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<title>貧盗恋歌</title>
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<description>多彩でアナクロな趣味と雑学の世界。</description>
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<title>早寝早起きは三文の徳</title>
<description>携帯電話の鳴る音に目を覚ましました。暗闇でヨタヨタと起き上がって居間に行き（ちなみに私はケータイを枕元に置いたりはしません。寝ているときまで電磁波を浴びたくなんかないもんね）、あかりをつけて電話に出ると、「もしもし」と父の声。実家の父が電話をかけてくることはめったにありません。用事があっても、いったんは女房（私の母）にかけさせるというものぐさぶり（別に関白じゃないんだけど）。いったいどうした風の吹き回しか。しかもこんな真夜中に（ちらっと時計を見たら3時40分くらいでした）。こ..</description>
<dc:subject>美容と健康</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-04-30T17:22:07+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
携帯電話の鳴る音に目を覚ましました。<br />暗闇でヨタヨタと起き上がって居間に行き（ちなみに私はケータイを枕元に置いたりはしません。寝ているときまで電磁波を浴びたくなんかないもんね）、あかりをつけて電話に出ると、「もしもし」と父の声。<br /><br />実家の父が電話をかけてくることはめったにありません。用事があっても、いったんは女房（私の母）にかけさせるというものぐさぶり（別に関白じゃないんだけど）。いったいどうした風の吹き回しか。しかもこんな真夜中に（ちらっと時計を見たら3時40分くらいでした）。これはもう、母に何かあったに違いない。胸のあたりがきゅっと冷たくなりました。<br />が、電話の向こうは、元気か、ちゃんと飯食ってるか、などと、比較的のんきなムード。いぶかりつつ用件を尋ねたら、パソコンが故障した、と。<br /><br />ええっ？<br />そりゃあ、パソコンに疎い年寄りには大事件でしょうが、だからってこんな時間に・・・再度時計を見たら、なんだ、8時20分でした（夜の）。<br />やや見えにくい角度だったし、気が動転していたのかもしれません。おまけにうちの<a href="http://zup.seesaa.net/article/143137478.html">ボロ時計</a>は、長針と短針の区別がつきにくいんだよ。と、責任転嫁。<br /><br />思えば数日前から、朝の4時、5時ころまでバタバタと（非効率に）活動する生活が続いていました。<br />どんなに遅く寝ても、8時前には起きて朝ご飯を食べる（自由業にしてはかなりマジメでしょ）習癖なので、睡眠不足が蓄積していて、とうとうその日は夕飯抜きで6時前に寝てしまったのでした。<br /><br />ちなみにパソコンの症状はどうしても電源が入らないというものでしたが、翌週帰省して調べたら、問題なく作動しました。まったく人騒がせな。<br /><br />これはずいぶん前の出来事です。<br /><br />今はすっかり改心して、適度な睡眠を心がけるようになりました。よほどのことがない限り、11時前にはベッドに入ります。起床は5時半ころ。<br /><br />というのも『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4047318310/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=abcabcnet-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4047318310">眠っているうちに病気にならない体をつくる本</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=abcabcnet-22&l=as2&o=9&a=4047318310" width="1" height="1" border="0" />（根来秀行）』という本を読んで、感化されたのです。<br /><br />人体は睡眠中に、成長ホルモン、メラトニンなどのアンチエイジングホルモンによって再生されるという理論のもと、再生を最大限に行わせるためのノウハウを説いた本です。眠っているとき体内ではどのようなことが行われているか、自律神経はどう働いているか等々をわかりやすく解説し、効率よくホルモンを出して若返りをはかるための朝昼晩の過ごし方、食事や運動の注意事項について述べています。<br /><br />よりよい再生の第一歩が『夜11時に寝て、朝6時に起きる』ことなのです。<br /><br />夜<a href="http://bijindo.seesaa.net/article/33382223.html">早めに寝る</a>ことのメリットは、どなたもすでにテレビや本でさんざん目にし、耳にしているはずです。主な理由は「成長ホルモンの分泌が真夜中にピークを迎えるから」ということも付帯的にごぞんじですよね。<br /><br />しかし現実問題として、多忙な現代人にとって、日付が変わる前に眠りにつくのは非常に困難です。<br />そもそも早寝を勧めている張本人からして、早く寝ているようには見えません。テレビに出たり本を書いたりする人は、テレビを見たり本を読んだりする一般人よりもはるかに忙しいはずだしぃ。<br />医師で大学教授で、いろんな団体の顧問まで担当しているこの著者だって、毎晩11時に寝ることができているかは大いに疑問です（見た感じではあんまし若々しくもないし・・・ワハハ）。が、それは他人事。<br />私自身の乱れた生活への危機感が強まっていたこともあって、すうっと頭に入り込んで、妙にあっさりと説得されてしまったのです。その気になればどうにでも時間を律することができるのは、自由業のありがたさ。<br /><br />だから、寝起きの時間を守るだけでなく、起きたら部屋中あかあかと照明をつけてなるべく強い光を浴びるようにしたり（最初に読んだのは冬で、6時に朝日を浴びるのは無理でした）、以前は午前中にやっていたエクササイズを夕方に変更したりと、可能なことは極力取り入れるようにしました。<br /><br />それでめざましい効果が上がったかというと・・・うーむ、わからん。<a name="more"></a>

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<title>わんこステーキ</title>
<description>犬食いといえば、悪しきテーブルマナーのひとつです。犬が器に鼻先を突っ込んでガツガツ食べるようすはほほえましいのに、人間が同様のことを行うと、とたんにひんしゅくを買います。犬は家畜の中でも最も歴史が古く、人間とともに生きてきた動物です。それにしては「犬」という言葉はかなり貶められている感じです。スパイや裏切り者を指すこともあるし、犬死に、負け犬、犬侍などと軽んじられるし、最低の人間のことを犬ナントカにも劣るとか表現しましたね。それは犬が動物の代表ということで挙げられたということ..</description>
<dc:subject>辞書と戯れる</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-04-28T17:24:22+09:00</dc:date>
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犬食いといえば、悪しきテーブルマナーのひとつです。犬が器に鼻先を突っ込んでガツガツ食べるようすはほほえましいのに、人間が同様のことを行うと、とたんにひんしゅくを買います。<br /><br />犬は家畜の中でも最も歴史が古く、人間とともに生きてきた動物です。<br />それにしては「犬」という言葉はかなり貶められている感じです。スパイや裏切り者を指すこともあるし、犬死に、負け犬、犬侍などと軽んじられるし、最低の人間のことを犬ナントカにも劣るとか表現しましたね。それは犬が動物の代表ということで挙げられたということなのでしょうが。<br />英語でも、dogには「卑劣な奴」「ブサイクな人」「粗悪品」「失敗作」などの意味がありますし、spanielはおべっか使いを意味します。<br /><br />「いぬくい」と澄ませて読めば、犬を食うことすなわち食犬（犬食）を意味します。かつてはさまざまな国で犬を食べていたようです。伝統料理として珍重している国もあるとか。<br /><br />突如食犬について考えたのは、たまたま漢和辞典を眺めていて、「器」という字の成り立ちが目に留まったからです。４枚の皿に犬の肉を盛り上げた形を表しているのだと。<br />中国人にとって、犬は大ご馳走だった、というか肉の代表は犬だったんですねえ。<br /><br />それにしても犬っておいしいんでしょうか。そりゃあ、猫よりはましな気がします。そもそも猫の体は食べるほどの量ないでしょ。<br />一般に、人の食用にされる肉は草食獣のほうが上質です。肉食獣は臭みが強くて筋張っていて、まずそうな印象。<br /><br />食材目的で肥育されるチャウチャウには、肉類をいっさい与えないそうです。それでも牛肉並みにおいしくなるはずもなし。<br />チャウチャウの脚が棒のような形になったのは、食材として改良された結果だと聞いたことがあります。あの脚では早く走れないから逃げ出しにくく管理が楽だし、脚からも肉をたくさん取りたいってこと？<br /><br />犬はたいそう身近な存在だから、犬食に対する欧米人の嫌悪感は鯨などよりも強いと思われます。が、ちらっと調べると、ヨーロッパでも犬食文化を持っていた国があるようです。<br /><br />中国人はいろんなものを料理するから、人だって食うかもしれぬ。<br />そういえば『三国志』に、劉備が泊まった家で、そこの主人が何も食べ物がないから自分の妻を殺して煮てもてなしたという「美談」がありまして、読者はうげっとなります。どうせなら焼いたほうが香ばしかろうに。<br />ちょっとうろ覚えだけど、中国で病気の親に自分の腿の肉を食べさせた孝行息子の話や、薬効あらたかな人血入り饅頭の話もどこかで読んだ記憶が・・・（フィクションだったかも）。<br />今でも食人種というのは存在するらしいから、昔は何が行われたって不思議はなかったでしょう。<br /><br />現代の文明国で人を食す理由は、おおむねふたつに分けられましょう。遭難など飢えに迫られてというのは、ごくまれに起きます。ほとんどは変態的嗜好によるもの。<br /><br />欧米のホラーやサイコサスペンスなどでは、人食いはかなり好んで扱われるモティーフです。グルメアンソロジーには必ず１、２編の人肉料理が収録されています。<br />人肉なんて絶対にまずいと思うけど、味の問題ではなく、タブーだから食欲をそそるのですよ。ほんとうにおいしければ、もっと広まっていて、食人罪なんてものも堂々と成立しているはず。<br /><br />『カニバリズム論』（中野美代子／1987）は、文学における人肉嗜食を論じたエッセイ集で、実におもしろい本です。取り上げられた作品を読んでいればなおさら深みが増すけど、ほとんどがそうでなかった私にもじゅうぶん楽しめました。60年代に書かれたものも混ざっているけど、全く古さを感じさせないところもすごいなあと感嘆。<a name="more"></a>

