2012年06月20日

時代はキラキラネームを求めている

幼い子どもが親に虐待されて死んだり、瀕死の重傷を負ったりする事件があとを絶ちません。少し前には、パチンコ店などの駐車場で車に閉じ込められて熱中死した子どものニュースもよく耳にしました。

痛ましいことですが、同時に、その子がヘンな名前だなあと感じたことはありませんか。凝りすぎてるとか、甚だしい当て字であるとか。アナウンサーは読み間違えないように気を使うことでしょう。
死んでしまえば、本人が名前で苦労することはなくなるぞ、なんて皮肉は申しませんが。

最近は子どもの名が総じて珍妙化してしまい、その辺にいるフツーの子どもでさえ、AB女優(Bじゃないだろ)だかアニメのヒーローだかしれない名をもらっています。だから被虐待児のみがヘンな名前ってわけじゃないんだろうと思っていました。

ところが・・・。
このごろ『子供の名前が危ない(牧野恭仁雄)』という本を興味深く読みました。珍名奇名がはびこる現代ニッポンの社会事情と、そういう名をつけたがる親の深層心理について考察した内容です。

それによれば、奇抜な命名と虐待とは無関係ではないのだとか。どちらも『親の「我が子は自分の自由になるべきだ」という執念から生まれた類似現象』だと説明しています。

なお、時おりネットで目にするDQNネームというのが、そういう珍名を指すのだとは、この本で知りました。

この不況下、学生たちは就職難にあえいでいます。中でもDQNネームの子は落とされる確率が高いそうです。親のアホさ加減が端的にわかっちゃうから、採用担当者も用心するのでしょう。

自分ではどうしようもない自分の名前のせいで、学校ではさんざん苦労したあげく、社会に出ても差別されて就職も結婚もできないなんて、あまりに気の毒。犯罪に走る可能性が高いという指摘も、あながち誇張ではないようです。
犯罪者にはまともで良識的な名前の持ち主も多く、立派な人間になってくれという親の願いが込められているようですが、この「名前負け」現象も過度の期待から生じるとか。

親たちは、何も我が子を不幸せにしたくて珍妙な名をつけたのではありません。むしろ「キラキラネーム」と呼んで誇っています。
何もかも思い通りにならない世の中で、せめて我が子の名前くらい「親の個性」を発揮させてくれーという、親の気持ちだって理解できますよ。

それにまあ、芸能人が我が子につけた奇抜な名を得々と披露したり、小説やマンガにはかなり突飛な名前の登場人物がうじゃうじゃいて、若い親たちの意欲を煽り立てているようです。メフィスト系の作家など、トリックやストーリーを練るより、変な名を編み出すほうに、より多くの時間を費やしてるんじゃないかとかんぐってしまうほど(そのくらい話がチャチ)。

私個人は『女の子の名前』でも述べたように、珍奇ネーム否定派ではありません。むしろおもしろがって煽りたい立場です。自分では変わった名前をつけたつもりの親御さん、まだまだ冒険が足りないよ。

我が国において、名前は時代を反映するものです。
時代小説を書く人は、登場人物の名前もその時代らしいものを選ぶでしょう。名前を聞けば時代が推測できる国は珍しいはず。つまり「命名の自由」は我が国の伝統なのです。
それでもまだ不自由だ、もっと好き勝手に名づけたいと、裁判まで起こされていますが、そんなことで争えるとは、なんてハッピーな国かしら。

平成の今、珍奇ネームは世の流れです。みんなで渡ればこわくないってヤツ。
同級生全員がそんな名前であれば、年配者いうところの「まともな名前」「普通の名前」のほうがかえって珍しく、浮いてしまうのです。

眉をひそめる年配者たちは遠からず死に絶えます。
DQNとさげすまれた人々は、数十年後には「今どきの若い親は子どもにラインハルトだのパトリシアだのってヘンな名前をつけるわね」などと眉をひそめるのかもしれません。

第一、いくら名前を制限しても片手落ちです。名字や地名にはむちゃくちゃ難読なものがあふれかえっているではありませんか。これらは時代を経ても消滅せず、延々と続いていくのです。

