2009年01月08日

うるさい身体

公共手洗所の婦人用個室で昨今よく見かける小さな装置・・・ボタンを押したり手をかざすと、水の流れるような音を出します。『音姫』などというこじゃれたネーミングのものも。
これはつまり、用足しの音をはばかる上品な方々が水を流して音消しをすることを防止しようとの意図で生まれたアイデア商品です。

水を余分に流すことが反エコでもったいないのは認めますが、装置の費用、設置費、維持費や電気代が水道代よりも安くつくかどうかは大いに疑問です。
そもそもその音を恥ずかしいと感じなければ、そんなへんてこな商品が生まれることもなかったはず。

排尿・排泄音はなぜ聞かれたくないのでしょうか。

短時間とはいえ、何か起きてもおいそれとは中断できない無防備な状態でありますゆえ、敵や大型獣に襲われたらわややーってことで、できるだけ静かに済ませようと祖先が努力した結果・・・とはこじつけっぽいですねえ。音だけ隠しても臭いはごまかしにくいでしょ。
ほんとうに重大事なら、音を抑える方向に身体が変化しても不思議はない。実際の話、量や勢い・角度などによっては無音で終えることがままあります。

第一、これを恥ずかしがるのは主に日本人女性のようです。
男性は平気だし、欧米の女性はあまりかまわないようです。たぶん多くのアジア女性も同様ではないでしょうか。

じゃあなぜ日本女性はそうなっ(てしまっ)たのか?
水洗トイレが普及する前は気にする余裕などなかったと思われます。気になっても隠しようがなかったし。
きっと学校あたりで始まったんでしょう。我が国の女子中学生や高校生は、なぜだか連れ○○○が大好きなんです。トイレだけでなく、何事もひとりで行うことを避けたがる、みたいな。ドアの外で友達が待ってるから派手な音をたてては決まり悪い、しかも水代は自分が払うわけじゃない・・・とだんだん広がり、OLになっても引き継がれた、とか。

公共の水を無駄遣いする人も、家庭では慎んでいるはず。実に悪しき習慣です。
座って水を流すのは衛生上も危うい気がしますが、『音姫』をつければ済むという問題ではないと思うんですよね。日本女性の意識改革が必要です。

もっと一般的な話として、体が出す音というのは、往々にして「はしたない」「下品だ」ということになってるみたいです。
はなをすする音は気持ち悪い、咳やくしゃみは控えめにすべきだし、空腹時におなかが鳴るのはおならと同じくらい恥ずかしいと思う人もいれば、舌打ちや関節をポキポキ鳴らすのは野蛮な印象。
人間、極力静かに生きるのが無難といえば無難なようです。

いつだったか、スーパーでレジ待ちの列に並んでいるとき、スニーカーの底が床とこすれた拍子に、ぶりっと妙な音がして赤面したことがあります。こんな局面では平然と同じ音を何度も出してみると誤解されにくいかと思いますが、再現できないことも多かったりして。

それらの音も、受け止め方は歴史・文化や国民性に左右されます。
欧米では下の音にはわりと寛容だけど、上の音にはかなり神経質らしい。大きな音立ててそばをすする日本のマナーは、海外ではときとしてひんしゅくを買うでしょう。
中国人は食事の席でゲップをするのは「おいしかった」という意味であり、招かれたときの礼儀だと聞いたことがあります。かの国の人と伴食した経験はなく、真偽のほどは知りませんが。

それはそうと、このごろ私の右膝は、曲げたときにガギッと音を立てるようになってしまいました。なんだか不安を呼び起こすような音だなあ。
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投稿者:ルノ 23:07 | コメント(0) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2008年05月12日

コミュニケーション過剰症

全国学力テストの問題が新聞に載っていたので、ぱらっと眺めました。
解こうとしたのではありません。小学生にも劣るなんて認めたくない。丸や三角の図形を見ただけで、すでに頭痛。

