコで我が家を焼失した人は懲りて禁煙する気になるでしょうが、原因が放火でしかも犯人が逃げおおせたなら、何に怒りをぶつけたらいいのでしょう。人類から火を奪うべきだと口走れば、おつむの中身を疑われます。
天ぷら鍋が発火して妻子が焼け死んだからと、余生をなまものばかり食べて過ごしても供養にはなりません。

破産した人は悔やみます。おおむね責任は自分にあるけど、他人を恨む比率のほうがずっと高い。
破産に追い込まれた原因は「お金」です。お金が足りなかった、あるいはお金を粗末にしすぎたのです。
普通の人なら前よりももっとお金に執着し、増やそうと躍起になるでしょう。
もうおカネはごりごりだとばかりに、稼いだお金を次々と捨てていては、再チャレンジなどおぼつきません。エスカレートして、カネは諸悪の根源だ、他人が持つことも許さん、と干渉や妨害をするなら犯罪行為です。

株を買い占められて会社をのっとられたら、そうなるまで放置したおのれの無能を恥じるべきです。
志ある経営者ならば、しっかり勉強して買収防衛策やらなんやらを備えて新たな事業を起こすでしょう。
野望に燃える人は、しっかり勉強して買い占めのエキスパートとなり、他社の株を買い占めて事業拡大に乗り出すかもしれません。
それが「経験から学ぶ」ということです。株を憎むあまり、新聞の株式欄はいっさい見ない、証券会社に脅迫状を出すなんてのは本末転倒です。

では本題に入ります。

(以下略)





 
投稿者:ルノ 20:39 | コメント(2) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2007年03月17日

雑木売買

昨日かかってきたセールス電話は、北海道の原生林に生える樺の木から取れるなんたらのサンプルをお送りします、というものでした。「なんたら」がなんなのか聞き逃しましたが、美容液か健康食品か、まあそんなところでしょう。

北海道の原野といえば、思い出すのは原野商法。二束三文の荒れ地を高値で売りつけるものです。
とっくに根絶したかと思いきや、かつての被害者をターゲットに、詐欺の上塗りをする連中が出てきたとか。売るに売れない土地を抱えて困っている被害者たちに、今度こそ値上がりしそうです、代理で売ってあげますなどと言葉巧みに手数料を騙し取るのです。
一度だまされた人はだまされ癖がついてるからころりと引っかかる・・・というのが業界の常識らしいです。そういう人々のリストは重宝され、二重三重いや十重二十重に勧誘網がかかります。

なんの教訓も得とらん、学習能力ゼロ、よっぽどカネがあり余ってんだろうな。と、二次被害、三次被害に遭った人を非難するのは確かに酷です。悪いのは詐欺師であります。
しかし被害者に全く落ち度がないかというと・・・はっきり言って人迷惑な方々です。詐欺商法というものは騙される人がいるから発展するのです。騙されることは詐欺を助長しているも同然だと認識していただきたい。

怒らないでくださいね。
そんな人々はきっと実生活では親切で面倒見が良く、回りから慕われていることでしょう。
詐欺も不正もぴしっと見抜き、決してバカを見ることのない人間ばかりがあふれていたら、それはそれで味気ない世の中に違いありません。

私とていざそういう状況に置かれたら、はたして詐欺師をバッチリ撃退できるだろうか。
無知や思い込み、勘違いなどにより思いもかけない言動をとるのが人間というものです。

恥を忍んで打ち明けますと、私も原野商法に引っかかった経験を持つのです。

私は働くことが嫌いで、いろんな会社を転々としました。けっこう波乱万丈な人生・・・のわりに世間知らず。

とある不動産会社に面接に行ったら、すぐに採用され、翌日から勤務の運びとなりました。

オフィスは明るく立地もよく、制服は可愛くて(でもミニ丈)、給料もまあまあ。大手不動産会社と紛らわしい社名だけど、創立者の名字がそうなのであって、別に関係はないんだとか(この時点で怪しいと思えよ)。
社長はえらく傲慢な態度の20代の若造で・・・と、今だからそう言えるけど、コムスメに過ぎなかったわたくしの目には、颯爽たる青年実業家と映りました。おまけに電話つきのすごい高級車を乗り回していたんですよね(ケータイなどない時代)。

入社日は簡単な研修などを受けました。2日目にはさっそく現地説明会。社長自ら運転するその高級車で、売り出し中の山林へ連れていかれました。いっしょに入社したもうひとりの女の子といっしょに。