上記著者本人も珍名で悩んだとか。恭仁雄(くにお)という名は、響きは平凡でも、まず読めません。けっこう珍名を網羅しているIMEで「くにお」と打っても出てきませんでした。その中で「六合夫」ってのが変換され、これはいったいなんだぁと、辞書を引いたら、群馬県に六合村という地名があると知りました。
固有名詞にはいろんな読み方があるという事実を認め、それらを覚えていくことも大切です。

それはそうとして、苦しげな当て字や難読誤読を招く読み方は、やっぱり不便です。
読み間違えられず書きやすく、それでいてちょっとユニーク、あたりで妥協するのが命名のセンスですよ。たとえば「山田太郎」とか。山田太郎のどこがユニークなんだ? 下の名前がそれだよ、わはは。
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投稿者:ルノ 16:17 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2011年01月03日

門松は冥土の旅の

個人的には正月なんて全然めでたいものではありませんが、長い間に定着した社会のしきたりにイチャモンをつける気などさらさらなく、現に昨日も某所であけおめしてきました。

しましま、こーゆー性分ですから、お正月はどうしてめでたいのか、私なりに考えてみることにします。

一般に、おめでとうという言葉をかける相手は、ノーベル賞や金メダルや福引の一等など、幸運や努力の結果、何か特別なよいものを得た人です。結婚、新築、創業、進学、昇進なども同様。これらは納得がいきます。
祝う人と祝われる人はいちおう線引きされています。

それに対して正月は特定の誰かを祝うものではありません。運が悪かろうと、怠けていようと、万人に公平に訪れます。
正月という特定の時期を祝うものなのです。

クリスマスは正月に似てはいますが、イエスさんという明確な対象がいます。

おお、それで不思議に思ったのは、誕生日を祝うのはなぜでしょう。
誕生日のいったい何がめでたいんですか?
幼いころは、1年間無事に生き延びて成長したという実感が(まわりには)あっても、現代日本では特別なことともいえず、本人の努力の成果でもないでしょう。
一定の年齢を過ぎると、とりわけ女性は、誕生日なんかちっともめでたくない気分に、いや、恐怖の的とさえなってしまいます。

誕生日を祝う風習は、おそらく近年、西欧から入ってきたものです。昔の日本では数え年が一般的で、個人の誕生日など問題にならなかったと思われるからです。

誕生日のおおもととなる、実際の誕生、これはめでたいものです。ほとんどの両親が我が子の誕生を嬉しく思うに違いありません。
そのめでたい気分を再現しようと、毎年の同月同日にお祝いをするというのが趣旨ではないでしょうか。結婚記念日などと同様です。

そうしてみると、誕生日にプレゼントをもらうのは本人ですが、ほんとうは両親を祝うべきだと思うのです。
少なくとも、自分の誕生日は両親へ感謝の気持ちを新たにする日だと思い直せば、年をとるのがいやだーというマイナーな感情を払拭できるかもしれません。

正月も一種の記念日ってとこでしょうか。その国の誕生日みたいなもので、それは建国の日みたいに厳密でない、つまり数え年の日。
だから国民ひとりひとりが自分を祝おうってことです。
お年玉をもらえるからめでたいと思ってる子どもたち、正月がめでたいからお年玉をもらえるんだぞ。

昔はその年のツケがチャラになるとかで、年末には借金取りから逃げ回る光景が見られたとか。うまく逃げ延びれば、正月はめでたしめでたし、ですなあ。だけど踏み倒し族に同調して国中がめでたがるのは本末転倒。正月がめでたいから借金も恩赦にしようってことでしょう。
商売人にとって正月はめでたいどころじゃないし、実際にどうだったのかよく知りませんが。

ともあれ、それくらい我が国では、正月を特別な日としてきたのです。

新年を祝う行事は世界中いろんな国で行われますが、日本ほど極端に雰囲気が変わる国は珍しいように思います。
全国いっせいにお正月モードになり、多くの日本人が自分が日本人であることを思い出すようにしむけられるって印象。着るものの食べるものも「和」に回帰しちゃうんですからね。太陽暦なのに。