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<title>ホモ・サピエンス・リンネ</title>
<description>なまじ知恵なんてものを持ったせいか、人間は「なぜ？」にとりつかれた唯一の動物となりました。人間と犬の違いは、知りたい欲求のあるなしだという意味のことを、ファーブルは書いています。わからないことを知りたいという願望は、ときとして人々を苦しめます。ものごとには原因があって結果がある・・・当たり前のようにも思えます。原因や理由を追究することで、対策や改善点を探り、高度な文明の発達へつながったのです。それでも世の中には、いくら調べても原因がつかめないことも多々あります。人類が未熟なせ..</description>
<dc:subject>生老病死</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-03-31T09:48:35+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
なまじ知恵なんてものを持ったせいか、人間は「なぜ？」にとりつかれた唯一の動物となりました。<br /><br />人間と犬の違いは、知りたい欲求のあるなしだという意味のことを、ファーブルは書いています。<br />わからないことを知りたいという願望は、ときとして人々を苦しめます。<br /><br />ものごとには原因があって結果がある・・・当たり前のようにも思えます。原因や理由を追究することで、対策や改善点を探り、高度な文明の発達へつながったのです。<br />それでも世の中には、いくら調べても原因がつかめないことも多々あります。人類が未熟なせいでまだわからないだけなのか、そもそも原因が存在しないのか。<br /><br />金持ちの老夫婦が強盗に殺害されて金を奪われたという事件は、比較的わかりやすい事例です。年寄りは抵抗が少なくて楽に殺せるだろうと強盗は考えたのでしょう。もし被害者が悪辣な高利貸しで、非道なやり口で蓄財して恨みを買っていたのなら、さらに納得がいくかも。<br /><br />幼い少女が変質的な男に誘拐され無残に殺されるという事件がときたま起こります。遺族は「なぜこんなことを？」と悲痛な叫びをあげますが、その理由はたいてい当の犯人にも説明できない衝動であるようです。<br />わけもなく人殺しをしたい人間は、どの国にもいつの世も散発的に（よりはもっと多く）現れています。これはもう、そのようになっているとしか（現時点では）思えません。理由を追求してもむなしいばかりです。<br /><br />もしも殺された子に「責任」があったとしたら、納得できるでしょうか。たとえば犯人を挑発したとか。<br />無理です。いかに悪辣な高利貸しでも殺されていいはずはないのに、ましてこの世の悪を知らない幼い子どもですよ。その子がどんなようすであったろうと、犯人の殺意はすでに抑えきれない状態だったので、逃れることはできなかったのでしょう。<br /><br />「しかし、どうしてうちの子が標的になったのか」肉親はさらに問いかけるでしょう。現場ではほかに何人かの子どもが遊んでいたし、もっとかわいい子もいたのに、なぜたまたまうちの子が？<br /><br />どうしても理由づけをしたければ、ひとつの説があります。<br />前世で悪いことをしたむくいなのだ、と。<br /><br />あるかどうかも定かでない「前世」とやらに責任を押しつけるのは無茶でしょうか。ま、ないという証明もできていないようだから、人間とは想像力豊かなものです。<br /><br />仮に全世界の人々が「前世」「来世」の存在を信じ、人類の幸せを願ったなら、それなりによい結果を生みそうです。<br />今幸せな人は、来世もかくありたいといっそう善行を積むし、不幸せな人は、自業自得だから人を恨むわけにはいかない、現世では我慢して世のために尽くせば来世には必ず報われると、やけにならずに済みます。さらには現世の努力が現世の報酬として返ってくるサイクルもあるから、いつまでも不幸でいるわけでもないでしょう。<br />たった３代で、すべての人が幸せになれるという理屈。<br /><br />むろん、そううまくはいかないのが、人間の罪業か。<br /><br />前世説に説得力を失わせる要因として、大量殺人や大事故、大災害が考えられます。<br /><br />通り魔事件のあったちょうどその日時に歩行者天国へ行ったのは、前世に悪いことをした人々ばかりなのか。脱線した列車に乗ったのも前世の因縁であり、ある地域が大地震に見舞われたのは、そこに前世の悪人が集まって暮らしていたから？<br /><br />その通りである。と、コテコテの前世論者は言うかもしれません。<br />前世に悪業を重ねた人間は、無意識にある地域に引き寄せられてしまい、その数が飽和に達すると、絶対者が災害を起こすのだ、ただし悪事の程度が軽かった人も混じっているから、彼らは家を失う程度で済む、とかなんとか。<br />いやあ、ちょっとバカバカしい気がしますね。それだと「自分の意思」なんてものは無意味であり、どんな行為も前世の因縁となり、改善の余地も消えます。<br /><br />ごくまれに、前世の記憶を持つ子どもが出現し、知っているはずもないことをいろいろとしゃべってまわりを驚かせたりします。<br />それらの事例を真面目に調査・研究する学者もいます。ただし、生まれ変わり信仰のない社会ではめったに起きないことや、話す内容が必ずしも当たっていないことなどから、その地域に根づいた生まれ変わりの文化や思想が「思い込み」を育てたという見方が正しいようです。<br /><br />来世を信じることができたなら、やみくもに死を恐れる必要もなくなります。あるという考え方に充実した説明がつくなら、信じたい気分も個人的にはないではないのですが。<a name="more"></a>

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<title>雪に変わりはないじゃなし</title>
<description>『シャボン玉飛んだ、（つられて）屋根も飛んじゃった』という解釈について書かれた文（たぶん『日本人の発想、日本語の表現（森田良行）』という本だった）を読み、ふとあの有名な詩を思いました。『私が両手をひろげても／お空はちつとも飛べないが』これに対して、「じゃあ、誰が両手を広げたら、お空は飛べるようになるんだ」とツッコミを入れる人は、まずいませんよね。「お空」とは基本的に「そこを飛ぶ」ものであって、「それ自体が飛ぶ」という発想には至りにくいからです。翻って、屋根。目にする機会はめっ..</description>
<dc:subject>レトロ</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-03-26T13:49:01+09:00</dc:date>
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『シャボン玉飛んだ、（つられて）屋根も飛んじゃった』という解釈について書かれた文（たぶん『日本人の発想、日本語の表現（森田良行）』という本だった）を読み、ふとあの有名な詩を思いました。<br /><br />『私が両手をひろげても／お空はちつとも飛べないが』<br /><br />これに対して、「じゃあ、誰が両手を広げたら、お空は飛べるようになるんだ」とツッコミを入れる人は、まずいませんよね。<br />「お空」とは基本的に「そこを飛ぶ」ものであって、「それ自体が飛ぶ」という発想には至りにくいからです。<br /><br />翻って、屋根。<br />目にする機会はめったにないとしても、台風や竜巻や爆撃で屋根が飛ばされることはありえます。だから「屋根までもが飛んだ」と受け止めても非常識とまではいえません。屋根も飛ぶ大風の中でシャボン玉遊びをする子どもがいるかどうかはさておき。<br /><br />空は飛ばないとはいえ、あえて想像すると、ちょっとシュールです。空が飛んでいったあとには何が残るのでしょう。宇宙空間？　それって空のことじゃないですか。何もない状態？　それこそが空です。結局空はどこへも行けないのです。<br />鉄腕アトムは「空を越えてラララ星のかなた」まで行くらしいが、空はどこまで行っても空でしょ、越えることなど可能なのかな。<br /><br />シュールといえば、『月の砂漠』・・・これを私は月世界の話だと信じていました。<br />だって助詞「の」は、まず所有を意味します。「月の砂漠」を「月にある砂漠」と解釈するのは子どもだけではないはずです。<br />月の駱駝は地球産に比べて色淡く、なぜか脚も細長く、妙に存在感が薄いような気がしていました。月人（Lunarian）のお姫様も透き通るような肌をしてふにょんと細長いようなイメージ。<br /><br />童謡の詞は、ほとんど意味不明しばしば文法無視の歌謡曲などに比べれば、いったいに格調高いといえましょう。それだけに子どもたちは正しい意味もわからずに歌っていたものです。<br />うさぎってそんなにおいしいもんだろうかとか、赤とんぼに追っかけられるとは軟弱な子だなとか。<br />イアン・アーシーさんの本には「赤い靴履いてた女の子を連れていったのは、いい爺さん」と思い込んでいたというマンガが載っていました。連れていったのが異人でなく「ガイジン」なら、誘拐の匂いがするぞ。<br /><br />ところで、ある日の買い物帰り、唐突に『おお、ブレネリ』が思い浮かびました。「おブレーネリ、あなーたのおうちはどこ？」というあのデュエット曲。<br />昔からずいぶんとヘンな歌詞だとは感じていました。私が「おうちどこ？」と尋ねられて「ニッポンよ」と答えたら、相手はおちょくられたと怒るでしょうよ。「狼怖い」といったそばから「ヤッホー」ですか。いささか躁鬱的。<br /><br />巷には同じことを思った人々がいに違いないと検索しましたら、実際いろんな説が飛び交っているのですねえ。延々と論文のように書き並べたページもあって、笑い転げてしまいました。<br /><br />「ブレネリ」が呼び水になって、似たような翻訳民謡の出だしがいくつか出てきました。タイトルや詳細は知らないけど、「泉に水くみにきて娘らが話していた」や「森へ行きましょう娘さん（アハハ）鳥が鳴く（アハハ）あの森へ（ラララララ）」など。<br /><br />「森へ行きましょう」は、なんだかナンパっぽい始まりだけど、聞いていると、娘さんも僕らも複数だし、たいそう真面目で健全な「勤労の歌」だとわかってきます。昔の子どもは純真だったから、妙な疑いは抱きません。それよりも「アハハ」ってなんなのさと、首を傾げたりしました。<br /><br />「アハハ」や「ラララ」などの合いの手（？）は、原曲にあるから外せないのでしょうが、それが違和感をもたらすことはままありますね。<br /><br />「つらく悲しいときにもラララ泣くんじゃないと」・・・ラララ気分じゃねえだろって突っ込みたくなりませんか。この一点のせいで、『グリーン・グリーン』という歌は、歳月を経ても私の記憶から消えないのでした。<a name="more"></a>