現地というのが「原野」だったわけです。
このへんに原野があるのかって? 場所は覚えていないけど、街の中心部から車で数十分の距離です。やや田舎という程度。車が乗り入れられるところですからね。
起伏があっていちおう山の中で、ひょろんとした貧弱な木がほぼ等間隔に生えておりました。自生しているのではなく、人手で植えられた雰囲気。ところどころに杭が打ち込まれ、ロープで分割されていて、何箇所かに「売約済み」の立て札。
片隅に簡単なテントがあり、テーブルが置かれていました。

そのうち営業マンがぽつぽつと見込み客を連れてきて、社長が木々の間を案内しながら売り込みをするのです。一区画いくらだか知りませんが、200万前後でしょうか。これらの木々が成長して数年後には1本数十万で売れるという話。

客はほとんどが高齢の男性。
私たち営業事務員の業務は、それら見込み客にお茶やコーヒーを出すことでした。ほんと、あっけないくらい簡単な仕事。空いた時間は雑木林をうろついてきのこを探したり。
お客さんが「もう帰る」と言おうものなら、営業マンが「まあまあ、お茶でもお飲みになってから」と引き止めるのです。
「今度はコーヒー」「ほら、紅茶をお出しして」と指示されるままに次々と飲み物を出しました。お昼には用意してきた豪華幕の内弁当を勧めて、買う気になるまで長居をさせようとの魂胆。

その日だけで2、3件売れたようです。ひとりのおじいさんはすでに1区画買ったけどさらに買い増しに来たとのことで、下へも置かぬおもてなしでした。

私はその翌日辞めました。勤務したのは都合2日。
いかがわしいような気がしたのが理由だけど、どのようにいかがわしいのか、自分でもわかりませんでした。当事者というものは、意外にことの真相が見えていないのです。

数年後、『原野商法』というものがクローズアップされ、ああ、あれもその一種だったのかと合点がいったのです。
その会社は手を変え品を変え、似たようなことを続けているのでしょうか。

「引っかかった」などと被害者ヅラしてしまいましたが、私は加害者だったのです。
ピチピチギャルの脚線美に目がくらんでつい契約してしまったおじいさんはいなかったでしょうが、多少は良心が咎めました。その日成約がゼロだったら良かったのに。

でもですね、おツム弱くて世間知らずのコムスメをたぶらかして共犯者に仕立て上げるという点で、詐欺商法は二重に罪深いと思います。
老人たちにアタックしていた若い営業マンの中にも、あの雑木がいずれ高級木材になると信じ込んでいた人もいたでしょう。でなければ説得力も弱まったに違いないのですから。

こういった商法に利用される人々は大勢います。
テレホンアポインターと呼ばれる職業はおおむねそんなものでしょう。実際に商談を行い歩合給を得るのは海千山千の営業マンだから、予約を取るだけのテレホンレディたちは、詳細を知らされていないし、罪悪感もないのです。
いまだ不況真っ盛りが実感の世、パートや派遣は差別され、夫は慰謝料も養育費もバックレるし、生活保護は厳しい条件をクリアしなければならず、生きていくためにはあれこれ選んでいられませんよね。
だまされる人々がいなければ、こんな仕事も成り立たず、求人もないはず(って、言い訳です。応募する人々も熟考すべき)。

ともあれ、小金持ちの皆さま。
世の中に楽して儲かる話なんて絶対にありません。儲け話を安易に信じ込むことは、あなた自身が財産を失うだけにとどまらないのです。詐欺師をはびこらせ、知らずに加担させられる人やほかの被害者を増やすことにつながるのです。
と、詮無き警告を再び発して終わりにします。
投稿者:ルノ 20:57 | コメント(3) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2007年02月18日

Want you

電車の改札口で乗降調査アンケート葉書を配られました。電車の利用状況などを記入して投函すると、抽選で500円のクオカードが当たるとか。

何気なく葉書の宛先を眺めたら、宛名の最後に貼られた「行」のシールに目がとまりました。大きさは2文字分くらい。地の色よりも濃いめなので、透かしても定かでないのですが、「中」という字が見てとれました。
ああ、「御中」ね。
行

その鉄道会社はかつて従業員の態度が横柄極まりなく、非常に評判が悪かったのです。昨今は飲酒運転バスを走らせたり、事故が多発して乗客が怪我をすることもしばしばで、「走る凶器」などと呼ばれております。住民たちとて乗らずに済めばいいのだけど、この辺の電車とバスをほぼ独占的に運営しているのでそうもいかないのです。
競争原理が働かないと企業も行政も腐敗してきます。

あれこれ批判を浴びて少しは反省しているかと思いきや、旧態依然の傲慢さが根付いていることが、このアンケート葉書にも露見していたわけです。

ちゃんと気づいてシールで隠したのは評価できましょう。かえって目立つけど。
ハガキを作った担当者(営業課社員?)は、上司に叱責されて急遽シールを印刷し、アルバイトの女の子に「今日中に貼ってしまえよ」とか命令して作業を急がせたんだろう。などと想像してしまいます。
投稿者:ルノ 21:39 | コメント(4) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2007年02月06日

機械の氾濫、もとい反乱

時事にはいっかな無関心のわたくしであります。

先般どっかの大臣が女性を『産む機械』扱いし、やんやと叩かれておりました。
なんであんなに騒ぐのさ。
それよりも、当該大臣には無関係であろう愛知県民が自民党筋の知事を選んだことで、その発言が許されることになったという論理が不可解でなりません。愛知の人は男尊女卑で女性が機械だと認めたわけ?