中学国語に『今昔物語』から『親子で馬盗人を追いかける話』を題材にしたものがあり、ちょっと感銘を受けました。
駿馬を盗まれた父と子が闇の中無言で盗賊を追跡し、協力して馬を取り戻す話。我が国の美風「以心伝心」「不言実行」をテーマとしているとか。

だいぶ前のことで、新聞はすでに処分しました。

個人的な考えでは、以心伝心を日常のコミュニケーションに取り入れることには否定的です。低レベルの人間が扱うにはリスクが大きすぎます。
言うべきことをきちっと伝える欧米方式のほうがミスが少ないに決まってます。

近年我が国では、会話や行動様式が洋風化してきました。
エゴ丸出しと感じる人もいましょうが、自分の考えをはっきり言う傾向はいいことです。

配偶者に毎日「愛している」と言おう。そんなことが奨励されています。黙ってても伝わってるという思い込みが熟年離婚の第一歩なのだ、と。

言ったとしても、ほかがいっさい変わらなければ同じことだろうに。
いえいえ、口に出すことで、おのずと行動にも変化が現れるのですよ。それがアファーメーションの力です。

そのわりには離婚率がアップしておりますなあ。
これまで離婚が少なかったのは、片方が忍従していたからで、そこを割り引いて考える必要があるんじゃないですかね。

しかし。
現代日本人は饒舌になりすぎたのではありませんか。
インターネットと携帯電話の普及が、無意味な会話を増幅させているような気がします。

「今帰ったよ」「おつー」こんなこと、いちいち打ち込んで記録に残して何が楽しいんでしょう。犯罪被害に遭ったとき、足取りを調べる参考になる程度でしょ。
そういうやり取りに支えられた人間関係がいかほどのものか検証しないほうが幸せです。

毎日何十、何百通もメールを打つ若者や子どもたちの間では、即時返信が義務づけられているとか。加えてSNSやブログでは読み逃げ厳禁だし、足あと返しやコメント返しをしなければ仲間はずれ・・・いやもうタイヘンです。
そんなことばかりに血道を上げていたんじゃ、学力低下は必然事態。
恋人同士が四六時中ケータイで相手を監視し、縛りつけておかないと気が済まない事例もあると聞きました。
ビジネスパーソンも平日には数百通のメールをこなさなきゃ一人前とはいえないらしい。ご飯食べるヒマあるんでしょうか。

そうしたインフォマニア現象に巻き込まれていない私は、量的には楽なほうです。でも質はよろしくない。
なにぶん内気で気弱な性格でして、面と向かうと言いたいことも言えず、迎合と阿諛追従に身を投げてしまいます。自虐的だがいくばくかは自分の利益になるだろうし・・・とか卑しいことも考える。

ごくたまに、ひょっとしてこのヒトには以心伝心(に近いもの)が通じるのではないかという幻想にくすぐられる出会いがあります。むろん錯覚ですが。
一方、どんなに言葉を尽くしても通じ合えない相手だなと、初対面で決めつけたくなる人もいます。こっちはめったに外れませんね。
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投稿者:ルノ 23:47 | コメント(3) | トラバ(0) | 世相=世間相場?
2008年04月01日

4月ダンサー

数年前、正確には2002年の今日、ODPがマイクロソフトに接収されました。接収とは不穏な表現だな。買収でもないし、平たく言えば、乗っ取られたのです。

だから、何?

う・・・。
とりあえず私の知る限りの事情を説明しましょう。間違ってても無視してね。
興味をお持ちの方はご自分で検索してお調べください。民主主義の我が国ではたやすいことです。誰にでもできることを私がわざわざするには及びません。情けないまでに卓越した記憶力をもとにオリジナル文を書くことのほうが貴重ではありませんか?