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<title>ぼうトレ</title>
<description>また下半身ネタ？　今回はたいそうまじめで、ためになります。って、いつもいつもまじめですよ私。夜中にトイレに起きると、ああ、トシだなあって落ち込みます。特に冬場は、ベッドから出るのがつらいものです。人によっては、そのまま目が冴えて悶々とし、睡眠不足になるとか。私は寝つきはいいのですが、起きた時間が午前４時を過ぎると、２度寝になって７時近くまで目が覚めず、寝坊につながることもあります。どのくらいの頻度で起きているのだろう。その時刻を分単位まで記録するという、かなり自虐的な試みを、..</description>
<dc:subject>美容と健康</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-25T10:14:24+09:00</dc:date>
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また下半身ネタ？　今回はたいそうまじめで、ためになります。って、いつもいつもまじめですよ私。<br /><br />夜中にトイレに起きると、ああ、トシだなあって落ち込みます。特に冬場は、ベッドから出るのがつらいものです。<br />人によっては、そのまま目が冴えて悶々とし、睡眠不足になるとか。私は寝つきはいいのですが、起きた時間が午前４時を過ぎると、２度寝になって７時近くまで目が覚めず、寝坊につながることもあります。<br /><br />どのくらいの頻度で起きているのだろう。その時刻を分単位まで記録するという、かなり自虐的な試みを、だいぶ前からおこなっています。<br />枕元やトイレにメモ帳を置いたりはせず、覚えておいて翌朝日記帳に書き込むのです。いちおう、記憶力鍛錬につながるかな、と。<br />2:22や3:00など、ぞろ目や切りのいい時刻はわりと楽勝。2:56、4:02などは個人的に覚えやすい数値。そのほかは「1:13＝いいさ、いいさ」「3:14だからパイ」など、語呂合わせみたいにするのもよろしい。2:16＝じょにーの誕生日だっ（んなもん、知っておくな）。<br /><br />覚えておこうとする努力のために眠りが妨げられはしないけど、明け方大スペクタクル夢やトイレに行く夢などをみると、記憶が薄れがちです。今のところ、起きたか起きなかったかさえあやふやというゆゆしき事態には至っていません。<br /><br />平均して、週に１、２回は起きています。時間帯は２時、３時がほとんど。<br />連続５日間ともなるとがっくりくるけど、２週間以上全く起きなかったことも。<br />一晩に２度トイレに立つことはめったにありません。22:42と4:42に起きた日は、就寝が早すぎたのです。<br /><br />確かに早寝をすると中途覚醒の確率が高くなります。<br />２週間熟睡した時期は、連日２時過ぎにベッドに入っていました。トイレに起きなかったからって、健康的な生活というわけではないのです。<br /><br />一晩に２度以上は夜間頻尿とされますが、１度でもじゅうぶん問題です。<br />とはいえ、トイレに起きなければ熟睡できるのかというと、そうでもなくて、たいてい１度か２度は目を覚まします。年をとると若いころに比べ眠りが浅くなるのは致し方ない現象のようです。<br /><br />要は気にしないのが一番。時刻を連綿と記録するなんてサイアクの対処法だぞ。<br /><br />ところで、とある尿トラブル関連書に、膀胱を甘やかしちゃいかんと書かれていました。<br /><br />就寝前や外出前に必ずトイレを済ませる習慣を持つ人って多いですよね。<br />とりわけ頻尿や尿もれに悩む人は、大事なときに切迫した状態になることを恐れて、早め早めに行くよう心がけているでしょう。泌尿器に器質的疾患がない場合、そのことが症状を悪化させているケースがあります。<br />過活動膀胱は過保護膀胱から生じるってこと。<br /><br />手持ちの古い百科事典の記載では、日本人の膀胱の容量は平均470cc、女性はやや小さいそうです。ただし個人差も大きい。<br />ほかの文献では、一般に150ccくらいたまると尿意を覚え、250ccでは強い尿意となるとか。それでも約半量です。<br /><br />尿意のない50cc程度で出してしまうことが続くと、膀胱はこれが適正量だと勘違いして、次に50ccたまったとき、尿意信号を脳に送るようになるのです。すると次はもっと少なくてもトイレに行っておこうとするから、ますますサイクルが早くなります。<br />この悪循環を断ち切る方法はふたつ。「尿意が起こる前にトイレに行かない」「尿意を感じてもしばらく我慢してみる」・・・これが膀胱トレーニングすなわち「ぼうトレ」です。<br /><br />おしっこを我慢したら膀胱炎になるんじゃないかと心配する人もいますが、それは我慢が限度を超えた場合。軽い尿意に耐える程度ならば、問題はない、どころか、生活の質向上に役立ちます。<br /><br />思い返せば、夜中どうしてもトイレに行きたくなったから目を覚ますのではなく、目を覚ましたらなんとなく行きたくなってしまうことのほうが多いのです。<br />ここでまだ半量以下だぞと言い聞かせれば、我慢できないことはありません。やや落ち着かない気分だけど、そのうち膀胱もあきらめるらしく、眠気が来ます。この「やや落ち着かない気分」というものに負けてしまうのが現実なんですけどね。<br /><br />昔、西丸四方という精神科医の著書を愛読していました。精神病や不眠症、脳の機能などについて妙におもしろい話を書いています。<br />症例のひとつに「霊の声に排尿を禁止された」という妄想を抱く女性がいます。おなかがパンパンにふくらんでいたので、導尿をしたら、8,000cc出てきたとか。伸縮性では子宮に勝る臓器はないと思っていたけど、膀胱のほうがスゴイのかも。<br />人体は信じがたいほどの余力を秘めているのです。<a name="more"></a>