不健全の極みである私としては、『結婚して子供を2人持ちたいのが健全』ってほうが気に食わない。何を言うてもどじる人ですな。

もともとの機械発言については、単なる喩えなんだから別にいいんじゃないですか。

ひとつ言っておきたいのは、機械はちゃんと電源コードをつないでスイッチ入れないと動かないってこと。調子が悪くなったら点検してさびを落とし、油差してやんなきゃ。

どうもそこがわかってないようです。少子化に取り組もうって立場なのに。
電源コードを外して、がんばれがんばれと言いさえすれば、機械が子どもを産むとお思いか。うちの冷蔵庫が壊れたときは、コードつないでがんばれと励ましたけどダメだったよ。

以前、少子化は防衛本能と述べました。
子どもを産み、育てることに関しては、個々の女性の犠牲的精神に頼るだけの現状です。

子作りは本能であり、そのために国がなんらかの政策を講じなければならないのは、ほんとうは異常なことです。国は女性が子どもを産むことをわざわざ妨げる(コードを引っこ抜く)ような社会作りをしてきたということなのです。それに加担しているのが男どもです。

妊娠すると男は逃げ腰、どうにかできちゃった婚に持ち込む、勤め先では肩たたきや配置転換でいづらくなる、出産しようにも産婦人科は続々閉鎖、産んだら休暇もそこそこに職場復帰しないと白い目で見られる、保育所は基準を満たさない危ういところばかりだし費用もかかる、子どもが病気でもなかなか休めない、小児科は少なくいつも満員、夫は家事育児に非協力的で子供を殴る、妻も殴る、浮気する、離婚したら養育費を払わない、子どもは学校でいじめられ・・・・・・。

それでも産みたい女性はマゾか、感情のない機械だ。
すべての機械たちよ、人間になるために出産を断固拒否しよう。女性を怒らせたら、チンケな国なんかたちまち滅びるのだと思い知らせよう。
投稿者:ルノ 20:58 | コメント(3) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2006年12月24日

衣食足りて礼節を知らず

お正月休みに読む本を借りようと、市立図書館に行きました。

本棚を見ると、雑誌や人気作家などあちこちにぽかっと空間があり、『このコーナーは行方不明があまりに多いのでカウンターに取り置きしています。必要な方はお申し出ください』との張り紙。

たくもう、タダで借りられる公共図書館の本を盗んで何の得があるってんだ。気骨があるなら、キノクニヤで3万円の医学書でも万引きしろ。

わが市では先月やっとICタグの導入が完了し、無断で持ち出そうとすると警告が出る(鳴り響く?)ようになりました。
ま、盗難は多少減るでしょうが、問題は山積しています。
ページを切り取ったり破いたり、折り曲げたり、落書きしたり、お茶こぼしたり、上でお菓子食ったり、頭掻いてフケ落としたり、鼻クソ塗ったくったり・・・。

カウンターの奥では、職員が督促の電話をしていました。「お借りになった本は予約がたくさん入っているので早く返却してもらわないと困ります」
生ぬるいのう。督促係はサラ金で研修させたらどうでい。

昨今日本人のモラルは著しく低下したと言われています。
情けないことです。
こんなにモノがあふれ、豊かに見える社会は幻影なのでしょうか。
『衣食足りて礼節を知る』とは死語かもしれぬ。

金はあるのに給食費を滞納したり、高速道路の料金所を強行突破したり・・・なんかチンケなものをケチるんですよね。みっともないとか恥ずかしいとかの感覚が失せたのか。そんな輩に限って、人前ではうんと見栄を張り、ちょっと馬鹿にされたら怒り狂って感情をコントロールできなくなるようです。

そういえば、勤務先から事務用品や切手などをこそっと持ち帰る社員が増えたという話を聞いたこともあります。文房具なんか、別に家でじゃかじゃか使うわけでもないのに。
会社に不満を抱いている社員ほどそうした傾向が強いとか。サービス残業で長時間こき使われて給料はこれっぽっち、消しゴムくらいもらったって罰ゃ当たらんだろ・・・てな論理です。