ODP(Open Directory Project/オープン・ディレクトリ・プロジェクト)は『世界最大のディレクトリ』を標榜するボランティアサイトです。自分のホームページを申請すれば載せてもらえることがあるので、ありがたい存在です。
当時の我が国ではそれほど注目されていませんでした。大ヤフーのほか、ライコスやインフォシークもディレクトリを持ってたし。
しかし英語サイトオーナーにとってはことのほか重要でした(詳細はこのページで)。

その大サイトが突如として、Microsoft Directory Projectと名を変え、各ページにはマイクロソフトのロゴが麗々しく冠されたのです。事前のアナウンスはいっさいなし。
一般社員やODPで働くエディタたちにも寝耳に水の出来事でした。
当日知り合いのエディタさんが「こんなことになってる」と驚きのメールをよこさなければ、普段ODPに用のない私は目にする機会を逸したことでしょう。

さて、ODPの運営母体はネットスケープです。
ネットスケープといえば、ブラウザのシェアでマイクロソフトとしのぎを削り、すでに敗退しつつありました。

ODPがMSNの傘下に入ったということは、マイクロソフトとネットスケープの合併に結びつきます。
これはインターネット上のビッグニューズです。

だからって、誰も騒ぎませんでした。
4月1日ですから。
翌日には元に戻っていました。

1日だけのジョークにしては、ずいぶん大がかりな作業だったに違いありません。
数十万あるいは数百万ページのすべてが一夜にして模様替えしたのですよ。メインコンピュータで一括変更すれば済むとしても、そこにライバルサイトのロゴマークを無断で埋め込むんだから、無謀のきわみ。
無断? 事前にマイクロソフトとの打ち合わせがあったとは思えません。それじゃ面白くないでしょ。
著作権侵害されたゲイツさんも大喜びだったはず。

欧米人はこういうお遊びが大好きです。
昔からエイプリルフールにはめいっぱいはめを外してきました。世間を騒がせ過ぎたことも度々あります。
本日もウェブではいろんなイベントが発生することでしょう。

私もその翌年の4月1日に、サイト上でトライしました。弱小サイトのしょーもないおふざけにしては、身に余る反応をいただいたような・・・。常連さんはありがたいものです。感謝。

日本ではエイプリルフールは不人気です。四月馬鹿と訳されたせいでしょうか。さっぱり定着しません。
せいぜい4コマ漫画のネタになる程度。
しかも、そこそこ楽しむ人々がいた昔に比べると、確実に衰退しつつあります。

なんでも欧米の真似をせよとは言いませんが、ちょっとつまんないですね。

日本に向かない理由はいろいろ考えられます。
日本人が生真面目な民族だから、ではなさそう。

まず、「嘘」というものに対するスタンスの違いです。
これについては以前和製英語のページに書きました。
キリスト教に支配される国々において、嘘は大罪なのです。年に1度くらい解放される日を設けたいわけですね。
その点日本人は年中嘘ばっかりついてるので、さあ嘘をつけと言われると窮してしまう。それはそうと「嘘をつけ」「嘘言え」が「嘘を言うな」の意味になるとは、フカカイな表現。

嘘を言え。欧米人にもウソつきはうじゃうじゃいるぞ。

その通りです。それが「スタンスの違い」(文化の違い)なのです。あまり深入りはしませんが、どうも嘘の性格が異なるみたいです。
ドーピング疑惑に関する『偽証罪』でメダルを返還した選手がいましたが、しらばっくれればわかんなかったのにと思った日本人もいることでしょう。

英語には white lie という罪のない嘘もあり、日常的に許容されているようです。また嘘とジョークは紙一重ですが、そのあたりの機微もあっちの人は上手いですね。

もうひとつ。こちらのほうが大きいと思うのですが、4月1日という日がまずいんですね。
なにしろ日本社会にとって大切な区切りの日です。新年度の始まりであり、さまざまな制度変更や法改正が実施される日でもあります。こんな日にウソなんかつくのは不謹慎だ。てわけ。
大会社の社長が新入社員を前に嘘八百の訓示を垂れるのも愉快なのにね。

エイプリルフールのようなものに嬉々として取り組む学生たちが春休みでばらけてしまってるのも、不利な要素かもしれません。
2011年から新学期が秋に移行しますが、それをきっかけにエイプリルフールも必ずや人々の支持を得るだろうと、密かに期待しています。
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投稿者:ルノ 15:46 | コメント(3) | トラバ(0) | 世相=世間相場?