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<title>ドーパの悲劇</title>
<description>依存症に関する本を何冊か読んだことがあります。自分が依存症になりやすいタイプだという危惧を抱えているせいか、図書館の棚に見かけたらつい手に取ってしまうのです。私は非常に意志の弱い人間です。それはつとに自覚しています。とはいえ、意志薄弱だから依存症になるわけでもないのです。強固な精神を持ち、高度な知性や理性をそなえた人でも、依存症になる状況に置かれたら、なってしまうものです。打ち明けますと、若いころ煙草を吸っておりました。けっこう本数も多かったけど、数か月後なんとなくやめました..</description>
<dc:subject>美容と健康</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-23T13:29:33+09:00</dc:date>
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依存症に関する本を何冊か読んだことがあります。<br />自分が依存症になりやすいタイプだという危惧を抱えているせいか、図書館の棚に見かけたらつい手に取ってしまうのです。<br /><br />私は非常に意志の弱い人間です。それはつとに自覚しています。<br />とはいえ、意志薄弱だから依存症になるわけでもないのです。強固な精神を持ち、高度な知性や理性をそなえた人でも、依存症になる状況に置かれたら、なってしまうものです。<br /><br />打ち明けますと、若いころ煙草を吸っておりました。けっこう本数も多かったけど、数か月後なんとなくやめました。その後数年間は、酒席などで勧められたら手を出すことはあっても、自ら買って喫煙することはなく、現在では匂いをかぐのも嫌です。<br />そして私が大酒飲みだったことは当ブログのどこかで述べておりますが、今や一滴も飲みません。飲めないのでなく、飲む気にならないだけ。<br /><br />酒やタバコをやめるのに「強い意志」が必要なら、今も耽溺していたはず。が、どちらもわずかな努力さえなしに脱却できました。体質に合わなかったのでしょう。<br /><br />だから、もしあなたが禁煙を何度試みても失敗し、自己嫌悪に陥っているとしても、意志薄弱なダメ人間ってことではありません。単に脳の一部が壊れているだけなんですよー（と、脅しをかけておこう）。<br /><br />依存の対象は薬物、ゲーム、恋愛、買い物などさまざまです。<br />依存症になると、その対象がなんであれ、脳内には同じ不可逆的変化が起きているそうです。不可逆とは、元に戻らないということ。コワーい。<br /><br />そうか、私の脳も壊れているんだ、泣いても笑っても手遅れなんだ。気分直しにチョコでも食べよう。パクパク。<br />おっと、それがいけないんだよ。<br />だってビョ～キだからしかたないやんか。そうなんです。私は恐怖の甘いもの依存症。<br /><br />依存症にかかわる重要キーワードは<b>ドーパミン</b>（ドパミン）です。<br />ドーパミンは嬉しい、楽しい、快いときなどに、脳内で分泌される神経伝達物質です。生きる意欲のもとというか、幸せホルモンの一種ってとこ。<br />依存を引き起こすモノやコトは、その分泌システムを狂わせます。ニコチンを摂取すると、嬉しくも楽しくもないのに、ドーパミンが出る。だからやめられなくなるのです。<br /><br />ラットがレバーを押せば脳に電気刺激が伝わる実験について聞いたことがあるでしょう。ある位置に電極をセットすると、ラットは寝食も忘れ、死ぬまでレバーを押し続けるそうです。そこがドーパミンを出すツボです。<br /><br />ドーパミンの出方はもともと単純なものではなく、同じ快感刺激が続けば低下し、思いもかけないときにふいに嬉しいことがあるとどっと上昇します。ワクワクした期待感を抱くだけでも放出されるけど、期待が裏切られるとガクッと落ちます。<br />努力しても報われないつらい日々が続いても、くじけずにがんばっていたら、突如大幸運に恵まれた、なんてときは最高潮に達します。不屈の精神を養う手助けをしているみたいな・・・ギャンブル依存者はこれで人生を棒に振るのです。最高潮の体験を忘れろなんて無理な話ですからね。<br /><br />人生山あり谷あり。谷が深ければ深いほど、山頂に到達したときの喜びは大きいものです。<br />だからって、好んで谷底に落ちたがる人がいるでしょうか。<br />自ら谷底に転げ落ち、丘よりも低い小山に這い上がっただけで、エベレスト制覇にも勝る達成感を味わう・・・それが依存症です。<br /><br />と、理屈がわかったら、依存症が治るだろうか。<br /><br />甘いものがやめられないという私の悩みは、その実、やや強度の甘党に過ぎず、真性甘味依存や過食症に比べると、まだまだカワイイというか、生ぬるいようです。が、程度が軽いからこそ本気で問題視しないという側面も・・・。<br /><br />私の食べ方はわりときっぱりしています。<br />たとえばゴーフルを１度に３枚食べるのは、１袋に３枚入っているから。もし１枚ずつ個包装されていたら１枚で済むのかも（案外、１度に１缶食べ尽くしたりして・・・１缶は５袋だったかな）。<br /><br />私は間食をする習慣がなく、お菓子はいつも食後です。つまりすでに満腹の状態。デザートは別腹ってほんとうですねえ。<br /><br />ゴーフルはけっこう大きいけど、食後でも１枚はおいしくいただけます（ドーパミン、ぷしゅー）。２枚目になると飽きてきます（ドーパミン、しょぼしょぼ）。３枚目ともなると、うんざり。甘さは感じるけど、おいしくない（もはやドーパミンは枯渇し、ストレスホルモン全開の様相）。胃はむかつき、お定まりの後悔。<br /><br />それなのに、なぜ食べるの？　包装を開けちゃったから。やはりビョーキとしか思えぬ。<br /><br />こういう性癖を認識して以来、買うときに多少防衛するようになりました。<br />５個入りあんパン、プリン３個セット、いわゆるマルチアイス（１箱に６個くらい）などは極力避け、割高でもバラ売りや単品をひとつだけ選ぶとか、袋入りの徳用チョコレートは敬遠して板チョコにするとか。<br />だけど、安売りしていると思わず買ってしまい、気がついたらアイス一箱ペロリ。あ～あ。<br /><br />ところで、果物も嫌いではありません。ときたま５個398円の安いリンゴを買います。小さなサンふじはけっこう甘いし、蜜入りも多く、お買い得です。<br />果物を食べるのは食前と決めていますが、小さなリンゴでも、せいぜい半分しか食べる気にならないんです。残りは切り口に塩を振ってラップ。<br />同じことがお菓子に応用できないのはなぜなんでしょう。ゴーフルを１枚食べたら袋の口をセロテープで閉じて次に回せば、毎度適量のドーパミンに恵まれてハッピーだろうに。<br /><br />確かに、昼間あんパン５個を平らげた結果、夕食後は甘味ゼロを余儀なくされ、ああ、あの時１個でも残しておけばよかったとほぞをかむこともしばしば。でも、なければないで耐えられるのです。わざわざお菓子だけ買いに行くのも面倒だし。<br /><br />食べるときには見境なくお菓子をむさぼるわりに、体重増加が抑えられているのは不幸中の幸いです。たぶん、玄米・野菜・大豆中心の粗食のおかげでしょう。お菓子さえなければ、なかなか健康的な食生活なのですよ。<br /><br />しかし最近読んだ『依存症のカラクリ』（磯村毅）に、いささか気になる記述がありました。<br /><br />脂肪と糖分の豊富な食べ物を断続的に摂ると、薬物依存と同じ脳内変化が現れるというものです。<br />「断続的」とはどういうこと？　ラットの実験で、平日の５日間は普通の餌を、その後２日だけ脂肪分と糖分の多い餌を与えることを繰り返したら、平日の摂食量が減っていき、週末に食べる甘い餌の量が飛躍的に漸増した、と。日常の食事をバカにして、週末のご馳走を心待ちにするようになったわけですね。<br /><br />なんだか私の食生活と似ているような・・・。<br /><br />たまに甘いものをドカ食いするより、毎日少量の甘いものをコンスタントに食べたほうが依存しにくいというのは納得がいきます。でもそれだと、甘いものへのありがたみも薄れそうな気がしませんか。いや、ありがたみこそ依存の根源だし・・・ああ、悩ましい。<br /><br />なお、この実験では糖分に脂肪が加わっています。油というものは、糖分にも増して依存を引き起こしやすいのです（<a href="http://bijindo.seesaa.net/article/38298306.html">油の報酬</a>参照）。カウチポテト族やマヨラーは油脂依存症といえるかもしれません。<br />つまり、ようかんやおまんじゅうよりもケーキ、チョコレート、クッキーなどのほうが危ないってわけ。<br /><br />当記事は、主に前述の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4798029173/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=abcabcnet-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4798029173">依存症のカラクリ</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=abcabcnet-22&l=as2&o=9&a=4798029173" width="1" height="1" border="0" alt="" />』を参考にしました。<br />また、医師で推理作家の帚木蓬生は、ギャンブル依存の治療に取り組みつつ、ギャンブル産業の猖獗を黙認する社会・政府へ警鐘を鳴らし、啓蒙に努めています。依存症に関する本も『ギャンブル依存とたたかう』など数冊あり、読み物としても興味深い内容です。<br />ほかに読んだのは『依存症がよくわかる本』（榎本稔）、『よい依存、悪い依存』（渡辺登）、『人はなぜハマるのか』（廣中直行）など。<br />依存症を扱ったものではないが、モーガン・スパーロックの『食べるな危険』は、ファストフードに依存性があることを身をもって示した映画『スーパーサイズ・ミー』のメイキング話です。軽妙洒脱な語り口でおもしろく読めますが、中身はシリアスで、私が<a href="http://bijindo.seesaa.net/article/90167331.html">読むだけで痩せる本</a>と評した『中国の危ない食品』に匹敵する怖さを含んでいます。<a name="more"></a>

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<title>似たふたり</title>
<description>ロバート・スミスをプリントしたＴシャツがボロボロになり、別の画像で２枚目を作ったのはだいぶ前のことです。その２枚目を着て実家に帰ったとき、母から「それはマイケル・ジャクソンね」と言われました。「違うよっ」と激しく否定したけど、翌年、また着ていったら、また同じことを言われました（トシだから致し方ありませぬ）。それを着て図書館に行く途中、大きな通りで信号待ちをしながら、そのことを思い出しておりました。と、角のケーキ屋さんから３歳くらいの女の子がとととっと走り出てきて、「コンニチワ..</description>
<dc:subject>下着・ファッション</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-22T21:40:24+09:00</dc:date>
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ロバート・スミスをプリントした<a href="http://zzz.abc-abc.net/article/570753.html">Ｔシャツ</a>がボロボロになり、別の画像で２枚目を作ったのはだいぶ前のことです。<br /><img src="http://abc-abc.net/blog/tshirt2.jpg" border="0" vspace="4" align="" alt="旧 Robert Smith T-shirt" /><br /><img src="http://abc-abc.net/blog/tshirt3.jpg" border="0" vspace="4" align="" alt="新 Robert Smith T-shirt" /><br /><br />その２枚目を着て実家に帰ったとき、母から「それはマイケル・ジャクソンね」と言われました。「違うよっ」と激しく否定したけど、翌年、また着ていったら、また同じことを言われました（トシだから致し方ありませぬ）。<br /><br />それを着て図書館に行く途中、大きな通りで信号待ちをしながら、そのことを思い出しておりました。<br />と、角のケーキ屋さんから３歳くらいの女の子がとととっと走り出てきて、「コンニチワ！」と元気よくおじぎしました。戸惑いつつも「こんにちは」と返したら、私の胸を指して、「それだあれ？」と訊くのです。<br /><br />だあれ・・・って、あなたの知らない人よ。<br />「誰だと思う？」と問い返すと、自信満々「マイケル・ジャクソン！」<br />うげ。<br />「違うんだけどー」と言うと、「じゃあ、誰、誰、誰？」としつこいので、「また今度ね」と逃げ出しました。<br /><br />横断歩道を渡りながら振り返ると、その子はいっこうにめげず、別の通行人（成人男性）をつかまえて挨拶していました。ここがニューヨークなら、誘拐されちゃうぞ。<br /><br />どうも私は、ひとなつこい子どもやひとなつこい小動物ってのが苦手で、ちゃんと相手できず困ります。<br />あのとき「ピンポ～ン、よく知ってるね」とかほめておけば無難だったのに・・・。いや、そんなウソで乗り切ることは、あの子にもロバートにも失礼だわん（って、マイケル・ジャクソンには失礼ではないのか？）。<br /><br />もっと問題なのは、過去にすれ違った人々が、「あ、マイケル・ジャクソンのＴシャツ」と思ったのではないか、と。<br />すると急に恥ずかしくなり、日傘の柄を握った手を胸のあたりに上げて、絵柄を隠すように歩いたのでした（って、マイケル・ジャクソンに失礼じゃない？）。<br /><br />ま、ロバート・スミスが整形したという話は聞かないから、案外ジャクソンさんはロバートみたいになりたかったのかもね。<br /><br />それは９月下旬の日曜日の出来事です。<br />きっかり４週間後（もう半袖Ｔシャツはしまいこんでいました）、同じ道を通りかかると、例のケーキ屋の前に、その女の子らしき幼女がぽつんと立っているのが視野に入りました。<br />すると私の足は勝手に横を向き、遠回りしてしまったのです。うーん、やっぱり困った性格だ。<a name="more"></a>