戦後最長の好景気なんてどこの話だか。儲けてるのは会社だけ、社員たちは恩恵を実感していません。開き直ってチャチな横領に励む社員の心理にも憐憫を覚えます。

つまるところ『衣食足りて礼節を知る』は真実なのです。
現代日本人はまだまだ衣食が足りない。

それら貧民たちのささやかな攻撃の矛先が、国民をないがしろにする政府、怠惰で怠慢な自治体、プロ意識が希薄な公共施設、自己保身しか考えない学校、強欲な企業などに向けられているのでしょう。
投稿者:ルノ 21:06 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2006年11月30日

凋落

すんません、またまた冷蔵庫の話です。
近日中にどうにかしなきゃなどと思っていながら放置すること2週間。ふと気づいたら、あんなにうるさかったモーター音が止まってしんとしている。冷凍室を覗いたらむうっとプラスチック臭が・・・。
ああ、とうとう逝っておしまいになったのね。バターが溶けちゃう。

いつもいつも切羽詰まるまで手をこまねくのが私の流儀なのでした。グズが身上。絵に描いたようなグズ。グズこそ人生。

数年前『グズをなおせば人生はうまくいく』(斉藤茂太)という本を読みまして、まことにその通りと随所でうなずいておきながら、ぜんぜん身についとらん。ぐずぐずしなかったモタさんのご冥福を衷心よりお祈りいたします。

小雨の中、追い立てられるような気分で冷蔵庫を買いにいきました。いったん行動に移したら早いんです(だから慌てる乞食)。ぱっと決めたは2ドア、135L。
古い冷蔵庫はこの10倍の値段でした。

冷蔵庫の買い換えひとつにも『凋落』『落魄』『零落』等々が付きまといます。

おいおい、凋落という言葉が似合うほど、オマエは偉かったのかよ。

まあ、誰しも経験がありましょうが、バブル時代(〜その名残のころ)にはずいぶん無茶な衝動買いもしました。服でも家電でもいくつか見比べて一番高いのを選ぶ、みたいな。

それはそれとして、今度は別のメーカーの製品にするとの決意もどこへやら、結局同じだったんです。安かったんだもーん。

思い返せば昔のナショナルはとってもサービスが良かったのですよ。

最初その冷蔵庫が全く冷えなくなったときもコンプレッサの故障でした。修理代が何万円もかかる場合新品を買う人のほうが多いので、最初から部品を持ってこないらしいのです。明日出直してくるとサービスマンが言うので、それは困る、早く直してとごねたら、部品を取りに帰ってすぐに着手してくれました。
でもって、修理が終わるころ突然その人が言うには、コンプレッサの保障期間は5年間だけど昨年から6年間に延びました、と。それは6年ちょっと過ぎていたけど、大雑把に計算してすべて無料ということになったのです。
うわー、もうけ〜。と欣喜雀躍。

数年後、再び庫内が生ぬるくなりました。で、修理を依頼。高くても修理して使い続けたいくらい気に入っていた冷蔵庫なんです。
幸い(?)霜取り装置の故障で、12,000円程度の修理費でした。前に比べると簡単な作業で、時間もかからなかったけど、なぜかふたりがかりで見てくれました。
「またコンプレッサかもしれないと思って、今度はちゃんと用意してきたんですけどね」とひとりが言ったので、えっ、同じ人だったの?と驚いたのですが、記憶はあやふや・・・。別の人だったとしても、記録をチェックしてきたのでしょう。

しかるに今回は・・・。
まず電話で修理を頼んだとき「以前も直してもらったことがありますけど」と言ったら、受付嬢が「では顧客リストを調べてみます」と待たせたあと「データベースに残っておりませんでした」と冷たく言い放ち、機種や名前・住所などを一から伝えるはめになりました。
あげく「点検のみでも費用がかかります」・・・これは前回までは聞いたことがなかったような気がします。

数年しか経っていないのに。
世知辛くなったなあ、とつくづく。

ちなみに、その冷蔵庫と同時に同じメーカーの掃除機も買いまして、10年ほど前それの調子が悪くなったとき(故障ではなかったけど)懇切丁寧に対処してもらい、次もまたここで・・・と思っていました。

凋落したのはメーカー(の心)だったのです。

技術はどんどん進歩します。安くて質の良い製品が出るのは当たり前。と消費者は思っています。
製品が良いからって、良い印象を持ち続けるわけではないのです。
良い印象はトラブル時の対応が決めます。修理代や点検費がかかるのは致し方ないとしても、そのことで「損をした」と感じさせないような対応の仕方を身につけた会社が未来を切り開くのです。

冷蔵庫ではまた付き合うことになってしまったけど、それはつまりもう一度チャンスをあげるということです(って、えらそーに。だってそろそろ洗濯機とオーブンレンジが寿命なの)。
投稿者:ルノ 22:55 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?