お祭りだからそれでいいんです。
特別なことをするとお金がかかります。正月は人が動き、お金が動き、経済効果は莫大です。
毎日がお正月ならいいのになー。それではお祭りの意味ないだろ。

相変わらずしょうもないゴタクを並べている私って、1年中おめでたい人なのですよ。
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投稿者:ルノ 22:25 | コメント(4) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2009年09月29日

名刺の悲劇

会社勤めをしていたころ、上司とふたりであちこち銀行回りをした経験があります。
今でも銀行というところは強い影響力を持っていて、若造の行員が慇懃無礼な態度で年配の経営者を振り回していますが、バブルの残り火がぽよぽよくすぶっていたあの時代、しかもこちとら吹けば飛ぶよな弱小新興企業、そりゃ銀行様には頭が上がりません。銀行の担当者が黒を白と言えば、はい白ですとうなずかないと会社はつぶれるって感じでしたよ。

弱小なりに戦略を練ったのか、我が社では取引銀行の関連会社から定年退職した人を迎え入れ、銀行との折衝に当たらせることになったのです。それが私の上司です。
銀行回りは重要な業務であります。失敗は許されません。ならば経験豊富な元銀行マン(単なる関連会社社員やんかー)に社内きっての美人秘書をつけて好印象を与え、確実に成功を収めねばならぬ、と。

誰よ、美人秘書って。
まあまあ、過去のことだし個人ブログですから、多少の捏造、じゃなくて脚色は大目に見ましょう。秘書が不美人では話になんないしー。
とゆーか、あの会社に秘書という職があったなんて話は聞いたことないぞ。はは、大目に大目に。

あるとき、隣県の某地方銀行本店を訪ねました。移動は汽車(JR)です。
緊張のせいか、長時間揺られたせいか、虚弱体質のせいか、汽車から降りたころ私は気分が悪くなっていました。乗り物酔いみたいです。断じて二日酔いではありません。

やむを得ず、駅のトイレに入りまして・・・。
駅のトイレってほんと汚いのですよね。最近ではだいぶ改善されてきましたが、当時はもう・・・。和式だし、床はびしょびしょ、ペーパーはないし。
ともあれその汚い個室でかがみこんで、ちょっとオエッとしてしまったのです。
立ち上がろうとしたとたん、スーツの胸ポケットに入れておいた名刺入れがするりと・・・。あぎゃー。

取り急ぎ、その吐瀉物まみれの(ほとんどが胃液だったけど)名刺入れを素手で(当然)拾い上げて個室を出、水をかけて外側を洗い流しました。
名刺入れはいちおうブランド品で本革製でした。それがもったいないということより、中の名刺がどうなったかが一番の気がかり。出張中だから予備の名刺なんてないのです。

ティッシュで水気をふき取り、どうか中までしみていませんようにと祈りつつ開けたところ、十数枚入っていた名刺はすべて端っこが濡れていました。何がしみこんでいたのかは深く考えたくありませんが。
その端っこをティッシュで押さえたりしてどうにか目立たなくして、名刺入れにしまいこみました。じっとりした名刺入れをまたポケットに入れるのは非常に気持ち悪いけど、バッグに入れるのはもっといや。バッグは洗えないから。
第一、銀行の人と会うのに、裸の名刺を出すわけにもいきません。ここはもう口をぬぐって何気なさを押し通そう。そこでやっと思い出してうがいをしたのでした。

上司はずいぶん待たされてやきもきしていましたが、私の顔色があまりに悪いので、今から銀行に行けるかどうかを心配したほどでした。

そのあと銀行での会見は首尾よくいったかって? 詳細はよく覚えていませんが、開き直りが幸いして差し障りなく済んだようです。
美人秘書のかぐわしい名刺は、銀行の担当者の宝物となったことでしょう。わはは。

封印していたその思い出を突如蘇らせたのは、先日起きたある事件でした。
実家の母が携帯電話をトイレに落っことしたそうなんです。買い替えて、データも全部入れ直し。
あんな大きいものがぼちゃっと落ちれば、その時点で気づくものでしょ、普通は。1時間以上も放置して、あちこち探し回ったあげくやっと発見したとは・・・私が介護のために帰省する日はそう遠くないような。
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投稿者:ルノ 23:17 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?