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<title>三方一両得</title>
<description>自分で作った人形やぬいぐるみを売ることもありますが、私のようにとろい人間にとって、手作り品の販売は売れば売るほど赤字がふくらむのが実情だから、積極的に売り出しはしておりません。それよりも、作ったものを展示したり、作り方や型紙を載せて人を集め、広告収入を得ることを主体にしたいところです。型紙はすべて無料でダウンロードできるようにしていて、このことが国内はともかく、海外では好評を博しています。というのも、あちらでは型紙は買うものであって、自作の型紙を売る個人ビジネスがたいそう盛ん..</description>
<dc:subject>サイト運営</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-27T10:02:21+09:00</dc:date>
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自分で作った人形やぬいぐるみを売ることもありますが、私のようにとろい人間にとって、手作り品の販売は売れば売るほど赤字がふくらむのが実情だから、積極的に売り出しはしておりません。<br /><br />それよりも、作ったものを展示したり、作り方や型紙を載せて人を集め、広告収入を得ることを主体にしたいところです。<br /><br />型紙はすべて無料でダウンロードできるようにしていて、このことが国内はともかく、海外では好評を博しています。<br />というのも、あちらでは型紙は買うものであって、自作の型紙を売る個人ビジネスがたいそう盛んです。<br />型紙がタダであるのに加え、それを使って作ったものは自由に販売してよろしいとサイトに明記しているとあって、私は「世界一generousなアーティスト」と（一部の人から）絶賛されています。<br /><br />そんなに盛んなら、型紙販売に参入すれば、多少なりとも収入の足しになるではないか。<br />その予定はありません。根がものぐさだし、「売る」という行為に精神的重圧を感じる人間なので、結局引き合わないと思うのです。<br /><br />ウェブにアップした型紙はデジタルデータなので、無限増殖が可能です。得た人はメールに添付して友人に送ることもできます。<br />うちからタダのものを取ってきて販売しようとたくらむ輩が現れるのは当然ともいえます。<br />欧米には著作権意識が浸透していますが、発展途上国ではその概念さえ生まれていません。道ばたに落ちている空き缶を拾ったり、誰でも立ち入り可能な山できのこを採集したりして売るのとどう違うんだと開き直られれば、ちょっと返答に窮したりして。<br /><br />２年余り前、「あなたのサンタ人形の型紙を売っている人がいる」というメッセージをもらい、そのことを英語ブログに書いたところ、かなりの反響がありました。そのサイトはetsy.comといいますが、コメントの多くは「あなたはetsyとコンタクトすべきだ」というものでした。<br />しかしほうっておきました。当該ページをじっくり見なかったので、etsyという中国人が開設したサイトだと早とちりしたのです。そんな相手にメールアドレスやIPアドレスを教えるなんてまっぴらですからね。<br /><br />その後、etsyは素人でも手軽に手作り品を売り買いできる場を提供する会員制サイトだと知りましたが、とにかくかかわり合う気はありませんでした。<br /><br />昨年のこと。「あなたのダックスフントの型紙がetsyで販売されている」という情報が立て続けに寄せられました。<br />実を言うと、こういう善意の密告はいささか迷惑に感じます。それに気づいたアナタがさっさとetsyに報告してくれたらありがたいのにさ。この要求がお門違いなのは承知していますが、なにぶん英語を読み書きするのが面倒で面倒でたまらないのです。<br /><br />今回は渋々ながら、etsyに苦情を申し立てることにしました。<br />ところがコンタクトフォームからの送信は、会員登録しないと受け付けないのです。これだからかかわりたくないのよね。苦々しい気分で登録して、「お宅のメンバーにドロボーがいる」と書き送りました。<br /><br />etsyからはすぐに返信が届きました。長々しい定型文です。<br />翻訳ソフトで訳したら、「著作権侵害の申し立ては、被害者本人がポリシーページをちゃんと読んで所定の様式で送れ」「あなたが本人でないなら、本人に知らせればよい」みたいな内容だと判断されました。<br /><br />ああ、なるほど。私に知らせてくれた善意の人々は、先にetsyに届けて、同じ定型メールを受け取ったのかも。<br /><br />私はポリシーなど読む気になれず、とりあえずメールを送りました。「私は本人であるが、英語が苦手だから、複雑な手続きには耐えられない。ドロボーの放置はあなたの損害になることだから、自力で調査して対処してほしい」<br />その後etsyからは、音沙汰なしです。<br /><br />私は著作権を侵害されてもどうってことないのです。むしろ私の型紙が優良だから有料で売る奴もいるのさ、と自己満足。<br />買った人はこんないいもんがたったの１ドルだなんて♪、と喜ぶ。<br />ドロボーさんは濡れ手で粟だからウハウハ。<br />誰も損をしない不思議な犯罪でありまする。<br /><br />そりゃあ、そんな理屈が通ると本気で思っているわけではありません。<br />不正な手段で稼いでいる人を見た人々は、不愉快でしょう。<br />第一、買った人が真実を知ったら怒り心頭。でもね、それは世界一のアーティスト、Runoの存在を知らなかったあなたの罪です。１ドルは罰金だとおあきらめなさいませ。<br /><br />ともあれ、私個人はこういった事態を深く憂慮する必要はないと考えています。<br />ウェブの口コミを甘く見ると怖いぞー。軽い気持ちで不正を行う素人は、遅かれ早かれ悪評を広めて自滅するに決まっています。<a name="more"></a>

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<title>雪だるま追想</title>
<description>最近はめったに雪が降らず、降っても積もることは珍しくなりました。私が住むのは九州の某都市です。積もりにくいのは、温暖化のせいだけでなく、雪の降り方が変わったからだとも思えます。このごろは昼間に降ることが多いようです。昼間だと融けやすいのです。「本日の最高気温は真夜中に出ました」などと聞くこともあり、ナンカヘンダナって気がします。ヒートアイランドで、街が地熱を蓄えて、日没後もあまり温度が下がらないのでしょうか。かつて雪は夜中にしんしんと降り積もりました。雪の降る夜は車も通らず、..</description>
<dc:subject>レトロ</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-14T17:21:34+09:00</dc:date>
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最近はめったに雪が降らず、降っても積もることは珍しくなりました。私が住むのは九州の某都市です。積もりにくいのは、温暖化のせいだけでなく、雪の降り方が変わったからだとも思えます。<br /><br />このごろは昼間に降ることが多いようです。昼間だと融けやすいのです。<br />「本日の最高気温は真夜中に出ました」などと聞くこともあり、ナンカヘンダナって気がします。ヒートアイランドで、街が地熱を蓄えて、日没後もあまり温度が下がらないのでしょうか。<br /><br />かつて雪は夜中にしんしんと降り積もりました。雪の降る夜は車も通らず、不気味なくらい静まり返ります。朝起きて窓を開けたら、一面の白世界に「わあ」と声をあげたものです。そして子どもたちは雪だるまを作りに表へ駆け出すのでした。<br /><br />雪だるまといえば、目鼻には炭を埋め込んだものです。<br />炭が一般家庭の常備品でなくなった現在、何を使っているのかよく知りません。アボカドや人参？<br /><br />で、思い出しました。この私、学芸会で主役を演じたことがあるのですよ。<br />小学校２年まで過ごした田舎町でのこと。どっちの学年だったか、記憶はあやふや。<br /><br />私が選ばれたのは、たぶん一番のっぽで「お姉さん」てイメージだから、でしょう。弟役には同姓の小柄な男の子がなりました。その地域でありふれた名字というわけではないのに、その子は親戚でもなんでもありません。担任教師としては、ちょっとしたしゃれのつもりだったかも。<br /><br />ストーリーは、たいそう貧しい姉弟がいて、家では病気の母が寝込んでいるのに、炭を買うお金もなく、部屋は寒々しい。ふたりはとてもいい子だったので、雪だるまたちは何か役に立ちたいと話し合って、目鼻の炭をプレゼントする、と。<br /><br />「貧乏な家の子だからね、いつものボロ服を着ておいで」と、先生からわりと傷つくようなことを言われました。<br />確かにうちは貧乏だったけど、まわりに「分限者」は珍しいくらいだったので、さほどひけ目を感じたことはなかったような・・・。<br />学校だって貧しくて（？）、真冬でもストーブがあるのは職員室だけ。ずるーい。<br />このお話は、衣装や大道具などが安上がりで済む点も、魅力だったのでしょう。<br /><br />雪だるまの目がひとりでにぽとりと落ちるシーンはちょっとした山場なのですが、そこをどう演出しようと悩んだ結果、雪だるま形に切った厚紙に本物の炭を糸でくくりつけ、後ろで支える雪だるま役の子がはさみで切ることにしました。先生のアイデアです。子どもたちにはなかなか思いつきません。<br /><br />落ちた炭を拾ったふたりは「雪だるまさん、ありがとう」と手を振って退場。残るはのっぺらぼうの雪だるまたち・・・と、感動のラストシーン？<br />ま、地味でつまんない話だから、観客には受けなかったことでしょう。そのへんはよく覚えていません。<a name="more"></a>

