近日中にどうにかしなきゃなどと思っていながら放置すること2週間。ふと気づいたら、あんなにうるさかったモーター音が止まってしんとしている。冷凍室を覗いたらむうっとプラスチック臭が・・・。
ああ、とうとう逝っておしまいになったのね。バターが溶けちゃう。
いつもいつも切羽詰まるまで手をこまねくのが私の流儀なのでした。グズが身上。絵に描いたようなグズ。グズこそ人生。
数年前『グズをなおせば人生はうまくいく
小雨の中、追い立てられるような気分で冷蔵庫を買いにいきました。いったん行動に移したら早いんです(だから慌てる乞食)。ぱっと決めたは2ドア、135L。
古い冷蔵庫はこの10倍の値段でした。
冷蔵庫の買い換えひとつにも『凋落』『落魄』『零落』等々が付きまといます。
おいおい、凋落という言葉が似合うほど、オマエは偉かったのかよ。
まあ、誰しも経験がありましょうが、バブル時代(〜その名残のころ)にはずいぶん無茶な衝動買いもしました。服でも家電でもいくつか見比べて一番高いのを選ぶ、みたいな。
それはそれとして、今度は別のメーカーの製品にするとの決意もどこへやら、結局同じだったんです。安かったんだもーん。
思い返せば昔のナショナルはとってもサービスが良かったのですよ。
最初その冷蔵庫が全く冷えなくなったときもコンプレッサの故障でした。修理代が何万円もかかる場合新品を買う人のほうが多いので、最初から部品を持ってこないらしいのです。明日出直してくるとサービスマンが言うので、それは困る、早く直してとごねたら、部品を取りに帰ってすぐに着手してくれました。
でもって、修理が終わるころ突然その人が言うには、コンプレッサの保障期間は5年間だけど昨年から6年間に延びました、と。それは6年ちょっと過ぎていたけど、大雑把に計算してすべて無料ということになったのです。
うわー、もうけ〜。と欣喜雀躍。
数年後、再び庫内が生ぬるくなりました。で、修理を依頼。高くても修理して使い続けたいくらい気に入っていた冷蔵庫なんです。
幸い(?)霜取り装置の故障で、12,000円程度の修理費でした。前に比べると簡単な作業で、時間もかからなかったけど、なぜかふたりがかりで見てくれました。
「またコンプレッサかもしれないと思って、今度はちゃんと用意してきたんですけどね」とひとりが言ったので、えっ、同じ人だったの?と驚いたのですが、記憶はあやふや・・・。別の人だったとしても、記録をチェックしてきたのでしょう。
しかるに今回は・・・。
まず電話で修理を頼んだとき「以前も直してもらったことがありますけど」と言ったら、受付嬢が「では顧客リストを調べてみます」と待たせたあと「データベースに残っておりませんでした」と冷たく言い放ち、機種や名前・住所などを一から伝えるはめになりました。
あげく「点検のみでも費用がかかります」・・・これは前回までは聞いたことがなかったような気がします。
数年しか経っていないのに。
世知辛くなったなあ、とつくづく。
ちなみに、その冷蔵庫と同時に同じメーカーの掃除機も買いまして、10年ほど前それの調子が悪くなったとき(故障ではなかったけど)懇切丁寧に対処してもらい、次もまたここで・・・と思っていました。
凋落したのはメーカー(の心)だったのです。
技術はどんどん進歩します。安くて質の良い製品が出るのは当たり前。と消費者は思っています。
製品が良いからって、良い印象を持ち続けるわけではないのです。
良い印象はトラブル時の対応が決めます。修理代や点検費がかかるのは致し方ないとしても、そのことで「損をした」と感じさせないような対応の仕方を身につけた会社が未来を切り開くのです。
冷蔵庫ではまた付き合うことになってしまったけど、それはつまりもう一度チャンスをあげるということです(って、えらそーに。だってそろそろ洗濯機とオーブンレンジが寿命なの)。