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<title>グズにつける薬</title>
<description>自慢じゃないが私はグズです。筋金入りのグズです。骨の髄までグズです。私からグズを取ったら、抜け殻になってそよそよと飛んでいきます。ええい、取れるもんなら取ってみろ。たとえば、メール１通書くのにさえ、何日もかかります。何日もぶっ続けで書き続けるという意味ではなく、何日も（どうかしたら何年も）なおざりにしてしまう（書き始めない）のです。借金の申込とか借金申込への断りなどのややこしい用件ならともかく、送信済みトレイからコピペして数十秒でできあがる簡単な内容であっても、です。忘れてい..</description>
<dc:subject>人生燻</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2011-12-28T14:19:20+09:00</dc:date>
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自慢じゃないが私はグズです。筋金入りのグズです。骨の髄までグズです。私からグズを取ったら、抜け殻になってそよそよと飛んでいきます。ええい、取れるもんなら取ってみろ。<br /><br />たとえば、メール１通書くのにさえ、何日もかかります。何日もぶっ続けで書き続けるという意味ではなく、何日も（どうかしたら何年も）なおざりにしてしまう（書き始めない）のです。借金の申込とか借金申込への断りなどのややこしい用件ならともかく、送信済みトレイからコピペして数十秒でできあがる簡単な内容であっても、です。<br />忘れているだけならただの脳天気ですみますが、あのメール早く片づけなきゃといつも心の隅に引っかかっていて、夢にまでみるのです。せっせとメールを書いている夢から醒め、メールが仕上がっていないことを知ったときの疲労感は、あらためてメールに取り組む気力を失わせてしまいます。<br /><br />どうして私はメールいっこ書けないほどのグズなんだろ、そうだ、図書館に行ってグズ対策本でも読んでみよう。こういうときだけやけに身軽にホイホイ出かけてしまう。そんなヒマがあるならさっさと書いて出せば解放されるのに。<br /><br />そういうわけで、目についたグズ本は片っ端から読みました。<br />今や私はグズのエキスパート。ますますグズ道を究めつつあります。<br /><br />筆頭は『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4479790667/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=abcabcnet-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4479790667">グズをなおせば人生はうまくいく　ついつい“先のばし”する損な人たち</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=abcabcnet-22&l=as2&o=9&a=4479790667" width="1" height="1" border="0" alt="" />』（斉藤茂太）<br />なんと魅力的なタイトルでしょう。これで人生がうまくいったかた、おめでとうございます。<br /><br />『グズをきっぱりやめるコツ！』（ジェーン・ブルカ＋レノーラ・ユエン）<br />グズな著者によるグズ脱却の指南。本書が完成したのは締め切りから２年後だったとか。えーっ、大丈夫？<br /><br />『今日できることを、つい明日に延ばしてしまうあなたへ』（ウィンディ・ドライデン）<br />長年グズピープル指導を行ってきた人による実践的な本で、本人は全くグズでないと豪語しています。<br />人がやるべきことを先延ばしする理由を分析し、心理面からの解決策を提示。考え方を変えなければなおらないということ。<br />この本では「グズ」という言葉は使われていません。<br /><br />『グズの人にはわけがある』（ランダ・サパディン＋ジャック・マガイヤー）<br />グズのタイプを６つに分けて分析。それぞれ対処法が違います。<br /><br />『「あとでやろう」と考えて「いつまでも」しない人へ』（和田秀樹）<br />「のろま」受難の時代を乗り切る仕事術、つまりビジネス書です。「グズ」はわりと愛嬌あるけど、「のろま」ってのはグサッとくる表現じゃないかなあ。<br /><br />『あなたはなぜ段取りが悪いのか』（渋谷昌三）・・・副題『要領がよくなる心理学』<br />万事モタモタしてうまくやり遂げられない人へ、心理面からアドバイスしています。私に言わせれば、この本自体、あまり要領を得ないように感じられ、段取りが悪い見本のようです。<br /><br />『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4344006542/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=abcabcnet-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4344006542">キッパリ！　たった5分間で自分を変える方法</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=abcabcnet-22&l=as2&o=9&a=4344006542" width="1" height="1" border="0" alt="" />』（上大岡トメ）<br />ミリオンセラーの人気本だから、手に取ったことのある人も多いはず。<br />一見グズとは関係がなさそうですが、『だらだら地獄を抜け出す』きっかけとなる小さな行動の提案です。『難しい仕事はカンタンな仕事をひとつ終えてからすぐにとりかかる』など、グズ対策の実践的項目もいろいろ。冒頭の『脱いだ靴はそろえる』のような些細なことでも、『あとで、ではなく、その場でやる』習慣を身につける第一歩なのだと。<br /><br />こうしてみると、グズ本には海外の著書が意外に多い。グズで悩む人々は全世界に分布しています。<br />概してあちらの書は論理的・分析的で、本気でグズをなおしたい人々のために書かれた専門書って感じ。あまりかたくならないよう、訳者も苦労しているようです。<br />日本人の手になるものは、情緒的でやや未整理、読み物としては面白く、読めば納得するけど、グズ脱却にはあまり結びつかないような気もします。<br /><br />英語でグズは“procrastination”といいます。正確な訳は「遅延、先延ばし」（“cras”は「明日」という意味）。<br /><br />日本語のグズ（愚図）は「行動がのろいこと」です。ぐずぐずすることと先延ばしすることはたいていくっついているから、ひとくくりにできそうですが、世の中には先延ばしせず直ちに着手しても、あまりに不器用で要領が悪いからいつまでも仕上げることができない「真正グズ」だって存在します。<br />私がメールを書けないのは純粋な「先延ばし」です。汚れた食器をためこむのも「先延ばし」ですが、いざ洗い始めると、とろくてやたらと時間がかかるから、二重のグズなのです。<br /><br />一般のグズ本が問題にしているのは「真正グズ」よりも、やるべきことを先延ばしまたは放置してしまう習癖です。そのために自分も損をし、周囲にも迷惑をかけていて、本人もすぐにやればいいことはわかっているのに、なぜか絶対にとりかかれないという厄介な症状なのです。症状？　確かにグズは一種の病気だ。<br /><br />人がものごとを先延ばしする心理は性格によって違ってきます。<br />その分類を見ると、まさしく私はこれだーというのやら、これも多少は当てはまるぞ、など、けっこう思い当たります。<br /><br />強制されるのがイヤ、なんでも自発的にやりたいんだというタイプは、命令されたことをやりたがりません。職場では完全なダメ社員。<br />私がメールの返信を放置するのも、返事を強要されているように感じるからかもしれません。ならばホームページなどさっさと削除して、メールが来ないようにしろ。<br /><br />スリルを味わいたくてギリギリまで手をつけない人々もいます。<br />夏休みの宿題を最後の１日で仕上げるのが常だった私は、典型的スリル派のようです。その裏には、もしそれが間に合わなかったり、出来が悪かった場合、早くからやっていればもっと良い結果を出せたはずという言い訳を隠しているのです。<br /><br />自分もグズ本を読破してグズをなおそうとお考えのグズさん、いまだに私がグズのままであるという事実は、いくら本を読んでもグズはなおせないことを証明しています。読むだけ時間の無駄ですよ。<br /><br />要は私、単なる怠け者なのです。先延ばしする理由も半端ながら分析できていて、それは<a href="http://zzz.abc-abc.net/article/5793841.html">苦あれば楽あり</a>に記載したので、ここでぐだぐだ述べません。<br /><br />留意すべきは、どんなグズでも、万事にグズなわけではないってこと。<br />私だって３度のごはんは遅滞なく食べますし、目先のメールを放置して図書館に行く行動力はある。生存に必要なこと、好きなことならちゃんとできるのです。<br /><br />嫌いなこと、したくないことを先延ばししてもいちおう生きていける恵まれた環境が、グズを育てているというわけ。<br /><br />ほんとうに「恵まれた環境」なら申し分ないのですが、私の場合、自己実現にはほど遠い、最低限の生活しかできていません。<br />人がそれなりのことを成し遂げるには、多少の無理と我慢が求められます。その「多少」に耐えられないから、いつまでもダメ人間に甘んじるはめになるのです。<br /><br />とはいえ、実のところ、私は真に自分が「ダメ人間」だとは思っていません。昨日もできなかった、今日も怠けてしまった、と後悔の連続にありながら、明日こそは必ずちゃんとやって、すべてが好転するだろうと楽観しているのです。Tomorrow never comes という真理を延々と実践しているだけなのに。<br /><br />そんなとき手に取った本『読んだらきちんと自分の知識にする方法』（宮口公寿）。読む片端から忘れてしまう私には、ズキンとくるタイトルなのでした。<br />が、案の定、自分の知識にはならず。ただ、procrastinationが成功への唯一の障害だというあたりは納得。<br /><br />そしてこの本で一番印象に残ったのは、著者の姿勢です。『人生はチョロい。でも、もし失敗したら気のせいと思え』とかなんとか。<br />この底抜けの楽天主義、まさしく私の生き方と同じではないか。<br />ひとつ大きな違いは、向こうは成功者、こっちは敗残者ってこと。・・・などと自嘲しつつ、やっぱり私は決して真の敗残者ではないと思っています。今は敗残者に見えたとしても、そのうちバリバリ働いて華々しい人生に突入するぞう、と。<br />それでいて、多少の無理と我慢をおして立ち上がろうとはしない。<br /><br />こんな私につける薬はありません。<a name="more"></a>

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<title>私まだ生きてます</title>
<description>今年の私を漢字一字で表すなら、『惰』でしょうか。いや、『堕』がピッタリかな。『駄』もあるぞよ。なんで、ダばかり集めるんだ？　これが運命って気がして。ダダダダーン。ともあれ、ある日突然、生まれ変わったようにバリバリ働き始めるなんてのは、凡人には無理ですよ。</description>
<dc:subject>辞書と戯れる</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2011-12-27T22:00:27+09:00</dc:date>
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今年の私を漢字一字で表すなら、『惰』でしょうか。<br />いや、『堕』がピッタリかな。『駄』もあるぞよ。<br /><br />なんで、ダばかり集めるんだ？　これが運命って気がして。ダダダダーン。<br /><br />ともあれ、ある日突然、生まれ変わったようにバリバリ働き始めるなんてのは、凡人には無理ですよ。<a name="more"></a>

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<title>難しゅうございます</title>
<description>大盛況らしいツイッター、私はいまだに見たこともやったこともありません。ブログなど抱えているだけで精一杯なのに、これ以上手を出す余裕などないに決まってます。この「余裕がない」はあいまいさが便利で、弁解に当たってよく使います。内心では「精神的な余裕」を指していて、要はやる気がないってことだけど、相手は「時間がない＝忙しい」と受け止めてくれるだろうと期待してるんだよね（このへん、個人的つぶやき）。ツイッターは「短文のつぶやき」って形だそうです。一般に「つぶやき」は独り言などに用いら..</description>
<dc:subject>イチャモン日本語</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2011-02-27T22:51:06+09:00</dc:date>
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大盛況らしいツイッター、私はいまだに見たこともやったこともありません。ブログなど抱えているだけで精一杯なのに、これ以上手を出す余裕などないに決まってます。<br />この「余裕がない」はあいまいさが便利で、弁解に当たってよく使います。内心では「精神的な余裕」を指していて、要はやる気がないってことだけど、相手は「時間がない＝忙しい」と受け止めてくれるだろうと期待してるんだよね（このへん、個人的つぶやき）。<br /><br />ツイッターは「短文のつぶやき」って形だそうです。一般に「つぶやき」は独り言などに用いられ、他人に聞かせるものではなかったはず。<br />他人に読ませるものではなかった日記が、ウェブで公開を前提としたとたん発展・増殖していったのと同じような経過をたどっているのでしょう。<br /><br />いちおう「つぶやき」という建前に気楽さがありそうですね。<br /><br />普通、人は「ですます体」でつぶやいたりはしません。タラちゃんじゃないんだし。<br />しかしながら、半数以上のツイッター利用者がそれなりの文体を使っているだろうと推測します。ブログよりはくだけているとしても、公開するものである以上、あまりにぶっきらぼうだと、「このヒト、何様？」とか感じる人が出てきてやりにくいからです。<br /><br /><a href="http://zzz.abc-abc.net/article/3433734.html">敬語が嫌い</a>な私も、丁寧語はまあまあ便利なものだと思っています。ちょっとした防護服のようなもの。<br /><br />丁寧語は聞き手・読み手に対して敬意をあらわす（または距離を置く）ものです。その基本が「ですます体」ということでしょうか。文末を「です」や「ます」で終える形式。「だ」「である」を「です」や「ます」に変えれば、とりあえず丁寧になるから、簡単といえば簡単です。もっと丁寧にするときは「ございます」となります。<br /><br />その「です」はどんな語にも無条件でつけることができるかというと、むろんブンポーにのっとる必要があります。<br /><br />たとえば、「きれいですね」も「美しいですね」も、日常の話し言葉では特に違和感なく言い聞きしていますが、この両者、決定的に違うのです。<br />「きれい」は形容動詞、「美しい」は形容詞です。形容動詞には「です」をつけることが可能ですが、形容詞にはつきません。「美しいです」は文法的に間違っているのです。<br /><br />じゃあ、なんと言えばいいんだ？<br /><br />「美しゅうございます」もしくは「美しゅう存じます」が正解。ひえっ。今どきそんな気取った言葉遣いする人なんかいるかよ。<br /><br />形容詞に関しては、「美しい」からいきなり死語に近い「美しゅうございます」になって、中間がないという、たいそう不自由な空白を生じているのです。これは日本語の欠陥といえます。<br />尊敬語では「食う」→「食べる」→「召し上がる」→「お召し上がりになる」など、敬意に応じて段階があるのに（この上の「お召し上がりになられる」はNGだす）。<br /><br />しいて「です」をつけるなら、「美しいのです」となりますが、ちょっと説明的というか、ニュアンスを考えると常に置き換え可能とは限りません。<br /><br />文法的に間違いとはいっても、文章的に間違いってわけではありません。すでに広く使われていて、『文部省追認形』として認められています。「行きたいです」などはまだ非推奨のようですが。<br />「ら抜き」に嫌悪感を示す堅物でも「形容詞＋です」は普通に使うことが多いようです。<br /><br />そんなふうに口語ではなんとも感じませんが、手紙やメールなど書き言葉にすると、どうも稚拙な印象を与えます（そう感じる人は減ってきているとは思いますが）。「美しいと思います」など回りくどい表現にしたり、名詞化して「美しさが際立ちます」とかに変えたりで対処する人もいるでしょう。<br /><br />言葉はめまぐるしい勢いで変化しつつあります。文法的些末事をゴチャゴチャ言う人もそのうちいなくなると願いたいものです。<a name="more"></a>

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<title>皿洗いをバカにする心理</title>
<description>私は皿洗いが嫌いです。ついためこんでしまいます。とはいえ、ウォーショースキーにならって、きれいな食器がなくなるまで洗わないでおくには、我が家には食器が多すぎ、キッチンは狭すぎます。３日分の汚れ物を積み上げると、まな板を置くスペースもなくなり、料理もできません（もともとあんまりしないけど）。結果として、しぶしぶながらもけっこうこまめに洗っています。日に３度片づけるのを当然としている人々からは「それがこまめか？」とひんしゅくを買う頻度ですが。世の中に皿洗いが好きと断言する人は少数..</description>
<dc:subject>あれも嫌いこれもキライ</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2011-01-31T20:12:10+09:00</dc:date>
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私は皿洗いが嫌いです。ついためこんでしまいます。<br /><br />とはいえ、ウォーショースキーにならって、きれいな食器がなくなるまで洗わないでおくには、我が家には食器が多すぎ、キッチンは狭すぎます。３日分の汚れ物を積み上げると、まな板を置くスペースもなくなり、料理もできません（もともとあんまりしないけど）。<br /><br />結果として、しぶしぶながらもけっこうこまめに洗っています。日に３度片づけるのを当然としている人々からは「それがこまめか？」とひんしゅくを買う頻度ですが。<br /><br />世の中に皿洗いが好きと断言する人は少数派でしょう。毎食後ささっと片づけるのは、むしろ嫌いだから、が本音のはず。<br /><br />そしてまた、私が食器を洗うようすを見た人は、「ほんとうに嫌いなんだろうか」と首をかしげるかもしれません。<br />それほど私の洗い方は丁寧です。箸などまとめてガシャガシャと洗うなんて論外で、１本ずつ何度もなでさすります。すすぎも完全に洗剤を落としたスポンジと流水で、なっとくのいくまで仕上げ洗いをし、指先で表面の感触をくまなく確かめてから食器かごへ。<br />つまりやたらと時間がかかるのです。だから重労働。だから洗いたくない。だからためこむ。だから重労働という悪循環。<br /><br />重労働ゆえ、茶碗洗いに当たっては、覚悟を決め、エイヤッと気合を入れてから始めます。この時期なら、まず暖房を止めます。それから上着を１枚脱いでエプロンをかけます。<br /><br />エアコンを切るのは、台所まで温風が届かないし、食器洗いのような「非生産的」「単純作業」時に貴重な電気を無駄遣いしたくないという事情もあります。縫い物やブログ書きは仕事だから（えっ、これも仕事か・・・いちおう）、電気代を費やして温度調整をすることに後ろめたさがないのです。<br /><br />しかしそれのみにあらず。<br />洗い物をしていると、体があったまるのです。１枚脱ぐのはそのため。夏場は扇風機をそばに寄せて強風をかけます。<br /><br />このこと、自分でもちょっと不思議でした。肉体労働とはいえ、一か所に突っ立って手先しか動かさないのに。<br /><br />ちなみに、この厳寒期でも、お湯はいっさい使いません。すすぎがあまりに丁寧だから、お湯を出すと、温水器が空っぽになって、お風呂に入れないおそれがあるのです（むかーし、１度経験済み）。<br /><br />皮膚が切れるような流水で延々すすいでいると、手は真っ赤になり、指先の感覚が薄れてきます。冷気が手から体へ這い登って全身が凍りついてもおかしくないのに、なぜか体はぽかぽか。そのうち、手の冷たさも平気になります。<br />シンクも壁もピカピカに磨いて、洗い物終了。手を拭くと、指先には急速に血行が戻って、あっという間に手もぽかぽか。わりと爽快な気分です。<br /><br />このスッキリ気分で、さあ、やリかけのぬいぐるみを一気に仕上げるぞう。と取りかかれば、次第に体は冷え、指もかじかんで手元が狂い、我が身にぶすりと針を刺してしまったり。<br />縫い物をするときには、どうしても暖房が必要です。<br /><br />座って行う針仕事のエネルギー消費量が多少低いのは理解できますが、どちらもじっとして、動くのは手だけ。それにしては体への影響が違いすぎる。<br /><br />先日、皿洗いをしていてふと思いました。体が温かいのは、脳が休んでいるからではないか。<br />脳はぜいたくな器官で、重量は数パーセントなのに、酸素消費量は全身の２割以上必要だと聞いたことがあります。酸素を運ぶのは血液。<br />単純肉体労働かつ定型作業である皿洗いでは、おツムへの血流を倹約できるから、体や手を温めるほうに回せるのです。<br /><br />かたや縫い物は高度な創作行為。一見単なる手作業のようでも、緻密な脳内活動を伴います（ほんとうですっ）。大量の血液が脳に送られる分、体や手先は冷えるのです。<br /><br />私が皿洗いを嫌いなのは、それがぱあでもできる低級な肉体労働だと、心の奥底で知っていたからなんだ～と、あらためて認識したのでありました。<br /><br />「何がぱあでもできる低級な肉体労働だ」<br />まじめできれい好きな主婦や家政婦さんや独身の方々から皿や茶碗を投げつけられそう。ス、スンマヘン。個人的こじつけですだ。<a name="more"></a>

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<title>門松は冥土の旅の</title>
<description>個人的には正月なんて全然めでたいものではありませんが、長い間に定着した社会のしきたりにイチャモンをつける気などさらさらなく、現に昨日も某所であけおめしてきました。しましま、こーゆー性分ですから、お正月はどうしてめでたいのか、私なりに考えてみることにします。一般に、おめでとうという言葉をかける相手は、ノーベル賞や金メダルや福引の一等など、幸運や努力の結果、何か特別なよいものを得た人です。結婚、新築、創業、進学、昇進なども同様。これらは納得がいきます。祝う人と祝われる人はいちおう..</description>
<dc:subject>世相＝世間相場？</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2011-01-03T22:25:01+09:00</dc:date>
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個人的には正月なんて全然めでたいものではありませんが、長い間に定着した社会のしきたりにイチャモンをつける気などさらさらなく、現に昨日も某所であけおめしてきました。<br /><br />しましま、こーゆー性分ですから、お正月はどうしてめでたいのか、私なりに考えてみることにします。<br /><br />一般に、おめでとうという言葉をかける相手は、ノーベル賞や金メダルや福引の一等など、幸運や努力の結果、何か特別なよいものを得た人です。結婚、新築、創業、進学、昇進なども同様。これらは納得がいきます。<br />祝う人と祝われる人はいちおう線引きされています。<br /><br />それに対して正月は特定の誰かを祝うものではありません。運が悪かろうと、怠けていようと、万人に公平に訪れます。<br />正月という特定の時期を祝うものなのです。<br /><br />クリスマスは正月に似てはいますが、イエスさんという明確な対象がいます。<br /><br />おお、それで不思議に思ったのは、誕生日を祝うのはなぜでしょう。<br />誕生日のいったい何がめでたいんですか？<br />幼いころは、１年間無事に生き延びて成長したという実感が（まわりには）あっても、現代日本では特別なことともいえず、本人の努力の成果でもないでしょう。<br />一定の年齢を過ぎると、とりわけ女性は、誕生日なんかちっともめでたくない気分に、いや、恐怖の的とさえなってしまいます。<br /><br />誕生日を祝う風習は、おそらく近年、西欧から入ってきたものです。昔の日本では数え年が一般的で、個人の誕生日など問題にならなかったと思われるからです。<br /><br />誕生日のおおもととなる、実際の誕生、これはめでたいものです。ほとんどの両親が我が子の誕生を嬉しく思うに違いありません。<br />そのめでたい気分を再現しようと、毎年の同月同日にお祝いをするというのが趣旨ではないでしょうか。結婚記念日などと同様です。<br /><br />そうしてみると、誕生日にプレゼントをもらうのは本人ですが、ほんとうは両親を祝うべきだと思うのです。<br />少なくとも、自分の誕生日は両親へ感謝の気持ちを新たにする日だと思い直せば、年をとるのがいやだーというマイナーな感情を払拭できるかもしれません。<br /><br />正月も一種の記念日ってとこでしょうか。その国の誕生日みたいなもので、それは建国の日みたいに厳密でない、つまり数え年の日。<br />だから国民ひとりひとりが自分を祝おうってことです。<br />お年玉をもらえるからめでたいと思ってる子どもたち、正月がめでたいからお年玉をもらえるんだぞ。<br /><br />昔はその年のツケがチャラになるとかで、年末には借金取りから逃げ回る光景が見られたとか。うまく逃げ延びれば、正月はめでたしめでたし、ですなあ。だけど踏み倒し族に同調して国中がめでたがるのは本末転倒。正月がめでたいから借金も恩赦にしようってことでしょう。<br />商売人にとって正月はめでたいどころじゃないし、実際にどうだったのかよく知りませんが。<br /><br />ともあれ、それくらい我が国では、正月を特別な日としてきたのです。<br /><br />新年を祝う行事は世界中いろんな国で行われますが、日本ほど極端に雰囲気が変わる国は珍しいように思います。<br />全国いっせいにお正月モードになり、多くの日本人が自分が日本人であることを思い出すようにしむけられるって印象。着るものの食べるものも「和」に回帰しちゃうんですからね。太陽暦なのに。<br /><br />お祭りだからそれでいいんです。<br />特別なことをするとお金がかかります。正月は人が動き、お金が動き、経済効果は莫大です。<br />毎日がお正月ならいいのになー。それではお祭りの意味ないだろ。<br /><br />相変わらずしょうもないゴタクを並べている私って、１年中おめでたい人なのですよ。<a name="more"></a>

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<title>暗黒実話</title>
<description>『目を閉じて何も見えず～』とか歌って人気を博した人がいまして、一部で「そんなん当たり前じゃん」などとつっこまれていたとか。当たり前なんかじゃありません。目を閉じると、さまざまなものが見えます。私は歯を磨くときに目を閉じるのが癖で、その理由を尋ねられたとき、「こうすると口の中が見えるから」と答えたらバカにされちゃいました。よけいな視覚情報がない分、歯や歯茎に意識を集中できるってことで、単なる比喩ですが。目を閉じているときに見るものの代表は夢です。が、はたして夢は「見る」ものか？..</description>
<dc:subject>美容と健康</dc:subject>
<dc:creator>ルノ</dc:creator>
<dc:date>2010-12-31T23:06:31+09:00</dc:date>
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『目を閉じて何も見えず～』とか歌って人気を博した人がいまして、一部で「そんなん当たり前じゃん」などとつっこまれていたとか。<br /><br />当たり前なんかじゃありません。目を閉じると、さまざまなものが見えます。<br /><br />私は歯を磨くときに目を閉じるのが癖で、その理由を尋ねられたとき、「こうすると口の中が見えるから」と答えたらバカにされちゃいました。よけいな視覚情報がない分、歯や歯茎に意識を集中できるってことで、単なる比喩ですが。<br /><br />目を閉じているときに見るものの代表は夢です。<br />が、はたして夢は「見る」ものか？　夢の中では歩いたりしゃべったりもするから、「体験する」ようなものかもしれません。時として自分の姿が見えることもあるし、全般的に「見る」に近い感覚ではあります。<br /><br />睡眠が「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」に分けられることをご存じのかたは多いでしょう。そして、レム睡眠のときにはしばしば夢を見ていることも広く知られています。<br />レムとは Rapid Eye Movement の略で、その最中には眼球が急激に動くことから名づけられました。<br /><br />夢を見るときには目が動く、つまり目を使うのですね。「見る」に近い感覚になるのはそのせいでしょうか。<br /><br />夢のように非現実的なものはおいといて、目が見える現象を理論的に説明しますと、『視覚とは網膜の細胞に達した光エネルギーが刺激となって生じる感覚』だそうで、光がなければ視覚は機能しないことになります。<br /><br />目を閉じても明暗の判断はできるし、視野を何かが横切ったことくらいわかります。瞼の皮膚が薄いから光を透してしまうのです。<br />すると透明人間は目を閉じても閉じなくても視界は同じということで、うっとうしいでしょうねえ・・・。<br /><br />光をさえぎってしまう、つまり真っ暗闇の中では「暗黒」しか見えないかというと、そうでもなくて、形が定かではない灰色のものが動いているように感じます。これを『網膜固有光』と呼ぶそうです。<br /><br />子どものころは、暗いところでぎゅうっと目をつぶると、石ころのようなものがいっぱい詰まっているように見えて、地球の内部が見えるんだーなんて、わけのわからんことを思っていました。<br /><br />今や闇の中の情景はより多彩になってしまい、老化の進行が身にしみます。<br /><br />私はかなり度のひどい飛蚊症なので、明るいところで目を閉じると、薄暗いバックに蚊がうじゃうじゃ残っています。暗い場所ではさすがにいなくなりますが。<br /><br />代わって飛来するのが蛍たち。光視症もかかえているのです。<br />とりわけ朝起きた直後や夜寝る前などは、パッパッとたくさん光っては消えます。稲妻のように見える人もいるそうですが、私の場合、丸い輪っかのような形です。<br />光視症は外部からの光刺激でないものを光として感じる症状です。網膜が引きつったり癒着を起こして、不要な刺激を与えるためだそうです。だから激しくまばたきをしたときなどにもよく現れます。せめてもの対策として、普段はなるべく目を動かさないようにしています（動体視力ゼロはそのせいか？）。<br /><br />インターネットの発展は、現代人に「見る」ことをより多く強いる傾向にあります。<br />ときには目を閉じて闇を見つめることで休養してはいかがですか。自分の内面が見えるかもしれませんよ。<a name="more"></a>

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